マイキングの違いも感じられる
「ダイレクトカットLP vs DCHのデジタル配信」、ベルリン・フィル『ブルックナー:第7番』を聴き比べ
■LPとDCHを同時に再生し、プリアンプで切り替えながら比較試聴(長江和哉)
2020年7月3日、山之内 正氏の試聴室にて、ダイレクトカットLPと、デジタル・コンサート・ホール(DCH)の音源を比較するために、LPとDCHを同時にスタートして、プリアンプで切り替えながら、山之内氏とともに試聴を行った。
ただ、そもそもこの比較は、マイクアレンジ、ミキシング、録音方式、再生方式といったことが全て異なるわけで、そもそも比べることに意味がないかもしれない。しかし、私は、これまでの経験から、同じような音源を聴き比べる際に、同じ箇所を同じ音量で再生し、それらを瞬時に切り替えると、サウンドがどのように変化しているかを簡単に体感することができるのではと思ったので、今回は山之内氏に準備いただき、比較を行った。
■ダイレクトカットLP:ステージが立体的で奥行きを感じる
この録音は、クレジットによると、Josephson C700S、C722S×2、C617×2の計5本のマイクを用い、Neumann VMS 80でダイレクトカットされたレコードとなっている。ステレオでのリスニングはとても立体的に感じられた。スピーカーはLとRしかないが、前後の奥行き、左右の広がりがとてもよく分かるように感じられた。
音の印象は、弦楽の奥に、フルートとオーボエ、そして、その奥にクラリネットとファゴット、その奥にトロンボーン、ティンパニ、そして、その左右にトランペットやホルンというように楽器がしっかり定位する。また、音の立ち上がりはデジタルとは異なり、とてもレスポンスが早く、時にはスクラッチノイズのように、パルスが立ち上がるように音が発音されるようにも感じた。
■DCH:響きが充実しながらも、全ての声部がしっかりと聴こえる
DCHでの録音は、指揮者上方の全指向性メインマイクと、各楽器に20本程度配置されたスポックマイクをミックスした、いわゆる現代のオーケストラを録音する際によく用いられるマルチマイク方式のミキシングによるものであると推察される。この今回のDCHのミックスについては明らかではないが、一般的なオーケストラのマルチマイク録音では、スポットマイクにディレイをいれ、メインマイクに届くタイミングに揃えるタイムアライメントや、デジタルリヴァーブも用いられていることが多い。
まず一聴して、この録音では、ダイレクトカットLPよりも響きが充実しながらも、全ての声部がしっかりと聴こえるように感じた。これは、全指向性メインマイクで、ホールトーンをしっかり捉えながら、スポットマイクにより全ての声部をしっかり出しているからであると推察する。
また、フィルハーモニーの低域の残響はとてもふくよかだが、ホールでよく響いたチェロとコントラバスの音色はとてもよく、全指向性のメインマイクならではと感じられた。ただ、一方でレコードのような前後の奥行き感が出にくいということも感じられた。
■異なる音源で聴いてみて感じた、「音楽を届ける」ことの奥深さ
この2つの音源の演奏はほぼ同じはずだが、録音方式、再生方式が異なると「まったく異なった印象になる」ということはとても興味深い。
現在のデジタル全盛時代に「DCHで聴く」ということは、いつでもどこでも気軽に最新のコンサートを体験することができる。しかし、「ダイレクトカットLPで聴く」ということは、再生システムの準備も必要で、現代の日常から考えると、とても特別なことのように感じる。この「準備して聴く」ということは、ある意味集中した時間を費やしているわけで、「コンサートに参加している」ということに近い印象も与えてくれるようにも思う。
少なくとも、ベルリン・フィルの2015年の『ブラームス交響曲全集』(サイモン・ラトル指揮)と今回のブルックナーは、DCHとダイレクトカットLPの両方で聴くことができる。このベルリン・フィルのトライは、私たちリスナーにメディアを通じて「音楽を届ける」ということの奥深さを知らせてくれていると感じた。
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