坂本龍一『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 12122020』体感レポート
坂本龍一による「MUSIC/SLASH」初のハイレゾ配信を、本気のオーディオで聴いてみた
■本番ではラックスマンとiPhone12 Pro。ソニーTA-ZH1ESとXperia 1 IIで臨む
これらの試聴結果を踏まえ、スピーカー環境ではピアノの音色の出方が好ましいと思えたラックスマンDA-06とiPhone12 Pro。ヘッドホン環境ではソニーTA-ZH1ESとHD800 S、Xperia 1 IIの2システムで本番に臨むことにした。
19:30。ライブ開始時刻となり、まずは坂本龍一氏が、ライブ演出を手掛けたRhizomatiksを率いる真鍋大度氏との対談からスタート。コロナ禍にあった2020年を振り返り、その中での音楽活動、表現について現在の心境が語られた。
演奏が始まったのは20時前後。円形劇場のステージに置かれたヤマハのグランドピアノCFXは屋根が外されており、その周囲には様々なマイクがセッティングされていた。側板にセットされ、ハンマー位置を捉える近接マイクはアースワークスPM40、ピアノを上方向から俯瞰するようにとらえた大型のマイクはAKGのC12VRと思われるが、離れた場所から捉えるオフマイクも含めて8〜10本ほどマイクがセットされていたようだ。サウンドエンジニアはZAK氏。ケーブルも含めてハイレゾストリーミングに向け、音質にこだわってライブに挑んでいるようである。
■譜面をめくる微かな音。この静寂感こそハイレゾストリーミングの真価
1曲目は「andata」。サンプル音源とは違って低域方向まで密度の高い、非常にスムーズなサウンドで、余韻も深く見通しが良い。アタックも素早くクリアに聴こえ、ペダル音も克明だ。DA-06を選択した一方で、他のDACでも先ほどの試聴より良い音で聴けるのではないかという思いもよぎったが、初志貫徹。流れを止めずそのまま視聴を続けた。ヘッドホン環境ではヌケ良く爽やかなアタックの響きと、ナチュラルに伸びる低域弦の豊かさを軽やかに描き出している。
2曲目「Bibo no Aozora」に入り、円形劇場と思われていた場所が変化。ここで背景はCGによるリアルタイム合成であることに気づいたが、実に自然でカメラワークも定点観測的ではなく、様々な角度から坂本を捉える練り込まれた構成となっていた。一体どんな環境でピアノの音出しをしているのか…。演奏により耳を集中させる効果もあるかのようだ。3曲目「Aqua」では低域弦の響きも深く、一際落ち着き良い演奏である。曲間、譜面をめくる微かな音も克明に捉えており、一音目が放たれるまでの空気感、独特な緊張感も如実に伝わってくる。この静寂感こそハイレゾストリーミングの真価であろう。
演奏は「aubade」、「Aoneko no Torso」と続いていく。演奏のリアリティもさることながら、低域弦の豊かで伸びやかな響きと、高域のスッキリと澄んだハーモニクスの心地よさ、音が消える瞬間までざらつきを見せない余韻階調のきめ細やかさに終始驚かされた。6曲目となる「Mizu no Naka no Bagatelle」も曲調に合わせてピアノも柔らかくまろやかな響きを蓄え、ローエンドのどっしりしたトーンも豊かに広がってゆく。
続く「before Long」の演奏後、飲み物を口にする坂本氏。何気ない一コマではあるが、楽曲ごとに移り変わる背景と演出効果によって、その世界観へ没入していたところからスッと現実に戻ってくるような、ライブならではの“生”の感覚をこの一刻に受けることができた。一呼吸置き「Perspective」、そして「energy flow」へ。ダンパーフェルトが弦に当たる音やイスがきしむ音、そうした僅かな音も有機的に楽曲へ取り込まれていく。
10曲目の「Sheltering Sky」では鍵盤のタッチの重み、重心の低さと高域の倍音成分の輝きが絶妙なバランスで耳に届く。低域弦から高域弦まで左右広がり良く展開し、実にダイナミックかつレンジ感の広いサウンドだ。続く「The Last Emperor」の右手フレーズの音色の綺麗さ、弦のうなりがシームレスに定位し、ピアノを立体的に捉えられるリアルな空間性を実感できた。
ライブもいよいよ大詰めとなり、「The Seed And The Sower」から「Merry Christmas Mr.Lawrence」へと流れていく。細やかな響きに耳を澄ますとスピーカーの外側まで音が回り込んでいくのも掴み取れるが、緻密な音の響き、正確な空間表現をストリーミングで体感できることに驚きを隠せなかった。新曲「MUJI 2020」を演奏し、最後は『2020S』にも繋がっていく割れた皿の破片を用いた前衛的な演奏で幕を下ろした。