本気のオーディオシステムを用意
実は高音質な「アンパンマンのマーチ」、800万円超のハイエンドオーディオで聴いてみた
■『それいけ!アンパンマン ベストヒット'21』をいざ試聴
それではさっそく、同作を代表する楽曲である『アンパンマンのマーチ』を再生してみよう。改めて聴いてみると、開幕からシンバル3発、スネア3発で始まるイントロはキャッチーだ。小さな子供は頭で理解するより先に身体がリズムに反応するとされており、こうした大好きな作品を印象付ける音作りは知育理論的にも正しいのかもしれない。音楽的にも珍しい発想で、これだけでも先述の通り「子供だましではない」ということが理解できる。
そこから聴き進めていくと、音数の多さに一気に引き込まれる。リズム隊や管楽器といった行進曲(マーチ)の定番の編成に加え、カスタネットやタンバリン、ベルなどの音色も組み合わさり、全体として非常に賑やかな楽曲であることがわかる。一歩間違えれば “騒がしい” とも取られかねない絶妙なバランスで、子供達が思わず踊りだしたくなるような愉しさを描いているといえるだろう。
定位の振り方も特徴的で、音が右から左から聴こえてくる空間的な面白さもポイントだ。かつ、粒立ちの良いハイハットや、金管楽器の柔らかく生々しい響きなど、音像ひとつひとつのディテールの表現はしっかりとシビア。Aメロ〜Bメロにかけてのハーモニー、サビに入ってコーラスが加わる流れは、辺り一面に広がるような伸びやかなスケールを感じさせる。これらは構造的な完成度だけでなく、(時代を感じさせる部分はありつつも)優れた録音であることを示す証左に他ならない。思い出補正を軽々と超えてくるような、まさに「聴こえなかった音が聴こえた」のひとつの極致といえるだろう。
当然ながら、これらは音源の質だけでなく、今回セットしていただいた環境によるところも大きい。「これだけ用意しておきながら、肩透かしな結果になったらどうしよう・・・」そんな不安は一聴して吹き飛んだほどだ。上述の音像が生き生きと再生される様は、まさしく据え置きオーディオならではの実在性と、頭内定位では成し得ない空間表現ゆえに実現したものだろう。正直、冗談半分で立案した企画であったことは否定できないが、聴き終えた今となっては得も言われぬ充足感を味わっていた。
ところで本アルバムは、各キャラクターによるキャラクターソングなど、全20曲のバラエティ豊かな構成となっている。その中から印象的だった楽曲をいくつかご紹介しよう。
◯「勇気りんりん」
もしかしたらこの曲名には聞き覚えが無いかもしれないが、イントロが流れた瞬間に一瞬で思い出せるはず。同作のエンディングテーマである。こちらは軽快かつ豊富なパーカッションに乗せて、80〜90年代のポップスを彷彿とさせるシンセサウンドが中心となった楽曲だ。
しかし、歌詞として見るとキャラクター紹介に過ぎないのだが、曲として聴いてみるとどこか寂しさを感じるのはなぜだろう。幼少期の「アンパンマンが終わっちゃう」という感情を思い出しているのだろうか。楽曲と作品が結びつくサウンドトラックならではの感覚、アンパンマンはその原点といえるのかもしれない。
音楽としては、より賑やかな『アンパンマンのマーチ』と比べてもシンプルな構成となっていて、良くも悪くも時代を感じさせるサウンドとなっている。しかしこちらも優秀な音源であることには違いなく、1音1音にフォーカスしやすい分、リファレンス的な目線でいえばむしろ実用的か。
◯「あおいなみだ -コキンのうた-」
2006年の短編映画『コキンちゃんとあおいなみだ』のテーマ曲だが、本アルバムには2014年の短編映画『たのしくてあそび ママになったコキンちゃん!?』などで使用された平野綾歌唱のバージョンが収録されている。
レトロなテイストを感じさせつつも現代的なミックスがなされていて、普通に最近のキャラソンとして聴いても違和感が無いような曲調に仕上がっているのも面白い。この辺りからもアンパンマンの30年以上に渡る歴史を感じられた。
◯「勇気の花がひらくとき」
1999年の同名映画のテーマ曲。全体的に元気で明るいアンパンマンのアルバムの中では数少ないバラード調のしっとりとした楽曲で、最後のトラックとして収録されているのもニクいところ(もっとも、アンパンマンのベストヒットCDは年ごとに収録順が異なるため、その辺りの違いも有識者に詳しく聞いてみたい)。
アルバムを通して聴いて感じたことだが、ドリーミングの歌声は今まで僕の中のステレオタイプな『子供向け楽曲っぽい声』に近いイメージだった。しかし、こうして各楽曲を聴き比べてみると、あくまで子供に向けた優しく柔らかな歌声であることは共通しつつも、その幅広い表情の差に驚かされた。著名な監督や役者が子供向け作品で手腕を振るうのと同じく、ドリーミングも当然ながら、歌のお姉さんである以前に一流の歌手なのだ。そんな当然のことを、改めて再認識できたように思う。
他にもまだまだ素晴らしい楽曲が揃っており、あまり歌を披露しないことで知られる大塚明夫歌唱の『ナガネギフラメンコ』や、まさかの4つ打ちで「こういう子供向け楽曲もアリなんだ」と思い知らされた『鉄火のマキちゃん』など、いつの間にか純粋に曲として惹かれていることに気がついた。万が一、半ば冷やかしのような感じで聴き始めたとしても、聴き終わる頃には「あれ、なんだか良い曲が揃ってるぞ?」などと感じること間違いなしだ。
■終わりに
試聴にあたり、同じ環境で普段リファレンスに使っているアルバムもいくつか再生してみたが、本アルバムはそれらに引けを取らないポテンシャルを秘めていると感じた。
アンパンマンのベストヒットアルバムはSpotifyなどのサブスクリプションサービスの他、音楽配信サイト・OTOTOYにてロスレスのCD音源も配信されている(今回の試聴にもこちらを使用した)。皆さんも機会があれば、決して舐めてかかることなく、フラットな気持ちで楽曲を聴いてみると良いだろう。
今回はちょっとスゴい環境で聴いてしまったが、もちろんデスクトップやポータブルの環境においても、そのパフォーマンスは十分に発揮されるはずだ。
他にも冒頭で挙げた通り、なかなか聴き直すという発想に至らなかったり、「聴き直す必要はない」と決めつけてしまっている音楽は少なくないはずだ。デジタル配信の環境が大幅に整っている昨今、かつてはわざわざ触れる機会が無かったような楽曲も、意外と簡単に聴くことができるようになっていたりする。自分の好みの音楽のルーツを紐解くように、思い出の楽曲を振り返ってみるのも、新しい発見があるかもしれない。
それでは僕は、同じく高音質とされる『やっぱりサルゲッチュ』のCDを探す旅に戻ります。お相手はだいせんせいこと工藤寛顕でした。