初期6作品を再レコーディングする理由とは
“原盤権”を取り戻せ! テイラー・スウィフトが仕掛けたストリーミング時代の新戦略
■テイラー・スウィフトが初期作品を“再録音”してデジタル配信。その理由は……
テイラー・スウィフトは米国時間2月12日の夜、シングル「ラヴ・ストーリー(テイラーズ・ヴァージョン)」をデジタル配信でリリースした。突然のリリースにも関わらずニュー・ヴァージョンへの反響は大きく、再録版のオンデマンドストリーム(オーディオとYouTubeのリリック・ビデオを合わせたもの)が米国で初日に580万回という驚異的な再生回数を記録。さらに24時間で1万ダウンロードを記録したと米ビルボードが報じている。オリジナルを凌ぐ出来だったことがファンを惹きつけた。
「ラヴ・ストーリー」は、ロミオとジュリエットをモチーフに、当時17歳のスウィフト自らが書いた作品。ボーイフレンドとの交際を両親に猛反対されたことをきっかけに、1時間部屋にこもって書き上げたという。シンガーソングライターとして名声を獲得するきっかけとなった楽曲で、オリジナルの『フィアレス』(2008年発売)でもこの曲が先行シングルとなり、全米チャート4位。RIAA(米国レコード協会)にダイヤモンドディスクの認定受けている。
この再レコーディングは、ストリーミング時代に呼応したミュージシャンの新しい試みである。実は彼女は、デビューからビッグ・マシン・レコード在籍時にリリースした自身の全ての楽曲(6アルバム)を再レコーディングする計画を立てている。一音一音違えずにほぼ同じものを作り上げるというのだ。この「ラヴ・ストーリー(テイラーズ・ヴァージョン)」はこの再録プロジェクトの第一弾シングルとなる。
2008年に「ラヴ・ストーリー」がリリースされた時点で、時代はデジタルとなっていた。さらに2011年にSpotifyが米国上陸し、2015年にApple Musicがスタートすると、サブスクリプション型の音楽ストリーミングサービスが時代の主流となってきた。
しかし、このサブスクリプション型では1再生あたりのミュージシャンに還元される金銭的な報酬が少なすぎるとして、音楽制作者サイドからの指摘が繰り返しなされてきた。テイラー・スウィフト自身も、2014年から3年間に渡って、Spotifyに対して自身の楽曲提供をボイコットするといった抗議活動を行った(2017年の夏にSpotifyとよりを戻し、全カタログを解禁)ほか、2015年には、「Apple Music」の3カ月の無料トライアル期間中もアーティストに報酬を支払うことを強く主張している。
■原盤権が投資対象として売買され、アーティストの手元から離れてしまう
なぜ彼女は、昔のアルバムをレコーディングし直すことになったのか。ここには原盤権という、本来音楽家の収益を守るための権利が投資対象としてみなされた結果、アーティスト本人の意図せぬ売買がなされてしまうというビジネス上の課題が背景にある。
話は2019年夏、ジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデなどを顧客に持つ米エンタメ界の敏腕マネージャー、スクーター・ブラウンが筆頭株主のイサカ・ホールディングス(Ithaca Holdings)が、テイラー・スウィフトが2018年まで所属していたビッグ・マシン・レコードを買収したことに始まる。ビッグ・マシン・レコードはスウィフトが15歳の時に契約したナッシュビルの会社で、彼女が2018年11月にUMG傘下のリパブリック・レコードに移籍するまで12年間にわたって所属していた。
自分のかかわった作品の譲渡の交渉をすすめるが合意に至らず、スウィフトの初期6枚の権利は同社に残ってしまう。2020年11月、ビッグ・マシン・レコードからスウィフトのマスターを買収したイサカの代表のブラウンとの交渉も不調に終わり、6枚の音源の権利は、彼女が知らない間にさらに別の投資会社Shamrock Holdingsに売却されてしまう。新たな所有者の手に売り渡されてしまった過去6作分のアルバム収録曲の原盤権を“取り戻す”ため、6アルバムを寸部違わず再レコーディングするという方法で、新たな原盤を所有し、古いマスターを陳腐化させて価値を下げて行くつもりだという考えを明らかにした。
楽曲の再録音により、アーティストが曲の権利を取り戻す動きは過去にもあったが、スウィフトほどの大物がそのキャリアのピークでこの手段に出るのは異例のことだ。90年代にはプリンスが、ワーナー・ブラザーズと原盤権をめぐって対立した結果、自らのバックカタログをすべて再レコーディングすることを宣言した。とは言え、プリンスは最終的に原盤権を買い戻すことに成功し、再レコーディングしたのは数曲だけだった。
音楽の流通形態の変化も重要なポイントだ。CDなどのモノを購入してその対価を支払う所有型の利用方法から、現在ではストリーミング・サービスのようにサービスに対して対価を支払う利用型が音楽流通のメインになってきている。ミュージシャンに対しては、CDの売り上げからの分配では少なくとも数十円の配分があったものが、ストリーミングだと1回あたりの単価が低く数十銭〜というマイクロペイメントになってしまう。著作権やレーベルなどが持つ原盤権が見直されるのは、所有することで少額でも長い期間の間で利用料の還元を受けるメリットの大切さがますます見直されているからだ。著作権も原盤権も、投資の対象としても充分魅力あるものになっている。
2020年11月22日(米国時間)に開催された『アメリカン・ミュージック・アワード 2020』(AMAs2020)で、「最優秀アーティスト賞」、「最優秀ポップ/ロック・女性アーティスト賞」、「最優秀ミュージック・ビデオ賞」を受賞したテイラー・スウィフトは授賞式を欠席した理由について「今夜私がそこにいないのは、自分の古い楽曲を、オリジナルをレコーディングしたスタジオで再録音しているからです」と、旧作の再レコーディングの真っ最中であることを明かした。
「知らされることなく自分の音楽が売られてしまったのはこれで2回目でした」と、憤りながらTwitterで事情を説明してきた彼女は、この「AMAs2020」の場で、旧作の再レコーディングを初めてメディアに公にしたのだ。
テイラー・スウィフトは米国時間2月12日の夜、シングル「ラヴ・ストーリー(テイラーズ・ヴァージョン)」をデジタル配信でリリースした。突然のリリースにも関わらずニュー・ヴァージョンへの反響は大きく、再録版のオンデマンドストリーム(オーディオとYouTubeのリリック・ビデオを合わせたもの)が米国で初日に580万回という驚異的な再生回数を記録。さらに24時間で1万ダウンロードを記録したと米ビルボードが報じている。オリジナルを凌ぐ出来だったことがファンを惹きつけた。
「ラヴ・ストーリー」は、ロミオとジュリエットをモチーフに、当時17歳のスウィフト自らが書いた作品。ボーイフレンドとの交際を両親に猛反対されたことをきっかけに、1時間部屋にこもって書き上げたという。シンガーソングライターとして名声を獲得するきっかけとなった楽曲で、オリジナルの『フィアレス』(2008年発売)でもこの曲が先行シングルとなり、全米チャート4位。RIAA(米国レコード協会)にダイヤモンドディスクの認定受けている。
この再レコーディングは、ストリーミング時代に呼応したミュージシャンの新しい試みである。実は彼女は、デビューからビッグ・マシン・レコード在籍時にリリースした自身の全ての楽曲(6アルバム)を再レコーディングする計画を立てている。一音一音違えずにほぼ同じものを作り上げるというのだ。この「ラヴ・ストーリー(テイラーズ・ヴァージョン)」はこの再録プロジェクトの第一弾シングルとなる。
2008年に「ラヴ・ストーリー」がリリースされた時点で、時代はデジタルとなっていた。さらに2011年にSpotifyが米国上陸し、2015年にApple Musicがスタートすると、サブスクリプション型の音楽ストリーミングサービスが時代の主流となってきた。
しかし、このサブスクリプション型では1再生あたりのミュージシャンに還元される金銭的な報酬が少なすぎるとして、音楽制作者サイドからの指摘が繰り返しなされてきた。テイラー・スウィフト自身も、2014年から3年間に渡って、Spotifyに対して自身の楽曲提供をボイコットするといった抗議活動を行った(2017年の夏にSpotifyとよりを戻し、全カタログを解禁)ほか、2015年には、「Apple Music」の3カ月の無料トライアル期間中もアーティストに報酬を支払うことを強く主張している。
■原盤権が投資対象として売買され、アーティストの手元から離れてしまう
なぜ彼女は、昔のアルバムをレコーディングし直すことになったのか。ここには原盤権という、本来音楽家の収益を守るための権利が投資対象としてみなされた結果、アーティスト本人の意図せぬ売買がなされてしまうというビジネス上の課題が背景にある。
話は2019年夏、ジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデなどを顧客に持つ米エンタメ界の敏腕マネージャー、スクーター・ブラウンが筆頭株主のイサカ・ホールディングス(Ithaca Holdings)が、テイラー・スウィフトが2018年まで所属していたビッグ・マシン・レコードを買収したことに始まる。ビッグ・マシン・レコードはスウィフトが15歳の時に契約したナッシュビルの会社で、彼女が2018年11月にUMG傘下のリパブリック・レコードに移籍するまで12年間にわたって所属していた。
自分のかかわった作品の譲渡の交渉をすすめるが合意に至らず、スウィフトの初期6枚の権利は同社に残ってしまう。2020年11月、ビッグ・マシン・レコードからスウィフトのマスターを買収したイサカの代表のブラウンとの交渉も不調に終わり、6枚の音源の権利は、彼女が知らない間にさらに別の投資会社Shamrock Holdingsに売却されてしまう。新たな所有者の手に売り渡されてしまった過去6作分のアルバム収録曲の原盤権を“取り戻す”ため、6アルバムを寸部違わず再レコーディングするという方法で、新たな原盤を所有し、古いマスターを陳腐化させて価値を下げて行くつもりだという考えを明らかにした。
楽曲の再録音により、アーティストが曲の権利を取り戻す動きは過去にもあったが、スウィフトほどの大物がそのキャリアのピークでこの手段に出るのは異例のことだ。90年代にはプリンスが、ワーナー・ブラザーズと原盤権をめぐって対立した結果、自らのバックカタログをすべて再レコーディングすることを宣言した。とは言え、プリンスは最終的に原盤権を買い戻すことに成功し、再レコーディングしたのは数曲だけだった。
音楽の流通形態の変化も重要なポイントだ。CDなどのモノを購入してその対価を支払う所有型の利用方法から、現在ではストリーミング・サービスのようにサービスに対して対価を支払う利用型が音楽流通のメインになってきている。ミュージシャンに対しては、CDの売り上げからの分配では少なくとも数十円の配分があったものが、ストリーミングだと1回あたりの単価が低く数十銭〜というマイクロペイメントになってしまう。著作権やレーベルなどが持つ原盤権が見直されるのは、所有することで少額でも長い期間の間で利用料の還元を受けるメリットの大切さがますます見直されているからだ。著作権も原盤権も、投資の対象としても充分魅力あるものになっている。
2020年11月22日(米国時間)に開催された『アメリカン・ミュージック・アワード 2020』(AMAs2020)で、「最優秀アーティスト賞」、「最優秀ポップ/ロック・女性アーティスト賞」、「最優秀ミュージック・ビデオ賞」を受賞したテイラー・スウィフトは授賞式を欠席した理由について「今夜私がそこにいないのは、自分の古い楽曲を、オリジナルをレコーディングしたスタジオで再録音しているからです」と、旧作の再レコーディングの真っ最中であることを明かした。
「知らされることなく自分の音楽が売られてしまったのはこれで2回目でした」と、憤りながらTwitterで事情を説明してきた彼女は、この「AMAs2020」の場で、旧作の再レコーディングを初めてメディアに公にしたのだ。