【特別企画】旗艦モデル「888」の制動力にも驚愕
カナダのアンプブランド「MOON」の工場をレポート! 10年保証を約束する精緻なもの作りの秘密を探る
■屋上にはグリーンを植え、工場内の温度変化をコントロール
意外に広い工場内をひととおり見て、2階の試聴室に案内される……と思ったらもうひとつ上へ行けという。ドアを開けるとそこは屋上で、一面に植物が植わっている。これで外熱を遮り、建物内の温度変化を抑えるのである。「今年はしなかったけど…」毎年植え替える。エコである。
2Fはパーティー・ルームのような豪華な部屋となっており、ピアノにドラムセット、MOONの特別バージョンなどが飾られる。実際クリスマス・パーティーもするらしい。試聴室はその奥に設置されている。
試聴室はメインとサブの2つ用意されており、メイン試聴室は30畳以上もある部屋に、MOONのトップクラスの製品があつらえられている。取材時にはWilson Audioのスピーカーがレファレンスとして置かれており、パワーアンプ「888」をモノラル仕様で駆動する。サブ試聴室はひと回り小さく、ネットワークプレーヤーMiND、パワーアンプ「400M」など、よりカジュアルなシステムで構成される。
■アンプを突き詰めたMOONの厳しく精密な音
そして今回最大の目的、いよいよ同社最上位モデル、パワーアンプ「888」の試聴である。その規模と作り込み、尋常のアンプではない。
試聴システムは、CDプレーヤー「650D」、DAコンバーター「680D」、プリアンプ「850P」と強化電源「820S」×2台と組み合わせている(なお、「888」以外は日本国内にも導入されている)。
厳しい。精密極まりない。ソースつまりCDの音が、残さず引き出されている。それをスピーカーに出させようとする。嫌だと言っても、首の根を押さえつけて無理矢理鳴らそうとする。888から聴こえてきたのはそんな音である。ものすごい制動力なのだ。スピーカーを捉えて離さない。低音の実在感が、何という強力な把握力で描き出されていることか。ショパンの「スケルツォ第2番」を聴いて、まずそのことに驚愕した。
低音が厚い。明確だ。それだけではない。この低音には濃密な表情がある。ピアノの最低音部をこれほど生の音で聴いた経験は、過去にどうしても思いつかない。
エネルギーに無駄がない。どんな小さな音も空振りしない。モンテヴェルディのマドリガルは声楽と古楽器の多彩なアンサンブルだが、音の彫りがものすごく深い。弱音になるほどそれが痛感される。音が大きいのではない。微弱な信号までエネルギー豊かなのだ。
声が生きている。気がつくと、背景は真っ暗なくらいに静かだ。このS/Nも驚異的である。
オーケストラが巨大なスケールなのは、言わば当然でもある。等身大というのは言いすぎにしても、奥行きと広がりと高さと、つまり空間全てがすっぽりそこにある。その空気が厚い、いや熱い。濃いのだ。空気がそこにある。ホールの濃厚な空気が見える気がする。
他にもジャズやコンチェルト、コーラスなど色々聴いたのだが、どれにもライヴのような温度感がある。そして最初に戻って言うと、それはCDの音そのものなのだ。音の良し悪しなど超越して、音楽を直に感じた思いがする。MOON=simaudioはアンプというものを、突き詰めてしまったのかもしれないとさえ思えた。
本記事は『季刊・AudioAccessory vol.175』からの転載です。