<連載>角田郁雄のオーディオSUPREME
驚異の“1億2000万円超え”スピーカー、マジコの最高峰「M9」を聴く。まさに「音響の彫刻」、静寂の中から音楽が湧き出てくる
マジコのフラグシップ「M9」が日本に上陸。驚愕のサウンドを聴く
今年の春先、アメリカのスピーカーブランド、マジコからMシリーズ最高峰の「MAGICO M9」が登場すると、輸入元のエレクトリからお聞きしました。それは2mを超えるスピーカーとのことでした。それから数ヶ月たった4月下旬、私は僥倖にもエレクトリのリスニングルームを訪問し、M9を目の前にし音楽を堪能することができました。今回はそのM9をレポートします。
まずマジコのスピーカー製作の考え方ですが、それはひと言で説明するなら、録音スタジオやホールの空間で、奏者がリアルに演奏のさまを描写することです。現代のスピーカーなら、こんなことは当たり前と言えるかもしれませんが、マジコは常にどこにも類を見ない、価格度外視の最新のハイテク素材を研究し、それを投入していることが特徴です。
その特徴の一つは、エンクロージャーです。アルミブロックを高精度切削し、特殊なカーボン素材を組み合わせることで、ウーファーが大振幅してもエンクロージャーの振動を大幅に低減します。低音の透明度を維持するわけです。さらに一部の低域周波数を強調させず、自然な低音を実現するために、低音リニアリティー(直線性)の高い密閉型を採用しています。その上で、トゥイーターやミッドレンジに、ウーファーの音圧が加わらない工夫もしています。
搭載するドライバーは、シリーズごとに処理や素材、口径、磁気回路などが異なりますが、トゥイーターでは解像度が高く、高域特性に優れたベリリウム振動板を採用、ミッドレンジとウーファーには、特殊なカーボン振動板を採用しています。カーボン系振動板は内部損失が高く、軽量で高い剛性を実現します。大音圧でも透明度の高い音を放射できるわけです。
さらにマジコは、緻密なコンピューター解析を行い理想的な周波数特性などの性能値を追求します。長時間にわたるリスニングも行い、聴感で感じるわずかな不快な音、ハーシュネスまでも排除しています。そして理想とするネットワーク回路を構築し搭載しています。こんな特徴が、マジコの各シリーズに投入されているのです。
M9は「音響の彫刻」とも呼びたくなる堂々たる佇まい
そんなマジコの現在のテクノロジーの技術の粋を結集したのが、今回紹介するM9なのです。その姿は「音響の彫刻」「音楽の彫刻」と呼びたくなる堂々たる姿なのです。
特徴を紹介しましょう。28mmトゥイーターと15cmミッドレンジを各1基、28cmミッドバスと38cmウーファーを各2基搭載する4ウェイ密閉型で、高さは2.03m。まさに驚愕級サイズであり、独自の完全バランス・ディスクリート・ネットワークと独自の電子制御チャンネルデバイダーMXO=「Magico Analog Crossover」を使用することも特徴です。
エンクロージャーは上下に2分割されており、世界初のアルミハニカムコア材の表裏をカーボンファイバーでサンドイッチした素材を採用しています。このアルミハニカムは蜂の巣形状で、アルミや鉄と比較すると軽量かつ高硬度であり、ひっぱりや圧縮に強く、高精度な加工も行える素材です。フロントバッフルは、重厚な6061 T6航空機アルミ製であり、メイン・エンクロージャーをカバーするかのように設置されます。フロントバッフルとリアは、長いロッドでタイトに連結されています。
さらにフロントバッフルの裏側には、各ユニットを取り付けるアルミ製サブバッフルも設置されています。この構造により、各ユニットの振動板による背後の音圧を内部に溜め込むことなく、エンクロージャー振動を制御することができるわけです。特にミッド・バスとウーファーの大音圧を消し、振動を低減するだけではなく、内部定在波までも解消します。平行面も一切無くし、回折効果も発生しません。
この開発設計では有限要素解析モデリングを行い、有機的なエンクロージャー形状を実現したとのことです。このエンクロージャーは、光沢のあるシルバーの強固なベースプレートと丸みを帯びた専用フットで4点支持されます。
次に、注目のユニットについて説明します。トゥイーターは28mmダイヤモンド・コート・ベリリウム・トゥイーターで、強力な磁気回路を搭載。これにより、高硬度化と軽量化が実現でき、高域を拡張させるだけではなく、繊細なマイクロダイナミクスと音楽のディテールを鮮明にするそうです。まさにダイナミックレンジの広い、高解像度トゥイーターと言えます。
さらに特筆すべきは、全てのユニットに最新の振動板が使用されたことです。これは世界で類を見ない、アルミハニカムコア材の表裏をナノテックコーンでサンドイッチした第8世代の振動板です。これにより、驚異的な剛性と、最も高い引張強度を実現しています。38cmコーンの成形には約1,200kgの圧力が必要になるほど、アルミコア材は高硬度であるとのことです。
またミッドレンジの後部にはテーパー状の音圧減衰チャンバーも設置し、低域ユニットの音圧も避けています。これらのユニットには強力なネオジウムマグネットが使用され、ボイスコイルの急峻な温度上昇による振幅動作のリニアリティー悪化を防ぐために、通気孔付きのチタン製ボイスコイルも使用します。さらに磁気回路の上部にマッチング・マグネットを配置することにより、歪みなく最大120dBSPL(1m)を実現します。
注目すべきは、これだけではありません。前述のMXO、独自の電子制御チャンネルデバイダーです。これだけのユニットを搭載すると大型コンデンサーや空芯コイルなどのパッシブ・ネットワーク構成も複雑で巨大化してしまいます。高い精度も必要となります。そこで、独自の完全バランス・ディスクリート構成のMXOを開発したわけです。
クロスオーバー周波数は120Hzで、-24dB/oct.という急峻なスロープ設定で、高精度アッテネーターにより120Hz以上/以下の出力レベルを0.5dBステップで左右独立調整できます。電源部も別筐体で、リジェネレータ方式の左右独立リニア電源を搭載しています。こうした構成であるため、実際の駆動には、ステレオパワーアンプならば2基(モノラルパワーアンプならば4基)が必要となります。
静寂から音楽が湧き出る印象。まさにコンサートホールにいるような臨場感
素晴らしいのは、その音質です。最初にイザベル・ファウストによるドビュッシーの「最後の3つのソナタ」とトルド・グスタフセン・トリオのコンテンポラリージャズ「Opening」を再生しました。いずれも静寂感のある音源です。音量はコンサートホールの中央、5列目前後で経験した音量と同じ程度です。
思わず感激したことは、まさに生演奏と言えるほどの演奏のさまが眼前に展開したことです。ピアノやドラムスのアタックが強調されることはなく、生の音のような自然な音の立ち上がりを感じ、ヴァイオリンの響きは弦と胴の響きを鮮明にし、巧みなボウイングの様子が中央に定位します。
微細な弦の響きが多方向に広がっていることも体験できました。シンバルの音もシャープにならず、繊細さや柔らかさもよく再現されています。ベースでは指使いが鮮明で、指で弾く様子も生々しいです。これらは、エンクロージャーによるアタックの強調がないからです。従って超微細な音までも、消え入るまで確実に聴こえます。
この両音楽では、静寂の中から音楽が湧き出てくる印象を受け、本当にコンサートで音楽を聴いている感覚になります。録音の優れた音楽を再生すると、録音物とは思えない、鳥肌が立つほどの驚愕の音と演奏のリアリティが体験できます。ダブル・ウーファーだからと言って、低音強調感はなく静かにリニアに伸びてきます。これは弱音から強音までレスポンスが素早いからだと推察されます。前述のエンクロージャーとユニット技術の効果も発揮されているからだと思います。
高域も固有音や刺激感がなく、高域倍音の広がりは透明度を極めています。シェーンベルクの「ヴァイオリン協奏曲」の終楽章後半のカデンツァは生演奏さながらで、巧みなボウイングが堪能でき、本当のストラディヴァリウスの音が再現されたように感じました。
この直後のオケの壮大なトゥッティーでは、体に響くほどの高い音圧を感じましたが、歪み感が皆無であることに驚きを隠せませんでした。ジャズやフュージョンのレコードも再生したが、高解像度特性、ワイドレンジ特性というオーディオ的なことや、再生装置のことなどを一切忘れてしまい、ひたすら音楽に没頭してしまいました。MAGICO M9は、それほどに音楽支配力の高い、独自技術の粋を結集したスピーカーなのです。