【特別企画】既成概念に捉われないアイデアを具現化
由紀精密のアナログプレーヤーに惚れた!小原由夫の「AP-01」導入記
アナログ再生の限りなき可能性を探求し続ける評論家、小原由夫氏。同氏の自宅ルームに新たなるパートナーが加わった。由紀精密のアナログプレーヤーの最新モデル「AP-01」である。シンプルな外観に込められた驚くべきポテンシャル。その出会いから導入までのストーリーを、小原氏に語っていただこう。
終のアナログプレーヤーのつもりで購入したものをまさかこうして手放す日が来るとは、よもやまったく予想だにしなかった。コロナ禍での収入減が原因ではもちろんなく、ましてやどこか不具合が出てきたとか、不満を持ち始めたというわけでもない(パフォーマンスはむしろ絶好調だ)。この10年間、テクダス「Air Force One」は、公私共々我がオーディオシステムの中核として、まさしく威風堂々と鎮座してきたのだから。
他方では、昨日よりも今日、今日よりも明日に、もっといい音でレコードを聴きたいというのが、私のアナログオーディオに対する姿勢・信条だ。古い音源を往時のシステムで鳴らしてノスタルジーに浸るという思考は私にはない。
しからば新しい溝を“ホジる”というのが私の常。少しでも先を目指した「攻めの姿勢」でいたいという、そんな私のアナログオーディオ・マインドに再び火をつけるマシンが目の前に現われたものだから、心中穏やかでなくなった。
見た目も設計思想もAir Force Oneとまるで違う、それは由紀精密「AP-01」。銀色にまぶしく輝く、オープン構造の糸ドライブ・プレーヤーである。
「アナログプレーヤーを機械的に正しく動作させるとは、どういうことか」。AP-01の設計コンセプトを同社社長の永松 純氏はきっぱり簡潔に説明した。つまりレコードの音溝からいかに忠実に情報を拾い上げるか。そのためにプレーヤーはどうあるべきか。AP-01がひたすらに追求したのはそこだ。
オーディオメーカーではない異業種の製造業を沿革としてきた由紀精密は、音質を追い込んでいくノウハウには乏しい。しかし宇宙や航空産業、医療分野で培ってきた超精密加工技術はどこにも負けないものがある。
音をよくしていく以前に、機械という視点からのアナログプレーヤーの正しい(理想的な)動作とは何かを、音響的アプローチからでなく、ピュアにエンジニアリングの観点から見つめたのだ。だからこそ既存のオーディオメーカーにはない斬新な発想と工夫を、AP-01の随所に盛り込むことができたのだろう。
由紀精密が完成させた独自フィーチャーの中で最初に興味を持ったのは、磁力の反発の活用である。おそらく誰もがイメージするマグネットベアリング機構は、軸受けを浮かせる垂直方向のそれだ。しかしあにはからんやAP-01のそれは、ラジアル方向、すなわち水平方向に反発力を利用したもので、言い換えれば、回転する駒の垂直な状態をいかに長く保つかに磁力が活かされている。つまり縦軸に浮かせる安定性よりも、横軸でブレない円滑性を重要視したのだ。こうした発想は既存のオーディオメーカーにはない。
また、シンメトリーレイアウトによる糸ドライブの駆動ブロックには、AP-01は新たにマグネシウムシャフトを採り入れた。これはモーター回転機構と連携する中で、いかに振動を抑制するかという研究の過程で行き着いたアプローチである。
そして何よりピュアストレートアーム嫌いだった私を納得させたそのパフォーマンスの確かさは、トラッキングエラーよりもエネルギーの確かな伝達がいかに重要かを私に指し示した。
この他にも電源回路の独自設計による刷新、プラッター本体の導電性の向上、シャフト径の大型化、マグネットベアリングのブラッシュアップなど、AP-0からの性能アップのモディファイが多数実施された。
以上の数々のオリジンを通して感じるのは、オーディオ的な『邪心』がそのどこにもないことである。繰り返しになるが、過去にさまざまなオーディオメーカーが取り組んできた要素に捉われることなく、機械的に正しいことをとことん突き詰めたからこそ辿り着いたいくつもの斬新かつ驚くべきアイディア。AP-01(AP-0)のレーゾン・デートゥルはそれらによって形作られているのである。
前述した数々の独創性から。AP-01の音はさぞ凄味のある、リスナーに四の五の言わせない圧倒的な剛音と想像されるかもしれない。しかし事実はまったく逆だ。AP-01の音はしなやかで開放的であり、極めて自然体、ナチュラルのひと言に尽きる。一方では、大地にどっしり根を張ったような微動だにしないエネルギーバランスの超安定さもある。一見華奢に映るオープン構造の本機がAir Force Oneよりも凄いと感じた中の最大の驚きはそこだった。
Air Force Oneからの入れ替えは“グレードダウン”ではないかといった人も中にはいる。私にすれば、そうした考えはまったくナンセンスだ。オーディオ機器に限らず、ある価格帯以上の工業製品は、そこに傾注されたテクノロジーやコンセプトに賛同できれば、グレードアップもグレードダウンもない。要は、様々な角度から見たその製品の“在り様”に共鳴し、惚れ込めるかどうかが肝心だ。
そういう意味では、私は由紀精密という会社に“惚れた”ともいえるし、こういう言い方が許されるならば、“賭けた”といってもいい。これまで同社は精度が要求される産業分野に極めて精密な部品を供給してきたわけだが、そこに自社ブランドの刻印は一切なく、いわば黒子に撤してきた。
一方、近年社内では、自社ブランド名を明晰に掲げられるプロダクツを生み出そうという気概と気運が高まっていたとのこと。“YUKI”の刻印が押された民生市場向けのプロダクツ第1弾が、アナログプレーヤー。AP-0であり、AP-01である。
私はここにオーディオ版「下町ロケット」の姿を見た思いだ。力を合わせて難局を乗り越えようとする意志だけでなく、既成概念に捉われないアイデアを具現化するべく、決して諦めない強い精神力。まさしくあの名作に綴られた熱い企業戦士たちの姿そのものではないか。
過去には、独自技術やノウハウを引っ提げた異業種大メーカーが、意気軒高とオーディオ界に進出した例があったが、たかだか数年で踵を返し、さっさと退散していった(事情は色々あろうが)。もしかすると由紀精密もと不安がよぎったことはこの際白状しよう。
しかし、由紀精密はそれほど大所帯ではないし(失礼!)、いきなりドーンと大風呂敷を広げたわけでもない。そして何より私が信頼しているのは、社長の永松氏を始め、音楽が好きでオーディオを愛する熱血漢が同社にはたくさんいることだ。永松氏の目の黒いうちはこの事業を止めることはないだろう。私は何度かお会いする中でそう確信した。
太陽系宇宙というミクロコスモスに進出している由紀精密にとって、マイクログルーブ(音溝)というまったく異なるミクロコスモスを探求する新たな「Great Journey」がこれから始まる。
私もその旅に同行してみたいと思ったのである。
試聴室Photo by 君嶋寛慶
(提供:由紀精密)
本記事は『アナログ vol.80』からの転載です。
アナログにノスタルジーは存在しない
終のアナログプレーヤーのつもりで購入したものをまさかこうして手放す日が来るとは、よもやまったく予想だにしなかった。コロナ禍での収入減が原因ではもちろんなく、ましてやどこか不具合が出てきたとか、不満を持ち始めたというわけでもない(パフォーマンスはむしろ絶好調だ)。この10年間、テクダス「Air Force One」は、公私共々我がオーディオシステムの中核として、まさしく威風堂々と鎮座してきたのだから。
他方では、昨日よりも今日、今日よりも明日に、もっといい音でレコードを聴きたいというのが、私のアナログオーディオに対する姿勢・信条だ。古い音源を往時のシステムで鳴らしてノスタルジーに浸るという思考は私にはない。
しからば新しい溝を“ホジる”というのが私の常。少しでも先を目指した「攻めの姿勢」でいたいという、そんな私のアナログオーディオ・マインドに再び火をつけるマシンが目の前に現われたものだから、心中穏やかでなくなった。
見た目も設計思想もAir Force Oneとまるで違う、それは由紀精密「AP-01」。銀色にまぶしく輝く、オープン構造の糸ドライブ・プレーヤーである。
超精密加工技術を武器にアナログプレーヤーの理想的な動作を追求
「アナログプレーヤーを機械的に正しく動作させるとは、どういうことか」。AP-01の設計コンセプトを同社社長の永松 純氏はきっぱり簡潔に説明した。つまりレコードの音溝からいかに忠実に情報を拾い上げるか。そのためにプレーヤーはどうあるべきか。AP-01がひたすらに追求したのはそこだ。
オーディオメーカーではない異業種の製造業を沿革としてきた由紀精密は、音質を追い込んでいくノウハウには乏しい。しかし宇宙や航空産業、医療分野で培ってきた超精密加工技術はどこにも負けないものがある。
音をよくしていく以前に、機械という視点からのアナログプレーヤーの正しい(理想的な)動作とは何かを、音響的アプローチからでなく、ピュアにエンジニアリングの観点から見つめたのだ。だからこそ既存のオーディオメーカーにはない斬新な発想と工夫を、AP-01の随所に盛り込むことができたのだろう。
横軸での円滑性を重視した磁力による非接触の軸受け
由紀精密が完成させた独自フィーチャーの中で最初に興味を持ったのは、磁力の反発の活用である。おそらく誰もがイメージするマグネットベアリング機構は、軸受けを浮かせる垂直方向のそれだ。しかしあにはからんやAP-01のそれは、ラジアル方向、すなわち水平方向に反発力を利用したもので、言い換えれば、回転する駒の垂直な状態をいかに長く保つかに磁力が活かされている。つまり縦軸に浮かせる安定性よりも、横軸でブレない円滑性を重要視したのだ。こうした発想は既存のオーディオメーカーにはない。
また、シンメトリーレイアウトによる糸ドライブの駆動ブロックには、AP-01は新たにマグネシウムシャフトを採り入れた。これはモーター回転機構と連携する中で、いかに振動を抑制するかという研究の過程で行き着いたアプローチである。
そして何よりピュアストレートアーム嫌いだった私を納得させたそのパフォーマンスの確かさは、トラッキングエラーよりもエネルギーの確かな伝達がいかに重要かを私に指し示した。
この他にも電源回路の独自設計による刷新、プラッター本体の導電性の向上、シャフト径の大型化、マグネットベアリングのブラッシュアップなど、AP-0からの性能アップのモディファイが多数実施された。
以上の数々のオリジンを通して感じるのは、オーディオ的な『邪心』がそのどこにもないことである。繰り返しになるが、過去にさまざまなオーディオメーカーが取り組んできた要素に捉われることなく、機械的に正しいことをとことん突き詰めたからこそ辿り着いたいくつもの斬新かつ驚くべきアイディア。AP-01(AP-0)のレーゾン・デートゥルはそれらによって形作られているのである。
微動だにしない超安定さ、最大の驚きはここにあり
前述した数々の独創性から。AP-01の音はさぞ凄味のある、リスナーに四の五の言わせない圧倒的な剛音と想像されるかもしれない。しかし事実はまったく逆だ。AP-01の音はしなやかで開放的であり、極めて自然体、ナチュラルのひと言に尽きる。一方では、大地にどっしり根を張ったような微動だにしないエネルギーバランスの超安定さもある。一見華奢に映るオープン構造の本機がAir Force Oneよりも凄いと感じた中の最大の驚きはそこだった。
Air Force Oneからの入れ替えは“グレードダウン”ではないかといった人も中にはいる。私にすれば、そうした考えはまったくナンセンスだ。オーディオ機器に限らず、ある価格帯以上の工業製品は、そこに傾注されたテクノロジーやコンセプトに賛同できれば、グレードアップもグレードダウンもない。要は、様々な角度から見たその製品の“在り様”に共鳴し、惚れ込めるかどうかが肝心だ。
そういう意味では、私は由紀精密という会社に“惚れた”ともいえるし、こういう言い方が許されるならば、“賭けた”といってもいい。これまで同社は精度が要求される産業分野に極めて精密な部品を供給してきたわけだが、そこに自社ブランドの刻印は一切なく、いわば黒子に撤してきた。
一方、近年社内では、自社ブランド名を明晰に掲げられるプロダクツを生み出そうという気概と気運が高まっていたとのこと。“YUKI”の刻印が押された民生市場向けのプロダクツ第1弾が、アナログプレーヤー。AP-0であり、AP-01である。
私はここにオーディオ版「下町ロケット」の姿を見た思いだ。力を合わせて難局を乗り越えようとする意志だけでなく、既成概念に捉われないアイデアを具現化するべく、決して諦めない強い精神力。まさしくあの名作に綴られた熱い企業戦士たちの姿そのものではないか。
過去には、独自技術やノウハウを引っ提げた異業種大メーカーが、意気軒高とオーディオ界に進出した例があったが、たかだか数年で踵を返し、さっさと退散していった(事情は色々あろうが)。もしかすると由紀精密もと不安がよぎったことはこの際白状しよう。
しかし、由紀精密はそれほど大所帯ではないし(失礼!)、いきなりドーンと大風呂敷を広げたわけでもない。そして何より私が信頼しているのは、社長の永松氏を始め、音楽が好きでオーディオを愛する熱血漢が同社にはたくさんいることだ。永松氏の目の黒いうちはこの事業を止めることはないだろう。私は何度かお会いする中でそう確信した。
太陽系宇宙というミクロコスモスに進出している由紀精密にとって、マイクログルーブ(音溝)というまったく異なるミクロコスモスを探求する新たな「Great Journey」がこれから始まる。
私もその旅に同行してみたいと思ったのである。
試聴室Photo by 君嶋寛慶
(提供:由紀精密)
本記事は『アナログ vol.80』からの転載です。