【特別企画】オールEXAKTで駆動するLINNの新挑戦
“スピーカーの存在が消える” LINNの新たなフラグシップ「360 EXAKT」はスピーカーの常識を覆す音がする
創業50周年を迎えた英国・LINNのフラグシップスピーカーが新しくなった。コンセプトは“Audibly Invisible”(スピーカーの存在が消える)。音楽だけ聴こえるという理想的な世界だ。「360 EXAKT」のサウンドを山之内 正氏が体験する。
伝統を継承しながら大胆な革新にチャレンジする姿勢は創業から50年を迎えた現在もまったく変わっていない。スコットランドのグラスゴーに本拠を置くLINNの話である。近年ではDSやEXAKTの提案が思い浮かぶが、創業以来のロングセラーである「LP12」ですらいまだに進化の歩みを止めていない。音楽とオーディオの本質を見極めようとする強い意志が、革新を求める原動力になっているのだ。
LINNが創業50周年を機に発売した「360」の音を体験すると、LINNの基本姿勢にブレがないことを改めて確信する。「KOMRI」を導入した2001年の時点で、目指すゴールはすでに明確に定まっていたのだろうか。最新の360に到達するまで20年以上を費やしているが、その間に道を迷った形跡はなく、EXAKTで技術の重要な前進を果たしたあとの歩みは着実だ。
360は低音を内蔵アンプで駆動するパッシブ型の「360PWAB」とEXAKTエンジンで全帯域を駆動する「360EXAKT」の2モデルが同時に誕生した。ドライバーとキャビネットは完全な新設計だが、中高域ユニットを近接配置するアレイ構造とアクティブ型ベースを組み合わせる構成は前作を踏襲。
トゥイーターは指向性を確保するために小口径化した19mmのベリリウムドーム型、ミッドレンジもドーム型で振動板は薄層織りカーボンファイバーを採用(64mm口径)、その2つのユニットにアルミ・マグネシウム合金を用いた190mmのアッパーベースを加えて「360 ARRAY」を構成し、100Hz以上の主要帯域をカバーする。
ウーファーはアッパーベースと振動板は共通だが、従来比2倍にまでストロークを拡大し、超低域の大振幅でも歪みが発生しない設計を導入。各ユニットの外周部には削り出しアルミ合金製の「トリム」を配し、ウェーブガイドの役割を与えている。
360EXAKTのエンジンはKLIMAX DSMと同様、ORGANIK DACを採用したことが重要な進化だが、もうひとつABC(アダプティブ・バイアス・コントロール)と呼ぶ新技術の導入が目を引く。出力トランジスタへの入出力信号をそれぞれデジタル化し、両者を比べてバイアス値をリアルタイムで算出するというもので、温度変化や素子の個体差に左右されず歪のない増幅を実現することが特長だ。アレイ上の3つのユニットそれぞれ専用のビスポークアンプに帯域ごとに最適化したABC回路をFPGAで構成しており、LINNが独自に開発したアルゴリズムで動作する。
低音システムも重要な進化を遂げた。ORGANIKの技術を応用してデジタルドメインのPWM変調を実現し、DA変換と増幅のプロセスを一体化したPowerDACを新たに導入したのだ。ウーファー直前までデジタル信号のまま伝送・増幅する画期的な技術であり、歪みから解放された未体験のピュアな低音再生が期待できる。
キャビネットは上部に向かって曲率が大きくなる流麗な形状に進化した。回折と定在波の発生を回避するとともに、18層の3Dプライウッドで成形したシェルと内部の補強リブの組み合わせで堅固な構造を確保している。60リットルの内容積は前作から10リットル増えており、既存のフラグシップ機と同様、密閉型の設計にこだわっている。
「360EXAKT」の再生音は、大げさな表現ではなくスピーカーの常識を覆す領域に到達している。音場の開放感と透明感が抜きん出ていて、LINNが掲げる「スピーカーの存在が消える」という表現に誇張がないことが分かる。ソプラノのドゥヴィエルの澄み切った声がステージに浮かぶ様子はホログラムのような3次元イメージそのもので、余韻は途切れることなく広大な空間に広がっていく。伴奏のリュートは撥弦楽器ならではの鋭い発音がリアルだが、大音量で聴いても硬さは皆無で、低音から高音まで、どの音域でも発音源がスピーカーに張りつく気配を見せない。
アンスネス「モーツァルト・モメンタム 1786」から聴いたピアノ四重奏はハーモニーの純度が高く、ピアノと弦楽器がこれほど自然に溶け合うことを実演以外で経験したのは初めてだ。それぞれの弦楽器の動きは内声も含めて一音たりとも音形を見失うことがなく、ピアノの低音部は微妙な和声の推移を混濁なく再現してモーツァルトならではの精妙な空気の変化を見事に再現してみせた。
ソプラノのアリアとこのピアノ四重奏に共通するのは演奏会場の立体的な空間描写が実に生々しいことで、聴きながら前後左右に動くと、ステージの遠近感や楽器の並びが微妙に変化する。コンサートホールや劇場で実際に体験することはあっても、オーディオシステムでの経験はそれと同じにはならないのが普通だ。超低域に含まれる演奏会場の暗騒音と高域に分布する空間情報を高精度に再現することで、ここまでリアルな空気感を引き出せると考えれば納得がいくが、それを裏づけるには他の録音で確かめる必要がありそうだ。360EXAKTの低音再生には未知の可能性がひそんでいる。
ストリーミングで再生したイライザ・ギルキソンはベースの重心が低く分厚い低音だが、ヴォーカルの音色がその厚い低音で変調することはなく、リズムとメロディの関係は絶妙の関係を保っている。スタジオで意図したミキシング通り、そのまま再現していることは明らかで、余分なエネルギーを乗せたり、声のエッジが目立つような演出とは対極の素直なサウンドを引き出すことができた。
LINNがフラグシップのスピーカーを手がけるのは久しぶりのことだが、開発を中断していたのではなく、KOMRI以来目標としてきた理想の音に近付けるために信号処理と振動制御の革新に取り組んできたことがうかがえる。次世代を担うスピーカーとしていま最も注目すべき製品のひとつであることは間違いない。
(編集部注)EXAKTスピーカーは、LINNのSYSTEM HUBと呼ばれるEXAKT用ヘッドユニット、もしくはEXAKT LINK接続ができるDS/DSMモデルと接続するだけでネットワークオーディオシステムが完成する。今回の試聴では、KLIMAX SYSTEM HUBとKLIMAX LP12 SEを組み合わせて、ファイル再生&レコード再生をテストした。
(提供:リンジャパン)
本記事は『季刊・Audio Accessory vol.190』からの転載です。
伝統を継承しながら革新にチャレンジ。50周年記念スピーカー「360」
伝統を継承しながら大胆な革新にチャレンジする姿勢は創業から50年を迎えた現在もまったく変わっていない。スコットランドのグラスゴーに本拠を置くLINNの話である。近年ではDSやEXAKTの提案が思い浮かぶが、創業以来のロングセラーである「LP12」ですらいまだに進化の歩みを止めていない。音楽とオーディオの本質を見極めようとする強い意志が、革新を求める原動力になっているのだ。
LINNが創業50周年を機に発売した「360」の音を体験すると、LINNの基本姿勢にブレがないことを改めて確信する。「KOMRI」を導入した2001年の時点で、目指すゴールはすでに明確に定まっていたのだろうか。最新の360に到達するまで20年以上を費やしているが、その間に道を迷った形跡はなく、EXAKTで技術の重要な前進を果たしたあとの歩みは着実だ。
360は低音を内蔵アンプで駆動するパッシブ型の「360PWAB」とEXAKTエンジンで全帯域を駆動する「360EXAKT」の2モデルが同時に誕生した。ドライバーとキャビネットは完全な新設計だが、中高域ユニットを近接配置するアレイ構造とアクティブ型ベースを組み合わせる構成は前作を踏襲。
トゥイーターは指向性を確保するために小口径化した19mmのベリリウムドーム型、ミッドレンジもドーム型で振動板は薄層織りカーボンファイバーを採用(64mm口径)、その2つのユニットにアルミ・マグネシウム合金を用いた190mmのアッパーベースを加えて「360 ARRAY」を構成し、100Hz以上の主要帯域をカバーする。
ウーファーはアッパーベースと振動板は共通だが、従来比2倍にまでストロークを拡大し、超低域の大振幅でも歪みが発生しない設計を導入。各ユニットの外周部には削り出しアルミ合金製の「トリム」を配し、ウェーブガイドの役割を与えている。
360EXAKTのエンジンはKLIMAX DSMと同様、ORGANIK DACを採用したことが重要な進化だが、もうひとつABC(アダプティブ・バイアス・コントロール)と呼ぶ新技術の導入が目を引く。出力トランジスタへの入出力信号をそれぞれデジタル化し、両者を比べてバイアス値をリアルタイムで算出するというもので、温度変化や素子の個体差に左右されず歪のない増幅を実現することが特長だ。アレイ上の3つのユニットそれぞれ専用のビスポークアンプに帯域ごとに最適化したABC回路をFPGAで構成しており、LINNが独自に開発したアルゴリズムで動作する。
低音システムも重要な進化を遂げた。ORGANIKの技術を応用してデジタルドメインのPWM変調を実現し、DA変換と増幅のプロセスを一体化したPowerDACを新たに導入したのだ。ウーファー直前までデジタル信号のまま伝送・増幅する画期的な技術であり、歪みから解放された未体験のピュアな低音再生が期待できる。
キャビネットは上部に向かって曲率が大きくなる流麗な形状に進化した。回折と定在波の発生を回避するとともに、18層の3Dプライウッドで成形したシェルと内部の補強リブの組み合わせで堅固な構造を確保している。60リットルの内容積は前作から10リットル増えており、既存のフラグシップ機と同様、密閉型の設計にこだわっている。
“スピーカーの存在が消える”という表現に誇張はなかった
「360EXAKT」の再生音は、大げさな表現ではなくスピーカーの常識を覆す領域に到達している。音場の開放感と透明感が抜きん出ていて、LINNが掲げる「スピーカーの存在が消える」という表現に誇張がないことが分かる。ソプラノのドゥヴィエルの澄み切った声がステージに浮かぶ様子はホログラムのような3次元イメージそのもので、余韻は途切れることなく広大な空間に広がっていく。伴奏のリュートは撥弦楽器ならではの鋭い発音がリアルだが、大音量で聴いても硬さは皆無で、低音から高音まで、どの音域でも発音源がスピーカーに張りつく気配を見せない。
アンスネス「モーツァルト・モメンタム 1786」から聴いたピアノ四重奏はハーモニーの純度が高く、ピアノと弦楽器がこれほど自然に溶け合うことを実演以外で経験したのは初めてだ。それぞれの弦楽器の動きは内声も含めて一音たりとも音形を見失うことがなく、ピアノの低音部は微妙な和声の推移を混濁なく再現してモーツァルトならではの精妙な空気の変化を見事に再現してみせた。
ソプラノのアリアとこのピアノ四重奏に共通するのは演奏会場の立体的な空間描写が実に生々しいことで、聴きながら前後左右に動くと、ステージの遠近感や楽器の並びが微妙に変化する。コンサートホールや劇場で実際に体験することはあっても、オーディオシステムでの経験はそれと同じにはならないのが普通だ。超低域に含まれる演奏会場の暗騒音と高域に分布する空間情報を高精度に再現することで、ここまでリアルな空気感を引き出せると考えれば納得がいくが、それを裏づけるには他の録音で確かめる必要がありそうだ。360EXAKTの低音再生には未知の可能性がひそんでいる。
ストリーミングで再生したイライザ・ギルキソンはベースの重心が低く分厚い低音だが、ヴォーカルの音色がその厚い低音で変調することはなく、リズムとメロディの関係は絶妙の関係を保っている。スタジオで意図したミキシング通り、そのまま再現していることは明らかで、余分なエネルギーを乗せたり、声のエッジが目立つような演出とは対極の素直なサウンドを引き出すことができた。
LINNがフラグシップのスピーカーを手がけるのは久しぶりのことだが、開発を中断していたのではなく、KOMRI以来目標としてきた理想の音に近付けるために信号処理と振動制御の革新に取り組んできたことがうかがえる。次世代を担うスピーカーとしていま最も注目すべき製品のひとつであることは間違いない。
(編集部注)EXAKTスピーカーは、LINNのSYSTEM HUBと呼ばれるEXAKT用ヘッドユニット、もしくはEXAKT LINK接続ができるDS/DSMモデルと接続するだけでネットワークオーディオシステムが完成する。今回の試聴では、KLIMAX SYSTEM HUBとKLIMAX LP12 SEを組み合わせて、ファイル再生&レコード再生をテストした。
(提供:リンジャパン)
本記事は『季刊・Audio Accessory vol.190』からの転載です。