上がAVプリアンプ「AV8003」、下がマルチチャンネルパワーアンプ「MM8003」。マランツ初のセパレートAVアンプだ
マランツが先月発表したミドルクラスのセパレートアンプ、AV8003とMM8003の発売が近付いてきた。前回は試作段階の音質レポートをお届けしたが、その後、本機の設計陣はさらなる音質向上を目指して部品の変更や細部の改良を続け、ついに量産直前の段階まで追い込んだという。

プリアンプの電源トランスのシールドを3層から5層に強化したり、基幹部品であるコンデンサーの一部を変更するなど、前回からの変更点は多岐にわたっているとのことなので、あらためて音を聴いてみることにした。オーディオのコンポーネントは、音が出るようになってからの追い込みにどれだけ時間をかけるかによって真価が決まるのだが、本機も妥協を排してそこにじっくり取り組んでいることがわかる。

今回はマランツのオーディオ試聴室に場所を移し、前回以上にたっぷり時間をかけて多様なソースを聴き、基本性能を検証していった。プレーヤーはSA-7S1、スピーカーはB&Wの800シリーズを組み合わせた。

最初に聴いたジャンマリア・テスタはイタリアの男性シンガーソングライター。静かに語りかけるような味わい深い声と、ギターやサックスのジャジーなサウンドの組み合わせが不思議なほど新鮮に響く。AV8003とMM8003の組み合わせで聴くボーカルは前回試聴時よりもさらにピュアで、息遣いまでが生々しい。

試聴はマランツのオーディオ試聴室。実際に音を追い込んだのもこの部屋という
その実在感を支えているのは際立ったS/Nの高さとセパレーションの良さだと思う。どちらもセパレートアンプならではの資質とはいえ、一朝一夕に手に入るものでもない。スペック上のS/Nやセパレーションの良さを確保することに加えて、音楽信号を再生したときのノイズや歪みを徹底して排除する必要があるし、そのためには多様なソースを聴き込んできめ細かくチェックし、音色や響きの純度を高めていく作業が欠かせない。そうしたある意味で地味な聴き込みを続けていった製品は、その成果が確実に音に現れてくる。今回の試聴で最初に感心したのはその点である。

次に聴いたベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』はヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団の演奏。ドイツのオーケストラらしい重心の低い響きが狙い通りに出てくるかどうかが一番の聴きどころなのだが、そうは言っても、響きの見通しがよくなければこの演奏にそなわる推進力の高さは伝わってこない。重厚な低弦の響きと同時に、正確にリズムを刻む内声の動きも聴き取ることができるかどうか。そこに注意しながら第1楽章を聴き進めていくと、低域の密度感と音場の透明感が両立していることに気付いた。第3楽章のトリオでは3本のホルンが伸びやかなハーモニーを聴かせ、硬さや窮屈なところはまったく感じさせない。

シューベルトの『ます』はコントラバスを加えたピアノ五重奏曲の厚みのある響きを見事に再現した。田部京子とカルミナ弦楽四重奏団のメンバーの呼吸が揃っていることに加えて、コントラバスが立ち上がりのクリアな音でテンポを積極的にリードしていることもよくわかる。第4楽章の変奏曲では弦楽器の弓の速さと空気をたっぷり含んだ開放的な響きがなんとも心地よく、気が付いたら最後まで聴き通していた。本機のように音楽の楽しさ、演奏の躍動感を引き出すアンプは大歓迎である。

BDソフト『ブレードランナー・ファイナルカット版』の音にじっくり耳を傾ける山之内氏
次に、プレーヤーをBD8002に変更してBDを再生し、HDオーディオの音を確認した。『ブレードランナー・ファイナルカット版』冒頭シーンはシンセサイザーの厚みのあるサウンドで幕を開ける印象的な場面だが、新しいマスターのTrueHDのスケール感と空間の広大なイメージは、DVDとはあまりにも印象が違う。緻密さを取り戻した映像のクオリティとともに、それこそ世界観の違いを感じさせるほどに深みがあり、次の展開への期待が高まる。今回は音の試聴に重点を置くため、ディスプレイは確認用の小型モニターを組み合わせただけなのだが、それでもリドリー・スコット監督が描こうとしている世界のスケールの大きさとテーマの深さはサウンドから存分に伝わってきた。名作をもう一度見直すときの動機は様々だが、ここまで音が変わるのなら、それだけでじっくり時間をかける価値は十分にあると思った。

次は『イノセンス』のおなじみの場面(食料品店のシーン)をリニアPCMで再生した。何度も聴いてきたきめ細かい効果音の一つひとつが初めて聴くように新鮮で生々しく、しかもそれぞれの音のフォーカスが非常に高い。特に、薬莢が落ちる音やガラスがくだけ散る音など、鋭い音を伴う効果音の生々しさは驚くばかりで、この作品のサウンドデザインへの強いこだわりがあらためて実感できた。ドアが閉まる音の余韻や静寂のなかから雨の音が聞こえてくる部分など、空間の大きさを表現するサウンドの巧みさにも強い印象を受ける。何度聴いても感心する場面だが、セパレートアンプで鳴らすと、さらに新しい発見が生まれるのである。

最後に音楽ソフトの代表としてメンデルスゾーンの『夏の夜の夢』を再生した。バレエの付随音楽の域にとどまらない名曲をPCMでサラウンド収録したオーパスアルテレーベルのBDである。このディスクを皮切りにバレエとオペラのBDが同レーベルから続々と登場しているが、内容はもちろんのこと、いずれも映像・音声ともに第一級の水準で収録されていることが嬉しい。筆者の私見だが、高品質の音楽ソフトを聴くと、映画以上にセパレートアンプのメリットが実感できると思う。この曲の再生では、細かい音符が連なる弦楽器の精密な動きと、途中で挿入されるソプラノや合唱の透明感を引き出すことがカギだが、どちらもまったく不安なく楽しむことができた。さらに、AV8003とMM8003の組み合わせで聴くと、舞台の動きとリンクした音楽の躍動感や木管楽器の表情の豊かさにも自然に注意が向いていく。

音楽ディスクをかけたときにも感じたことだが、この新しいセパレートアンプの組み合わせは、音楽の一番おいしい部分を巧みに引き出してくるところがある。そのときに余計な脚色をすることはないが、音色、空間性など、大切な要素は忠実に再現する。その素直な描写力こそが、本機を選ぶ重要な決め手になるのではないだろうか。