貝山氏(以下 敬称略) ビクターのDLA-HD750が批評家大賞を獲得したのは、非常に順当な結果だと思います。プレーヤーやアンプにも特筆すべきモデルは数多くありましたが、画の出口を担当する製品の最高峰として総合的にこのモデルを評価し、今回の賞を授与したいと思います。

(以下 敬称略) DLA-HD1の登場インパクト、パネルを一新して大幅な画質向上を実現したDLA-HD100と、ここ数年ビクターのプロジェクターは評論家やAVファンの高い評価と信頼を勝ち取ってきました。ところが、今回のモデルはその中でももっとも変化が大きい。5万:1という非常に優秀なネイティブコントラスト値に代表される画質の進化ももちろんですが、デザインや構造面でも革新性が大いに盛り込まれています。

音元出版第3試聴室にて視聴を行った

貝山 外観から分かるように、光学系構造が抜本的に見直されています。従来のL字構造ではなくストレート方式に変更することで、光のロスを大幅に低減させているようですね。

 その結果、大幅な輝度向上が図られました。プリズムを使うことなく、まっすぐに光を送ることで、信号に入っている光の陰影や色やテクスチャーをピュアに送り出せるようになったと思います。映画の本質的な表現力、監督の想いや演者の演技力といったものはプロジェクターの性能によって大きく左右されるということを、DLA-HD750の視聴を通じて気付かされました。

大橋氏(以下 敬称略) 前モデルのDLA-HD100も非常に完成度が高いモデルでした。後継機となるDLA-HD750はその完成度を壊す必要性がありました。結果的にその試みは見事に成功していると思います。

 HD1とHD100の画を比べると、方向性は非常に似通っています。ところが2世代飛んでHD750と比較すると、画作りに対する志向と実際の画質が劇的に変化していることが分かります。コントラストに力みがなく、彩度感も控えめで品位よく仕上げている。既に評価されている映像を変えるというのは非常に勇気がいるはずです。

貝山 従来モデルでは暗部に色ムラがわずかに乗っていることもありました。ところが、HD750ではこの問題が大幅に改善されています。単にスペックが向上しただけでなく、画作りの手法が洗練されたことも高クオリティを実現した要因だと思います。

大橋 LCOSというデバイスには非常にしっかりしたコントラストを出す力が元々あります。ビクター機の場合はそれに加えて、ダイナミックアイリスという補助的な手段を使わずに高コントラストを実現しているのが素晴らしいですね。ダイナミックアイリスを用いればブリリアントでワイドレンジな画を出すことが可能ですが、その手法に頼らないビクターは、最暗部から最明部までの繋ぎのない一体感、統一感があるのです。

貝山 同感ですね。ダイナミックアイリスは確かに先端を行く必要な技術だとは思いますが、必要以上に効かせ過ぎると各々の映画が持っている味を崩してしまいます。やはり映画というのものは素直に味わった方が良いと思いますから、ビクターの姿勢は大いに評価したいと思います。

 
 


貝山 さて、この秋に私がレファレンスソフトとして活用しているフランシス・フォード・コッポラの『コッポラの胡蝶の夢』を改めてDLA-HD750で観直してみました。この作品は表現が非常に難しく、映し方を間違うと作品の意味合いが変わってしまう危険性があるのです。画そのもので語っている映画なので、細部の表現が変わってしまうと全体のニュアンスが損なわれてしまいます。

 ワイドコントラストのプロジェクターでなければ描ききれない作品ですからね。

貝山 そうです。暗い室内に明るい外光が差し込んでいるシーンが随所に出てきます。両方のニュアンスをいかにバランス良く出せるか、そしてナチス統治時代のヨーロッパを覆っている暗い雰囲気も再現する必要があります。HD750はそれらをほぼパーフェクトに映し出せていると思います。今秋のプロジェクターの中で、そこまでの評価を私が下した製品は他にほとんどありません。

 はい。

独自開発によるフルHD対応0.7型D-ILAデバイスを搭載
D-ILAデバイスの能力を最大化するため、光の色分解合成ユニットに使用するキーパーツにはWire Grid方式を採用する

貝山 もう一つ私がこの製品で感心したのは、映画再生で非常に重要な要素となる距離感が好ましく表出されていることでした。『胡蝶の夢』でのムンバイの海岸の情景、タージマハールホテル等のフィックスショットの遠近感がしっかりと出てきます。被写界深度によるボケ味に加えて距離感がきちんと感じられたのです。私たち映画好きにとっては、非常に嬉しい魅惑的な製品です。

大橋 コッポラ作品では、私は『ゴッドファーザー』の冒頭シーンの表現力に注目してみました。マーロン・ブランド扮するヴィト・コルレオーネの元に馳せ参じる人物の顔が、ビクター機では黄ばんだ脂っぽい表情で映し出されます。ところが、一般的なディスプレイではこれが赤色になってしまいます。このシーンは人間が仮面を外して自分の赤裸々な願望を述べる場面であり、仮面を外したときに出る真実の顔を描く必要性があるのです。それが赤ではニュアンスが大幅に違ってしまいます。

貝山 屋内の暗さと屋外の明るいパーティー会場との対比が見事ですね。屋外のあの黄金色がちょっとでもずれると映像の意味が変わってきます。

大橋 HD750ではその両者が実に淀みなく切り替わります。素性として持っているダイナミックレンジが広いので、極端な変化にも自然に対応していけるということだと思います。

 
貝山知弘×HD750×『ゴーン・ベイビー・ゴーン』
優秀な解像力を持つ本機であれば、微妙な心の機微も読みとれ、作品の本質が理解できるはず(貝山)
林正儀×HD750×『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』
奥行きが深い冒頭の港のシーンを観ると、前作からのビクター機の進化がすぐに分かる(林)
大橋伸太郎×HD750×『ゴッドファーザー』
ダイナミックレンジが非常に広い本機は、明暗シーンの極端な変化にも自然に対応可能だ(大橋)
 
評論家プロフィール

貝山知弘 Tomohiro Kaiyama

早稲田大学卒業後、東宝に入社。東宝とプロデュース契約を結び、13本の劇映画をプロデュースした。代表作は『狙撃』(1968)、『赤頭巾ちゃん気をつけて』(1970)、『はつ恋』(1975)など。独立後、フジテレビ/学研製作の『南極物語』(1983)のチーフプロデューサー。映画製作の経験を活かしたビデオの論評は、家庭における映画鑑賞の独自の視点を確立した。



林 正儀 Masanori Hayashi

福岡県出身。工学院大学で電子工学を専攻。その後、電機メーカー勤務を経て、技術系高校の教師というキャリアを持つ。現在、日本工学院専門学校の講師で、音響・ホームシアターの授業を受け持つ。教鞭をとっている経験から、初心者向けに難しい話題をやさしく説明するテクニックには特に定評がある。自宅視聴室に3管式プロジェクターを常設し、ホームシアター研究のための努力と投資は人一倍。


大橋伸太郎 Shintaro Ohashi

1956年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。編集者時代には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。ホームシアターのオーソリティとして、Infocom Japan、9坪ハウス、富士通ゼネラル、カリモク家具販売、ルートロンアスカ、東京建築士会、インハウス平和などでの講演多数。