もしもアップルがテレビを作ったら − いくつかの予想と考察、そして妄想
■ウェブアプリへのシフトは起きるか、起こすか
この、古いモデルとのアプリの互換性問題をある程度解決できると考えられるのが、ウェブアプリへのシフトです。「Apple TV」にはウェブブラウザが搭載されていませんが、これは「Apple TVがやらなかった二つのこと」のうちの一つです。
Apple TVがブラウザを搭載しなかったのは、PC向けのウェブをテレビ画面で見る必要性に乏しいと判断したからでしょう。もしアップル製テレビにブラウザが搭載されるとしたら、それはアプリを走らせるためのツールとしてではないでしょうか。
ウェブアプリとは、その名の通り、ウェブブラウザー上で動作させるアプリのこと。ここで主に使われる技術が「HTML5」です。くわしくは海上忍氏の解説記事をご覧下さい。
アップルはHTML5を積極的に推し進めている企業として知られています。同社が開発したHTMLのレンダリングエンジン「Webkit」はHTML5との親和性に優れ、PC/MacやiOS用のSafariに使われています。またWebkitはオープンソース技術で、グーグルのChromeにも使われています。
Androidを含め、新旧様々な機器がアクセスするウェブアプリであれば、制作者側も古い機器をしっかりサポートする必要が出てきます(いまだにIE 6を使っている方が多く、我々もそれにあわせてウェブサイトを最適化せざるを得ないように)ウェブの標準技術というバッファーを介することで古い機器との互換性をある程度確保できそうです。
またウェブアプリでは、サーバーサードで処理を行うことで、クライアント(この場合であればテレビ)の処理負荷をある程度抑えることもできます。HTML5ではなくAjaxですが、Googleマップなどがこのような手法を用いたサービスとして有名です。さらにウェブアプリでは、アプリをアップデートした際、その都度ストアから配布しなおす必要が無いという点も魅力と言えるでしょう。
ユーザーにとっては、機種を問わず使えるウェブアプリが高度化し、増えることは喜ぶべきことですが、アップルにとっての問題点はApp Storeのビジネスモデルが無効化されてしまうことです。
ご承知の通り、App Storeはアップルがプラットフォームを整備し、配布や審査などの諸業務を行う代わりに、売上げの何割かをアップルが得ています。
HTML5ベースのウェブアプリが氾濫すると、アップルはアプリのクオリティコントロールが行えないばかりか、またそこから収益を得るチャンスがなくなってしまいます。
実際、英Financial Timesはスマートフォン向けにHTML5ベースのウェブアプリを公開し、すでに100万人の購読者を集めたと言われていますが、この収益はアップルに還元されません。
アップルがウェブアプリで収益を得るとしたら、そのアプリが自社のデバイスで適切に動作することを認証するプログラムを動かしたり、自社デバイスとの連携機能を図る拡張機能を提供し、そのライセンス料金で稼ぐなどの方法が考えられます。ただ、これではネイティブアプリに比べて明らかに収益性が落ちるでしょうし、アプリとハードが緊密に連携することで双方の魅力を高め合うという、同社のこれまでの戦略と大きく乖離します。
もう一つ、テレビ向けのウェブアプリに汎用のものが増えた場合、たとえアップルが革新的なユーザーインターフェースを開発したとしても、そのメリットが活かせません。ハードとソフトのトータルエクスペリエンスを重視する同社の考え方と齟齬が生じる可能性が高いことも問題です。
いずれにせよ、アップルがテレビを本気で作るとしたら、アプリ戦略と、それを快適にコントロールする操作デバイスが重要になることは間違いありません。これに明快で魅力的な回答が与えられたら、豊富なコンテンツ、iOS機器との連携、少品種大量発注による安価な価格設定などこれまで培ったノウハウや資産を活かし、アップル製テレビの魅力が大きく高まることでしょう。
最初に「噂を真に受けるな」と書いておきながら、書いているうちにすっかり盛り上がってしまいました。まだまだ書きたいことはあるのですが、今回はこのあたりで。
(編集部:風間雄介)