特別座談会:「失われた10年」を取り戻せ! − 今後のA&V業界が目指すべきものとは
今回で第12回目を迎えたビジュアルグランプリ「批評家賞」。貝山知弘氏、山之内正氏を始めとするビジュアルグランプリ審査員の投票により最優秀製品として選出されたのは、ソニーの4K対応SXRDプロジェクター「VPL-VW1000」とAVアンプ「TA-DA5700ES」だった。AV業界の今後を占う議論も含めて、批評家賞受賞製品が選ばれるまでの議事録を掲載する。なお、詳細な内容は「AVレビュー 2012年1月号」に掲載中なので、こちらもぜひご覧いただきたい。
【目次】
・第1部:2011年優秀モデルを選出する
・第2部:「失われた10年」を取り戻せ!
●地アナ完全停波後のAVロード
タブレットを中心としたAV機器連携が不可欠だ
−− 7月24日に一部の地域を除いて地上アナログ放送のデジタル化が完了しました。テレビの拡販及びシェア競争が一段落した中で、業界全体でどのように「ネクスト」を創出していくか、大きな課題が横たわっています。AVファンが喜んでもらえるような魅力溢れる機器、買ってもらえる機器とはどのようなものか、方向性を指し示していただきたいと思います。
折原 クオリティや使い勝手の向上はAVの変わらぬテーマとして存在するとして、従来の発想の延長線上でモノを作っていてはいけない時期に来ていますね。現状、売り場が賑わっているのは、iPod/iPhone用のドックスピーカー、スマートフォンのコーナー、それからヘッドホンです。それらの現状を認識しつつ、AVメーカーは新しい世代の人が購入しやすいような端末を自社で開発し、機器といかに連動を図っていくかが大事になると考えます。
−− タブレットとAV機器連携は既に始まっていますよね。
折原 AVアンプの世界で、iOSデバイスに対してもっとも連携が進んでいるのがパイオニア製品です。対応アプリを積極的に開発してAirPlayにも対応しつつ、サウンドも追求する。新しいニーズを取り込んでAVフィールドへの敷居を低くした取り組みは確かな評価ポイントです。映像分野に関してもそういった発想から訴求する必要があると感じます。
−− 具体的にどういった発想が必要となりますか?
折原 スマートフォン/タブレットに収めた映像をテレビに映そうとすると、現状の仕組みでは非常に手間がかかります。日本で展開されているVODサービスの実態は、テレビでダイレクトに受けるよりも通信端末で購入・視聴するケースの方が遙かに多い。モバイル機器で映像を視聴するという文化が既にある中で、いかにそこと手軽に連携できる仕組みをディスプレイ側で構築する必要があると思います。
企画の主体をディスプレイではなく、スマートフォンやタブレットの方に移管するぐらいの思い切りの良さが必要でしょう。
−− タブレットを自社で開発しようというメーカーも一部ありますが、日本ならではの企画として、DTCP-IPへの対応が必須となるでしょうね。
折原 もちろんです。しかし、単純にDTCP-IPに対応して放送コンテンツがタブレットで観られるというだけではなくて、タブレット側からAV機器へ発信できるような双方向性も構築する構築する必要があると思います。
−− タブレットの世界にはほぼ汎用製品となっている「iPad」という存在があります。それを押しのけてまで、Androidベースで作られたAV機器メーカー製のタブレットを買う動機付けはありますか?
山之内 まさにお手並み拝見といったところですね。東芝やソニーがタブレットの世界で、Appleが手がけていることと違う価値観を提供できるのであれば、私は喜んでそれを購入すると思います。
折原 サードパーティー製の周辺機器を使えば、iPadでも放送を楽しむことは既にできます。AV機器としてもiPadはある程度の水準に来ていますし、なかなか難しいですね。
山之内 そう。iPadは私の意識の中では既にAV機器なんですよ。音と映像の両方のアプリが入っていて、ライブ中継もUSTREAM経由でiPadで観られる。ネットオーディオの選曲操作等もiPadを用いています。音源もそこに入っていて、Airplayで飛ばして聴いています。端末自体の画質も大きな不満は今のところありません。
●国産タブレットへ乗り換える条件
Apple席巻の00年代。その間日本メーカーは…
山之内 Appleではない国内のAV機器メーカーが出す製品が、iPad以上の驚くような高画質の画面で観られるのであれば、乗り換える可能性は十分にあります。ただ、「iTunes Store」のようにハードとソフトとが一体化されたAppleの仕組みを越えるような提案を行わないと、動機付けにはならないかもしれませんね。
折原 そう思います。
山之内 結局、Appleがそういう仕組みを構築できたのは、はっきりとしたユーザー目線でのモノ作り思想が彼らにあったからでしょう。例えば亡くなったスティーブ・ジョブズは自分がやりたい事に徹底的にこだわり、「こんなことができたらどんなに素晴らしいことか」という発想で企画を進めていったわけです。
折原 そういったユーザー目線が、今のAV機器メーカーに欠けている、ということですね。
山之内 テクノロジー先行で「これができるようになりました」という提案はありますけどね。単純にメーカー側から「便利ですよ」と言われても、ユーザー個々がやりたかったことは本当にそれなのか? と冷静に考えた時に、フィットしない場合も多い。
折原 ジョブズの提案はそうじゃないですよね。
山之内 Appleの場合は、上手にユーザー心理のツボを押さえたものが多いです。ハードとソフトが一体となった提案ができて、それ自体が高クオリティな端末であること。こういった要素がないと、後発ブランドは厳しいかもしれません。
折原 ただ、音楽はともかく映像の分野では後発でもまだ可能性がありますよね。
岩井 そうですね。
山之内 後発タブレットは、コンテンツそのものを自前で供給するのは難しいとしても、放送を含めた映像コンテンツをスムーズに媒介させる存在であるべきです。
一番大事なことは、技術的なハードル云々よりも事業の継続性だと思います。パッと始めてすぐやめるのではなくて、いったん始めたからには、変えない・辞めない・売り払わない。そういう姿勢で本気で取り組まなければ先行するものに対して絶対勝てないはずです。
折原 自分はApple端末とAndroid端末の両刀使いです。端末そのものの使いやすさで言うとAppleの方が断然上ですが、録画に対する欲求を満たすためにはAndroid系の方に可能性があります。デジタル放送を含めた映像分野の機器を飛び越えた連携性を作り込める可能性があるのは日本のメーカーしかないと思っています。
鴻池 その上で、ユーザー目線に立った製品作りを行うことが大事ですね。コンテンツ制作者と機器メーカー側がもっと話し合う必要があると感じます。日本メーカーには有り余る技術力があるのに、著作権保護の為に視聴やダビングに制約があったり使い勝手を損なっています。
著作権保護は否定しませんが、制作者側とハードウェアメーカーが共に発展できるよう、もっと大きな枠組みで考えていかないといけません。今のままではいつまで経ってもAppleやGoogleの発想には勝てません。
岩井 そうですね。
鴻池 VTRやテレビを世界中で売ってきたという成功体験があったが故に、新しい発想が出てこなかったのです。国内の場合、ここ10年の間は地デジバブルがありましたからなんとかなったかもしれません。ですがその10年の間、Appleが取り組んできたようなコンテンツに踏み込んだより良いユーザー体験に対し、日本メーカーは手が付けられていません。
映像に関してはまだ可能性があるとしても、売る側の都合が全面に立つ、縦割りの構造がユーザーに見え過ぎる仕組みはいますぐやめるべきです。「失われた10年」を取り戻すためには、それぐらいの思い切りが必要です。
大橋 放送コンテンツが鍵というわけですね。ただ、テレビという産業自体が視聴形態の多様化で旧来の広告収入体系が揺らいでいたり、NHKの場合の受信料も含めて様々な問題を抱えていて過渡期にあります。テレビ放送だけに活路を見いだすのではなく、パッケージソフトのコンテンツもDTCP-IPの仕組みに乗るような構造を早急に作る必要があると思います。無線のメリットを訴求しようにも、DVDやBDがその枠で再生できないのは十分ではありません。
鴻池 これも、技術的な障壁ではないですね。著作権者とハードメーカーの話し合いでの解決を希望します。
●映像と音の関係は本来は不可分
AV機器が低調な本当の理由は「音を忘れた」こと
貝山 大事なことを皆さんお忘れですよ。映像と音を切り離しすぎ、という大手メーカーの現状姿勢がAV機器を低調たらしめているということを。映像の世界では4Kまで実現しているのに、音の方はほとんど進歩せずむしろ後退しています。今まで培ってきたオーディオの技術を飛ばして、映像だけで走るのは危険です。
この先、映像がスーパーハイビジョン化されたとして、音の世界はたんなるモアチャンネルの提案で良いのか? チャンネル数をただ増やしたがために、Hi-Fiの視点を欠いてバーチャルに傾いて良いのか? そういう危惧がありますね。このままでは音は映像に追いつきません。
林 そうですね。
貝山 ヘッドホンやドックスピーカーが売れているということですが、ヘッドホンがもたらす生理的な影響を省みることなく、プアな音のまま流通しているのは非常にナンセンスだと思います。
岩井 ヘッドホンブランドは数あれど、人体への影響を真剣に考えて製品化しているブランドはまだまだ少ないですね。挙げるとすればドイツのULTRASONE。このブランドは創業者がもともと電磁波の研究を担当していた方で、その方面への意識が非常に高い。ヘッドホンを付けた場合には、20cmぐらいの距離にCRTモニターを4つ並べたぐらいの電磁波が出ているという測定結果を公にしているぐらいです。そういった姿勢を前面に出して言うブランドというのがまだまだ少ない状況です。
林 結局こういうことでしょう。ヘッドホンが売れているのは技術革新の余地が大きく、リアルなスピーカーが持つ表現力に近付ける過程の面白さがあるということなのではないですか? だから支持を集めている。
岩井 そういう側面もありますね。従来のヘッドホンのイメージは完全な頭内定位で、頭の中で一直線上に音像が並ぶという音づくりが一般的だったと思います。しかし最近では、あたかもスピーカーのようなリアルな空間定位感を作り出せるヘッドホンも生まれてきています。ヘッドホンそのものを使って、アクティブな回路を入れずパッシブで再生するという点においても、個性の幅が数多く出ている状況が生まれています。
林 そうですね。
岩井 ヘッドホン好きのユーザーは、自分好みの音がハッキリしているのです。製品を選ぶときに軸がぶれない。本当に欲しいものを手に入れたいと言う視点があって、今使っているものよりも良いものが欲しいという指標がハッキリしているわけです。商品数自体も多いですし、ブランドの個性のバリエーションも豊富です。手軽に聴き比べることができるのも楽しさの一つとしてありますね。
林 色付けがブランドによってそれぞれありますけど、基本的には原音重視という考え方で作っていますよね。
岩井 ええ。原音に対する取り組み方の違いをユーザーが汲み取って、自分の好みに合うのはどのブランドかということを考えられる楽しみがあります。そういった分かりやすさは、従来のAVカテゴリーのものにはないものです。アンプでもテレビでも店頭でクオリティやインターフェースを確認できる機会はそれほど多くありません。そういった気軽さがヘッドホンの世界には確実にあります。AVメーカーは製品の良さに直接触れる機会が増やすことが肝要だと考えます。
折原 それだけ多いヘッドホンユーザーを、リアルなスピーカー購入に向かわせるきっかけが必要ですよね。
岩井 日本の住環境を考えると、誰もがハイエンドのスピーカーを手に入れられるわけではない。小音量で、あるいは至近距離で聴きながら広大な空間を広く出せるかという、ニアフィールドリスニングの世界観を持った良い製品が増えてくれば、ヘッドホンユーザーがピュアオーディオ分野に向かうきっかけになると思います。
折原 そういう観点で評価している具体的な製品はありますか?
岩井 スピーカーだけで完結する世界ではないので、一言では言い表せないですね。限りなくその目標に近い製品と言えば、クリプトンの「KS-1」が挙げられます。あのスタイルをさらに突き詰めていけば、ヘッドホンとピュアをつなぐ媒介として機能する可能性が高いです。
●基礎研究部門を再度強化すべし
次の時代のAV界勝者になるために必要なことは?
貝山 リアルなスピーカーに近付けるという目標がヘッドホンにあるということですが、スピーカーを含むオーディオ機器全体に進化の余地がないのかというと、決してそのようなことはありません。ただ単に、開発努力を怠っているにすぎません。
鴻池 基礎研究レベルでは、レーザーを鼓膜に当てて鳴らす方式など、新しい提案がないわけではないのですが。
貝山 話は単純です。画期的な新しい何かを産み出すために基礎研究が必要であるならば、もっとその量と質、そして人材を増やせば良いということです。ただそれだけです。スピーカーに限った話ではなく。
山之内 そうですね。現状、総合メーカーであっても、圧倒的に基礎研究が不足しているように思います。かつての三菱電機がスピーカーの研究所を人材と共にしっかりと維持してきたような、あの姿勢が再度できるのであればやるべきです。
−− そうですね。
山之内 基礎研究がないから製品が陳腐になり、価格も崩壊するという悪いスパイラルにはまっているのです。価値が高いものを新たに産み出せば、値段が多少張るものであっても市場は正当な評価を下すはずです。
貝山 もっと資産投資を各社が行って、素晴らしい画、素晴らしい音を出す製品作りにまじめに取り組むべきなのです。
山之内 そのためにはもう一回原点に立ち戻って、画と音に関する基礎研究所を再興すべき、と申し上げたいですね。
貝山 まったくその通りです。
山之内 本来はオーディオ機器というのは音楽を聴きたい全ての人に提供できるものです。オーディオ機器は決してなくなりません。例え何百年経ったとしても。ですが、手抜きをし始めるとオーディオに関心がある層が本当になくなってしまうかもしれない。
林 そうですね。
山之内 iPodだけで満足している状態が何十年か続くと、確実にレガシーのオーディオ機器はなくなります。今は、小メーカーや専門メーカーが研究・開発を手がけ、サウンド分野でのきちんとした成果を生みだしていますが、投資力のある大きな企業が基礎研究をやらないで一体どうする? と私は言いたいです。
大橋 この10年続いたテレビバブルの中で、大メーカーのオーディオに関する基礎研究部門は明らかに縮小されていますね。シェア競争の間で失われたもの、それは実際には音の部分なんですよね。これは場合によっては取り返しがつかないことになります。
貝山 音に関する思想をもう一度大手メーカーは持つべきということに尽きます。
−− はい。
貝山 冒頭の話に戻りますが、ソニーが今回の批評家賞で映像・サウンドの両方を受賞したのはやはり当然な結果なのです。音と映像をバランス良く両立させ、それぞれを進化させる。これが極めて健全な形です。そのことにはっきりと気が付いて製品を世に送り出せるブランドが、次の時代の勝者となるはずです。
・第1部:2011年優秀モデルを選出する
・第2部:「失われた10年」を取り戻せ!
「批評家賞」が選出されるまで 「批評家賞」は、VGP(ビジュアルグランプリ)の一部門。本賞以外の賞が全て販売店票が加味されているのに対し、「批評家賞」は専任審査員8名の投票のみで選出される。各人がビジュアル、サウンド分野それぞれで優秀製品ベスト3を選ぶ。1位票は5点、2位票は3点、3位票は1点とし、合計得票数が最も多い製品が「批評家賞」受賞モデルとなる。(審議日:2010年10月22日) 審査員 貝山知弘(審査委員長)、山之内正(副審査委員長)、岩井喬、大橋伸太郎、折原一也、鴻池賢三、林正儀、村瀬孝矢 |
●地アナ完全停波後のAVロード
タブレットを中心としたAV機器連携が不可欠だ
−− 7月24日に一部の地域を除いて地上アナログ放送のデジタル化が完了しました。テレビの拡販及びシェア競争が一段落した中で、業界全体でどのように「ネクスト」を創出していくか、大きな課題が横たわっています。AVファンが喜んでもらえるような魅力溢れる機器、買ってもらえる機器とはどのようなものか、方向性を指し示していただきたいと思います。
折原 クオリティや使い勝手の向上はAVの変わらぬテーマとして存在するとして、従来の発想の延長線上でモノを作っていてはいけない時期に来ていますね。現状、売り場が賑わっているのは、iPod/iPhone用のドックスピーカー、スマートフォンのコーナー、それからヘッドホンです。それらの現状を認識しつつ、AVメーカーは新しい世代の人が購入しやすいような端末を自社で開発し、機器といかに連動を図っていくかが大事になると考えます。
−− タブレットとAV機器連携は既に始まっていますよね。
折原 AVアンプの世界で、iOSデバイスに対してもっとも連携が進んでいるのがパイオニア製品です。対応アプリを積極的に開発してAirPlayにも対応しつつ、サウンドも追求する。新しいニーズを取り込んでAVフィールドへの敷居を低くした取り組みは確かな評価ポイントです。映像分野に関してもそういった発想から訴求する必要があると感じます。
−− 具体的にどういった発想が必要となりますか?
折原 スマートフォン/タブレットに収めた映像をテレビに映そうとすると、現状の仕組みでは非常に手間がかかります。日本で展開されているVODサービスの実態は、テレビでダイレクトに受けるよりも通信端末で購入・視聴するケースの方が遙かに多い。モバイル機器で映像を視聴するという文化が既にある中で、いかにそこと手軽に連携できる仕組みをディスプレイ側で構築する必要があると思います。
企画の主体をディスプレイではなく、スマートフォンやタブレットの方に移管するぐらいの思い切りの良さが必要でしょう。
−− タブレットを自社で開発しようというメーカーも一部ありますが、日本ならではの企画として、DTCP-IPへの対応が必須となるでしょうね。
折原 もちろんです。しかし、単純にDTCP-IPに対応して放送コンテンツがタブレットで観られるというだけではなくて、タブレット側からAV機器へ発信できるような双方向性も構築する構築する必要があると思います。
−− タブレットの世界にはほぼ汎用製品となっている「iPad」という存在があります。それを押しのけてまで、Androidベースで作られたAV機器メーカー製のタブレットを買う動機付けはありますか?
山之内 まさにお手並み拝見といったところですね。東芝やソニーがタブレットの世界で、Appleが手がけていることと違う価値観を提供できるのであれば、私は喜んでそれを購入すると思います。
折原 サードパーティー製の周辺機器を使えば、iPadでも放送を楽しむことは既にできます。AV機器としてもiPadはある程度の水準に来ていますし、なかなか難しいですね。
山之内 そう。iPadは私の意識の中では既にAV機器なんですよ。音と映像の両方のアプリが入っていて、ライブ中継もUSTREAM経由でiPadで観られる。ネットオーディオの選曲操作等もiPadを用いています。音源もそこに入っていて、Airplayで飛ばして聴いています。端末自体の画質も大きな不満は今のところありません。
●国産タブレットへ乗り換える条件
Apple席巻の00年代。その間日本メーカーは…
山之内 Appleではない国内のAV機器メーカーが出す製品が、iPad以上の驚くような高画質の画面で観られるのであれば、乗り換える可能性は十分にあります。ただ、「iTunes Store」のようにハードとソフトとが一体化されたAppleの仕組みを越えるような提案を行わないと、動機付けにはならないかもしれませんね。
折原 そう思います。
山之内 結局、Appleがそういう仕組みを構築できたのは、はっきりとしたユーザー目線でのモノ作り思想が彼らにあったからでしょう。例えば亡くなったスティーブ・ジョブズは自分がやりたい事に徹底的にこだわり、「こんなことができたらどんなに素晴らしいことか」という発想で企画を進めていったわけです。
折原 そういったユーザー目線が、今のAV機器メーカーに欠けている、ということですね。
山之内 テクノロジー先行で「これができるようになりました」という提案はありますけどね。単純にメーカー側から「便利ですよ」と言われても、ユーザー個々がやりたかったことは本当にそれなのか? と冷静に考えた時に、フィットしない場合も多い。
折原 ジョブズの提案はそうじゃないですよね。
山之内 Appleの場合は、上手にユーザー心理のツボを押さえたものが多いです。ハードとソフトが一体となった提案ができて、それ自体が高クオリティな端末であること。こういった要素がないと、後発ブランドは厳しいかもしれません。
折原 ただ、音楽はともかく映像の分野では後発でもまだ可能性がありますよね。
岩井 そうですね。
山之内 後発タブレットは、コンテンツそのものを自前で供給するのは難しいとしても、放送を含めた映像コンテンツをスムーズに媒介させる存在であるべきです。
一番大事なことは、技術的なハードル云々よりも事業の継続性だと思います。パッと始めてすぐやめるのではなくて、いったん始めたからには、変えない・辞めない・売り払わない。そういう姿勢で本気で取り組まなければ先行するものに対して絶対勝てないはずです。
折原 自分はApple端末とAndroid端末の両刀使いです。端末そのものの使いやすさで言うとAppleの方が断然上ですが、録画に対する欲求を満たすためにはAndroid系の方に可能性があります。デジタル放送を含めた映像分野の機器を飛び越えた連携性を作り込める可能性があるのは日本のメーカーしかないと思っています。
鴻池 その上で、ユーザー目線に立った製品作りを行うことが大事ですね。コンテンツ制作者と機器メーカー側がもっと話し合う必要があると感じます。日本メーカーには有り余る技術力があるのに、著作権保護の為に視聴やダビングに制約があったり使い勝手を損なっています。
著作権保護は否定しませんが、制作者側とハードウェアメーカーが共に発展できるよう、もっと大きな枠組みで考えていかないといけません。今のままではいつまで経ってもAppleやGoogleの発想には勝てません。
岩井 そうですね。
鴻池 VTRやテレビを世界中で売ってきたという成功体験があったが故に、新しい発想が出てこなかったのです。国内の場合、ここ10年の間は地デジバブルがありましたからなんとかなったかもしれません。ですがその10年の間、Appleが取り組んできたようなコンテンツに踏み込んだより良いユーザー体験に対し、日本メーカーは手が付けられていません。
映像に関してはまだ可能性があるとしても、売る側の都合が全面に立つ、縦割りの構造がユーザーに見え過ぎる仕組みはいますぐやめるべきです。「失われた10年」を取り戻すためには、それぐらいの思い切りが必要です。
大橋 放送コンテンツが鍵というわけですね。ただ、テレビという産業自体が視聴形態の多様化で旧来の広告収入体系が揺らいでいたり、NHKの場合の受信料も含めて様々な問題を抱えていて過渡期にあります。テレビ放送だけに活路を見いだすのではなく、パッケージソフトのコンテンツもDTCP-IPの仕組みに乗るような構造を早急に作る必要があると思います。無線のメリットを訴求しようにも、DVDやBDがその枠で再生できないのは十分ではありません。
鴻池 これも、技術的な障壁ではないですね。著作権者とハードメーカーの話し合いでの解決を希望します。
●映像と音の関係は本来は不可分
AV機器が低調な本当の理由は「音を忘れた」こと
貝山 大事なことを皆さんお忘れですよ。映像と音を切り離しすぎ、という大手メーカーの現状姿勢がAV機器を低調たらしめているということを。映像の世界では4Kまで実現しているのに、音の方はほとんど進歩せずむしろ後退しています。今まで培ってきたオーディオの技術を飛ばして、映像だけで走るのは危険です。
この先、映像がスーパーハイビジョン化されたとして、音の世界はたんなるモアチャンネルの提案で良いのか? チャンネル数をただ増やしたがために、Hi-Fiの視点を欠いてバーチャルに傾いて良いのか? そういう危惧がありますね。このままでは音は映像に追いつきません。
林 そうですね。
貝山 ヘッドホンやドックスピーカーが売れているということですが、ヘッドホンがもたらす生理的な影響を省みることなく、プアな音のまま流通しているのは非常にナンセンスだと思います。
岩井 ヘッドホンブランドは数あれど、人体への影響を真剣に考えて製品化しているブランドはまだまだ少ないですね。挙げるとすればドイツのULTRASONE。このブランドは創業者がもともと電磁波の研究を担当していた方で、その方面への意識が非常に高い。ヘッドホンを付けた場合には、20cmぐらいの距離にCRTモニターを4つ並べたぐらいの電磁波が出ているという測定結果を公にしているぐらいです。そういった姿勢を前面に出して言うブランドというのがまだまだ少ない状況です。
林 結局こういうことでしょう。ヘッドホンが売れているのは技術革新の余地が大きく、リアルなスピーカーが持つ表現力に近付ける過程の面白さがあるということなのではないですか? だから支持を集めている。
岩井 そういう側面もありますね。従来のヘッドホンのイメージは完全な頭内定位で、頭の中で一直線上に音像が並ぶという音づくりが一般的だったと思います。しかし最近では、あたかもスピーカーのようなリアルな空間定位感を作り出せるヘッドホンも生まれてきています。ヘッドホンそのものを使って、アクティブな回路を入れずパッシブで再生するという点においても、個性の幅が数多く出ている状況が生まれています。
林 そうですね。
岩井 ヘッドホン好きのユーザーは、自分好みの音がハッキリしているのです。製品を選ぶときに軸がぶれない。本当に欲しいものを手に入れたいと言う視点があって、今使っているものよりも良いものが欲しいという指標がハッキリしているわけです。商品数自体も多いですし、ブランドの個性のバリエーションも豊富です。手軽に聴き比べることができるのも楽しさの一つとしてありますね。
林 色付けがブランドによってそれぞれありますけど、基本的には原音重視という考え方で作っていますよね。
岩井 ええ。原音に対する取り組み方の違いをユーザーが汲み取って、自分の好みに合うのはどのブランドかということを考えられる楽しみがあります。そういった分かりやすさは、従来のAVカテゴリーのものにはないものです。アンプでもテレビでも店頭でクオリティやインターフェースを確認できる機会はそれほど多くありません。そういった気軽さがヘッドホンの世界には確実にあります。AVメーカーは製品の良さに直接触れる機会が増やすことが肝要だと考えます。
折原 それだけ多いヘッドホンユーザーを、リアルなスピーカー購入に向かわせるきっかけが必要ですよね。
岩井 日本の住環境を考えると、誰もがハイエンドのスピーカーを手に入れられるわけではない。小音量で、あるいは至近距離で聴きながら広大な空間を広く出せるかという、ニアフィールドリスニングの世界観を持った良い製品が増えてくれば、ヘッドホンユーザーがピュアオーディオ分野に向かうきっかけになると思います。
折原 そういう観点で評価している具体的な製品はありますか?
岩井 スピーカーだけで完結する世界ではないので、一言では言い表せないですね。限りなくその目標に近い製品と言えば、クリプトンの「KS-1」が挙げられます。あのスタイルをさらに突き詰めていけば、ヘッドホンとピュアをつなぐ媒介として機能する可能性が高いです。
●基礎研究部門を再度強化すべし
次の時代のAV界勝者になるために必要なことは?
貝山 リアルなスピーカーに近付けるという目標がヘッドホンにあるということですが、スピーカーを含むオーディオ機器全体に進化の余地がないのかというと、決してそのようなことはありません。ただ単に、開発努力を怠っているにすぎません。
鴻池 基礎研究レベルでは、レーザーを鼓膜に当てて鳴らす方式など、新しい提案がないわけではないのですが。
貝山 話は単純です。画期的な新しい何かを産み出すために基礎研究が必要であるならば、もっとその量と質、そして人材を増やせば良いということです。ただそれだけです。スピーカーに限った話ではなく。
山之内 そうですね。現状、総合メーカーであっても、圧倒的に基礎研究が不足しているように思います。かつての三菱電機がスピーカーの研究所を人材と共にしっかりと維持してきたような、あの姿勢が再度できるのであればやるべきです。
−− そうですね。
山之内 基礎研究がないから製品が陳腐になり、価格も崩壊するという悪いスパイラルにはまっているのです。価値が高いものを新たに産み出せば、値段が多少張るものであっても市場は正当な評価を下すはずです。
貝山 もっと資産投資を各社が行って、素晴らしい画、素晴らしい音を出す製品作りにまじめに取り組むべきなのです。
山之内 そのためにはもう一回原点に立ち戻って、画と音に関する基礎研究所を再興すべき、と申し上げたいですね。
貝山 まったくその通りです。
山之内 本来はオーディオ機器というのは音楽を聴きたい全ての人に提供できるものです。オーディオ機器は決してなくなりません。例え何百年経ったとしても。ですが、手抜きをし始めるとオーディオに関心がある層が本当になくなってしまうかもしれない。
林 そうですね。
山之内 iPodだけで満足している状態が何十年か続くと、確実にレガシーのオーディオ機器はなくなります。今は、小メーカーや専門メーカーが研究・開発を手がけ、サウンド分野でのきちんとした成果を生みだしていますが、投資力のある大きな企業が基礎研究をやらないで一体どうする? と私は言いたいです。
大橋 この10年続いたテレビバブルの中で、大メーカーのオーディオに関する基礎研究部門は明らかに縮小されていますね。シェア競争の間で失われたもの、それは実際には音の部分なんですよね。これは場合によっては取り返しがつかないことになります。
貝山 音に関する思想をもう一度大手メーカーは持つべきということに尽きます。
−− はい。
貝山 冒頭の話に戻りますが、ソニーが今回の批評家賞で映像・サウンドの両方を受賞したのはやはり当然な結果なのです。音と映像をバランス良く両立させ、それぞれを進化させる。これが極めて健全な形です。そのことにはっきりと気が付いて製品を世に送り出せるブランドが、次の時代の勝者となるはずです。