連続企画:日本コロムビアのハイレゾ音源レビュー
GIGA MUSIC独占先行配信!アン・ルイスのセルフカバー・ベスト「me-mySELF-ann-i “refreshed” 」を聴く
音楽配信サイト「GIGA MUSIC」にて、名門・日本コロムビアが擁する選りすぐりの未ハイレゾ化音源が、続々とハイレゾで登場することとなった。しかも独占先行配信。既に庄野真代、いしだあゆみの配信が始まっており、この後も様々なアーティストが予定されているという。
Phile-webではこのハイレゾ音源を連続レビューする企画をスタート。リリース当時のエピソードや、ハイレゾになったからこそ注目したい聴きどころをたっぷりとご紹介したい。
me-mySELF-ann-i “refreshed” / アン・ルイス
96kHz/24bit FLAC
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※本作品は「44.1kHz/16bit」のオリジナルマスター音源を、日本コロムビアが独自に開発した“ORTマスタリング”技術を用いてリマスタリングし「96kHz/24bit」音源で配信しています(“ORT マスタリング”についてはこちらのサイトをご参照ください)
心と肉体のあやういバランスを歌い上げエンターテインメントに昇華した
歌謡曲史上に永遠に名を残す偉大なシンガー
アン・ルイスの歌をほんの間近で聞いたことがある。筆者が大学生の頃だ。晴海で催されたモーターイベントのアトラクションに彼女が出演し、輸入車好きの筆者はそこにたまたま居合わせた。まだアイドル時代のアン・ルイスの華やかで可愛かったこと!現れた瞬間、殺風景な晴海国際見本市会場がエデンの楽園に変わったようだった。そしてあの美声。倍音が何オクターブも乗ったような明るく甘い艶のある華やかな声だ。天の賜物といっていい(実際は日米軍事同盟の賜物なのだが)。二十年もしくは三十年に一度現れる、男声なら沢田研二に匹敵する美声だ。
彼女が自分と同年の生まれ(昭和31年)であることは知っていた。華があるというのはこういうことか…。世界の輝く対極を、陰気でパッとしないオタク(という言葉はまだなかったが)な大学生の筆者は、口をあんぐりと開け(多分)ただただ呆然と見つめていた。
その日彼女は「グッド・バイ・マイ・ラブ」ともう一曲歌い終わると「ありがとやんした」と言い残しそそくさとステージを降りて去っていった。あっけらかんとさばけてノンシャラン − 今でいうと少々ちゃらい感じ。当時彼女はアイドル真っ最中だったが優等生ぶらず開けっぴろげで飾らない天然な女性、いや案外中身は奥手でシャイな娘かも…と、畏れ多くて恋はしなかったけれど、とりこになってしまった。
それから十年後。かつての天然娘はアイドルを卒業、結婚、出産そして離婚を経験し「六本木心中」「天使よ故郷を見よ」「WOMAN」「あゝ無情」のヒット曲を連発し歌謡ロックの女王に進化した。
当時「夜のヒットスタジオ」(CX)という歌番組に主演したアン・ルイスが歌舞伎の鏡獅子を真似て鬘を振り回し「六本木心中」を熱唱するのを見ていた筆者は、はたと思った。陽気な外面とうらはらにこの人は深いダークサイドを抱えているのではないか、と。分厚い鬱を燃料に点火して躁のパフォーマンスを演じているのだろうと。心に無彩色の虚無を隠しているからうわべに原色を塗りたくるのだろうと。だからパフォーマンスに迫力がある。かつてのアイドル、アン・ルイスはかくして本物のパフォーマー、表現者に変わった。その可能性に気付いたディレクターや作詞作曲チームの慧眼、そしてある意味彼女を追い込む〈残酷性〉は凄い。
アン・ルイスの歌の世界観やヒロイン像は旧来の歌謡曲のそれとさほど変わらない。こわもてで威勢がいいが、実像は恋愛至上主義の「見かけより尽すタイプ」の可愛い女たちだ。レズビアンを暗示する歌詞がみられないことも特徴。愛の対象も憎しみの対象も男。つまりウーマニズムであってフェミニズムではない。女性特有の心と肉体のあやういバランス、ああもう壊れそうという臨界感覚を率直かつ過激に歌い演じエンターテインメントに昇華した歌謡曲史上に永遠に名を残す偉大なシンガーだ(その後に椎名林檎らが続く)。
表現者が自分と虚構を重ね合わせれば当然そこには代償が付き纏う。心を切り売りしているようなものだ。’90年代半ばにパニック障害を発症し次第に病状が悪化、声の負担の大きい絶叫型の楽曲を歌い続けて持ち前の美声に翳りがみえたこともありアメリカへ去ってしまった。いったん帰国するも2013年に正式に芸能界を引退、彼女は燃え尽きたのだ。かくして私達はそして日本はアン・ルイスを失ってしまったのだ。
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