今日から上映開始
70mm版「2001年宇宙の旅」を観た! 公開当時の映像、音、そして体験が蘇る “50年前への旅”
「2001年宇宙の旅」をはじめて観たのはいつだったか。メディアはVHSか、それともDVDだったか…。記憶はもはや定かでないが、見たあとにしばらく茫然となったことはよく覚えている。スタンリー・キューブリック作品の中でも、特に好きな映画だ。
DVDもBlu-rayももちろん持っているし、最近はSVODでも配信されているので、観たい作品がないときなどはBGVがわりに流したりもしている。これまでに何度観たのか、それこそ数え切れないほどだ。
ただ、私にはコンプレックスがあった。いろいろな本に書かれている、1968年当時の、オリジナル上映時の映像と音声を、自分は体験していない。本当の迫力を、自分は体験したことがない。まだ生まれていなかったのだから仕方ないと自分を慰めてみても、遅れてきた者の悲しさというべきか、「本当の『2001年』を自分は観たことがない、観てみたい」という思いは募るばかりだった。
その積年の願いが、ついに叶うときがやってきた。製作50周年を記念して70mm版フィルムが新たに焼かれ、海外で上映されたというニュースに接した。指をくわえて待っていたところ、ついに日本にもフィルムが届き、上映されることが決まったのだ。それが本日10月6日から国立映画アーカイブで始まった特別上映だ。
大変貴重な機会とあって、2,500円と通常の映画より高額な料金にもかかわらず、予約が殺到。チケットは一瞬で売り切れたと聞いている。今回、その上映を幸運にも体験することができた。
■70mmフィルム×10巻を2台の映写機で上映
今回上映されるフィルムは、クリストファー・ノーラン監督の協力のもと、オリジナル・カメラネガからデジタル処理を介さず、フォトケミカル工程だけで作成された70mmニュープリント。音声は1968年公開当時と同様の6チャンネルだ。しかも上映前の前奏曲、休憩時の音楽などまで、当時と同様に再現されている(これについては後述する)。
映画の上映時間は164分で、うち休憩が15分間。長い作品だけに、70mmフィルムのリールは10巻に及ぶ。1巻あたりの尺は巻にもよるのだが、12分程度から17分程度まで、まちまちだという。
実際の上映は、70mmフィルム映写機を2台並べ、1巻ずつ交互に上映していく。1巻目のリールは左側の映写機、2巻目は右側の映写機、3巻目は左側…といった具合だ。
上映時には、上にセットしたリールから、下のリールへフィルムがどんどん巻き取られていく。そして1台の映写機の上映が終わり、隣の映写機にバトンタッチした後は、10数分の間に、次のリールをセットして調整し、同時に先ほど上映したリールを巻き取る、といった作業をしなければならない。それも観客席への光洩れがないよう、手元がようやく見える程度の薄暗がりの中で行う必要があるのだ。
また当然だが、フィルムの状態などによって、映写機の繊細な調整が必要になる。どのぐらいの力でフィルムのテンションを保つべきか、それを誤るとフォーカスが甘くなったりもするし、逆に力を加えすぎたら貴重なフィルムを傷めかねない。今回も、映写機の調整だけで数日間が必要だったという。
なお今回の音声は、DTSを再生している。70mmフィルムの端のパーフォレーション(送り穴)の横にタイムコードがあり、それに同期させて、別の機材からDTS音声を送り出す仕組みを採っているとのことだ。
もうひとつ、今回のフィルムには日本語字幕が焼かれていない。このため、字幕は画面下のスクリーンに、別のデジタルプロジェクターで映し出す。送り出しにはPCが使われている。映像と字幕を同期させるのは手動で、これにも苦労したようだ。
このような複雑な工程がリアルタイムで動き、それぞれを完璧に進める必要があるため、上映を滞りなく進めるのは至難の業だ。しかも何人ものスタッフが必要になる。単に映画を「上映する」というより、もはやフィルムを使った「ライブ」と言った方が正しいのではないか。そんな感想を持った。
■こってりした色乗りと粘り気のある映像美
実際に70mmフィルムで観た「2001年宇宙の旅」は、一言で言うと、あまりに生々しかった。これまでのパッケージソフトで見ていた、傷などが取り除かれた映像とは明らかに違う。だが、これこそ私が、そして多くの「2001年」ファンが観たかったものだ。
何しろ50年前のものだから当然なのだが、フィルムには若干だが傷が見られる。フィルム上映特有の輝度のチラつき(フリッカー)も、いまのデジタル上映の、平坦でヌルヌルした映像を見慣れた方には気になるかもしれない。
だが、これこそが作品のすべての源流であり、キューブリックが意図した映像、そして色だったのだと思うと、本当に感慨深いものがある。
単に感慨深いだけではない。特にこってりとした色乗り、階調の粘り気などは、最新のデジタル上映でも再現が難しいと思われる、フィルムならではの独特の味わいがある。
HALの暴走で宇宙空間を漂うことになったフランク・プール船員の、宇宙服のイエローの見事な発色。スペースポッドの中で、下から画面の光で照らされるボーマン船長のショット。そしてなんと言っても最終盤の、スターゲートの鮮烈な色彩美など、これまで見たことのない「2001年」の映像がそこにはあった。
さらに、ときおり撮影条件や上映の調整がピタッとハマったショットの解像感は、4Kや8K映像を見慣れた目にも、ハッと驚かされるほどのレベルであったことも付け加えておきたい。
■オリジナル音声の「圧」に驚く
もう一点、今回の上映で、映像と同程度かそれ以上に驚いたのは「音」だ。当時のアナログ音声を加工せずに収録したものだそうで、率直に言って帯域は狭い。だが、押し寄せてくる音圧は圧倒的だ。まさに、音が壁になって押し寄せてくる感覚なのだ。
フィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド」の映画版というか、「圧」がグイグイと観る者へ迫ってくる。デジタル処理し、美しく整理された音もそれはそれでよいが、このサウンドの魅力はまったく異質で、別次元のものだ。
この映画は、不安を煽るような不協和音や呼吸音、周囲のノイズなどが、ほぼ全編にわたって収録されている。そのサウンドをものすごい音圧で聴いていると、思わずこちらの脈拍も上がってくる。だが、この「圧」があるからこそ、時おりピタッと無音になるシーンとの対比が鮮やかになり、キューブリックが意図したであろう演出がグッと映えるのだ。
HALがコールドスリープを停止させるときの「ビーーーーーー」という、無限に続くかと思われるビープ音、非常用ハッチからディカバリー号に突入した際の空気の音、そしてモノリスに触れたときに聞こえる「キーーーーーーン」という音など、本当に耳の奥を抉られるように、不快感が一気に高まる。だが、それが良い。本作のサウンドデザインに対する理解が深まった。
さて、今回の上映では、当時の上映体験をそのまま再現しようという試みも行われた。本編の上映開始前は緞帳が閉まったまま前奏曲が流れ、この間は照明が点いている。その後暗転し、緞帳が開くと同時に、MGMのロゴとともに本編が開始される。
そして、途中で「INTEREMISSION」の文字が出て、15分間の休憩が挟まれる。面白いと思ったのは、休憩が終わることを知らせるブザーは鳴らず、幕間の音楽(2分18秒)が流れること。これで自然に観客を席に戻すということだろう。
そして後編が上映され、終了してからのスタッフロールのあとに、4分23秒の、いわゆる「追い出し曲」が流れる。なお、この曲が終わる2分前から照明がすべて点灯する。
以上が、上映の全体の流れだ。今回の上映では、このすべての流れを1968年当時のまま体験でき、まるで50年前にタイムスリップしたような感覚が得られた。これだけでも感無量だ。
■IMAXでの上映、そしてUHD BD/BDも発売
70mm版フィルム上映に大満足したのだが、「2001年宇宙の旅」を巡る2018年の旅は、まだ始まったばかりだ。
10月19日からは、IMAXでの2週間限定上映が始まる。IMAXではまた全く異なる映像や音声が楽しめるはずだから、70mm版を観た方も要チェックだ。残念ながら今回70mm版を観られなかったという方は、IMAX版の上映も大変貴重な機会であるだけに、どのような体験が得られるのか、ぜひ足を運んで欲しい。
そして11月21日には、「2001年宇宙の旅」Ultra HD Blu-ray版(関連ニュース)が発売される。価格は6,990円(税抜)だ。
UHD BDは新パッケージとなるほか、初回限定生産版はUHD BD 1枚とBD 2枚(本編・特典)の3枚組で、4K/HDR映像のほか、日本語吹き替え音声も追加収録される。UHD BDは片面2層仕様で、音声は英語がDTS-HD Master Audio(5.1ch)、日本語がドルビーデジタル(2.0chモノラル)となる。
またHDデジタルリマスターを行い、日本語吹き替え音声も収録したBlu-rayも、同じ11月21日に発売する。価格は4,990円(税抜)。本編ディスクと特典ディスクの2枚組で、特典にはキューブリックのインタビューなどが収録されている。
いずれも初回限定生産版にはブックレット(20P)、キューブリックのインタビュー翻訳、アートカード(4枚組)が封入されている。
◇
70mm、IMAX、そして4K/HDRのUHD BDと、様々な姿の「2001年宇宙の旅」が楽しめるのは本当に嬉しいし、また貴重な機会でもある。少しでも関心があるのなら、このお祭りに参加しないのはもったいない。
50年前に作られた、驚異的な完成度を誇るこの作品の新たな姿が、既存ファンに再び新鮮な驚きを与えることは間違いない。さらにはこれをきっかけにして、新しいファンも獲得することを願ってやまない。
DVDもBlu-rayももちろん持っているし、最近はSVODでも配信されているので、観たい作品がないときなどはBGVがわりに流したりもしている。これまでに何度観たのか、それこそ数え切れないほどだ。
ただ、私にはコンプレックスがあった。いろいろな本に書かれている、1968年当時の、オリジナル上映時の映像と音声を、自分は体験していない。本当の迫力を、自分は体験したことがない。まだ生まれていなかったのだから仕方ないと自分を慰めてみても、遅れてきた者の悲しさというべきか、「本当の『2001年』を自分は観たことがない、観てみたい」という思いは募るばかりだった。
その積年の願いが、ついに叶うときがやってきた。製作50周年を記念して70mm版フィルムが新たに焼かれ、海外で上映されたというニュースに接した。指をくわえて待っていたところ、ついに日本にもフィルムが届き、上映されることが決まったのだ。それが本日10月6日から国立映画アーカイブで始まった特別上映だ。
大変貴重な機会とあって、2,500円と通常の映画より高額な料金にもかかわらず、予約が殺到。チケットは一瞬で売り切れたと聞いている。今回、その上映を幸運にも体験することができた。
■70mmフィルム×10巻を2台の映写機で上映
今回上映されるフィルムは、クリストファー・ノーラン監督の協力のもと、オリジナル・カメラネガからデジタル処理を介さず、フォトケミカル工程だけで作成された70mmニュープリント。音声は1968年公開当時と同様の6チャンネルだ。しかも上映前の前奏曲、休憩時の音楽などまで、当時と同様に再現されている(これについては後述する)。
映画の上映時間は164分で、うち休憩が15分間。長い作品だけに、70mmフィルムのリールは10巻に及ぶ。1巻あたりの尺は巻にもよるのだが、12分程度から17分程度まで、まちまちだという。
実際の上映は、70mmフィルム映写機を2台並べ、1巻ずつ交互に上映していく。1巻目のリールは左側の映写機、2巻目は右側の映写機、3巻目は左側…といった具合だ。
上映時には、上にセットしたリールから、下のリールへフィルムがどんどん巻き取られていく。そして1台の映写機の上映が終わり、隣の映写機にバトンタッチした後は、10数分の間に、次のリールをセットして調整し、同時に先ほど上映したリールを巻き取る、といった作業をしなければならない。それも観客席への光洩れがないよう、手元がようやく見える程度の薄暗がりの中で行う必要があるのだ。
また当然だが、フィルムの状態などによって、映写機の繊細な調整が必要になる。どのぐらいの力でフィルムのテンションを保つべきか、それを誤るとフォーカスが甘くなったりもするし、逆に力を加えすぎたら貴重なフィルムを傷めかねない。今回も、映写機の調整だけで数日間が必要だったという。
なお今回の音声は、DTSを再生している。70mmフィルムの端のパーフォレーション(送り穴)の横にタイムコードがあり、それに同期させて、別の機材からDTS音声を送り出す仕組みを採っているとのことだ。
もうひとつ、今回のフィルムには日本語字幕が焼かれていない。このため、字幕は画面下のスクリーンに、別のデジタルプロジェクターで映し出す。送り出しにはPCが使われている。映像と字幕を同期させるのは手動で、これにも苦労したようだ。
このような複雑な工程がリアルタイムで動き、それぞれを完璧に進める必要があるため、上映を滞りなく進めるのは至難の業だ。しかも何人ものスタッフが必要になる。単に映画を「上映する」というより、もはやフィルムを使った「ライブ」と言った方が正しいのではないか。そんな感想を持った。
■こってりした色乗りと粘り気のある映像美
実際に70mmフィルムで観た「2001年宇宙の旅」は、一言で言うと、あまりに生々しかった。これまでのパッケージソフトで見ていた、傷などが取り除かれた映像とは明らかに違う。だが、これこそ私が、そして多くの「2001年」ファンが観たかったものだ。
何しろ50年前のものだから当然なのだが、フィルムには若干だが傷が見られる。フィルム上映特有の輝度のチラつき(フリッカー)も、いまのデジタル上映の、平坦でヌルヌルした映像を見慣れた方には気になるかもしれない。
だが、これこそが作品のすべての源流であり、キューブリックが意図した映像、そして色だったのだと思うと、本当に感慨深いものがある。
単に感慨深いだけではない。特にこってりとした色乗り、階調の粘り気などは、最新のデジタル上映でも再現が難しいと思われる、フィルムならではの独特の味わいがある。
HALの暴走で宇宙空間を漂うことになったフランク・プール船員の、宇宙服のイエローの見事な発色。スペースポッドの中で、下から画面の光で照らされるボーマン船長のショット。そしてなんと言っても最終盤の、スターゲートの鮮烈な色彩美など、これまで見たことのない「2001年」の映像がそこにはあった。
さらに、ときおり撮影条件や上映の調整がピタッとハマったショットの解像感は、4Kや8K映像を見慣れた目にも、ハッと驚かされるほどのレベルであったことも付け加えておきたい。
■オリジナル音声の「圧」に驚く
もう一点、今回の上映で、映像と同程度かそれ以上に驚いたのは「音」だ。当時のアナログ音声を加工せずに収録したものだそうで、率直に言って帯域は狭い。だが、押し寄せてくる音圧は圧倒的だ。まさに、音が壁になって押し寄せてくる感覚なのだ。
フィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド」の映画版というか、「圧」がグイグイと観る者へ迫ってくる。デジタル処理し、美しく整理された音もそれはそれでよいが、このサウンドの魅力はまったく異質で、別次元のものだ。
この映画は、不安を煽るような不協和音や呼吸音、周囲のノイズなどが、ほぼ全編にわたって収録されている。そのサウンドをものすごい音圧で聴いていると、思わずこちらの脈拍も上がってくる。だが、この「圧」があるからこそ、時おりピタッと無音になるシーンとの対比が鮮やかになり、キューブリックが意図したであろう演出がグッと映えるのだ。
HALがコールドスリープを停止させるときの「ビーーーーーー」という、無限に続くかと思われるビープ音、非常用ハッチからディカバリー号に突入した際の空気の音、そしてモノリスに触れたときに聞こえる「キーーーーーーン」という音など、本当に耳の奥を抉られるように、不快感が一気に高まる。だが、それが良い。本作のサウンドデザインに対する理解が深まった。
さて、今回の上映では、当時の上映体験をそのまま再現しようという試みも行われた。本編の上映開始前は緞帳が閉まったまま前奏曲が流れ、この間は照明が点いている。その後暗転し、緞帳が開くと同時に、MGMのロゴとともに本編が開始される。
そして、途中で「INTEREMISSION」の文字が出て、15分間の休憩が挟まれる。面白いと思ったのは、休憩が終わることを知らせるブザーは鳴らず、幕間の音楽(2分18秒)が流れること。これで自然に観客を席に戻すということだろう。
そして後編が上映され、終了してからのスタッフロールのあとに、4分23秒の、いわゆる「追い出し曲」が流れる。なお、この曲が終わる2分前から照明がすべて点灯する。
以上が、上映の全体の流れだ。今回の上映では、このすべての流れを1968年当時のまま体験でき、まるで50年前にタイムスリップしたような感覚が得られた。これだけでも感無量だ。
■IMAXでの上映、そしてUHD BD/BDも発売
70mm版フィルム上映に大満足したのだが、「2001年宇宙の旅」を巡る2018年の旅は、まだ始まったばかりだ。
10月19日からは、IMAXでの2週間限定上映が始まる。IMAXではまた全く異なる映像や音声が楽しめるはずだから、70mm版を観た方も要チェックだ。残念ながら今回70mm版を観られなかったという方は、IMAX版の上映も大変貴重な機会であるだけに、どのような体験が得られるのか、ぜひ足を運んで欲しい。
そして11月21日には、「2001年宇宙の旅」Ultra HD Blu-ray版(関連ニュース)が発売される。価格は6,990円(税抜)だ。
UHD BDは新パッケージとなるほか、初回限定生産版はUHD BD 1枚とBD 2枚(本編・特典)の3枚組で、4K/HDR映像のほか、日本語吹き替え音声も追加収録される。UHD BDは片面2層仕様で、音声は英語がDTS-HD Master Audio(5.1ch)、日本語がドルビーデジタル(2.0chモノラル)となる。
またHDデジタルリマスターを行い、日本語吹き替え音声も収録したBlu-rayも、同じ11月21日に発売する。価格は4,990円(税抜)。本編ディスクと特典ディスクの2枚組で、特典にはキューブリックのインタビューなどが収録されている。
いずれも初回限定生産版にはブックレット(20P)、キューブリックのインタビュー翻訳、アートカード(4枚組)が封入されている。
70mm、IMAX、そして4K/HDRのUHD BDと、様々な姿の「2001年宇宙の旅」が楽しめるのは本当に嬉しいし、また貴重な機会でもある。少しでも関心があるのなら、このお祭りに参加しないのはもったいない。
50年前に作られた、驚異的な完成度を誇るこの作品の新たな姿が、既存ファンに再び新鮮な驚きを与えることは間違いない。さらにはこれをきっかけにして、新しいファンも獲得することを願ってやまない。