イマーシブオーディオでの戦いが熾烈に
ロスレスでもハイレゾでもなく「空間オーディオ」に賭けるアップルのねらい
アップルの「Apple Music」が、ついにハイレゾオーディオやロスレスオーディオ、空間オーディオに対応する。
はじめに今回の発表内容を振り返ってみよう。まずはカタログの全楽曲、約7,500万曲がロスレスになる、というのが大きい。通常のロスレスは44.1kHz/16bitから、48kHz/24bitまでの音質を選択可能だ。さらに最大で192kHz/24bitのハイレゾ・ロスレスも提供する。
さらに、ドルビーアトモスを使った空間オーディオを、Apple Musicで配信することも明らかにした。空間オーディオは、以前からアップルが少しずつ準備を進めていたイマーシブサラウンド技術だ。iPhoneやiPad、Macの内蔵スピーカー、そしてAirPods Pro/AirPods Maxなどが対応している。
これだけの新サービスを6月から一気に追加するのだが、価格は据え置かれ、月額980円(通常プランの場合)だ。個人的には、この大盤振る舞いに一番驚いた。
■空間オーディオは「次のオーディオの次元」
さて、これらの新サービスの中で、アップルが最も強く打ち出したのは、ハイレゾでも、ロスレスでもなく、ドルビーアトモスを使った空間オーディオだった。ニュースリリースのタイトルを見ても、空間オーディオが一番前にきて、その後に全カタログがロスレス対応、という順番になっている。
それぞれのトピックへの力の入れ具合を、割合でざっくり示すとしたら、空間オーディオが6割、ロスレスオーディオが3割、ハイレゾは1割程度、といったところだろうか。いや、ハイレゾはもっと低いかもしれない。ニュースリリース中ではオマケ程度にしか触れられておらず、オーディオ関連媒体に携わる身としては少し寂しいところだ。
同時にApple Musicのアプリ内で公開されたプロモーションビデオでも、空間オーディオ+ドルビーアトモスを「ステレオに続く、次のオーディオの次元」として大々的にアピールしている。
空間オーディオ+ドルビーアトモスに対応する楽曲は、6月にローンチする時点で「数千曲」と発表されている。以降もコンスタントに増やすとしているが、絶対数としてはまだまだ少ない。
一方のロスレス対応は、約7,500万曲もの全タイトルが対象だ。ふつうに考えたら、こちらの方が、一般ユーザーにとってインパクトが大きい。しかも追加コストが不要なのだから、なおさらだ。
空間オーディオを強くアピールするのは不自然なようだが、対応するハードウェアなどの条件を考えると、理にかなっていることがわかる。
■発表されなかった新型AirPods
今回のApple Musicの新サービスと同時に、新型AirPodsが同時に発表されるのでは、という噂があった。その噂が正しかった場合、ロスレスオーディオやハイレゾオーディオのAirPodsへの伝送をどう実現するかというコラムも書いた。
だが今回、新型AirPodsは発表されなかった。既存のAirPodsへのBluetooth伝送はこれまでどおりで、ロスレスの高音質を活かす、新たなテクノロジーも登場しなかった。ことiPhone+AirPodsでの再生に限定した場合、ロスレス化の恩恵はほとんどないはずだ。
それどころではない。AndroidスマートフォンでApple Musicを使うと、LDACやaptX HD対応スマホやイヤホンで、高音質再生が行える可能性が高い。わざわざ他社製のスマホやイヤホン、ヘッドホンに塩を送ることになる。
将来的にアップルが、ロスレス級音質を送信する新技術を作り、それを搭載したAirPodsを発売する可能性は十分あると考えているが、今のところ何も見えてきていない。
■AirPodsの価値を高める空間オーディオ
一方で空間オーディオについては、H1またはW1チップを搭載したAirPodsやBeatsのイヤホン/ヘッドホン、最新のiPhone、iPad、Macの内蔵スピーカーなど、Appleの主力商品の多くが再生に対応する。
特に、W1チップを搭載したイヤホン/ヘッドホンでも空間オーディオが利用可能になる、というのがポイントだ。これまで空間オーディオの再生には、H1チップを搭載したAirPods ProまたはAirPods Maxが必要だったが、今回、W1チップを搭載した初代AirPodsなどまで、対応イヤホンが一気に広がることになる。
アップルは、Apple Music単体の収益拡大も当然ながら求めていくだろうが、ビジネスとしてはAirPodsの方が圧倒的に大きいはず。AirPodsの売上げは、2019年段階で120億ドルに達していたという考察もあるほどだ。その付加価値を高めていくことが、全体の収益拡大に貢献するという判断だろう。
加えて将来性を考えたときにも、空間オーディオ+ドルビーアトモスを推進する意義は大きい。
ロスレスやハイレゾは、オーディオファンにとってはとても重要な技術だが、音質にあまり興味がない人にとっては、ステレオ再生のクオリティが上がる「だけ」に過ぎない。
一方で空間オーディオ+ドルビーアトモスは、音楽を「ステレオ」という従来の枠組みから解き放ち、これまでの音楽体験を根本から変えうる可能性を秘めている。この変革をリードしたいと野心を持つのは、よく理解できる。ハードルは多いが、それを乗り越えたときの果実もまた大きいからだ。
■イマーシブオーディオ進化の加速に期待
さて、同じようにイマーシブオーディオへ力を入れているのがソニーだ。同社は「360 Reality Audio」技術を推進しており、音楽配信サービスではAmazon Music HDを筆頭に、deezer、nugs.netが楽曲を配信している。楽曲数も今年3月時点で4,000曲以上と、空間オーディオ+ドルビーアトモスと同等程度を揃えているほか、邦楽のラインナップも強化しはじめている。
空間オーディオが、いまのところアップルのイヤホンやヘッドホン、スピーカーに限定されているのに対し、ソニーは自社製品だけでなく、他社製のすべてのヘッドホンで再生可能だ。そのうえでソニーが認定するヘッドホンでは、より臨場感あふれる体験が可能になるという、二段構えのアプローチを採用している。
今回アップルが参入したことで、今後はこれまで以上に、イマーシブオーディオを巡る戦いが熾烈になる。一般的に、競争があった方がイノベーションは加速する。コンテンツがまだまだ少ないのは明らかなので、しばらくは対応コンテンツを増やす戦いと、ハードやソフトを進化・普及させる戦いが同時に行われていくだろう。
いずれにしても、これまでにないオーディオを作ろうと、日米を代表する企業が本気で取り組んでいるのだから、今後の動きがとても興味深い。新たな時代のオーディオが生まれ、普及していく未来がとても楽しみだ。
はじめに今回の発表内容を振り返ってみよう。まずはカタログの全楽曲、約7,500万曲がロスレスになる、というのが大きい。通常のロスレスは44.1kHz/16bitから、48kHz/24bitまでの音質を選択可能だ。さらに最大で192kHz/24bitのハイレゾ・ロスレスも提供する。
さらに、ドルビーアトモスを使った空間オーディオを、Apple Musicで配信することも明らかにした。空間オーディオは、以前からアップルが少しずつ準備を進めていたイマーシブサラウンド技術だ。iPhoneやiPad、Macの内蔵スピーカー、そしてAirPods Pro/AirPods Maxなどが対応している。
これだけの新サービスを6月から一気に追加するのだが、価格は据え置かれ、月額980円(通常プランの場合)だ。個人的には、この大盤振る舞いに一番驚いた。
■空間オーディオは「次のオーディオの次元」
さて、これらの新サービスの中で、アップルが最も強く打ち出したのは、ハイレゾでも、ロスレスでもなく、ドルビーアトモスを使った空間オーディオだった。ニュースリリースのタイトルを見ても、空間オーディオが一番前にきて、その後に全カタログがロスレス対応、という順番になっている。
それぞれのトピックへの力の入れ具合を、割合でざっくり示すとしたら、空間オーディオが6割、ロスレスオーディオが3割、ハイレゾは1割程度、といったところだろうか。いや、ハイレゾはもっと低いかもしれない。ニュースリリース中ではオマケ程度にしか触れられておらず、オーディオ関連媒体に携わる身としては少し寂しいところだ。
同時にApple Musicのアプリ内で公開されたプロモーションビデオでも、空間オーディオ+ドルビーアトモスを「ステレオに続く、次のオーディオの次元」として大々的にアピールしている。
空間オーディオ+ドルビーアトモスに対応する楽曲は、6月にローンチする時点で「数千曲」と発表されている。以降もコンスタントに増やすとしているが、絶対数としてはまだまだ少ない。
一方のロスレス対応は、約7,500万曲もの全タイトルが対象だ。ふつうに考えたら、こちらの方が、一般ユーザーにとってインパクトが大きい。しかも追加コストが不要なのだから、なおさらだ。
空間オーディオを強くアピールするのは不自然なようだが、対応するハードウェアなどの条件を考えると、理にかなっていることがわかる。
■発表されなかった新型AirPods
今回のApple Musicの新サービスと同時に、新型AirPodsが同時に発表されるのでは、という噂があった。その噂が正しかった場合、ロスレスオーディオやハイレゾオーディオのAirPodsへの伝送をどう実現するかというコラムも書いた。
だが今回、新型AirPodsは発表されなかった。既存のAirPodsへのBluetooth伝送はこれまでどおりで、ロスレスの高音質を活かす、新たなテクノロジーも登場しなかった。ことiPhone+AirPodsでの再生に限定した場合、ロスレス化の恩恵はほとんどないはずだ。
それどころではない。AndroidスマートフォンでApple Musicを使うと、LDACやaptX HD対応スマホやイヤホンで、高音質再生が行える可能性が高い。わざわざ他社製のスマホやイヤホン、ヘッドホンに塩を送ることになる。
将来的にアップルが、ロスレス級音質を送信する新技術を作り、それを搭載したAirPodsを発売する可能性は十分あると考えているが、今のところ何も見えてきていない。
■AirPodsの価値を高める空間オーディオ
一方で空間オーディオについては、H1またはW1チップを搭載したAirPodsやBeatsのイヤホン/ヘッドホン、最新のiPhone、iPad、Macの内蔵スピーカーなど、Appleの主力商品の多くが再生に対応する。
特に、W1チップを搭載したイヤホン/ヘッドホンでも空間オーディオが利用可能になる、というのがポイントだ。これまで空間オーディオの再生には、H1チップを搭載したAirPods ProまたはAirPods Maxが必要だったが、今回、W1チップを搭載した初代AirPodsなどまで、対応イヤホンが一気に広がることになる。
アップルは、Apple Music単体の収益拡大も当然ながら求めていくだろうが、ビジネスとしてはAirPodsの方が圧倒的に大きいはず。AirPodsの売上げは、2019年段階で120億ドルに達していたという考察もあるほどだ。その付加価値を高めていくことが、全体の収益拡大に貢献するという判断だろう。
加えて将来性を考えたときにも、空間オーディオ+ドルビーアトモスを推進する意義は大きい。
ロスレスやハイレゾは、オーディオファンにとってはとても重要な技術だが、音質にあまり興味がない人にとっては、ステレオ再生のクオリティが上がる「だけ」に過ぎない。
一方で空間オーディオ+ドルビーアトモスは、音楽を「ステレオ」という従来の枠組みから解き放ち、これまでの音楽体験を根本から変えうる可能性を秘めている。この変革をリードしたいと野心を持つのは、よく理解できる。ハードルは多いが、それを乗り越えたときの果実もまた大きいからだ。
■イマーシブオーディオ進化の加速に期待
さて、同じようにイマーシブオーディオへ力を入れているのがソニーだ。同社は「360 Reality Audio」技術を推進しており、音楽配信サービスではAmazon Music HDを筆頭に、deezer、nugs.netが楽曲を配信している。楽曲数も今年3月時点で4,000曲以上と、空間オーディオ+ドルビーアトモスと同等程度を揃えているほか、邦楽のラインナップも強化しはじめている。
空間オーディオが、いまのところアップルのイヤホンやヘッドホン、スピーカーに限定されているのに対し、ソニーは自社製品だけでなく、他社製のすべてのヘッドホンで再生可能だ。そのうえでソニーが認定するヘッドホンでは、より臨場感あふれる体験が可能になるという、二段構えのアプローチを採用している。
今回アップルが参入したことで、今後はこれまで以上に、イマーシブオーディオを巡る戦いが熾烈になる。一般的に、競争があった方がイノベーションは加速する。コンテンツがまだまだ少ないのは明らかなので、しばらくは対応コンテンツを増やす戦いと、ハードやソフトを進化・普及させる戦いが同時に行われていくだろう。
いずれにしても、これまでにないオーディオを作ろうと、日米を代表する企業が本気で取り組んでいるのだから、今後の動きがとても興味深い。新たな時代のオーディオが生まれ、普及していく未来がとても楽しみだ。