【連載】佐野正弘のITインサイト 第56回
通信障害に「つながりにくい」問題、NTTグループの事例から見える日本の通信の危機
2022年は、KDDIの大規模通信障害が社会問題に至るなどして大きな話題となった。だがここ最近は、NTTグループのネットワーク関連サービスで、通信障害をはじめユーザーの不満を高める出来事が相次いでいるようだ。
とりわけ、最近の出来事で注目されたのが、東日本電信電話(NTT東日本)と西日本電信電話(NTT西日本)が提供する光ブロードバンドサービス「フレッツ光」で発生した通信障害である。これは、4月3日の午前7時10分に発生したもので、NTT東西合わせて16都道府県の一部のユーザーが、1時間以上にわたって通信ができない、あるいは通信しづらいなどの影響を受けた。
さらに、光回線で固定電話サービスを提供する「ひかり電話」に関しては、東京都と神奈川県の一部で復旧が遅れ、2時間以上を費やすこととなった。それゆえひかり電話に関しては、総務省が定める「重大な事故」に当てはまるとして報告するに至っている。
両社が4月28日に実施した記者説明会での説明によると、その原因はフレッツ光などの顧客回線を集約し、データを中継装置に転送する「加入者収容装置」の一部にあったとのこと。一部メーカー製の加入者収容装置に、メーカーも把握していなかったソフトウェアのバグが潜んでおり、それが動画配信などによく用いられる「マルチキャスト通信」で特定のパケットを受信するなど、複数の条件が揃ったことでバグが不具合を引き起こしたのだ。
この装置にはバックアップも用意されていたのだが、バックアップの装置もソフトウェア部分は同じなので、そちらに切り替わっても同じパケットを受信して同じ不具合が発生、再び機器を切り替える、という動作を繰り返して通信ができなくなってしまったようだ。
最終的には、条件が揃っても不具合が起きないよう、設定を変えることで正常化に至ったとのこと。ただ、その原因究明に時間がかかったため、通信障害が長期化し、顧客に大きな影響が及んでしまったようだ。
一方で、通信障害には至っていないものの、ユーザー目線からすると問題が起きているように見え、不満を高めているケースもある。それが、NTTドコモのモバイル通信サービスであり、ここ最近筆者も、NTTドコモユーザーから「つながりにくい」「通信速度が遅い」といった不満を頻繁に聞くようになっている。
それゆえこちらの問題に関しても、NTTドコモが4月26日に説明会を実施して、その原因について説明している。同社の説明によると、トラフィックの急増と、5Gのエリア整備が途上であることが問題の背景にあるようだ。
同社は、5G向けに割り当てられた高い周波数帯を用い、4G以上の高速大容量通信が可能な「瞬速5G」の基地局整備に重点を置いて、都市部を主体に5Gのエリア拡大を進めている。だが、瞬速5Gに対応した新しい基地局を設置するには、地権者との交渉が必要で時間がかかることから、現在は都市部においても、瞬速5Gに対応した基地局と未対応の基地局が混在している状況にある。
それに加えて、都市部では大規模な再開発が多くなされていることから、その影響で設置した基地局の電波が届く範囲が変わってしまうなど、想定していなかった影響も出ているとのこと。そのような状況下でトラフィックが急激に増加し、瞬速5G未対応のエリアで通信量がひっ迫したことで通信がしづらくなっているという。
加えて一部の基地局は、屋外に設置していながら屋内のエリアもカバーしていることから、最も電波が飛びやすいプラチナバンドの800MHz帯が屋内の通信量増加でひっ迫し、屋外でつながりづらくなるという事象も起きているようだ。
通信障害や通信容量のひっ迫といった問題は、つながることが最も重要とされる通信事業者にとって致命的なものだけに、無論各社は対策を急いでいる。
まず、NTTドコモのつながりにくい事象に関してだが、瞬速5Gの基地局設置を早期に進めることが解決策の本命とされているものの、それには時間がかかることから当面の措置として、2023年夏頃までにネットワークのチューニングをして対処を図るとしている。
具体的には、1つに瞬速5G対応基地局のエリアを、未対応基地局のエリアの一部にまで少し広げることで、未対応基地局の負荷を減らすこと。そして、800MHz帯に通信が集中することを避けるよう、端末が800MHz帯以外の周波数帯に接続するようにすることだ。
一方の通信障害に関しては、今回の事象だけでなく2022年にも、NTT西日本とNTTドコモがそれぞれ大規模通信障害を起こしていることから、NTTグループ全体でネットワークの強靭性を高める取り組みを強化するとのこと。実際NTTグループでは、各社の技術やデジタル部門のトップ級メンバーが参加する「システム故障再発防止委員会」を設立し、再発防止に向けた議論や検証を進めてきたという。
その議論の中で浮上したリスクが「機器の故障」、外部からの「大量のトラフィック流入」、そして機器が故障しても警告が出ない「サイレント故障」の3つ。それらのリスクに対して適切な対処を施すことで、リスクを低減するのに加え、今後はAIやデジタルツインなどの新しい技術を活用し、仮想空間上で通信障害や復旧のシミュレーションをするなど、ネットワークの運用や復旧の効率化を図りたいとしている。
そのためにNTTグループ全体で、2022年度から2025年度までに1,600億円規模の投資を予定するとしている。KDDIが大規模通信障害を受けて、今後500億円規模の追加投資を実施するとしていたが、その3倍規模の予算をかけて通信障害対策を進めていく点からも、危機感の強さを見て取ることができる。
ただ、その説明に際して気になったのが、通信障害への対処だけでなく、顧客に低廉な料金でサービスを提供することも重要だという話を何度か繰り返していたこと。
低廉なサービスを提供するには、通信障害にかけるコストにも限界があることから、例えば機器を設置する拠点を2ヵ所以上に分散するなど、コストがかかる措置は動作が複雑で復旧が難しいサーバーなどに限定して実施。ほか、自社の通信障害対策には限界があるため、バックアップを重視する顧客には他社回線を併用したサービスやソリューションを提供するとしている。
また、NTTドコモの対処に関しても、記者から収益力低下の影響を問われる場面があった。NTTドコモ側としては、毎年1,000億円以上投資して基地局を増やすなど、堅調にインフラへの投資を続けているというが、気になるのは4月28日に実施された日本電気(NEC)の決算だ。
というのも同社は、国内外の携帯電話会社で5G関連投資を抑制する動きが出ている影響で、ネットワークサービス関連の事業が減益となったのに加え、今後も国内携帯電話事業者の投資抑制が続くことから、2023年度は5G関連事業で売上減少を見込むとしている。NECのモバイル通信事業において、NTTドコモは最も主要な顧客の1つでもあるだけに、NECの決算からはNTTドコモが5Gの投資を抑制している様子が見えてくるわけだ。
一連の動きから、NTTグループが従来より一層インフラ投資に抑制的になっており、通信障害などへの対策に費やせる予算やリソースも、以前より限られたものとなりつつある印象を受ける。
その背景にあるのは、1つにビジネスの構造的問題であろう。少子高齢化で契約数を増やすのが難しいのに加え、とりわけ固定ブロードバンド回線は定額サービスが主流なので、通信トラフィックが増えても売上が増えないという構造的問題を抱えており、売り上げの大幅な増加が見込みにくい状況にある。
そしてもう1つ、とりわけモバイル通信で大きく影響しているのが、政治主導で進められた携帯料金引き下げによる影響だ。とりわけNTTドコモは、この影響で年間1,100億円以上の利益が減少しているだけに、インフラ投資も抑制せざるを得ないことは確かだ。
無論そうした状況下でも、1,600億円もの予算を確保して通信障害対策を進めようとしているように、NTTグループは国内最大手の通信事業者として、通信環境の改善に力を注いでいることは間違いない。だが、インフラに費やす費用が減少していけば、必然的にインフラの質が低下し、通信障害対策にも何らかの影響が出てくる可能性が高まってくる。
5Gでは既に世界的な出遅れが指摘されているように、現在の状況が続けば、長年品質の高さを誇ってきた日本の通信インフラの質が大きく低下してしまいかねないと筆者は危惧している。
■NTT東西の「フレッツ光」で通信障害が発生
とりわけ、最近の出来事で注目されたのが、東日本電信電話(NTT東日本)と西日本電信電話(NTT西日本)が提供する光ブロードバンドサービス「フレッツ光」で発生した通信障害である。これは、4月3日の午前7時10分に発生したもので、NTT東西合わせて16都道府県の一部のユーザーが、1時間以上にわたって通信ができない、あるいは通信しづらいなどの影響を受けた。
さらに、光回線で固定電話サービスを提供する「ひかり電話」に関しては、東京都と神奈川県の一部で復旧が遅れ、2時間以上を費やすこととなった。それゆえひかり電話に関しては、総務省が定める「重大な事故」に当てはまるとして報告するに至っている。
両社が4月28日に実施した記者説明会での説明によると、その原因はフレッツ光などの顧客回線を集約し、データを中継装置に転送する「加入者収容装置」の一部にあったとのこと。一部メーカー製の加入者収容装置に、メーカーも把握していなかったソフトウェアのバグが潜んでおり、それが動画配信などによく用いられる「マルチキャスト通信」で特定のパケットを受信するなど、複数の条件が揃ったことでバグが不具合を引き起こしたのだ。
この装置にはバックアップも用意されていたのだが、バックアップの装置もソフトウェア部分は同じなので、そちらに切り替わっても同じパケットを受信して同じ不具合が発生、再び機器を切り替える、という動作を繰り返して通信ができなくなってしまったようだ。
最終的には、条件が揃っても不具合が起きないよう、設定を変えることで正常化に至ったとのこと。ただ、その原因究明に時間がかかったため、通信障害が長期化し、顧客に大きな影響が及んでしまったようだ。
一方で、通信障害には至っていないものの、ユーザー目線からすると問題が起きているように見え、不満を高めているケースもある。それが、NTTドコモのモバイル通信サービスであり、ここ最近筆者も、NTTドコモユーザーから「つながりにくい」「通信速度が遅い」といった不満を頻繁に聞くようになっている。
それゆえこちらの問題に関しても、NTTドコモが4月26日に説明会を実施して、その原因について説明している。同社の説明によると、トラフィックの急増と、5Gのエリア整備が途上であることが問題の背景にあるようだ。
同社は、5G向けに割り当てられた高い周波数帯を用い、4G以上の高速大容量通信が可能な「瞬速5G」の基地局整備に重点を置いて、都市部を主体に5Gのエリア拡大を進めている。だが、瞬速5Gに対応した新しい基地局を設置するには、地権者との交渉が必要で時間がかかることから、現在は都市部においても、瞬速5Gに対応した基地局と未対応の基地局が混在している状況にある。
それに加えて、都市部では大規模な再開発が多くなされていることから、その影響で設置した基地局の電波が届く範囲が変わってしまうなど、想定していなかった影響も出ているとのこと。そのような状況下でトラフィックが急激に増加し、瞬速5G未対応のエリアで通信量がひっ迫したことで通信がしづらくなっているという。
加えて一部の基地局は、屋外に設置していながら屋内のエリアもカバーしていることから、最も電波が飛びやすいプラチナバンドの800MHz帯が屋内の通信量増加でひっ迫し、屋外でつながりづらくなるという事象も起きているようだ。
■各社が推し進める通信障害対策
通信障害や通信容量のひっ迫といった問題は、つながることが最も重要とされる通信事業者にとって致命的なものだけに、無論各社は対策を急いでいる。
まず、NTTドコモのつながりにくい事象に関してだが、瞬速5Gの基地局設置を早期に進めることが解決策の本命とされているものの、それには時間がかかることから当面の措置として、2023年夏頃までにネットワークのチューニングをして対処を図るとしている。
具体的には、1つに瞬速5G対応基地局のエリアを、未対応基地局のエリアの一部にまで少し広げることで、未対応基地局の負荷を減らすこと。そして、800MHz帯に通信が集中することを避けるよう、端末が800MHz帯以外の周波数帯に接続するようにすることだ。
一方の通信障害に関しては、今回の事象だけでなく2022年にも、NTT西日本とNTTドコモがそれぞれ大規模通信障害を起こしていることから、NTTグループ全体でネットワークの強靭性を高める取り組みを強化するとのこと。実際NTTグループでは、各社の技術やデジタル部門のトップ級メンバーが参加する「システム故障再発防止委員会」を設立し、再発防止に向けた議論や検証を進めてきたという。
その議論の中で浮上したリスクが「機器の故障」、外部からの「大量のトラフィック流入」、そして機器が故障しても警告が出ない「サイレント故障」の3つ。それらのリスクに対して適切な対処を施すことで、リスクを低減するのに加え、今後はAIやデジタルツインなどの新しい技術を活用し、仮想空間上で通信障害や復旧のシミュレーションをするなど、ネットワークの運用や復旧の効率化を図りたいとしている。
そのためにNTTグループ全体で、2022年度から2025年度までに1,600億円規模の投資を予定するとしている。KDDIが大規模通信障害を受けて、今後500億円規模の追加投資を実施するとしていたが、その3倍規模の予算をかけて通信障害対策を進めていく点からも、危機感の強さを見て取ることができる。
ただ、その説明に際して気になったのが、通信障害への対処だけでなく、顧客に低廉な料金でサービスを提供することも重要だという話を何度か繰り返していたこと。
低廉なサービスを提供するには、通信障害にかけるコストにも限界があることから、例えば機器を設置する拠点を2ヵ所以上に分散するなど、コストがかかる措置は動作が複雑で復旧が難しいサーバーなどに限定して実施。ほか、自社の通信障害対策には限界があるため、バックアップを重視する顧客には他社回線を併用したサービスやソリューションを提供するとしている。
■懸念される収益力低下の影響
また、NTTドコモの対処に関しても、記者から収益力低下の影響を問われる場面があった。NTTドコモ側としては、毎年1,000億円以上投資して基地局を増やすなど、堅調にインフラへの投資を続けているというが、気になるのは4月28日に実施された日本電気(NEC)の決算だ。
というのも同社は、国内外の携帯電話会社で5G関連投資を抑制する動きが出ている影響で、ネットワークサービス関連の事業が減益となったのに加え、今後も国内携帯電話事業者の投資抑制が続くことから、2023年度は5G関連事業で売上減少を見込むとしている。NECのモバイル通信事業において、NTTドコモは最も主要な顧客の1つでもあるだけに、NECの決算からはNTTドコモが5Gの投資を抑制している様子が見えてくるわけだ。
一連の動きから、NTTグループが従来より一層インフラ投資に抑制的になっており、通信障害などへの対策に費やせる予算やリソースも、以前より限られたものとなりつつある印象を受ける。
その背景にあるのは、1つにビジネスの構造的問題であろう。少子高齢化で契約数を増やすのが難しいのに加え、とりわけ固定ブロードバンド回線は定額サービスが主流なので、通信トラフィックが増えても売上が増えないという構造的問題を抱えており、売り上げの大幅な増加が見込みにくい状況にある。
そしてもう1つ、とりわけモバイル通信で大きく影響しているのが、政治主導で進められた携帯料金引き下げによる影響だ。とりわけNTTドコモは、この影響で年間1,100億円以上の利益が減少しているだけに、インフラ投資も抑制せざるを得ないことは確かだ。
無論そうした状況下でも、1,600億円もの予算を確保して通信障害対策を進めようとしているように、NTTグループは国内最大手の通信事業者として、通信環境の改善に力を注いでいることは間違いない。だが、インフラに費やす費用が減少していけば、必然的にインフラの質が低下し、通信障害対策にも何らかの影響が出てくる可能性が高まってくる。
5Gでは既に世界的な出遅れが指摘されているように、現在の状況が続けば、長年品質の高さを誇ってきた日本の通信インフラの質が大きく低下してしまいかねないと筆者は危惧している。