B&W「800シリーズ」が“他社の製品開発”に活用される理由とは?フェーズメーションの開発担当者に尋ねる
真空管アンプとカートリッジで世界的評価を受ける
新横浜の近くに拠点を持つ、日本のアナログブランドPhasemation(フェーズメーション)。真空管アンプとカートリッジを中心に開発を手掛け、創業20年を超えていまや世界でも高く評価される日本ブランドとして成長している。
同社製品の開発に使用される高さ5.6mの広大な試聴室には、メインスピーカーとしてイギリスの名門・Bowers&Wilkins(以下B&W)の「800 D3」が活用されている。なぜ彼らはB&Wを開発のパートナーとして選んだのか。その理由を、現在の開発を主導するWサイトウさんこと、技術部長の斎藤善和さん(以下善さん)と、課長の齋藤英示さん(以下英示さん)の二人に伺った。

2017年から「800 D3」を試聴室に導入
2002年に創業したフェーズメーション(当初のブランド名はフェーズテック)は、アナログ関連アイテムに注力しており、主力製品は真空管アンプとMCカートリッジ。さらに、パッシブアッテネーター(プリアンプではない!パッシブタイプのボリュームコントローラー)やチャンネルデバイダーといった“ニッチ”なアイテムもラインナップしており、その開発力の高さでも一目置かれる存在でもある。
横浜市港北区にある現在の試聴室は、2015年に新設されたものとなる。オーディオ機器の評価においては、“音質的にきちんと配慮された部屋”が大切である、という会長・鈴木信行氏の信念から、「石井式リスニングルーム」で知られる石井伸一郎氏に設計を依頼。社屋を全面改装し、縦横高さの比率を理想的に確保した試聴室を新たに立ち上げた。

開設当初は、JBLの「Project Everest DD66000」をメインスピーカーに使っていたが、2017年10月にB&Wの「800 D3」を導入。そこから8年、メインスピーカーの座を譲らず現在も開発の要として活用され続けている。
B&Wのスピーカー導入を主導した善さんは、「音楽の細かい表情をきちんと再現してくれる」ことが導入の大きなきっかけになったと力説する。「特性に変な癖がない、というのは最も重要なことです。この楽器はいいけれどこの楽器はあまり得意じゃない、といったようなスピーカーは、開発としては使えません。ジャンルや楽器を選ばないことは、メインスピーカーの最も大切な条件のひとつです」。

それでは以前使用していたJBLの「Everest」はどうだったか? 同社はチャンネルデバイダーも開発しているため、Everestも内部のネットワークを取り外すなど一部改造されているが、「中を開けてみて分かったのですが、JBLは個々のユニットの特性、意外と暴れているところもあるんですよ(笑)」と善さん。「それでもトータルでの音のまとめ方は素晴らしい。JBLの良さがあることもわかりますが、やはり製品開発をするとなると、特性は最低限フラットでなければ困ります。その点、B&Wの安定感は素晴らしいです」
「それに、分解能が良いことも大切です」と英示さんが言葉を続ける。「私は現在、カートリッジの開発をメインに手掛けていますが、カートリッジは最も微細な信号を扱うコンポーネントですよね。それだけセンシティブで、一番小さい部品を変えるだけでも音が変わります。ですからそのほんのわずかな違いをしっかり描き分けてくれなくてはなりません。その点でもB&Wは非常に信頼できると考えています」

善さんも大きく頷いて、「例えばですが、レコードって1回再生して、続けて1回かけると、ちょっと違う音になるんですよね。もう1回かけるとまた違う。これはアナログ再生を追求している方ならば体験したことがあると思います。ですから、わずかな違いといっても、それがカートリッジ由来のものなのか、盤の状態によるものなのか、はたまた別の理由によるものなのか。それをきちんと切り分けることができないといけません。そこまで理解していないと、オーディオの製品開発というのはできませんから」。
聴感上の音質評価が一番大切
音決めはどのように行われているのだろうか?善さんは、「私の場合は、音が出る試作機が出来上がった段階で、この部屋に持ち込んで試聴を開始します。上階にも実験室があり、ある程度はそこで調整するのですが、私たちの製品は、“音楽を聴くためのプロダクトである”ということが一番大切です。出力が何ワットだとか、特性はどうだとか、もちろんスペックとしては書いていますが、音楽として楽しめる音でなければ意味がありません。その意味で、常に音を聴きながら製品開発を行っています」と教えてくれた。
聴感上の判断を重視する、というのはフェーズメーションの音作りの基本である。英示さんも、「カートリッジは、アンプ以上に測定の方法が限られています。ですから、作っては聴き、作っては聴きということを何度も繰り返すしかありません。もちろんシミュレーションも活用しますが、シミュレーションは音がちゃんと出るかどうかは教えてくれますが、いい音かどうかは教えてはくれません。それは人間が判断するしかないところです」と続ける。

なるほど、それは昨今のAIについても同じことが言えるかもしれない。AIは様々なことを分析的に、また網羅的に教えてくれる大変便利なツールではあるが、それが“良い”か“悪い”かといった評価については(現時点では)まだまだ苦手とするところである。人間の耳でシビアに判断する、それに耐えうる信頼性を持ったスピーカーが、B&Wの「800 D3」だったというわけだ。
2023年のミュンヘン・ハイエンドで発表された同社のフラグシップ・モノラル・パワーアンプ「MA-5000」は、その音質、そして優れたデザイン性でも大きな話題になった。実はこの製品は約5年前、B&Wのスピーカーがこの試聴室にやってきた頃から構想を温めていたものだという。良質なスピーカーを手に入れたからこそ、真空管アンプの再生の次元をもう一段引き上げたい、という思いがあったのかもしれない。

フェーズメーションが考える「いい音」とは?
善さんに、フェーズメーションにとっての「いい音」を、あえて言葉にするとどうなるか、と質問をぶつけてみた。善さんは少し考えてから、「生音をそのまま、いかに再現するか、ということを非常に大切にしています」と答えてくれた。「私を含めた開発チームにはそれぞれ自分自身の好きな音、というのはもちろんあります。ですが、フェーズメーションの音としてこういう方向性でいこう、というものは共通して持っています」
「それを私なりの言葉にすると、そうですね、若い頃からラジオ、オーディオ、そしてコンサートホールでもたくさんの室内オーケストラを聴いてきました。イメージとして一番大切にしていることは、12-3人くらいの小さいオーケストラがステージの上で鳴っている。ファーストヴァイオリンがここ、それぞれの楽器の位置関係はこう、それからそれぞれの楽器の音色感が正しく再生されていることを意識しています」。小編成のオーケストラはそれぞれの楽器のハーモニーや広がり感、サウンドステージまで精緻に判断できる、オーディオ試聴においてももってこいの音源だ。
だからと言ってフェーズメーションのアンプは「クラシック向け」ということではない。「ポップスもロックもジャズも、いろんな音楽を製品開発において活用しています。最初にもお話しした通り、B&Wはどんな音楽でも、しっかり鳴らしてくれるスピーカーです。それはフェーズメーションのアンプについても同じで、どんな音楽でもちゃんと鳴らせる、ということは非常に大切にしています」(善さん)
導入してから1年ほどは日々音が変わってゆく
だが、やはりB&Wのスピーカーが馴染むまでにはそれなりに時間はかかったそうだ。「今だから言える話ですが、最初にこの800 D3が来た時はかなりキツい音で鳴っていてね、正直社員皆で真っ青になりましたよ(笑)。でも、スピーカーは鳴らし込むとどんどん音が変わっていく。導入して1年ぐらいは、日々音が変わっていく実感がありましたね」と善さんは振り返る。
そのため、導入して1年目は毎日のように鳴らしっぱなしにして、スピーカーと部屋を馴染ませる時間を意識的に確保していたという。1年ほど経過した段階で、今度はスピーカーの角度や部屋の中の吸音材の配置等を再検討。そういった細々としたセッティングの追い込みを経て、「いまはなかなかいい音で鳴っていると自負しています」と胸を張る。
ちなみにフェーズメーション的なセッティングとしては、リスニング・ポジションを正三角形の頂点ではなく、その「少し後ろ」に持ってくるよう配置しているという。その方がより自然な広がり感を得られることに加えて、「製品開発って一人でやるわけではなくて、複数人で音聞いて意見を出し合うわけですから、あんまり厳密に試聴位置を決めすぎてしまうと、逆に判断が難しくなってしまうこともあります」とのこと。
でもね、と善さんは言葉を続ける。「B&Wを自宅で使いたいか、というと、それはちょっと違うかな、という気持ちもあります。何やっても変わる、それを正確に再現してくれる、という点では限りない信頼を置いていますが、音楽をじっくりゆっくり楽しみたいのなら、私ならば別のスピーカーを選ぶと思います。仕事モードになってしまうということもありますからね(笑)」。
昨年発表になったフェーズメーションのプリメインアンプ「SA-1500」は、これまで培ってきたフェーズメーションの技術を、一体型機としてまとめ上げた製品である。近年のフェーズメーションは、6筐体式のフォノEQ「EA-2000」を筆頭に、“箱を分ける方向”で攻めてきただけに、あえての一体型という提案は非常に興味深い。

出力管300Bを純A級のシングルとして、前段に6SN7を活用したシンプルな回路構成ながら、MA-5000で培われた“機構面”でのノウハウも投入。ガラスのディスプレイも美しい、フェーズメーションらしさが存分にあしらわれた製品となる。非常に透明感高く艶やかで、「カンターテ・ドミノ」のコーラスでは歌い手の表情までも感じ取れるほど。
決してノスタルジーではない、フェーズメーションが目指す“現代の真空管アンプ”。そのサウンドが生まれる背景には、確かなスピーカーの信頼性があるということを、改めて教えてくれた。

(提供:ディーアンドエムホールディングス)