公開日 2023/09/26 06:30
【インタビュー】音楽専用機だけの“沼音”の世界へ誘う。ソニーが音楽の感動体験をもっと身近に
VGP2023 SUMMER受賞:ソニーマーケティング 大北大介氏
VGP2023 SUMMER
受賞インタビュー:ソニーマーケティング
ソニーのウォークマン「NW-A300シリーズ」がVGP2023 SUMMERでポータブルオーディオ大賞を、モニターヘッドホン「MDR-MV1」がヘッドホン大賞を受賞した。完全ワイヤレス「WF-1000XM5」、ポータブルシアターシステム「HT-AX7」など、その後も注目の新商品が続々と登場。「情報発信の強化と体験環境の整備・充実が大切」と語るソニーマーケティング・大北大介氏に、ポータブルオーディオ市場のさらなる盛り上がりへ向けた意気込みを聞く。
ソニーマーケティング株式会社
プロダクツビジネス本部
モバイルエンタテインメントプロダクツビジネス部
統括部長
大北大介氏
プロフィール/1999年 ソニーマーケティング株式会社入社。国内や北米でテレビ、デジタルイメージング、モバイルオーディオなど幅広くプロダクツマーケティングを担当。2023年よりモバイルエンタテインメントプロダクツビジネス部の統括部長に就任。現在に至る。
―― 本年1月に発売された「NW-A300シリーズ」がVGP2023 SUMMERでポータブルオーディオ大賞を受賞されました。おめでとうございます。2019年11月2日に発売された「NW-A100シリーズ」から、約3年を経ての市場導入となりました。
大北 NW-A100シリーズをご愛用のお客様からは、さらなる高音質化やバッテリーをはじめとする機能・性能の改善について数多くの声が寄せられていました。ウォークマンのファンに、新製品を定期的に出し要望にお応えしていくのは重要な使命のひとつです。
また、昨今ワイヤレスヘッドホンユーザーが非常に増えていくなかで、音楽専用機をまだ使ったことがない新規のお客様に対して、スマートフォンの音も確かにいいのですが、それとは一味違った上のレベルにある体験価値や音楽の楽しみ方を伝えたい強い想いがNW-A300シリーズには込められています。
―― 音楽専用機ではソニー「ウォークマン」がシェアで7割以上を占めており、お客様を唸らせる製品はもちろんのこと、スマートフォンで何ら不満を感じていない人に、音楽専用機との違いをどう理解いただくか。高いハードルですが、重要なテーマになります。
大北 スマートフォンの音が悪いわけではないので、一筋縄にはいきません。まずは“音楽専用機”とはそもそもどういうものなのか。ひとつのアプローチの仕方として、どんな魅力があり、体験価値が得られるのかを、音楽関係者や声優の方とタイアップして動画をつくり、WEBサイトやSNSを中心に発信しています。
「沼にはまる」という言葉が流行っていますが、NW-A300シリーズの発売と同時に「沼音(ぬまサウンド)」という言葉を使って、ウォークマンで聴く音というのは単なる高音質ではなく、沼にはまるような一種独特な特別な音の体験“沼音”の世界があるんですという発信も始めています。もちろん、実際に聴いていただかないとわかりませんから、弊社直営店のソニーストアをはじめ、全国の家電量販店さんを中心に、店頭で試聴いただける環境の整備にも力を入れています。
―― ここまでの新規層開拓の手応えはいかがですか。
大北 計画を上回る販売台数で好調に推移していますが、なかでも新規のお客様の割合が前モデルのNW-A100シリーズを大きく上回っています。ノイズキャンセリング搭載完全ワイヤレス型ヘッドホン「LinkBuds S」のCMにアイドルグループを起用していましたが、発売がほぼ同時期だったことからNW-A300シリーズにも起用したところ、相乗効果がありました。
アニメファンからの支持も高く、注目を集めるトリガーのひとつです。いわゆる推し活などで、そこに音楽というエッセンスがあると、通常のスマートフォン以上の体験を求めて音楽専用機を新規に買われる傾向が見受けられます。
普段スマートフォンで聴いていて、初めてウォークマンを体験されたお客様が「スマホで聴こえなかった音が聴こえる」と目を丸くしていたという話をお聞きしました。われわれがお客様に伝えていきたい音楽専用機の価値とは、まさにそうしたところ。デジタル音源だからどれも同じなのではなく、再生機によって表現されるポテンシャルは異なってきます。われわれの伝え方が大事ですね。
―― VGP2023 SUMMERの審査会では、NW-A300シリーズと同時発売の上位モデルNW-ZX707、どちらも素晴らしい商品ですが、NW-A300シリーズを推す声が多数を占めました。ひとつひとつのパーツやはんだにまでこだわったクラスを超えた音の作り込みや、新規層のお客様に代表される若い方に対しては、スマートフォンに比べて音が良いことがNW-ZX707よりわかりやすく表現されていると評価する声がありました。
大北 あまりマニアックに言い過ぎてもいけないし、一方、そうしたところから生まれてくる効能もきちんと伝えたい。新規のお客様に対してどこまでアピールしていくべきか、線引きのバランスは大変難しいなかで、パーツやはんだについてご評価をいただけたのは大変うれしいですね。
―― ポータブルオーディオ市場全体では縮小傾向にあります。
大北 買い替えのお客様に引き続きご愛用いただくと同時に、新規のお客様に対して音楽専用機の魅力をお伝えしていきます。興味・関心を抱いていただける兆しが見えてきており、まずは業界を下げ止めるところまで持っていきたいですね。
―― ヘッドホン大賞には、数あるヘッドホン製品のなかから「MDR-MV1」が選出されました。開放型の常識を覆す低音のポテンシャルや360 Reality Audioなど、革新性の最も大きな商品として審査会では満場一致でした。
大北 音源の種類が多様化するなか、立体音響のコンテンツを作るのに適したモニターヘッドホンが世の中にはまだ存在しません。そこで、制作サイドのニーズに応えて、主に立体音響のコンテンツの制作者をサポートするデバイスとして開発されたのがMDR-MV1です。
密閉型ではなく、ヘッドホン内部の反射音を低減する背面開放型音響構造を採用することで、立体的な音響空間での正確な音像定位による優れた空間表現を可能としました。開放型は空間の再現力や音の響きに優れる一方、低音がどうしても弱くなる欠点が指摘されていますが、専用のドライバーユニットや振動板を新たに開発して、十分な量感の低音域再生を実現しています。クリエイターの方たちからも高い評価をいただき、販売計画を大きく上回り、販売も非常に好調です。
―― モニターヘッドホンとしては、1989年に発売された「MDR-CD900ST」、2019年に発売されたハイレゾコンテンツの制作に適した「MDR-M1ST」に続き、今回の立体音響の制作に配慮した「MDR-MV1」の登場となりました。
大北 MDR-CD900STもまだまだ現役です。制作現場で想定している用途がそれぞれ違いますから、「MDR-MV1」が新たに加わり、親子以上の年の差がある三兄弟となりますが、持ち味を生かし、引き続きスタジオでご愛用いただきたいですね。
また、制作者やプロ向けのモニターヘッドホンとして開発を行いましたが、実は一般のオーディオファンの方にも高い支持をいただいています。純粋に開放型ヘッドホンとしての音のレベル、特に空間再現力のクオリティに高い評価が集まり、数多くのオーディオファンにご購入いただいています。
見逃せないのがイヤーパッドの装着性に対しても「気持ちいい」「疲れない」と高評価をいただいていること。スエード調の人口皮革と低反発の厚みのあるウレタンフォームを採用し、ヘッドホンそのものの質量も220gと大変軽くなっています。
―― 一般のオーディオファンに向けた今後の展開についてはいかがですか。
大北 まずはしっかりとクリエイターの世界で定評を得ること。WEBサイトではその評価をインタビュー記事として掲載させていただいており、実際に使われているプロが語る声から、オーディオファンの方に興味を持っていただけるようなアプローチを行っています。主要家電量販店の旗艦店や全国5店舗のソニーストアでは、MDR-MV1をご体感いただける環境を整えています。
―― ウォークマンと連携した提案も楽しみですね。
大北 お客様のオーディオに対する感度やご予算にあわせて、MDR-MV1であれば、NW-ZX707やNW-WM1Aと組み合わせて。一方、ポータブルオーディオ大賞をいただいたNW-A300シリーズはWF-1000XM5などと組み合わせて、ヘッドホンのユーザーに対して「専用機のウォークマンを使ってみませんか」というアプローチを行っていきたいと考えています。
―― VGP2023 SUMMER発表後も、注目を集める新製品が御社から続々登場しています。今もお話にありました9月1日発売の「WF-1000XM5」は、正式発表前からファンの間ではかなり盛り上がりを見せていたようですね。
大北 SNSでも「いつ出るのか」「まだ出ないのか」と発売を待望されるお客様からの声がひっきりなしで、ファンの大変多い商品です。前モデルWF-1000XM4から値段が上がっていますので、進化したポイントをしっかりと訴求して、値段に見合う価値を店頭で実感していただけるように力を入れていきます。音質はもちろん、前モデルから小型軽量化したところも大きなセールスポイントですから、一人でも多くの方に実際に手に持ち、装着していただきたいですね。
ヘッドホンは小型・軽量化すると、ご存じのようにいい音や音圧を出すことがむずかしくなります。そこをエンジニアが苦労して作り込み、小型・軽量化と高音質化を両立しました。メカや部品をいかに小さくして小型・軽量化し、同時に高音質化するかを試行錯誤していたアナログ時代さながらのアプローチです。ソニーらしさを象徴する王道の商品とも言えます。
―― 7月に発売されたポータブルシアターシステム「HT-AX7」も斬新なコンセプトで注目されます。Bluetoothスピーカーとサウンドバーのメリットを併せ持ったような商品ですが、斬新がゆえに、どの売り場に置いてどのようにお客様に説明するのか。提案に際してご苦労も多いと想像されます。
大北 同価格帯のサウンドバーの方が、音圧も立体音響のスイートスポットの広さも上ですが、HT-AX7は主にタブレットやスマートフォンと組み合わることを想定した商品になります。
これまでタブレットやスマートフォンと組み合わせて立体音響やシアター音響を提供できる商品はありませんでした。発売後、そのコンセプトに対して想像を上回る共感をいただいており、なかには、HDMI端子は非搭載なのですが、自宅でサウンドバーは置けないので、Bluetoothで簡易的にテレビと組み合わせて使用されている方もいらっしゃいます。
コンパクトで持ち運びができるため、個人の部屋や寝室など複数の部屋で使用される例も多く見受けられます。「あっ!」と思わず手を打ちたくなるような、新しいコンセプトの商品として芽が出始めたところ。「パーソナルシアター」という新しいカテゴリーを創造するべく、これから需要を掘り起こしていきます。
―― ご購入されている方は実際にどう楽しまれていますか。
大北 現在、登録されているお客様は、スマートフォン・タブレットとの組み合わせが6割、テレビとの組み合わせが4割になっています。まだ初動のお客様ですが、意図したような構成比に近く、HT-AX7をスマートフォン・タブレットと組み合わせる新しい楽しみ方が、お客様にメッセージとして届きつつあります。
スマートフォン・タブレットの世界にオーディオの専用機が入り込んでいく世界が、1年後・2年後には当たり前に受け入れられるかもしれません。その突破口を切り開いていきたいですね。既存のカテゴリーには該当しないので、カテゴリーそのものをつくっていきたいですね。売り場では現在、Bluetoothスピーカーのコーナーに置いて、タブレットと組み合わせて展示しています。
家電量販店各社でも、この商品はどこに置くのか議論になっているとお聞きします。「あれ(HT-AX7)を組み合わせると、全然違った体験が楽しめるらしいよ」とタブレット・スマートフォンのお客様が、お店で尋ねていただけるような存在にしていきたい。ガンガン音が鳴っているテレビコーナーでというよりは、Bluetoothスピーカーのエンドコーナーに、ちょっと毛色の変わった商品としてクローズアップいただく方が、お客様には伝わりやすいかもしれません。
―― ただ聞くだけではなく、一歩踏み込んだいい音による感動体験の違いをどう伝えていくか。ポータブルオーディオ市場をリードする御社の今後の取り組みをお聞かせください。
大北 “違い”は商品をご体感いただければ、マニアのお客様だけでなく、一般のお客様にも確実にわかります。そのために、例えばウォークマンなら、スマートフォンでは得られない音楽専用機ならではの価値を、まずはWEBサイトやSNSを中心にしっかりと情報をお客様にお伝えしていくこと。
次のステップとして重要なのは、直営店のソニーストア、家電量販店、オーディオ専門店など、店頭で実際にご体感いただき、違いを実感、納得いただくことです。購入いただいたお客様がSNSに書き込まれるなど、より多くの情報が飛び交っていけば、定評が形成され、それを見た人が「試してみたい」とスパイラルがさらに大きくなっていきます。
そのためにも、まずはベースとなる情報発信の強化と体験環境の整備・充実が、重要なテーマとなります。
―― ちょっと手を伸ばせば新たな感動体験がある。きっかけや気づきをどう提供できるかですね。
大北 ソニーグループでは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というPurpose (存在意義) を掲げています。制作者に寄り添い、素晴らしい作品を一緒に作りあげ、届けていくことで、お客様に感動していただける一助となるべく取り組んでいます。それが結果として、オーディオマーケットが拡がっていくことにもつながっていきます。
ソニーはこれまで世の中に色々なオーディオ商品を提案してきています。お客様のニーズや楽しみ方は時代により変わっていきますが、いい音から得られる感動や没入したリラックス感など、音楽を楽しむ本質はいつの時代も変わることはありません。いい音はそうした感動体験を手に入れるための手段、ソニーはそれを愚直に追いかけ続けます。
2010年代になって音楽や映像を取り巻く利便性が急速に高まり、楽曲に対しても容易にアプローチすることができるようになりました。お客様が音楽を楽しむための環境がアナログ時代とは比べ物にならないくらい整った今、そこへ利便性だけにとどまらず、感動体験を手に入れるための質の良さをどう加えることができるか。プラスαの音の素晴らしさから得られる体験価値を、創意工夫を凝らして、お客様に力強く提案して参ります。
受賞インタビュー:ソニーマーケティング
ソニーのウォークマン「NW-A300シリーズ」がVGP2023 SUMMERでポータブルオーディオ大賞を、モニターヘッドホン「MDR-MV1」がヘッドホン大賞を受賞した。完全ワイヤレス「WF-1000XM5」、ポータブルシアターシステム「HT-AX7」など、その後も注目の新商品が続々と登場。「情報発信の強化と体験環境の整備・充実が大切」と語るソニーマーケティング・大北大介氏に、ポータブルオーディオ市場のさらなる盛り上がりへ向けた意気込みを聞く。
ソニーマーケティング株式会社
プロダクツビジネス本部
モバイルエンタテインメントプロダクツビジネス部
統括部長
大北大介氏
プロフィール/1999年 ソニーマーケティング株式会社入社。国内や北米でテレビ、デジタルイメージング、モバイルオーディオなど幅広くプロダクツマーケティングを担当。2023年よりモバイルエンタテインメントプロダクツビジネス部の統括部長に就任。現在に至る。
■大事なのは伝え方。新規のお客様へ体験価値の啓発に手応え
―― 本年1月に発売された「NW-A300シリーズ」がVGP2023 SUMMERでポータブルオーディオ大賞を受賞されました。おめでとうございます。2019年11月2日に発売された「NW-A100シリーズ」から、約3年を経ての市場導入となりました。
大北 NW-A100シリーズをご愛用のお客様からは、さらなる高音質化やバッテリーをはじめとする機能・性能の改善について数多くの声が寄せられていました。ウォークマンのファンに、新製品を定期的に出し要望にお応えしていくのは重要な使命のひとつです。
また、昨今ワイヤレスヘッドホンユーザーが非常に増えていくなかで、音楽専用機をまだ使ったことがない新規のお客様に対して、スマートフォンの音も確かにいいのですが、それとは一味違った上のレベルにある体験価値や音楽の楽しみ方を伝えたい強い想いがNW-A300シリーズには込められています。
―― 音楽専用機ではソニー「ウォークマン」がシェアで7割以上を占めており、お客様を唸らせる製品はもちろんのこと、スマートフォンで何ら不満を感じていない人に、音楽専用機との違いをどう理解いただくか。高いハードルですが、重要なテーマになります。
大北 スマートフォンの音が悪いわけではないので、一筋縄にはいきません。まずは“音楽専用機”とはそもそもどういうものなのか。ひとつのアプローチの仕方として、どんな魅力があり、体験価値が得られるのかを、音楽関係者や声優の方とタイアップして動画をつくり、WEBサイトやSNSを中心に発信しています。
「沼にはまる」という言葉が流行っていますが、NW-A300シリーズの発売と同時に「沼音(ぬまサウンド)」という言葉を使って、ウォークマンで聴く音というのは単なる高音質ではなく、沼にはまるような一種独特な特別な音の体験“沼音”の世界があるんですという発信も始めています。もちろん、実際に聴いていただかないとわかりませんから、弊社直営店のソニーストアをはじめ、全国の家電量販店さんを中心に、店頭で試聴いただける環境の整備にも力を入れています。
―― ここまでの新規層開拓の手応えはいかがですか。
大北 計画を上回る販売台数で好調に推移していますが、なかでも新規のお客様の割合が前モデルのNW-A100シリーズを大きく上回っています。ノイズキャンセリング搭載完全ワイヤレス型ヘッドホン「LinkBuds S」のCMにアイドルグループを起用していましたが、発売がほぼ同時期だったことからNW-A300シリーズにも起用したところ、相乗効果がありました。
アニメファンからの支持も高く、注目を集めるトリガーのひとつです。いわゆる推し活などで、そこに音楽というエッセンスがあると、通常のスマートフォン以上の体験を求めて音楽専用機を新規に買われる傾向が見受けられます。
普段スマートフォンで聴いていて、初めてウォークマンを体験されたお客様が「スマホで聴こえなかった音が聴こえる」と目を丸くしていたという話をお聞きしました。われわれがお客様に伝えていきたい音楽専用機の価値とは、まさにそうしたところ。デジタル音源だからどれも同じなのではなく、再生機によって表現されるポテンシャルは異なってきます。われわれの伝え方が大事ですね。
―― VGP2023 SUMMERの審査会では、NW-A300シリーズと同時発売の上位モデルNW-ZX707、どちらも素晴らしい商品ですが、NW-A300シリーズを推す声が多数を占めました。ひとつひとつのパーツやはんだにまでこだわったクラスを超えた音の作り込みや、新規層のお客様に代表される若い方に対しては、スマートフォンに比べて音が良いことがNW-ZX707よりわかりやすく表現されていると評価する声がありました。
大北 あまりマニアックに言い過ぎてもいけないし、一方、そうしたところから生まれてくる効能もきちんと伝えたい。新規のお客様に対してどこまでアピールしていくべきか、線引きのバランスは大変難しいなかで、パーツやはんだについてご評価をいただけたのは大変うれしいですね。
―― ポータブルオーディオ市場全体では縮小傾向にあります。
大北 買い替えのお客様に引き続きご愛用いただくと同時に、新規のお客様に対して音楽専用機の魅力をお伝えしていきます。興味・関心を抱いていただける兆しが見えてきており、まずは業界を下げ止めるところまで持っていきたいですね。
■プロだけでない、オーディオファンからも大人気の「MDR-MV1」
―― ヘッドホン大賞には、数あるヘッドホン製品のなかから「MDR-MV1」が選出されました。開放型の常識を覆す低音のポテンシャルや360 Reality Audioなど、革新性の最も大きな商品として審査会では満場一致でした。
大北 音源の種類が多様化するなか、立体音響のコンテンツを作るのに適したモニターヘッドホンが世の中にはまだ存在しません。そこで、制作サイドのニーズに応えて、主に立体音響のコンテンツの制作者をサポートするデバイスとして開発されたのがMDR-MV1です。
密閉型ではなく、ヘッドホン内部の反射音を低減する背面開放型音響構造を採用することで、立体的な音響空間での正確な音像定位による優れた空間表現を可能としました。開放型は空間の再現力や音の響きに優れる一方、低音がどうしても弱くなる欠点が指摘されていますが、専用のドライバーユニットや振動板を新たに開発して、十分な量感の低音域再生を実現しています。クリエイターの方たちからも高い評価をいただき、販売計画を大きく上回り、販売も非常に好調です。
―― モニターヘッドホンとしては、1989年に発売された「MDR-CD900ST」、2019年に発売されたハイレゾコンテンツの制作に適した「MDR-M1ST」に続き、今回の立体音響の制作に配慮した「MDR-MV1」の登場となりました。
大北 MDR-CD900STもまだまだ現役です。制作現場で想定している用途がそれぞれ違いますから、「MDR-MV1」が新たに加わり、親子以上の年の差がある三兄弟となりますが、持ち味を生かし、引き続きスタジオでご愛用いただきたいですね。
また、制作者やプロ向けのモニターヘッドホンとして開発を行いましたが、実は一般のオーディオファンの方にも高い支持をいただいています。純粋に開放型ヘッドホンとしての音のレベル、特に空間再現力のクオリティに高い評価が集まり、数多くのオーディオファンにご購入いただいています。
見逃せないのがイヤーパッドの装着性に対しても「気持ちいい」「疲れない」と高評価をいただいていること。スエード調の人口皮革と低反発の厚みのあるウレタンフォームを採用し、ヘッドホンそのものの質量も220gと大変軽くなっています。
―― 一般のオーディオファンに向けた今後の展開についてはいかがですか。
大北 まずはしっかりとクリエイターの世界で定評を得ること。WEBサイトではその評価をインタビュー記事として掲載させていただいており、実際に使われているプロが語る声から、オーディオファンの方に興味を持っていただけるようなアプローチを行っています。主要家電量販店の旗艦店や全国5店舗のソニーストアでは、MDR-MV1をご体感いただける環境を整えています。
―― ウォークマンと連携した提案も楽しみですね。
大北 お客様のオーディオに対する感度やご予算にあわせて、MDR-MV1であれば、NW-ZX707やNW-WM1Aと組み合わせて。一方、ポータブルオーディオ大賞をいただいたNW-A300シリーズはWF-1000XM5などと組み合わせて、ヘッドホンのユーザーに対して「専用機のウォークマンを使ってみませんか」というアプローチを行っていきたいと考えています。
■新カテゴリー“パーソナルシアター”を創造する「HT-AX7」
―― VGP2023 SUMMER発表後も、注目を集める新製品が御社から続々登場しています。今もお話にありました9月1日発売の「WF-1000XM5」は、正式発表前からファンの間ではかなり盛り上がりを見せていたようですね。
大北 SNSでも「いつ出るのか」「まだ出ないのか」と発売を待望されるお客様からの声がひっきりなしで、ファンの大変多い商品です。前モデルWF-1000XM4から値段が上がっていますので、進化したポイントをしっかりと訴求して、値段に見合う価値を店頭で実感していただけるように力を入れていきます。音質はもちろん、前モデルから小型軽量化したところも大きなセールスポイントですから、一人でも多くの方に実際に手に持ち、装着していただきたいですね。
ヘッドホンは小型・軽量化すると、ご存じのようにいい音や音圧を出すことがむずかしくなります。そこをエンジニアが苦労して作り込み、小型・軽量化と高音質化を両立しました。メカや部品をいかに小さくして小型・軽量化し、同時に高音質化するかを試行錯誤していたアナログ時代さながらのアプローチです。ソニーらしさを象徴する王道の商品とも言えます。
―― 7月に発売されたポータブルシアターシステム「HT-AX7」も斬新なコンセプトで注目されます。Bluetoothスピーカーとサウンドバーのメリットを併せ持ったような商品ですが、斬新がゆえに、どの売り場に置いてどのようにお客様に説明するのか。提案に際してご苦労も多いと想像されます。
大北 同価格帯のサウンドバーの方が、音圧も立体音響のスイートスポットの広さも上ですが、HT-AX7は主にタブレットやスマートフォンと組み合わることを想定した商品になります。
これまでタブレットやスマートフォンと組み合わせて立体音響やシアター音響を提供できる商品はありませんでした。発売後、そのコンセプトに対して想像を上回る共感をいただいており、なかには、HDMI端子は非搭載なのですが、自宅でサウンドバーは置けないので、Bluetoothで簡易的にテレビと組み合わせて使用されている方もいらっしゃいます。
コンパクトで持ち運びができるため、個人の部屋や寝室など複数の部屋で使用される例も多く見受けられます。「あっ!」と思わず手を打ちたくなるような、新しいコンセプトの商品として芽が出始めたところ。「パーソナルシアター」という新しいカテゴリーを創造するべく、これから需要を掘り起こしていきます。
―― ご購入されている方は実際にどう楽しまれていますか。
大北 現在、登録されているお客様は、スマートフォン・タブレットとの組み合わせが6割、テレビとの組み合わせが4割になっています。まだ初動のお客様ですが、意図したような構成比に近く、HT-AX7をスマートフォン・タブレットと組み合わせる新しい楽しみ方が、お客様にメッセージとして届きつつあります。
スマートフォン・タブレットの世界にオーディオの専用機が入り込んでいく世界が、1年後・2年後には当たり前に受け入れられるかもしれません。その突破口を切り開いていきたいですね。既存のカテゴリーには該当しないので、カテゴリーそのものをつくっていきたいですね。売り場では現在、Bluetoothスピーカーのコーナーに置いて、タブレットと組み合わせて展示しています。
家電量販店各社でも、この商品はどこに置くのか議論になっているとお聞きします。「あれ(HT-AX7)を組み合わせると、全然違った体験が楽しめるらしいよ」とタブレット・スマートフォンのお客様が、お店で尋ねていただけるような存在にしていきたい。ガンガン音が鳴っているテレビコーナーでというよりは、Bluetoothスピーカーのエンドコーナーに、ちょっと毛色の変わった商品としてクローズアップいただく方が、お客様には伝わりやすいかもしれません。
■情報発信の強化と体験環境の整備・充実が大切
―― ただ聞くだけではなく、一歩踏み込んだいい音による感動体験の違いをどう伝えていくか。ポータブルオーディオ市場をリードする御社の今後の取り組みをお聞かせください。
大北 “違い”は商品をご体感いただければ、マニアのお客様だけでなく、一般のお客様にも確実にわかります。そのために、例えばウォークマンなら、スマートフォンでは得られない音楽専用機ならではの価値を、まずはWEBサイトやSNSを中心にしっかりと情報をお客様にお伝えしていくこと。
次のステップとして重要なのは、直営店のソニーストア、家電量販店、オーディオ専門店など、店頭で実際にご体感いただき、違いを実感、納得いただくことです。購入いただいたお客様がSNSに書き込まれるなど、より多くの情報が飛び交っていけば、定評が形成され、それを見た人が「試してみたい」とスパイラルがさらに大きくなっていきます。
そのためにも、まずはベースとなる情報発信の強化と体験環境の整備・充実が、重要なテーマとなります。
―― ちょっと手を伸ばせば新たな感動体験がある。きっかけや気づきをどう提供できるかですね。
大北 ソニーグループでは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というPurpose (存在意義) を掲げています。制作者に寄り添い、素晴らしい作品を一緒に作りあげ、届けていくことで、お客様に感動していただける一助となるべく取り組んでいます。それが結果として、オーディオマーケットが拡がっていくことにもつながっていきます。
ソニーはこれまで世の中に色々なオーディオ商品を提案してきています。お客様のニーズや楽しみ方は時代により変わっていきますが、いい音から得られる感動や没入したリラックス感など、音楽を楽しむ本質はいつの時代も変わることはありません。いい音はそうした感動体験を手に入れるための手段、ソニーはそれを愚直に追いかけ続けます。
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