公開日 2022/12/10 08:00
クラシックファンは要チェック! ドイツ・グラモフォンの新配信サービス「STAGE+」を早速レビュー
日本からは見られるコンテンツに制限も
クラシックの名門レーベルによる配信サービス。日本からはPCからのみ視聴可能
ドイツ・グラモフォン(DG)のサブスクリプションサービス「STAGE+」が11月21日にスタートした。クラシックのメジャーレーベルが独自に配信に踏み切った背景には、ストリーミングの比率が高まる音楽市場の趨勢に乗り遅れることなくリスナーを確保しなければならないという事情があり、新録音だけでなく旧録音にも積極的にユーザーを引き込む狙いもありそうだ。
amazon musicやapple musicなど既存のストリーミングは検索の難しさなどクラシックでは使いづらい面があり、熱心なファンほど使い勝手への不満が募るという現状を考えると、豊富なコンテンツとノウハウを蓄積してきたDGのようなレーベルがサブスクに参入することは聴き手にもメリットがあるはずだ。
現時点で一部コンテンツの視聴制限はあるものの、STAGE+は基本的に対象地域を限定しない世界市場向けのサービスである。早速アカウントを作って動作を検証したところ、再生環境さえあれば主要な機能は国内でも利用できることがわかった。
注目度の高いライヴ映像のほか、DGが蓄積してきた映像と音楽のライブラリとして12月5日時点で計1,500ほどの作品が揃っており、契約ユーザーはそれらのプログラムを自由に視聴することができる。年間19,990円という料金はベルリン・フィルのデジタル・コンサートホール(DCH)とほぼ同額だ。
STAGE+を利用できるハードウェアはいまのところパソコンとiOS端末に限られ、TVやBDプレーヤー用のアプリはまだ提供していない。また、iOS端末用のアプリも日本のAppStoreではまだ入手できないため、STAGE+を見るためには一工夫必要だ。
筆者の環境では、Macのブラウザ「Safari」からstage-plus.comにアクセスし、AirPlayでMacからAppleTVに映像と音声を送信し、AppleTVのHDMI出力をAVアンプとプロジェクターにつなぐという方法を選んだ。この方法だと4K映像を途切れなく再生し、Macから出力したステレオ音声も詳細は不明ながらロスレス相当と思われる高音質で楽しむことができる。なお、STAGE+が推奨するネットの速度は25Mbps以上とされ、20Mbpsを推奨するDCHとほぼ同等だ。
本年のバイロイト音楽祭の「指輪」を4夜連続で放送…のはずが?
アカウント登録を急いだ理由の一つは、2022年のバイロイト音楽祭で上演されたワーグナー《ニーベルングの指環》の映像記録が見られるという告知を見たからだ。コロナ禍の影響で延期を余儀なくされながらようやく上演にこぎつけた舞台である。
ヴァレンティン・シュヴァルツによる新演出は賛否両論のようだが、バイロイトの新演出がブーイングを浴びせられるのはいつものことだし、NHKのBSプレミアムで9月にオンエアされた第三夜《神々の黄昏》を見たときの印象では、少なくとも歌手陣を含め演奏はさすがの高水準で、コルネリウス・マイスターが振ったバイロイト祝祭管弦楽団は地を揺るがすような音を出していた。残る序夜《ラインの黄金》、第一夜《ヴァルキューレ》、第二夜《ジークフリート》を合わせた全4部作を通して見れば、演出の意図と舞台の全貌を把握できるに違いない。
複数のカメラで舞台をとらえた映像は4Kならではの高画質で、歌手たちの表情はもちろんのこと、舞台美術の細部や黙役で登場する人物の所作まで仔細に読み取ることができるし、日本語字幕も選ぶことができた。ピット内のオーケストラは内声も含め各パートを鮮明に描き分け、解像度の高い音でワーグナーの精緻な管弦楽の響きをとらえている。
シュヴァルツの演出は「指環」、「ワルハラ」、「ノートゥング」などストーリーの重要なカギを握る要素を観客には見せなかったり、まるで違うアイテムに置き換えているため、最初はかなり理解しづらい。そこが不評をかった理由の一つだと思うが、音楽にライトモチーフが現れた瞬間、子供が指環でピストルがノートゥングだとわかり、ワーグナーファンならストーリーの把握に支障はない。それどころか舞台上のスクリーンに物語の展開を振り返る早送り映像を映し出すなど、説明過剰と思える手法まで駆使している。ただし、壁面に掛けられた写真やノートゥングの破片を入れるオーブンなど、小道具の役割が大きい場面も多いので、細部まで質感豊かに再現する4K映像の恩恵は大きい。
今回の演出の意図と全体像がようやく見えてきたところで、予期せぬ問題が発生した。《ジークフリート》まで問題なく4Kの高精細映像で公演を楽しむことができたのだが、その後数日経っても《神々の黄昏》がトップメニューに表示されない。これまでほぼ一日おきに一作ずつRE-LIVEとして収録映像を時差対策で2回配信し、その数日後にアーカイヴに追加される流れだったのだが、《神々の黄昏》はどちらにも現れない(12月8日現在)。ライヴ配信期間中は一瞬だけ表示されたが、すぐに消えてしまう。
その一瞬を狙ってクリックすると「このコンテンツはあなたの地域では見られません」と英語で表示が出た。どうやら日本国内ではこの作品だけ視聴制限がかかってしまうようだ。権利上の理由で一部見られないコンテンツがあるという記載をSTAGE+のFAQで見つけたが、まさか4部作の最後の作品がそれに該当するとは予想だにしていなかった。タイトル一覧画面でも視聴制限のことは一切触れていないので、事前に確認することもできない。《ジークフリート》までしか見られないことがあらかじめわかっていたら、急いで契約することはなかったと思う。
推測の粋を出ないが、視聴制限の対象になったのはNHKオンデマンドで《神々の黄昏》の配信を行っていることが理由だろう。《ニーベルングの指環》は序夜から第3夜まで4つの作品を間を置かず短期間のうちに見ることが重要なのだが、今回はそれが叶わず、一気に鑑賞意欲がそがれてしまった。NHKオンデマンドで続きを見始めたが、映像は4KではなくHDにとどまり、120インチのスクリーンで見ると画の甘さが気になって没入できない。《ジークフリート》まで断続的ながら約11時間かけて真剣に見ていただけに、残念きわまりないが、視聴は中断することにした。NHKオンデマンドでの《神々の黄昏》の購入期限は2023年9月8日となっている。この時期までSTAGE+では楽しめないのであれば、《指環》の鑑賞はあきらめるしかなさそうだ。
クリスマス・オラトリオなど、ライブ放映も定期的に開催予定
気を取り直して他のプログラムを探す。ライヴではガーディナーとイングリッシュ・バロックソロイスツによるJ.S.バッハのクリスマス・オラトリオが12月14日に予定されている。これはぜひとも見たい公演だが、アーカイヴでは同じくガーディナーの演奏で《ヨハネ受難曲》が見つかった。オックスフォードのシェルドニアンシアターで2021年3月に収録された映像で、ロックダウン下なのでオーケストラも合唱も間隔を空けており、観客もいない。輸入CDに同梱されているBDと同じ映像だと思うが、STAGE+では4K画質で見られる。
映像を伴うとオーケストラ背後に広がるモンテヴェルディ合唱団の力強く起伏の大きな表現が際立ち、福音史家のニック・プリッチャードをはじめ、ソプラノのジュリア・ドイル、カウンターテノールのアレクサンダー・チャンスなど独唱陣のドラマティックで陰影豊かな歌唱が強く心を打つ。この映像は何度でも繰り返し見る価値がある。契約をキャンセルするのは思いとどまることにした。
中途半端な配信に終わった《ニーベルングの指環》は残念だったが、ラインナップを詳しく見ていくとアーカイヴにも貴重な映像がいろいろ見つかるし、ウィーンフィルのマーラーチクルスなど、今後順次追加される予定のライヴ映像も期待できそうだ。
音声だけのアルバム配信も1000タイトル以上あるが、こちらは既存のストリーミングやダウンロード配信に比べてどんなアドバンテージがあるのか、今後検証してみたい。いずれにしてもストリーミングの使い勝手に失望しているクラシックファンは試してみる価値があると思う。