• ブランド
    特設サイト
公開日 2021/05/18 18:22

ロスレスでもハイレゾでもなく「空間オーディオ」に賭けるアップルのねらい

イマーシブオーディオでの戦いが熾烈に
風間雄介
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE
アップルの「Apple Music」が、ついにハイレゾオーディオやロスレスオーディオ、空間オーディオに対応する。

はじめに今回の発表内容を振り返ってみよう。まずはカタログの全楽曲、約7,500万曲がロスレスになる、というのが大きい。通常のロスレスは44.1kHz/16bitから、48kHz/24bitまでの音質を選択可能だ。さらに最大で192kHz/24bitのハイレゾ・ロスレスも提供する。

さらに、ドルビーアトモスを使った空間オーディオを、Apple Musicで配信することも明らかにした。空間オーディオは、以前からアップルが少しずつ準備を進めていたイマーシブサラウンド技術だ。iPhoneやiPad、Macの内蔵スピーカー、そしてAirPods Pro/AirPods Maxなどが対応している。

これだけの新サービスを6月から一気に追加するのだが、価格は据え置かれ、月額980円(通常プランの場合)だ。個人的には、この大盤振る舞いに一番驚いた。

空間オーディオは「次のオーディオの次元」

さて、これらの新サービスの中で、アップルが最も強く打ち出したのは、ハイレゾでも、ロスレスでもなく、ドルビーアトモスを使った空間オーディオだった。ニュースリリースのタイトルを見ても、空間オーディオが一番前にきて、その後に全カタログがロスレス対応、という順番になっている。

それぞれのトピックへの力の入れ具合を、割合でざっくり示すとしたら、空間オーディオが6割、ロスレスオーディオが3割、ハイレゾは1割程度、といったところだろうか。いや、ハイレゾはもっと低いかもしれない。ニュースリリース中ではオマケ程度にしか触れられておらず、オーディオ関連媒体に携わる身としては少し寂しいところだ。

同時にApple Musicのアプリ内で公開されたプロモーションビデオでも、空間オーディオ+ドルビーアトモスを「ステレオに続く、次のオーディオの次元」として大々的にアピールしている。

Apple Musicには、すでに空間オーディオのプロモーションビデオが用意されている

空間オーディオ+ドルビーアトモスに対応する楽曲は、6月にローンチする時点で「数千曲」と発表されている。以降もコンスタントに増やすとしているが、絶対数としてはまだまだ少ない。

一方のロスレス対応は、約7,500万曲もの全タイトルが対象だ。ふつうに考えたら、こちらの方が、一般ユーザーにとってインパクトが大きい。しかも追加コストが不要なのだから、なおさらだ。

空間オーディオを強くアピールするのは不自然なようだが、対応するハードウェアなどの条件を考えると、理にかなっていることがわかる。

発表されなかった新型AirPods

今回のApple Musicの新サービスと同時に、新型AirPodsが同時に発表されるのでは、という噂があった。その噂が正しかった場合、ロスレスオーディオやハイレゾオーディオのAirPodsへの伝送をどう実現するかというコラムも書いた。

だが今回、新型AirPodsは発表されなかった。既存のAirPodsへのBluetooth伝送はこれまでどおりで、ロスレスの高音質を活かす、新たなテクノロジーも登場しなかった。ことiPhone+AirPodsでの再生に限定した場合、ロスレス化の恩恵はほとんどないはずだ。

それどころではない。AndroidスマートフォンでApple Musicを使うと、LDACやaptX HD対応スマホやイヤホンで、高音質再生が行える可能性が高い。わざわざ他社製のスマホやイヤホン、ヘッドホンに塩を送ることになる。

将来的にアップルが、ロスレス級音質を送信する新技術を作り、それを搭載したAirPodsを発売する可能性は十分あると考えているが、今のところ何も見えてきていない。

AirPodsの価値を高める空間オーディオ

一方で空間オーディオについては、H1またはW1チップを搭載したAirPodsやBeatsのイヤホン/ヘッドホン、最新のiPhone、iPad、Macの内蔵スピーカーなど、Appleの主力商品の多くが再生に対応する。

特に、W1チップを搭載したイヤホン/ヘッドホンでも空間オーディオが利用可能になる、というのがポイントだ。これまで空間オーディオの再生には、H1チップを搭載したAirPods ProまたはAirPods Maxが必要だったが、今回、W1チップを搭載した初代AirPodsなどまで、対応イヤホンが一気に広がることになる。

アップルは、Apple Music単体の収益拡大も当然ながら求めていくだろうが、ビジネスとしてはAirPodsの方が圧倒的に大きいはず。AirPodsの売上げは、2019年段階で120億ドルに達していたという考察もあるほどだ。その付加価値を高めていくことが、全体の収益拡大に貢献するという判断だろう。

加えて将来性を考えたときにも、空間オーディオ+ドルビーアトモスを推進する意義は大きい。

ロスレスやハイレゾは、オーディオファンにとってはとても重要な技術だが、音質にあまり興味がない人にとっては、ステレオ再生のクオリティが上がる「だけ」に過ぎない。

一方で空間オーディオ+ドルビーアトモスは、音楽を「ステレオ」という従来の枠組みから解き放ち、これまでの音楽体験を根本から変えうる可能性を秘めている。この変革をリードしたいと野心を持つのは、よく理解できる。ハードルは多いが、それを乗り越えたときの果実もまた大きいからだ。

イマーシブオーディオ進化の加速に期待

さて、同じようにイマーシブオーディオへ力を入れているのがソニーだ。同社は「360 Reality Audio」技術を推進しており、音楽配信サービスではAmazon Music HDを筆頭に、deezer、nugs.netが楽曲を配信している。楽曲数も今年3月時点で4,000曲以上と、空間オーディオ+ドルビーアトモスと同等程度を揃えているほか、邦楽のラインナップも強化しはじめている。

空間オーディオが、いまのところアップルのイヤホンやヘッドホン、スピーカーに限定されているのに対し、ソニーは自社製品だけでなく、他社製のすべてのヘッドホンで再生可能だ。そのうえでソニーが認定するヘッドホンでは、より臨場感あふれる体験が可能になるという、二段構えのアプローチを採用している。

今回アップルが参入したことで、今後はこれまで以上に、イマーシブオーディオを巡る戦いが熾烈になる。一般的に、競争があった方がイノベーションは加速する。コンテンツがまだまだ少ないのは明らかなので、しばらくは対応コンテンツを増やす戦いと、ハードやソフトを進化・普及させる戦いが同時に行われていくだろう。

いずれにしても、これまでにないオーディオを作ろうと、日米を代表する企業が本気で取り組んでいるのだから、今後の動きがとても興味深い。新たな時代のオーディオが生まれ、普及していく未来がとても楽しみだ。


この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE

関連リンク

トピック

クローズアップCLOSEUP
アクセスランキング RANKING
1 マランツ、未踏の領域へ。「次元が異なる」弩級フラグシップコンビ「MODEL 10」「SACD 10」レビュー!
2 JBL、楽天ブラックフライデーで人気完全ワイヤレスやサウンドバーが最大36%オフ。11/21 17時より
3 DAZN、登録なしで一部コンテンツを無料視聴できる新機能。11月導入予定
4 松村北斗と上白石萌音のW主演!PMSとパニック障害を抱える男女のかけがえのない物語
5 Sonos、ブランド初のプロ向けスピーカー「Era 100 Pro」発表。PoE採用で自由かつ簡単な設置を実現
6 妥協なきデノン “もうひとつの旗艦AVアンプ”。「AVC-A10H」がデノンサラウンドアンプのあらたな一章を告げる
7 iBasso Audio、初エントリーライン「iBasso Jr.」からポータブルDAC/アンプとイヤホンを発売
8 ケーブル接続の「バランス/アンバランス」ってつまり何?
9 ビクター“nearphones”「HA-NP1T」速攻レビュー! イヤーカフ型ながら聴きイヤホンを女性ライターが使ってみた
10 ビクター、実売5000円以下の完全ワイヤレス「HA-A6T」。耳にフィットしやすいラウンド型ボディ
11/18 10:32 更新
MAGAZINE
音元出版の雑誌
オーディオアクセサリー193号
季刊・オーディオアクセサリー
最新号
Vol.194
オーディオアクセサリー大全2025~2026
別冊・ケーブル大全
別冊・オーディオアクセサリー大全
最新号
2025~2026
プレミアムヘッドホンガイドマガジン vol.22 2024冬
別冊・プレミアムヘッドホンガイドマガジン
最新号
Vol.22
プレミアムヘッドホンガイド Vol.32 2024 AUTUMN
プレミアムヘッドホンガイド
(フリーマガジン)
最新号
Vol.32(電子版)
VGP受賞製品お買い物ガイド 2024年冬版
VGP受賞製品お買い物ガイド
(フリーマガジン)
最新号
2024年夏版(電子版)
DGPイメージングアワード2024受賞製品お買い物ガイド(2024年冬版)
DGPイメージングアワード受賞製品お買い物ガイド
(フリーマガジン)
最新号
2024年冬版(電子版)
音元出版の雑誌 電子版 読み放題サービス
「マガジンプレミアム」お試し無料!

雑誌販売に関するお問合せ

WEB
  • PHILE WEB
  • PHILE WEB AUDIO
  • PHILE WEB BUSINESS
  • ホームシアターCHANNEL
  • デジカメCHANNEL
AWARD
  • VGP
  • DGPイメージングアワード
  • DGPモバイルアワード
  • AEX
  • AA AWARD
  • ANALOG GPX