公開日 2018/05/25 08:00
様々な誤解を解消
鵜呑みにしちゃダメ! なBluetoothイヤホンのスペック。正しい “読み方” を伝授
海上 忍
■「Power Class 1」対応であれば通信範囲が広いという誤解
Bluetooth 5などについて解説した前回に引き続き、Bluetoothのスペックの“読み方”について解説していこう。今回は「Class」と「コーデック」について紹介する。
Bluetoothには電波強度を定めた「Power Class」という概念があり、Class 1から3まで3段階に分かれている(表1)。
【表1:Bluetoothデバイスの電波強度】
Class 1が最強で到達範囲は100m程度、Class 3が最弱で1m程度。しかしオーディオ製品など、民生向けに販売されているBluetooth機器の大半はClass 2対応であり、Bluetoothの通信距離について言及した文章の多くにも「通信範囲は10m」などと書かれている。
そこに最大100mのClass 1対応デバイスが現れると、スペックに強く惹かれることになるが、ここ日本ではPower Classの到達範囲を鵜呑みにしてはいけない。
2.4GHz帯を利用するBluetoothデバイスは、日本の法律上、電波法施行規則第6条第4項にある「小電力データ通信システムの無線局」に分類され、電波法第3章と無線設備規則に定められた技術基準に適合していなければならない。その手続きを簡略化する目的で用意されたのが、技術基準適合証明(通称「技適」)であり、これを受けていれば無線局免許なしに運用できる。
ポイントは出力の大きさだ。電波法は2.4GHz帯の空中線電力について10mW/MHz(1MHzあたりの電力が10mW)を上限としており、それを超える製品は技適を取得できない。つまり、Class 1対応をうたう製品であっても、最大の100mWに到達する製品は日本市場での流通が許されないため、出力は10mW以下に抑えられているのだ。
それでも最大2.5mWのClass 2と比較すると大出力だが、到達範囲は100mW出力時(100m程度)に遠く及ばず、Class 1対応かClass 2対応かの差は、表1ほどには現れないことになる。
それに、Bluetoothは「送信機は電波を発信するだけ、受信機は電波を受信するだけ」という一方向の通信規格ではない。Bluetooth/A2DPは送受信を切り替える半二重通信であり、信号を発信する側、本稿でいえば音楽再生中のスマートフォンが信号を受信する側(Bluetoothイヤホン)を検出できなくなると、リンクが途切れたと判断して音楽信号の送信が中断される。いくら発信側デバイスが高出力でも、受信側デバイスが低出力/低感度では到達範囲は期待どおりに広がらないのだ。
もう一つ、重要な存在が「アンテナ」だ。特にイヤホンのようなサイズに制約があるデバイスの場合、アンテナ設計の巧拙により感度が大きく変わることになる。筐体に使う素材にも影響されるため、信号強度だけではどうにもならない部分といえる。
つまり出力だけで見た場合、Classは2より1のほうが有利なものの、ここ日本ではClass 1で許される最大出力は得られないため、Class 1だから大出力、すなわち通信が途切れにくい、とは必ずしもならない。アンテナや筐体の素材など、2.4GHz帯の通信に関する設計全般のほうが重要なのだ。
しかも半二重通信という仕様上、高出力なのがBluetoothオーディオ機器の片方だけでは効果が薄れる。ましてや、左右間の通信にBluetooth外の規格(例:NFMI)を使う完全ワイヤレスイヤホンの場合、Power Classとは関係ない部分で途切れにくさが決まってくる。通信の途切れにくさを考える場合、Class 1対応はあくまで判断材料の一つとすべきだろう。
■Android 8であれば「aptX HD」と「LDAC」に対応するという誤解
最近はAndroid 8.0(Oreo)を採用したスマートフォンが増えている。スマートフォンのみならず、DAPやタブレット、派生版といえるAndroid TVも含めればインストールベースはすでに相当な数だ。今後IoT/組み込み用途の「Android Things」を採用する機器が登場することを合わせれば、Android OSで動作するデバイスがますます増えることは確実だろう。
そんな“OreoベースのAndroid OS”は、オーディオ再生という見地から大きな進化を遂げている。Android OSは基本的に、多種多様なオープンソースソフトウェア -- GPLやApacheなどのライセンスに基づき設計書(ソースコード)を公開し、自由な改変および再配布を認めるソフトウェア -- の組み合わせであり、そのセットは「Android Open Source Project(AOSP)」として公開されている。
高音質コーデックとして知られる「aptX HD」と「LDAC」は、そのエンコーダ部分のソースコードがAOSPに寄贈された。その経緯は2017年9月掲載の『次期Android"Oreo"が対応「LDAC」「aptX HD」はどのスマホで使えるようになるのか?(記事はこちら)』にまとめているので、ご一読願いたい。
ありがちなのが、“OreoベースのAndroid OS”であればaptX HDやLDACに対応している、という誤解だ。実際にはAOSPがそのままスマートフォンなどの製品に採用されるわけではなく、ハードウェアに応じて最適化や各種プログラムの修正/追加が必要になるため、メーカーはAOSPの内容を自前の作業領域(リポジトリ)に移した上で開発に入る。その後、aptX HDやLDACをサポートするかどうかはメーカーの裁量で、どちらか片方しかサポートしない、両方ともサポートしないという可能性も大いにありうる。
OSに収録はするが、ペアリングのとき再生用コーデックとして適用しない、というケースもある。実際、Android 8アップデート後のモトローラ「Moto X4」は、aptX/aptX HD/LDACに対応のイヤホンをペアリングするとaptXが適用されるが、開発者オプションでaptX HD/LDACを手動指定することができた。
一方、SONY Xperiaの海外モデル「Xperia XA2」を香港で試したとき、aptX HDは適用できるがLDACは適用できないという事態も経験しているので、開発者オプションで選べるからといって、そのコーデックが収録されているとは限らないともいえる。
Android TVやAndroid Thingsについても同様で、Bluetooth/A2DPで必須とされるSBC以外のコーデックはオプション扱い、という運用ルールに変更はない。決めるのは、“OreoベースのAndroid OS”に手を加えた上で製品に搭載するメーカーであり、Bluetoothチップやリリース後のメンテナンスコストを含め考慮したうえでの判断だ。オープンソース化で導入へのハードルは下がったが、aptX HDやLDACの対応はいまなお製品次第と心得てほしい。
Bluetooth 5などについて解説した前回に引き続き、Bluetoothのスペックの“読み方”について解説していこう。今回は「Class」と「コーデック」について紹介する。
Bluetoothには電波強度を定めた「Power Class」という概念があり、Class 1から3まで3段階に分かれている(表1)。
規格 | 出力 | 到達範囲 |
Class 1 | 100mW | 100m程度 |
Class 2 | 2.5mW | 10m程度 |
Class 3 | 1mW | 1m程度 |
Class 1が最強で到達範囲は100m程度、Class 3が最弱で1m程度。しかしオーディオ製品など、民生向けに販売されているBluetooth機器の大半はClass 2対応であり、Bluetoothの通信距離について言及した文章の多くにも「通信範囲は10m」などと書かれている。
そこに最大100mのClass 1対応デバイスが現れると、スペックに強く惹かれることになるが、ここ日本ではPower Classの到達範囲を鵜呑みにしてはいけない。
2.4GHz帯を利用するBluetoothデバイスは、日本の法律上、電波法施行規則第6条第4項にある「小電力データ通信システムの無線局」に分類され、電波法第3章と無線設備規則に定められた技術基準に適合していなければならない。その手続きを簡略化する目的で用意されたのが、技術基準適合証明(通称「技適」)であり、これを受けていれば無線局免許なしに運用できる。
ポイントは出力の大きさだ。電波法は2.4GHz帯の空中線電力について10mW/MHz(1MHzあたりの電力が10mW)を上限としており、それを超える製品は技適を取得できない。つまり、Class 1対応をうたう製品であっても、最大の100mWに到達する製品は日本市場での流通が許されないため、出力は10mW以下に抑えられているのだ。
それでも最大2.5mWのClass 2と比較すると大出力だが、到達範囲は100mW出力時(100m程度)に遠く及ばず、Class 1対応かClass 2対応かの差は、表1ほどには現れないことになる。
それに、Bluetoothは「送信機は電波を発信するだけ、受信機は電波を受信するだけ」という一方向の通信規格ではない。Bluetooth/A2DPは送受信を切り替える半二重通信であり、信号を発信する側、本稿でいえば音楽再生中のスマートフォンが信号を受信する側(Bluetoothイヤホン)を検出できなくなると、リンクが途切れたと判断して音楽信号の送信が中断される。いくら発信側デバイスが高出力でも、受信側デバイスが低出力/低感度では到達範囲は期待どおりに広がらないのだ。
もう一つ、重要な存在が「アンテナ」だ。特にイヤホンのようなサイズに制約があるデバイスの場合、アンテナ設計の巧拙により感度が大きく変わることになる。筐体に使う素材にも影響されるため、信号強度だけではどうにもならない部分といえる。
つまり出力だけで見た場合、Classは2より1のほうが有利なものの、ここ日本ではClass 1で許される最大出力は得られないため、Class 1だから大出力、すなわち通信が途切れにくい、とは必ずしもならない。アンテナや筐体の素材など、2.4GHz帯の通信に関する設計全般のほうが重要なのだ。
しかも半二重通信という仕様上、高出力なのがBluetoothオーディオ機器の片方だけでは効果が薄れる。ましてや、左右間の通信にBluetooth外の規格(例:NFMI)を使う完全ワイヤレスイヤホンの場合、Power Classとは関係ない部分で途切れにくさが決まってくる。通信の途切れにくさを考える場合、Class 1対応はあくまで判断材料の一つとすべきだろう。
■Android 8であれば「aptX HD」と「LDAC」に対応するという誤解
最近はAndroid 8.0(Oreo)を採用したスマートフォンが増えている。スマートフォンのみならず、DAPやタブレット、派生版といえるAndroid TVも含めればインストールベースはすでに相当な数だ。今後IoT/組み込み用途の「Android Things」を採用する機器が登場することを合わせれば、Android OSで動作するデバイスがますます増えることは確実だろう。
そんな“OreoベースのAndroid OS”は、オーディオ再生という見地から大きな進化を遂げている。Android OSは基本的に、多種多様なオープンソースソフトウェア -- GPLやApacheなどのライセンスに基づき設計書(ソースコード)を公開し、自由な改変および再配布を認めるソフトウェア -- の組み合わせであり、そのセットは「Android Open Source Project(AOSP)」として公開されている。
高音質コーデックとして知られる「aptX HD」と「LDAC」は、そのエンコーダ部分のソースコードがAOSPに寄贈された。その経緯は2017年9月掲載の『次期Android"Oreo"が対応「LDAC」「aptX HD」はどのスマホで使えるようになるのか?(記事はこちら)』にまとめているので、ご一読願いたい。
ありがちなのが、“OreoベースのAndroid OS”であればaptX HDやLDACに対応している、という誤解だ。実際にはAOSPがそのままスマートフォンなどの製品に採用されるわけではなく、ハードウェアに応じて最適化や各種プログラムの修正/追加が必要になるため、メーカーはAOSPの内容を自前の作業領域(リポジトリ)に移した上で開発に入る。その後、aptX HDやLDACをサポートするかどうかはメーカーの裁量で、どちらか片方しかサポートしない、両方ともサポートしないという可能性も大いにありうる。
OSに収録はするが、ペアリングのとき再生用コーデックとして適用しない、というケースもある。実際、Android 8アップデート後のモトローラ「Moto X4」は、aptX/aptX HD/LDACに対応のイヤホンをペアリングするとaptXが適用されるが、開発者オプションでaptX HD/LDACを手動指定することができた。
一方、SONY Xperiaの海外モデル「Xperia XA2」を香港で試したとき、aptX HDは適用できるがLDACは適用できないという事態も経験しているので、開発者オプションで選べるからといって、そのコーデックが収録されているとは限らないともいえる。
Android TVやAndroid Thingsについても同様で、Bluetooth/A2DPで必須とされるSBC以外のコーデックはオプション扱い、という運用ルールに変更はない。決めるのは、“OreoベースのAndroid OS”に手を加えた上で製品に搭載するメーカーであり、Bluetoothチップやリリース後のメンテナンスコストを含め考慮したうえでの判断だ。オープンソース化で導入へのハードルは下がったが、aptX HDやLDACの対応はいまなお製品次第と心得てほしい。