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歴史的価値ある音源が甦る 「N響アーカイブシリーズ」 、誕生の舞台裏に迫る

公開日 2012/07/18 10:36 取材・構成/ファイル・ウェブ編集部
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−−− ではテープをデジタル化する際の作業について伺いたいと思います。今回は6mmテープをスチューダーのA820テープレコーダーを使い2トラック/ステレオ・データを読み取ったということですね。テープが大変古いものですし、データ化には大変苦労されたのではないかと思うのですが。


作業が行われた音響ハウスのスタジオ
石井さん:はい。テープは10年経つと劣化が始まると言われています。2000年代のものでさえ、アナログテープの情報記録面(磁性体)がだんだん剥がれてくるんです。今回のNHKさんの音源は1950年代のものなど、大変時間が経っているものばかり。私が今まで手にした中でも一番古いものでした。

経年変化がひどいものになると、テープデッキにテープが掛けられない状態になるんです。掛かることは掛かるんですが、テープと読み込みヘッドが擦れた瞬間に、情報記録面がこそげ落とされてしまうんですね。なのでまず、テープデッキに掛けられるようテープを釜入れ(熱処理)して、剥離しないよう地固めをすることから始めました。

次に釜入れしたテープを再生するわけですが、状態の良いテープだったらスルッと再生すればOKなのですが、状態が良くないものはテープの糊が読み取りヘッドにくっついて摩擦係数が高くなり、テープデッキの回転ピッチがだんだん落ちてきてしまうのです。すると音もだんだんフラットしてしまうし、最終的にはデッキの回転も止まってしまう。なので、5分くらい読み取ったら、読み取りヘッドを綺麗に掃除して、また読み取りを始めて…という作業でした。


スチューダーのテープデッキ「A820」。定期的に動かし、良い状態を保っているのだそう
ただ、5分録った最後のところと、また新たに録り始めたところの回転ピッチは微妙に違ってしまうわけです。それを、違和感ないかたちに編集し直したりする作業も大変でしたね。

それに、釜入れしたからといって絶対安心かというとそんなことはありません。一番古い音源のテープだったのですが、デッキで再生し始めて3秒後くらいに、黒いものがファーっと飛び散りまして…「何だろう?」と思ったら、テープの地の部分から記録層が完全に浮いていて、読み込みヘッドと擦れた瞬間から、剥離していたんです…。これは釜入れが悪いわけではなく、どうしようもないことですが。


記録層が剥離してしまったテープ。読み取りヘッドと擦れて、剥がれ落ちてしまっている
−−− その部分は、情報が粉になって失われてしまったということですよね…?

石井さん:そうです。急いでデッキを止めて…その部分はたまたま音がないところだったので良かったのですが…。

テープには、録音時の記録スピードを含め、最低限の情報を表記しておくことが決まり事になっていて、それを元にデッキの調整を行うのですが、今回は古いものなので、そういった情報が入っていなかったり、入っていたとしてもそれと実際記録されている内容と違っていたりしました。当時アナログテープというのは高いものでしたし、再利用して上書き保存することも多かったのでしょう。

なので、テープスピードを判断するために、冒頭の部分をどうしても少しは聴いてみなければならない。でも、もしかしたらその時、剥離が起こってしまうかも知れない…。無音部分や曲の頭の少しのところは、その確認のために犠牲になってしまった部分もありました。

それと、状態が良いものは数回再生して読み込むのですが、今回はあまり状態が良くなかったので「一回しか再生できないかも、データを録れないかも知れない」ということを念頭に置いて作業をしましたね。

−−− 本当に大変な作業だったのですね。音源が貴重なだけに、失ってしまわないよう細心の注意が必要ですものね。

石井さん:そうですね、もうその一本きりしかないので…。NHKさんのテープの管理は素晴らしいんですよ。別件で扱ったことがあるものは、80年代、90年代のテープでももっと劣化しているものが有りました。

中村さん:歴史的事件などと同列でアーカイブしていますからね。川口にアーカイブセンターがあり、そちらで温度や湿度も管理して保存しています。

石井さん:でもそういったきちんとした管理をしていても、どうしても劣化はあるんです。テープ自体もそろそろ限界を迎えつつありますし、テープを再生する機械も、作っているメーカーさんが少なくなってきています。重要なパーツがもう入手できなかったりして、再生自体ができなくなってしまう可能性があるんですね。

ですからいまアーカイブできるものは残さないと。今が節目の時期だと思います。


−−− そうやって大変な思いをして読み取ったデータを、今度は編集するわけですね。

石井さん:テープを聴いて、録音状態には驚きました。当時の収録状況にも依るとは思うのですが、当時の録音機材でこの音質が録れていたんだな、と。録音の手法も随時進化していますから。

なので、マスタリングといっても、積極的に何か手を加えるということはなく、「録音された場の雰囲気をできる限り活かして、当時の演奏の空気感を再現しよう」を念頭に置いていましたね。やはり「アーカイブ」という意味合いも持つものですから。誇張せず手を加えすぎずを心がけました。

−−− 確かに、チャイコフスキーの第5番(1960年録音)を聴きましたが、もっとノイズが多くてプアな音だと思っていたら、思った以上に艶やかさや生き生きとした感じのある音で驚きました。

石井さん:私も同感です。良いレコーディングがされていて、情報が多い事に本当に驚いています。手を加えたところと言えば、ノイズ部分もそうですが、ステレオ収録が始まる時期にはサウンドに試行錯誤が見られた箇所もありましたので、その辺りは音質等も含め補正と修正をしたものもあります。聴いた方がなるべく違和感を感じないように……というところに留めた感じではありますが。

−−− そのあたりの「これくらいまでだったら直してもいい」というバランスは、N響アーカイブプロジェクトのみなさんで話し合って決めたのでしょうか?

長門さん:そこの匙加減は、基本的に石井さんにお任せしていましたね。どうしても判断に迷うときはみんなで集まって相談したという感じです。

尾崎さん:修復し出すと、どこまでやってそれを止めるかという判断がすごく難しいですよね…。細かなニュアンス…ノイズや音質の部分は、好みもあるでしょうし、できるかぎり当時の状況を想像してそれに近づけるという作業だったので。考古学のような感じですよね。1年かかっても1曲の作業が終わらないかも知れないくらい、いくらでも手を入れられるんですよ。

中村さん:そういうところは、正解があるわけではないじゃないですか。我々は録音当時そこに居たわけではないし、実際に聴いたことのある方もごく限られた方達だけでしょう。時間を掛けていくらでも突き詰めることはできますが、それで年に1曲ずつというペースになったりしたら、聴きたいと思ってくださる方達にとっては欲求不満ですよね。そこのバランスだと思うんです。

石井さん:考古学的と言えば…特に資料が付いていたわけではないのですが、音源を聴いてみると、録音機材の変遷も分かるんですよ。真空管を使っていた時代には、真空管特有の音の揺らぎがあったり。すごく機材に詳しい方でしたら、年代を見ながら「ああ、当時は真空管だったんだ」とか「ここからはトランジスタになったんだな」とか、「ここからステレオ放送」というようなものが、そのまま音になって全部残っているので、その辺りも楽しんでいただけると思います。

−−− 日本のクラシック音楽史上にとっても、放送史上にとっても、このN響アーカイブというのはすごく意味のある、興味深いタイトルなんですね。

   ◇  ◇  ◇   


−−− 今後もこのプロジェクトは継続されていくわけですが、これからの展開というのはどんな風にお考えですか?

萩生さん:NMLでは約30タイトルの配信を予定しています。そのうち10タイトルは第一弾としてリリースされ、残り約20タイトルの配信を、7月以降に開始できるよう準備を進めているところです。e-onkyo musicさんの方でも、約30タイトルのなかからピックアップしてハイレゾ配信される予定です。

ご好評をいただければ、更なるタイトルの追加もあるかも知れません。

中村さん:今後の皆さんの反応をいただきながら進めていきたいと考えています。

−−− 有り難うございました。

【現在配信中の「N響アーカイブ」シリーズ】

■N響海外演奏旅行 - ソ連
(1)チャイコフスキー: 交響曲第5番 / 間宮芳生: えんぶり
(NHK交響楽団/岩城宏之指揮/外山雄三指揮)(1960年録音)

■N響海外演奏旅行 - ソ連
(2)ハイドン: チェロ協奏曲第2番 / チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番
(堤剛/松浦豊明/NHK交響楽団/岩城宏之指揮/外山雄三指揮)(1960年録音)

チャイコフスキー: 交響曲第6番「悲愴」
(NHK交響楽団/ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮)(1954年録音)

ストラヴィンスキー: 交響詩「ナイチンゲールの歌」/組曲「火の鳥」(1945年版)
(NHK交響楽団/イーゴリ・ストラヴィンスキー指揮)(1959年録音)

モーツァルト: ヴァイオリン協奏曲第3番/ブラームス: ヴァイオリン協奏曲
(アイザック・スターン/NHK交響楽団/クルト・ヴェス指揮)(1953年録音)

ブラームス: 交響曲第1番
(NHK交響楽団/ヴィルヘルム・シュヒター指揮)(1962年録音)

黛敏郎: 涅槃交響曲
(東京コラリアーズ/NHK交響楽団/岩城宏之指揮)(1958年録音)

★ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(日本語歌唱)
(日本交響楽団/山田和男指揮)(1942年録音)

★ウィンナ・ワルツの夕べ
(NHK交響楽団/クルト・ヴェス指揮)(1951年録音)

★外山雄三:序曲/間宮芳生:交響曲/林光:管弦楽のための変奏曲
(NHK交響楽団/外山雄三指揮)(1959年録音)

★バルトーク:歌劇「青ひげ公の城」(日本語歌唱)
(伊藤京子/中山悌一/NHK交響楽団/ジョセフ・ローゼンストック指揮)(1957年録音)

★印はナクソス・ミュージック・ライブラリーのみでの配信(AAC/128kbps)

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