脳を活性化するウルトラディープ処理の詳細とは
“肌で聴く”ハイパーハイレゾとは?「交響組曲 AKIRA 2016」の音の秘密を山城祥二氏に訊く
圧倒的な臨場感と立体感。
一般的なハイレゾとは違う進化を遂げた印象
『交響組曲AKIRA』はCD版を長らく聴いてきたが、44.1kHz/16bitのフォーマットの中でも十分音質の高いソフトであるという認識は変わりない。2002年にはDVDオーディオ版96kHz/24bit・4.1ch版、そして2009年のBD版『AKIRA』リリース時にはドルビーTrueHD・192kHz/24bit・5.1chフォーマットで音声が収録され、やはり音質面での優秀さが際立っていた。それゆえ、今回の11.2MHz版はどのような仕上がりであるのか、非常に気になるところである。
11.2MHz・DSD版配信に当たり、ハイパーソニック・ウルトラディープ・エンリッチメント(以下、ウルトラディープ処理)の作業でベースとなったのはDVDオーディオ版の96kHz/24bit音源4.1ch(5トラック)だが、「金田」についてはSE音を抜き出すためにCDマスター(48kHz/16bit・2トラック)も用いているという。これは『AKIRA』の作品が持つ攻撃性の側面を補うための措置であるそうだ。
伝説的なコンソール設計者、ルパート・ニーヴが自ら手を入れ、200kHz対応とした特注のアナログコンソールAMEK「9098i」にこれらのマルチ音源素材が立ち上げるとともに、熱帯雨林で収録した5.6MHz音源から超高周波成分を抜き出し、マルチ音源と連動するようVCA制御により関連付けされた音声もコンソール上へ送り込まれる。
『交響組曲AKIRA』の録音に携わった高田英男氏も今回のプロジェクトではミキシングを行うため、参加したそうであるが、大橋氏がイメージする理想の完成形は立体音場、いわゆるサラウンドの世界観であるため、DVDオーディオ用のサラウンド音源を軸とした構成にしたとのこと。大元の録音素材はレコーダーを数台同期運転させて作っていたいくつものアナログマルチテープ、及びデジタルマルチテープに残されており、100トラック近くに及ぶような素材からのミックスダウンまで遡るのは時間がいくらあっても足りないというのが実情だろう。
高田氏の作業は一般的なマスタリングのような作品全体を整える統括的なものではなく、今回用意したマルチ素材をさらに帯域分割するコンプレッサーを駆使して低域パート、中域パート、高域パートといったように細かく分けたうえで再構成する、サブミックスといえるような作業を行ったそうだ。この時用いたのは真空管式の帯域分割コンプレッサー、TUBE TECH「SMC-2A」及び、通常の管球式コンプレッサー、同「CL-1B」とのことだが、ジェゴクやガムランの響きと真空管サウンドの相性が良く、このチョイスとなったとのこと。さらにデジタルリヴァーブの最高峰、レキシコン「960L」も合唱パートの空間を広げるために追加したりと、そのこだわりは果てしない。こうしてまとめられた素材を大橋氏オリジナルの11.2MHz・DSDレコーダーで収録し、今回の配信用マスターとしたそうである。
この一連の作業を行った大橋氏のスタジオにて比較試聴をさせていただいたが、一般的なハイレゾ音源の進化とは違う印象を受けるものであった。むろんCD版とも明らかに違うサウンドであり、奥行き感と音像の密度、低域方向の豊かな音伸びが得られている。
「金田」ではジェゴクの低いうなりが重心低く響き、ガムランや鈴の音は澄み切ったストレートな音色としてジェゴクの音の壁をスッとすり抜け鮮明に耳元へと届く。コーラスも分離感は保たれているが、渾然一体となった音の塊が飛び込んでくるような、鬼気迫る描写である。非常に深く量感の多いジェゴクの低域感に圧倒されるが、決して過多に感じられるのではなく、生楽器の演奏と同じような自然な空気の伝搬として捉えることができる点に驚いた。
大元の録音時、ダミーヘッドマイクを使い、演者がその周りを移動することで電気的な処理ではないシームレスな動きを作り出した「唱名」では、録音時、スタジオの4隅の高所へ配置した無指向性マイクによる残響成分+電気的なリヴァーブ処理との相乗効果もあり、臨場感あふれる音場が展開。今回の音源は特にその立体感が高まっている。
曲順が変わった「回想」は目前に一本の直線状に能の舞台が展開するような雰囲気で、個々の音が緊迫感を持っている。スタジオの残響感もリアルに掴め、実体感が伴うかのような深い音空間が体を包み込むような感触を持った。能と一緒に演奏されたガムランなどの楽器の響きも呼吸から整うような、不思議な場の一体感を得られる。CD版ではある意味個々の音が分離良くすっきりと見えてくるが、今回のハイレゾ版は音像の周囲に存在する空気を纏う感覚がよりはっきりとわかり、独特な空間の厚みを実感するだろう。
「変容」の後半、様々な感情が渦巻き、取り込まれるような、声の回転する様は圧巻で、個々の声の鮮明さと相まって、自分自身がその回転に巻き込まれ、振り下ろされるような迫力がある。個々の音像の密度の濃さ、パーカッションの厚み感もしっかりと出ており、重厚で深刻な世界観をより強調するかのようなサウンドだ。空間の余韻感も丁寧にまとめられており、奥行きも深く、音の重なる様も良くつかめる。臨場感あふれるシームレスな音場が展開する、ステレオなのにサラウンド的な世界観を得られる不思議な感覚を得た。