自身のスタジオでTD712zMK2を使用
BOOM BOOM SATELLITES 中野雅之さんが語る、ECLIPSEをモニタースピーカーとして使う理由
ーー 中野さんにとって、音楽制作におけるモニタリングと、Hi-Fiオーディオにおけるリスニングというのは、異なるものですか。あるいは共通する部分はあるのでしょうか。
10代前半から自分の音楽を作り始めたのですが、その時から自分の部屋のラジカセと、リビングにある父のオーディオシステムのそれぞれで音楽を聴いていました。もっと遡ると幼少期、父がクラシックレコードのコレクターで、何となくですがオーディオ体験は早かったと思います。
だから、自分の音楽を確認するための音と、音楽を楽しむための音が、混在したまま今日まで至っています。僕自身、変わっているとは思うのですが、正確ではないスピーカーで音楽が再生されるときの違和感が半端ないのです。
スピーカーで正確に音楽を再生することは難しいことで、一般の方がSNSに投稿したオーディオルームの写真を見たときに、リスニングポイントまでの距離ひとつとっても「これでは正しく音楽が再生されるはずがない」と思うことがあります。これはもう職業病のようなものですが。
いずれにしろ、自分が作った音楽がどういう形でみなさんの元に届くかということはすごく気になります。演者や作家が意図した通りにエンドユーザーへ音楽が届いてほしいというのは、音楽制作に関わる全ての人の願いだと思います。
その意味で、イヤホンやヘッドホンで音楽を聴く人が増えているということは良い傾向だと思います。空気を揺らして体感するような音楽の聴き方ではないですが、ヘッドホンなら音の崩れようがないほど正確な等距離でL/R聴くことができますからね。
スピーカーというのは、エンドユーザーに委ねられる責任が大きいツールです。だからこそ、スピーカーの正しい扱い方を伝えていく媒体なり、方法なりが必要なのかなとは感じています。
ーー 最終的に音楽を聴くユーザーの環境まで考えて音楽を作られているとのことですが、この数年を見ても音楽を聴く環境は大きく変化していると思います。また、ユーザーのリスニングシステムは必ずしも良いものとは限りません。音楽を作る上で、どのようなリスニング環境を想定しているのでしょうか。
それはエンジニアの考え方によって大きく変わるところです。僕はアーティストでもあるので、考え方は生粋のエンジニアとは違うでしょう。ただ、伝わらなければ意味がないという側面があることは、デビューしてからの20年間で学んだことです。自分には音楽を聴く環境や社会のシステムのようなものを変えていく力はないですから、今与えられた環境のなかで自分が伝えたい音楽をどう届けていくかを考えます。
例えばBluetoothはデータが圧縮伝送されるので、情報量は少なくなります。つまり、過度な情報量を詰め込んでも、聴き分けられなかったり再現できなかったりするのです。作曲からアレンジに至るまでその点は考慮するのですが、楽器の数が少ないほうがこうした環境では音楽が伝わりやすいです。キックと歌とアコギだけなら簡単に抜けてくるけれど、ここにベースやエレキギターが入り、ストリングスが入りとなると、どんどん聴き分けづらくなります。情報量が増えても、空間や距離を再現する能力がスピーカーになければ、ただの団子になってしまいます。
だから難しい描き分けができない再生装置が主流になると、結果として楽曲のアレンジがシンプルになっていきます。一時期、アメリカを中心に音数が少ない曲が流行ったのもそういう理由です。R&Bは音数が少なくなっていき、再生環境がチープだとうるさく聴こえるハイハットがヒップホップから消えた時期もありました。アップルのCMがピアノと歌だけみたいな曲ばかりになったのも、情報量が少ないスピーカーでの聴き映えを考えてのことです。ただ一方で、その揺り戻しが今来ていることも確かですね。
ーー このようにリスニングを巡る環境が変化していくなかで、中野さんにとっての“よい音の基準"はどのようなものでしょうか。
記憶の中にある、あのスタジオの音がよかったというのは基準になりますね。そのロンドンにメトロポリス・スタジオに、PMCの巨大なモニタースピーカーがものすごく正確に鳴る部屋があります。音量も音像も大きいですが、音楽が本当に3Dのように聴こえてくる。そこでは音楽に含まれているものが鳴らし切られているという感覚が味わえます。
その音にすごく感動して、そこで自分が作った音楽を再生したら、ダメなところが全部見えてしまって、ひどい音楽だなと思ってしまったことは今でも忘れられなくて。こんな世界があるんだなと身につまされたことがあったんですよね。
ECLIPSEの音は、そのメトロポリスで体験した音を正確にダウンサイジングしたようなものです。ECLIPSEはそのときと同じ感覚で、音量の差はあれ、同じ音楽を聴いているという感覚があります。
他にもいくつかそういう部屋があります。スターリングのテッド・ジェンセンのスタジオのB&Wも感動的な音を鳴らしてくれる。そこは逆に自分の音源を持ち込むとよく聴こえ過ぎて、これでいいのか不安になりますね。
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