<山本敦のAV進化論 第171回>
クリエーターに「すごい!」と言わせる映像を。ソニーとNetflixがテレビ開発で手を組んだ理由
小倉氏は4K/HDRの時代が到来して「映画館では体験できない、テレビならではの映像の魅力」をユーザーに伝えられるようになったと語っている。
「私は常日頃より、テレビの画質を決定づけるものとして『解像度/色域/フレームレート/階調感/輝度ダイナミックレンジ』という5つの大事な要素があると説いてきました。4K/HDRの時代が到来して、さらに高速通信ネットワークのインフラが進化してきたことによって、動画配信サービスも質の高いコンテンツを家庭のテレビに届けられるようになりました」(小倉氏)。
「5つの高画質化の要素についても、いくつかは映画館よりも家庭のテレビの方が安定したクオリティが担保できる場合があります。技術の発展に伴って、テレビのために最適化された “テレビファースト” の作品があれば、テレビがその感動を最大限に引き出すことができます。この新たなホームエンターテインメントの価値をつくることに、Netflixとソニーが一緒にチャレンジした技術がNetflix画質モードです」(同)。
クリエーターの意図をできる限り正確に反映するため、まず最初にソニーが手がけたことは、Netflixの映像製作現場でリファレンスとして使われているソニーの有機ELマスターモニター「BVM-X300」と同じ映像を、BRAVIA MASTERシリーズで再現するためのパラメーターを調整することだった。
さらにNetflixの制作環境では、BVM-X300のパラメーターを、独自の基準を設けて作り込まれた環境(例えば部屋の明るさ、照明の種類など)で細かく調整しているので、その言わばNetflixにとっての「秘伝のタレ」とも言えるパラメーターに従って、MASTERシリーズで同じ「雰囲気を出す」ことに、小倉氏をはじめとしたBRAVIAのエンジニアは注力した。
とは言え、業務用マスターモニターであるBVM-X300のパラメーターを、そっくりそのままコンシューマ用テレビであるBRAVIA MASTERシリーズに移植すれば同じ雰囲気の画が出るというものでもない。液晶のZ9Fシリーズについてはそもそも方式が違う。
難しい挑戦を乗り越えながら、クリエーターの意図を正確に再現するために、BRAVIAのエンジニアはMASTERシリーズの通常は開放していない画づくりのパラメータも開示しながら総動員したうえで、Netflixのエンジニアと一緒に最終的なチューニングを行ってきたという。最終的に完成したNetflix画質モードの出来映えについて、小倉氏は次のようにコメントしている。
「Netflixのコンテンツは、先ほど私がテレビの画質を決定付ける要素として述べた5つのポイントを元から高いレベルでクリアしています。そこをさらに踏み込んだパラメータ調整には、ずいぶんと長い時間をかけてきました。その結果として、誰もが『うわ、すごい!』と声を上げるような体験ではないかもしれませんが、Netflixのクリエーターが『これだよ!』と納得していただける画にはなっているものと自負しています。その雰囲気がご家庭のMASTERシリーズで再現できる方向に、感性軸では一本筋を通しています」(小倉氏)。
Netflixが開催した説明会ではBRAVIAのAF9シリーズと、マスターモニターのBVM-X300に同じ『クリスマスクロニクル』の映像を再生しながら見比べられる機会も得られた。実際に筆者が視聴した限りでは、どのシーンの映像も「うりふたつ」と言えるほどの高い完成度だった。これは恐らく作品を手がけたクリエーターが見れば「うわ、すごい!」と歓声を上げてしまうだろう。
Netflixの “秘伝のタレ” に漬けたBVM-X300の画質に、MASTERシリーズの映像をこれほどまで近く寄せられた理由は、フラグシップモデルが搭載するプロセッサー「X1 Ultimate」が驚くほど高いパフォーマンスを備えているからである。もちろんほかにも理由はあるだろうが、残念ながら今のところ、Netflix画質モードを実装できるだけのマシンスペックを備えているBRAVIAはMASTERシリーズのA9FとZ9Fだけだと小倉氏は説明している。将来はプロセッサーの技術革新がNetflix画質モードの下位展開につながることを期待したいと思う。
『クリスマスクロニクル』の制作を手がけたクリス・コロンバス氏のNetflix画質モードへのコメントについては当日のニュースでも紹介されている通りだが、「私が意図した通りの映像をテレビが初めて見せてくれた、驚くべき体験だった」と諸手を挙げて絶賛していた。
「Netflix画質は映像を意図的に “クリエイト” している感じがしないところに共感が持てました。映像制作者の意図を “プリザーブ=ありのまま保持” していると表現した方が、私の手応えが正確に伝えられていると思います。最新のデジタル制作技術を駆使した映像も、結局のところ作り手である私たちが目指すべきところは “フィルムならではの温かさに迫ること” だと私は考えています。例えばディテールにこだわりすぎるとビデオっぽい映像になってしまいます。テクノロジーから一歩引いて、映像を俯瞰できる目を持つことがクリエーターに求められているのではないでしょうか」。
「作品を見て下さる方々に映像を届ける手段がインターネットによる配信になったとしても、私たちがやるべきことは一緒です。テレビに求められる『高画質』の条件も、つまりはフィルムライクな温かみに迫るということであり、そのために必要な作業はとてもデリケートなものになります。Netflixとソニーの挑戦は見事な成功を収めていると、私も確信しています」(クリス氏)。
「映像クリエーターの意図を正しく再現すること」については、施設や座席の位置などによって視聴条件やクオリティが影響する映画館で見るより、NetflixとBRAVIA MASTERシリーズによる組み合わせの方が先を行ってしまったと受け止めることもできる。Netflix画質モードの誕生は、これからの映像体験を大きく変える出来事なのかもしれない。
(山本 敦)