本人と録音エンジニアにインタビュー
藤田恵美8年ぶりの“camomile”、『colors』インタビュー。オーディオ的にもエバーグリーンな作品が誕生
技術面からのハイレゾ音源へのこだわりについて、阿部氏にも伺った。
「ハイレゾはもちろんですが、音が良いと判断されるものの大事な要素、一番何がポイントになっているのかですが、スタジオの臨場感とか雰囲気といった耳だけでは感じられないもの、まさに肌で音を聴いているといってもいいかもしれませんが、そうした情報も録音には入れられると思っています。
だからこそ、できる限り演奏している人が奏でるそのままの音を録るようにしていまして、できる限り色付けもしない。そうした過程を経てまとめていくと、自然とすべての楽器の音が、自然で角の立たない丸いまま置かれていくのです。音は重なって入りますが、その奥、下の階層にもきちんと音があるということも、良く聴けば見えてくるんですね。まさに“噛めば噛むほど”といいますか、聴けば聴くほど、新たな発見ができるというのが僕の作りたい音のコンセプトですね。
しかし現場としては本当に面倒くさいことばかりで、今の時代、あとで何とかしようという流れがあり、エフェクターで処理を行うということも多いですが、そういう機械的処理は一切なく、ストイックに収録を行っています。音が違うと思ったらマイクの位置を直すとか、自分が納得したもので録音して、できる限りエフェクトに触らずにやっていくというスタイルです。
ですから収録中はリミッターもコンプレッサーもかけず、その楽器にあったマイクやマイクアンプを選んで、特性を生かしていきます。同じ楽器であっても同じマイクを必ず使うのではなく、変えることもありますし。その入力の部分で考えて音作りをしていますね。ミックスダウンの段階でも最後のところでプラグインを一個入れると音は劣化します。この劣化ともう一歩足りないところのどちらを選ぶかというのが究極の選択ですが、ここは音質優先で外して、トータルコンプも使いません。ピークが来たらミックスまで戻り、丁寧にレベル調整してクリアしています。
音色的にアナログコンソールが良いとされる風潮もありますが、金井さんのチェックを含め、一回でOKが出るものでもありませんし、同じものがいつでもどこでも再現できるという点を大事にしています。この作品に関しては修正を繰り返して研ぎ澄ませていくというみんなの意見をもらって、みんなにとっていい作品になるような音作りを行っていますので、PCを中心としたミックスダウンが現在のところは一番ベストですね」。
最後にソニー「NW-ZX300」と「MDR-1AM2」のバランス駆動接続環境、そしてエントリー向けの「NW-A50」と「MDR-H600A」の組み合わせを用意し、お二人に『camomile colors』のハイレゾ音源を聴いていただいた。まず藤田恵美ご本人の感触からである
「特に驚いたのはNW-A50とMDR-H600Aのシステムです。こんなに小さなプレーヤーなのに、それぞれの楽曲のポイントをきちんと再現してくれています。レコーディングの時に感じた印象に近いサウンドで、音質も良いですね。スタジオのモニタースピーカーから聴いたバランスがきちんと反映されていると感じました。このくらいのサイズであれば、OLさんが電車で聴くのにもよさそうですね」。
阿部氏からは録音時のヘッドホンの使い方についても伺ってみた。
「ミックスダウンの時はヘッドホンでも確認しますし、様々な環境を想定して、ラージモニターやスモールモニター、ラジカセサイズのものなど、すべて聴いて修正しています。ヘッドホンで一番わかりやすいのは定位ですね。ヘッドホンでリヴァーブをかけると付けすぎてしまいます。低音もしっかり聴いておかないと、この低音域が膨らむヘッドホンも結構あるので、そうした点を計算して、これくらい出ていても全体は大丈夫かなというのを考えてバランスをチェックしています。
この二つのシステムでは値段の差も出ますが、バランス駆動ならではの空間性の見え方の差がはっきりしていますね。やはりNW-ZX300とMDR-1AM2のセットはすごい。シンバルとか低音の出方が上品です。余韻や情報量の多さを感じますね。ようやくポータブル環境でいい音、納得できるものが聴けるようになったと感じました。自分が作ったものがちゃんと再現されていますし、NW-ZX300とMDR-1AM2のセットでは包まれた感覚が分かります。上と下がちゃんと伸びていて、その間の奥行き感も見えますね。でもできることなら静かな場所で聴いた方がいいですね。作ったものが再現されてないということは、伝えたいものが伝わっていないということだから、こういうシステムはありがたいです」。
蛇足ながら、筆者が個人的に印象深かった曲をチョイスし、その試聴レポートもお届けしたいと思う。
まずは4曲目の「Shape of My Heart」である。女性が歌うにしてはやや暗い内容であるものの、完全に自分のものにしてしまう藤田の歌心の高さを改めて実感するに至った。ウッドベースのゆったりと伸びる胴鳴りの豊かさと、藤田自身で重ねた低いパートのコーラスの存在感がそうした楽曲の背後にある世界観をうまくカバーしているかのよう。Lchから聴こえてくるバンジョーと、センター近くに定位するクラリネットの音色が哀愁を誘い、心に染み入る。パーカッションの粒立ちとボトム感も自然に引き立ち、アナログ録音をベースとした中低域の密度感、重心の低さがサウンドの支えとなっているようだ。
ボーカルの艶めかしい口元の動きはドライ過ぎず、優しく包み込むリヴァーブによって有機的かつ立体的にセンターへ浮き上がる。このリヴァーブとスタジオの残響感とのバランスが絶妙で、クラリネットなど、楽器の余韻の美しさ、リリースの階調性がリアルさと奥行き方向の階層の深さを生む。
続く5曲目の「Vincent」では、楽器の構成も少なく、音場の空間性を見るのに最適だ。特にボーカルの存在感としっとりとした流麗な質感。リヴァーブの響きのきめ細やかさも特筆すべきだろう。また小松原俊氏によるアコースティックギターの音色はボディの響きの厚みと、爪弾きの煌きのバランスが見事。Lchからセンターにかけてシームレスに定位し、一瞬音を重ねているかのような感覚に陥るほど、その音の広がりには目を見張るものがある。これは10曲目の「Ae Fond Kiss」でも同じような感触を得たが、一回の演奏だけでこうした音色を得られるのは小松原氏ならではプレイスタイルにあるようだ。Rchのチェロも密度が高く、抑揚ある弓引きの音色も滑らかだ。
最後に挙げるのは曲が連続で連なっているが、6曲目の「Someday」である。澤近泰輔氏のアレンジとピアノ、第一、第二バイオリンとビオラ、チェロのシンプルなストリングス。から構成された楽曲だ。
各々の楽器の美しいハーモニーと潤い良く鮮やかに浮き立つボーカルが立体的に融合したサウンドは楽器構成としては多くないものの、非常にリッチで華やかな響きに満たされている。マイクはピアノに3本+スタジオの響きを録るアンビエント用に4本用意。さらにストリングスのカルテットには各々オンマイクを立てた他、阿部氏オリジナルの8chマイクアレイをこのストリングスのアンビエント用に立てたとのこと。ボーカルを合わせ20chものトラックを使うという豪勢な録音によってこの豊かな響きが生きているのだろう。
また一発同時録音のスタイルで、通して2回しか演奏していないそうだが、演奏とボーカルのリンクしたプレイニュアンスの妙が素晴らしく、そのディティールの艶感と力の抜き具合からくる余韻の美しさも白眉。まさに奇跡的なテイクである。繰り返し聴きたくなる、非常に生々しく、躍動的で伸びやかなサウンドだ。
そしてもう一つ特筆すべきなのは『camomile』シリーズの中で磨き上げられ、洗練されたリヴァーブの質感の良さだ。今回のアルバムではリアルなアナログ機材を用いず、プラグインの「EMT 140」プレート・リヴァーブのシミュレートに加え、『camomile Best Audio 2』制作時に阿部氏が自ら相模湖交流センターの響き(インパルスレスポンス)を録音し、オリジナルのコンボリューション・リヴァーブとして仕上げ、ミックスダウンの際に組み合わせているという。
天井方向への自然な浮き上がりを実感できる響きの豊かさは要所要所で実感できる。具体的には前述した「Someday」や、8曲目「You Raise Me Up」におけるバイオリンの響きなどでその恩恵を味わうことができるだろう。
『camomile』シリーズ久々の新作ということで、期待値も高かったが、実際にその音に触れてみると、当初の期待を大きく上回る満足度の高い内容であった。192kHz/24bitというこれまでよりも大きな器が用意されたことも相まって、非常にきめ細やかで濃密なアナログサウンドを解像度高く再現してくれている。
なによりも藤田のボーカルの生き生きとした鮮度良い描写と、リヴァーブの緻密さ、各パートの分離の良さからくる立体的な音像の定位感、ステージの広さについてもシリーズ最高水準といえるのではないか。繰り返し何度もリピートして聴きたくなる、音楽的、そしてオーディオ的音質の良さの側面から見てもエバーグリーンな作品といえるだろう。
(岩井 喬)
【藤田恵美『camomile colors 発売記念 Live』】
日本のみならず、アジアのリスナーから切望され続けたシリーズの新作。『心地よい眠りを』のコンセプトはそのままに、年輪を重ねた樹木に芽吹く、新芽のような初々しさも感じるアルバム曲をメインに、素晴らしい仲間たちと贈る、プレミアムな一夜にご期待ください!
メンバー
宇戸俊秀(p,笛,acco)西海 孝(g, vo)Shime(g,vo)武川雅寛(vln,tp)
2019年3月8日(金)
JZ Brat SOUND OF TOKYO
【予約・問合せ】 03-5728-0168(平日15〜21時)
http://www.jzbrat.com/liveinfo/2019/03/index.html#20190308
名古屋 Blue Note
3月13日(水)
[1st ] open 5:30pm start 6:30pm
[2nd] open 8:30pm start 9:15pm
https://www.nagoya-bluenote.com/schedule/201903.html#0313