ジョン・デイヴィス特別インタビュー
英メトロポリスのエンジニアが語ったマスタリングのトレンド。スマホやインスタ対応が必須に
■ジミー・ペイジからの指名でレッド・ツェッペリンのマスタリングを担当
ーー話題を変えましょう。貴方はジミー・ペイジとレッド・ツェッペリンの全アルバム9作品(CODA含む)とそれぞれの作品の未発表テイク、アウトテイクス、リミックス、インストゥルメントのリマスタリングをやりましたが、どれくらいの時間がかかったのですか。
ジョン・デイヴィス レッド・ツェッペリンの全カタログのデジタル・マスタリングは、アーカイブづくりも含めて全部で5年かかった。
ーー作業はどう進めたのですか?
ジョン・デイヴィス 通常2日間ほどオリジナルテープを聴いて、Pro Toolsにその1/4インチ・アナログマスターを192kHzで取り込んでいく。別の日にオリジナルの1stプレスのアナログ・レコードを聴くという手順で作業を進めていった。アウトテイクスなどのチェックには膨大な時間が必要だった。
ーーどんな経緯でツェッペリンのリマスタリングを担当するようになったのですか?
ジョン・デイヴィス ある時ジミー・ペイジのマネージャーから電話があった。俺がマスタリングを担当したスコットランドのロック・バンド、スノウ・パトロールのヒット「Chasing Cars」を聴いてペイジが大変気に入り、その曲を収録したアルバムのマスタリングを誰がやったかを調べさせて連絡してきたんだ。彼はちょうど、レッド・ツェッペリン全カタログの新世代向けリマスタリングを考えていた。「オリジナルファンは1990年代のジョージ・マリーノ(George Marino/STERLING SOUND, 1947-2012)のリマスターを買って聴いている。オリジナルファンは新しいものが出ても両方買う」「どうすれば18歳以下の若いファンの反応を引き出して買わせることができるかを考えていたんだ」とジミーに言われたそうだ。
ーー1990年代のジョージ・マリーノのマスタリングをどう思いましたか?
ジョン・デイヴィス デジタル技術の黎明期だったこともあり、データの扱いが手荒だなという印象を受けた。特に当時の新技術だったNO-Noiseを採用したことだ。ツェッペリンのマスタリングを扱う投稿サイトを色々見てみたが、著名なSteve HoffmanのサイトではNO-Noiseの使用は厳しく批判されていた。『NO-Noiseは音をダル(退屈)にする。果ては高域のトップエンドをリストアする羽目になり生き生きした部分を全部殺してしまった』。マリーノのマスタリングした1stプレスを聴いたファンが寄せた投稿だった。
ーー新しいリマスタリングではどんな手法を使ってオリジナルの音を復活させたのでしょう?
ジョン・デイヴィス ひとつだけすごいトリックを使っている。ある日俺がテープをかけていると、ジミーがやってきて「この音はすごい。こんな音聴いたことがない」と言うんだ。実はテープヒスを減らすために使われている業務用のドルビーAのデコーダーを入れずに再生していたんだ。ドルビーAは再生時には音がこもりやすいという欠点がある。だからドルビーAを入れずにテープを再生して、マスターに収録することにした。
ーードルビーAのデコードをせずにテープを再生すると高域のすごいヒスが残りますが、どう処理したんですか?
ジョン・デイヴィス メトロポリスのマスタリング機器にインストールされているDAWソフトSADiEにプラグインで組み込まれているシーダ(CEDAR)を使って、ノイズリダクションの代わりをさせたんだ。少なくとも高域の輝きが薄れて音がダルになることからは逃れられた。
ーーどんなところに自分のマスタリングの特徴が出ていると思いますか?
ジョン・デイヴィス 昔、12インチシングルを毎日山のようにカットした経験があって、ハウスやレゲエのダブのボトム・エンドが大好きになった。ジョン・ボーナムは驚異的なパワーのドラム奏者だった。彼のキックを含めてドラムのボトムエンドの音をクローズアップした。アナログのレコードでは技術的制約でボーナムのボトムエンドはカットされていたが、それを本来の姿に戻すことができたと思う。しかしファンのフォーラム(前述)では『ジョン・デイヴィスはなぜドラムやベースの低域ばかりをブーストするのか』って書かれたよ。
ーーツェッペリンのマスタリングではどんなところにポイントを置いたのですか?
ジョン・デイヴィス ジミー・ペイジは大きな空間のある部屋で録るのを好んだ。だから録音されたマルチトラックの半分のトラックにはボーナムのドラムスの音が回り込んでいる。俺はジョン・ポール・ジョーンズのベースをそのままの音量で残し、それにボンゾのキックを少し足したんだ。ジミー・ペイジは音が良くなったのは俺のギターの音をアップしたからかなと納得していたけど、本当は違う。
ーーメトロポリスはDA/ADにプリズム・サウンドを使っていますが、192kHzで収録したアーカイブと異なり、96kHzでマスターを作ったのは何故ですか。
ジョン・デイヴィス アーカイブはジミー・ペイジに何かあっても困らないように192kHzで細心の注意を払って作り上げた。これはビートルズのジャイルズ・マーティンのケースでも全く同じ。しかし、ツェッペリンのリマスタリング・プロジェクトのマスター・テープは96kHzにしている。DA/ADに使ったプリズム・サウンドの真価は96kHzで発揮されるからだ。聴き比べても96kHzの方がずっと良い音がする。
ーーレッド・ツェッペリンのリマスタリング・プロジェクトの場合、96kHzがベストのソリューションというわけですね。
ジョン・デイヴィス 時々オーディエンスは数字が大きいほど良い音だと誤解しているようだが、ツェッペリンのアルバムが集中的に録音された60年代末から70年代前半の録音機材に192kHzは明らかにオーバースペック。ファイルは倍以上に大きくなるし、DAWの負荷も半端ない。192kHzは不要だ。
ーーところで貴方はデヴィッド・ボウイのファンだそうですが、ツェッペリンのプロジェクトをやるときに何か引っかかりを感じることはありませんでしたか?
ジョン・デイヴィス ある時俺は、ジミー・ペイジに「ツェッペリンが好きじゃなかった」と言ったことがある。ペイジは何も驚かなかった。俺がきちんと仕事しているのを知っているし、ファン気質のスタッフにベタベタされても困ると思っていたのだろう。世代的に俺たちはピストルズやクラッシュに代表されるパンク世代。「天国への階段」も良く耳にしたけど「あれはちょっとネ」とそっぽを向くジェネレーションだった。俺はデヴィッド・ボウイのファンだったけど、ボウイの作品のリマスターをやりたいなんてこれぽっちも思ったことはない。この仕事をやる限り、ファンじゃないことがベストだと思う。
ーーリマスタリング・プロジェクトの期間中、貴方とペイジの関係に何か変化はありましたか?
ジョン・デイヴィス 作業の続く期間を通じて、ペイジは俺を教育するのが楽しかったようだ。教育といっても特別のことでなく、すべてのセッションの楽器やそのセッテイング、アンプの設定を克明に記憶しているので、そのデータを共有するといったことさ。彼はこれまでの全ステージの衣装を保存していることも明かしてくれた。
ーー貴方はリマスタリングの成果をどう考えますか。
ジョン・デイヴィス リマスターして少し分厚くなったツェッペリンのサウンドに、若い世代が反応してくれたから成功だったと思う。実はCDはアナログ盤と比べると音量がちょっぴり大きくなるよう作ってある。CDはアナログ盤と違って低域などの帯域制限を受ける必要がないからだ。
ーーメトロポリス・マスタリングでの毎日の標準的な業務の進行手順を紹介してもらえますか。
ジョン・デイヴィス お客が入ってくる。誰か知らないやつだ。たいていはバンドだ。ミキシング・エンジニアのこともある。まずお茶。それからチャット(おしゃべり)。そしてお客に色々聞く。「何をしてるの?」「今日は何をしたいの?」「インスタグラム用?それともアナログ盤?」などと質問する。
ニュー・バンドだったら「音をデカくして」とか。ファン・ベースだったら「クレイジーに」というのもアリ。「Spotifyにアップされたい」なんて願望も。とにかくチャットがメイン。音を聴いてもジャッジはしない。まずはEQをせずフラットなまま聴く。どこを濃くしたいか聞く。あまりコンプしないこと、リミッターをかけすぎないこと、ダイナミックレンジを広めに取ることを薦めるな。コンプやリミッターを強めにかけることもあるが、歪ませずに。メトロポリス・マスタリングではAVALON DESIGNのパラメトリックEQとコンプレッサーを一緒にした機材を使っている。
ーー最後に、あなたがこれまで携わってきた作品でぜひこれは聴いて欲しいと思うものがあったら挙げてください。
ジョン・デイヴィス いくつかあるから、1つだけじゃなくていいかな。まずは昔にやったBadly John Boy。元は自宅録音でマスターはカセット。DATだったかもしれない。1996年か1997年の作品だ。今では手に入りにくいと思う。
次はラナ・デル・レイの「Bone To Die」。個人的にも好きな作品だ。マスタリングの部屋にAntelopeのAtomic ClockとAVALON DESIGNのAD2077 EQが入った時で、それを使ってマスタリングをした。セクシーでエロティックな作品だ。
もう一つはFKAトゥイグスの「LP1」。現代のアーティストのなかでも存在感を放つFKA トゥイグスが、世界で名を馳せるきっかけとなったすべてのものの、たたき台といえる作品だよ。
ーー現在の音楽産業の置かれている状況が非常によくわかるインタビューでした。ありがとうございました。