HOME > インタビュー > オーディオ哲学宗教談義 Season3の第3回、テーマは「私たちは何を聴いてきたか」『音楽における宗教性』

黒崎政男氏と島田裕巳氏が語る

オーディオ哲学宗教談義 Season3の第3回、テーマは「私たちは何を聴いてきたか」『音楽における宗教性』

公開日 2020/10/12 16:18 季刊analog編集部
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「明日に架ける橋」の深い宗教性

島田 グループの期間としては短い。「明日に架ける橋」の歌を作ったとき、最初はサイモン自身がファルセットで歌おうとしたけどうまくいかなくて、キーを下げてガーファンクルが歌うようになった。そこが成功した秘密かもしれないですが、サイモン&ガーファンクルは2人ともユダヤ系アメリカ人。アメリカでは、ポール・サイモンのユダヤ人性、ユダヤ人的なものがどう音楽に作用していたのかが議論になっている。

アメリカのユダヤ人の場合、周囲がキリスト教社会だから、どうしてもキリスト教音楽、とくに教会音楽の影響をかなり受ける。同じユダヤ人のボブ・ディランだって、途中でキリスト教に改宗して騒ぎを起こすけれど、実は最初からゴスペルを歌っている。キリスト教音楽の影響は受けていたわけです。その影響は、ポール・サイモンも同じように受けている。

最後の方に「シルバー・ガール」という言葉が出てきますが、何を意味するのかどうもよく分からない。いろいろ考察もされていて、当時ポールがつき合っていて、のちに結婚する妻のことだとも言われていますが、多分それは違うと思う。「Your Time Has Come to Shine」の「あなたの時が来て輝く」というのは、キリスト教社会ではイエスが再臨するということでしょう。「僕が荒波にかかる橋のようになる」、つまり犠牲になると言っていることも考えると、この歌は非常にキリスト教的。現代の讃美歌みたいな性格を持っている。

1970年に、私は宗教学を生業にすると思っていなかったわけだけれど、その後宗教学をやるようになっていくうえで、こういうものを聴いていたことも影響しているかもしれません。


宗教学者・島田裕己氏
黒崎 非常にポピュラーな音楽が流行っている中で、この曲は確かにちょっと特異なものだったと思います。ものすごくヒットしたよね。歌詞の内容は下手をすれば説教臭くならなくもないけれど、いま聴いても良いですね。


哲学者・黒崎政男氏
島田 今回の準備をしている間、ポール・サイモンの曲をずっと聴いていたんですけども、詞が上手い。ちゃんと韻を踏んでいるし、考えが深い。

黒崎 私も70年代に『ポール・サイモン・ソングブック』に収録された「アイ・アム・ア・ロック」を聴いていた。素敵だよねえ。4月になるとあなたが来て、5月になるとこうなって……そんな歌詞でしたが、あれも非常に良いアルバムでしたね。そういえば若い頃からずっと聴いてきたなあ。ポール・サイモンひとりで歌っているのも、シンプルで良いものでした。

島田 二人で歌う時と歌い方が違うし、その歌詞がやっぱり良い。ボブ・ディランのノーベル文学賞には僕はどうなの? と思っているところがあって。詩人としてはポール・サイモンの方が上なんじゃないかなって。

自己犠牲というところをじっくり考えてみるということで……、次にワグナーの「タンホイザー」をかけます。といっても、「タンホイザー」というのを私はよく知らなくて。まずは私とオペラの関わりについてちょっとお話します。

オペラには何回かは行っているんです。NHKホールでのメトロポリタンオペラの「ワルキューレ」、1980年にロシア旅行中に零下30度の中ボリショイ劇場での「エフゲニー・オネーギン」、もうひとつは代々木体育館での「カルメン」といった具合です。

1993年から4年にかけて、NHKのミッドナイトジャーナルという番組に出て隔週ジャズ評をしていたのですが、別の週ではクラシックをやっていた。その担当が石井 宏さんという辛口の評論家で、彼の本の中で、ワグナーの「ニーベルングの指環」というのは素人にとって死ぬほど退屈で、それを喜んで鑑賞できるのはマゾヒストだけだ、という風に徹底的にこき下ろしていました。そう読んでいたので、大丈夫かなと思っていたんですけど、なかなか面白かった。

そういう経験はあったんですが、EXAKT AKUDORIKを導入して、Roonを通してTIDAL のMQA24bitを聴くようになった。すると、たまたまショルティの「タンホイザー」が新譜として出ていたから何気なく聴いてみたんです。そしたら何か、これ良いなとなりまして。

黒崎 目覚めた?クラシックに。齢64にして。あ、前から目覚めていましたね(笑)。

ワグナー「タンホイザー」をLP12で聞く

島田 オペラを家で聴いても、圧倒的な迫力で聴けるようになった。それからWOWOWでメトロポリタンオペラの「タンホイザー」をやっていて、宗教学的にも面白い。私はレコードは持っていないので、当然お持ちである黒崎先生に持ってきていただきました。

黒崎 当然というか、「タンホイザー」お好きだということで、オリジナル盤のLPがebayで廉価でしたので手に入れておきました。

島田 ありがとうございます!

〜ショルティ(指揮)/ワグナー:「タンホイザー」冒頭〜KLIMAX LP12SE(URIKAⅡ)+KLIMAX EXAKT 350


ショルティ(指揮)/ワグナー:「タンホイザー」
黒崎 すごいねぇ。レコードの音。URIKAⅡを搭載してLP12はどんどん良くなっているね。

島田 すごいですね。

黒崎 これ70年代の録音になるんですけど、50年の時間も、空間も超えてここにこんな風に再現されていることの驚き。凄いね。

島田 物語としてもなかなか興味深い。これから掛けるのは、最後の方の「巡礼」。話としては15世紀の「タンホイザー伝説」が元になっているとかで、快楽の園で遊んでいたタンホイザーが目覚めて人間界に戻ってきたけど、城で歌合戦があった時に思わず快楽の園の素晴らしさを歌ってしまう。すると、お前は罪人だからローマ法王に赦しを乞わなければならないと、ローマへの巡礼の旅に出る。しかし、ローマ法王は許してくれない。

伝説ではそれ以降のタンホイザーはどこへ行ったかは分からないという話になっているらしいですけど……このワグナーの方では、タンホイザーは戻ってくる。

僕は黒崎さんに呼んでいただいて、東京女子大で「宗教史」という授業をしています。授業では世界の宗教全部やってくださいという無謀なことを言われて、ずっと苦労しているのですが、講義を重ねてくると、キリスト教を「罪」ということで捉えればいいのだなと分かったんです。

キリスト教の歴史というのは「原罪」から出発している。「創世記」では、アダムとイヴが蛇に誘惑されたとされているだけで、そこに悪魔は介在しないんですよ。

それが初代教父であるアウグスティヌスなどによって、原罪、根本的な罪として捉えられるようになる。人間の罪深さを強調することによって、罪を救えるのはキリスト教の教会だけだと、その存在をアピールするようになる。罪を救う、贖うことができるのは教会だけだというわけです。

キリスト教会では、「七つの秘跡」を用意するようになる。洗礼とかミサとか告解ですね。それによって罪を贖うことができるシステムを作り上げるわけです。それをルターが批判して、プロテスタントが生まれた。いまから500年前のことです。

ワグナーという人はルター派のプロテスタントだから、カトリック的な考えに基く「教会が救ってくれる」というところで終わらずに、「犠牲」というものを結末に持ってくるわけです。

「犠牲」というのはイエスキリストがモデルだから、教会の力でも、法王の力でもない、個人の信仰の力というものが救いをもたらすという、非常にプロテスタント、ルター派的な考え方によっている。逆に、最後の部分が余計だとか、唐突だ、と考える人もいるようです。

黒崎 ヴェーヌスベルクで快楽の日々を送っているタンホイザー。ここから始まるわけです。そこから「こんな女まみれは嫌だー」と現世に戻る。清き愛で結ばれたエリザベートと快楽のヴェーヌス。この両者の間で揺れ動く。最後にエリザベートの自己犠牲によって救われる。

島田 そういう風に読むこともできるけど、キリスト教史から見ると、犠牲という観念が出てくるのは必然的なことですね。

黒崎 なるほど。いまから聴いていただくのは、ローマへ巡礼に行った巡礼団が返ってくるところ。左から右に移動していくところがうまく録れてるんです。


次ページ犠牲―ローマ教皇ではなくエリザベートが救う

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