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黒崎政男氏と島田裕巳氏が語る

オーディオ哲学宗教談義 Season3の第3回、テーマは「私たちは何を聴いてきたか」『音楽における宗教性』

公開日 2020/10/12 16:18 季刊analog編集部
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ブラッド・メルドーの独特のピアノ

島田 さっき「無伴奏」の話があったので、僕が用意した音楽をちょっと聴いていただきたいと思います。ブラッド・メルドーを。アメリカのジャズピアニストです。

ブラッド・メルドーのブラッド・メルドー『10イヤーズ・ソロ・ライヴ』のライナーを説明する島田氏

黒崎 急に話のフェーズが変わりましたね……。いままで宗教的なものを聞いてきたのに、突然関係のないものになりますが。ブラッド・メルドーといえば、ソプラノ歌手のアンネ・ゾフィー・フォン・オッターととコラボして曲を出しているのを知っている。

島田 日本に来た時も、ジョシュア・レッドマンとやっていた。ここではブラッド・メルドー・トリオによるビートルズの「アンド・アイ・ラヴ・ハー」を。

〜ブラッド・メルドー・トリオ『ブルース&バラッズ』より「アンド・アイ・ラヴ・ハー」〜リンKLIMAX LP12SE+KLIMAX EXAKT 350で聴く

ブラッド・メルドー・トリオ『ブルース&バラッズ』

黒崎 良いんじゃないですか? 不思議な佇まい。

島田 ビートルズナンバーってある種特殊だと思います。みんなメロディーを知っているわけだから。

黒崎 そうだね。みんなに共通のベースがある。スタンダードナンバーもあるけれど、ジャズを聴いていないと知らない人も多い。ビートルズになると、ふるさと的な背景をすでに持っている。

島田 それはビートルズが出てきたその時代に聴いている人たちだけの話じゃない?

黒崎 我々の世代だけのこと?でも非常に時代の歴史的産物ではあるけど(笑)。

島田 話を戻します。ブラッド・メルドーがソロで『10イヤーズ・ソロ・ライヴ』というアルバムを出しています。あまりにも重いので全部は持って来なかったですけど。ブラッド・メルドーの文章と写真がかなりの数入っていまして、曲の解説もあるんですが、全体がひとつの物語のようになっています。そして、いまトリオの演奏で聴いてもらった「アンド・アイ・ラヴ・ハー」が入っている。ソロ、まぁ、無伴奏と言えなくもないでしょう。トリオの演奏とだいぶ違うんです。聴いてください。

〜ブラッド・メルドー『10イヤーズ・ソロ・ライヴ』より「アンド・アイ・ラヴ・ハー」〜リンKLIMAX LP12SE+KLIMAX EXAKT 350で聴く

ブラッド・メルドー『10イヤーズ・ソロ・ライヴ』より「アンド・アイ・ラヴ・ハー」

黒崎 トランスに入っちゃう感じ。左手がずっと同じ繰り返しをしていて、その上で右が踊っていく。トランスに入っちゃう感じ。良い意味でのすごい精神状態を作り出します。

島田 同じ曲を同じ人がやる。トリオとソロでこれだけ違う。トリオだと、いかにもジャズの演奏という感じで、最後の方になるとどんどん盛り上がっていく。ところが、ソロだと、深く内面の方に入っていく、内省的で思索的なものになっている。しかも転調が入っているので、さっきの話と重なる。

メルドーはクラシック的なところもあるし、このアルバムの中でもブラームスも弾いている。最近ではバッハのアルバムを作っている。

黒崎 島田さんの嫌いなバッハ。神を殺したバッハ(笑/「バッハ が神を殺した」話についてはSeason1の第3回を参照)。

島田 バッハが殺したというか、バッハを音楽として楽しんで演奏することによって、宗教的なものが消された。結果、神を殺したということでしょう。

黒崎 最近はこの会を通じてずいぶん島田さんの音楽の趣味も変化しましたね。

島田 そう。だって、考えざるを得ない。この会、10回もやっているんですよ。最初はあんまり考えないでやっていたけれど、最近考えすぎて、音楽を聴くという行為自体がなんだかよく分からなくなってきた。

黒崎 まぁ、でもこの10回やって、島田さんが、まっとうに素直にクラシックに目覚めてくれたのが良いですよ。

島田 はっはっはっは。ここのところは、ブラームスの4番をいろいろ聴いていました。

黒崎 冬にいいんですよね。ブラームスの4番って。冒頭の寒々しいところが。

島田 寒々しいとは思わない。

黒崎 4番はブルーノ・ワルターが良いかな。4番お好きな方いますか?(客席を伺う)ほら、すごくいますよ。誰(指揮者)が良いですか?

男性C  クラウディオ・アバド。

女性A  カイルベルト。実際に聴きました。68年、亡くなった年です。

黒崎 カイルベルト!渋いですね。聴いたんですか、生で!

男性C  私もアバドは生で聴きました。

一同 (笑)

島田 もう一曲かけたいのがあるんじゃない?

スピノザ汎神論的なジャズ

黒崎 いやあ、今回の最後にふさわしいかどうか……。ヘルゲ・リエン・トリオというノルウェーのグループが3、4年前に出した「Natsukashi」を聴いてみましょうか。日本語そのままのタイトル曲です。これに感じるのは、スピノザ的神で汎神論で、どこにでも神が宿る、そういう世界を感じているんです。

哲学者・黒崎政男氏

〜ヘルゲ・リエン・トリオ『Natsukashi』より「Natsukashi」〜リンKLIMAX LP12SE+KLIMAX EXAKT 350で聴く

ヘルゲ・リエン・トリオ『Natsukashi』より「Natsukashi」

黒崎 癒しという言葉もありますけど。

島田 ノルウェー語に懐かしいという言葉はないんじゃない?

黒崎 あるんじゃない?

島田 いや、「懐かしい」という日本語をヘルゲ・リエンが聞いて、そういう捉え方ってあるんだなと思ってこの曲を作ったんじゃない? 

黒崎 そういう風に聴こえる? 曲の成り立ちは調べないと分からないけど、私は、神を感じますね。罰する神、支配する神、ドミヌス、怖い神、善悪を判断する神、いろいろありますけど、全てに神がいて、汎神論的、さっきスピノザ的と言いましたけど、超越神ではなく、あらゆるところに神はいるという。そういう音楽をモノとして感じるな。宗教性と言った時にふと思い出したのがこの曲なので最後に聴いていただきました。

いかがでしたでしょう? 「我々は何を聴いてきたか」の最終回。音楽と宗教性というのは非常に密接なので、結局音楽を聴くことはある種の非日常というか、宗教的なるものなのですね。

島田 ほかの芸術ジャンルや、ほかの様式では表現できないものが音楽では可能になると感じます。

黒崎 その通り。それはショーペンハウアーもそう言っているんですよ。

島田 ショーペンハウアーはカントに凝ったんだよね?

黒崎 凝ったね。……という意味ではショーペンハウアーはカントの弟子……というか、私淑していて、『意志と表象としての世界』という著書が有名です。ワーグナーともいろいろ関係があって、それからヘーゲルとも闘ったりした人なんだけど、とにかく「音楽だけはイデアそのものだ!」と。他の芸術はイデアの影であり、写しであったりするけれど、音楽はイデアそのものだ!と、言っていますね。

その頃、ニーチェが『音楽の精髄からの悲劇の誕生』を著した。デュオニソス的とアポロ的なものの相克ですね。ちょうどその音楽が花咲いた時です。思想も、ドイツのニーチェやショーペンハウアーたちが音楽のものすごさ、深さを論じていたわけです。そういう時代にそう論じられた音楽たちを私たちは、今聴いているわけです。

宗教学者・島田裕巳氏(左)と哲学者・黒埼政男氏(右)

ということで、「私たちは何を聴いていたか」。こんなところでお終いにしたいと思います。

島田 大団円だね

(Season3 第3回目終わり)


SOUND CREATE LOUNGE
〒104-0061東京都中央区銀座2-3-5三木ビル本館5階 フリーダイヤル 0120-62-8166




黒崎政男Profile
1954年仙台生まれ。哲学者。東京女子大学教授。
東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。
専門はカント哲学。人工知能、電子メディア、カオス、生命倫理などの現代的諸問題を哲学の観点から解明している。
「サイエンスZERO」「熱中時間~忙中趣味あり」「午後のまりやーじゅ」などNHKのTV、ラジオにレギュラー出演するなど、テレビ、新聞、雑誌など幅広いメディアで活躍。
蓄音器とSPレコードコレクターとしても知られ、2013年から蓄音器とSPレコードを生放送で紹介する「教授の休日」(NHKラジオ第一、不定期)も今年で10回を数えた。
オーディオ歴50年。
著書に『哲学者クロサキの哲学する骨董』『哲学者クロサキの哲学超入門』『カント「純粋理性批判」入門』など多数。



島田裕巳Profile
1953年東京生まれ。宗教学者、作家。
東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。
専門は宗教学、宗教史。新宗教を中心に、宗教と社会・文化との関係について論じる書物を数多く刊行してきた。

かつてはNHKの「ナイトジャーナル」という番組で隔週「ジャズ評」をしていた。戯曲も書いており、『五人の帰れない男たち』と『水の味』は堺雅人主演で上演された。映画を通過儀礼の観点から分析した『映画は父を殺すためにある』といった著作もある。

『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)は30万部のベストセラーとなった。他に『宗教消滅』『反知性主義と新宗教』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『スマホが神になる』『戦後日本の宗教史』『日本人の死生観と葬儀』『日本宗教美術史』『自然葬のススメ』など多数。




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