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ストリーミング時代がもたらす新たな標準化

音圧戦争から遠く離れてーラウドネスノーマライゼーションの誤解と意義

公開日 2020/10/13 06:30 ファイルウェブオーディオ編集部・筑井真奈
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■オーディオ再生においては、ラウドネスノーマライゼーションはオンのままで良い

それでは、オーディオファンが音楽再生をする場合に、この機能はオフにしたほうが良いのだろうか? Shimamotoさんはこれについて、「オンのままで問題ありません」と断言する。

「逆にラウドネスノーマライゼーションをオフにするメリットがありません。オンのままでは音が悪くなる、というようなこともありえません。単に中でボリュームを変えているだけだからです。ラウドネスノーマライゼーションに関してよくある誤解のひとつに、《曲の中に瞬間的に信号レベルが高くなるところを叩いている、削っている》というものがあります。オンにしたからといってコンプレッションがかかったりリミッターがかかったり、といった音質上の変化が起こることもありえません」

確かに、リスナーサイドとしては、曲を聴いていてうるさいな、と思ったらボリュームを下げるし、もっとパワーが欲しい、と思ったらボリュームを上げる。これは音楽を聴くときのごく普通のふるまいであり、シャッフル再生においてその作業を「せずにすむ」のならばそれに越したことはないだろう。ラウドネスノーマライゼーションはあくまでボリューム調整の問題であり、音質や、「アーティストの意図したメッセージ」を損なうものではない、というのがShimamotoさんの考え方だ。

このような誤解が生まれた背景には、冒頭でも触れた「音圧」という言葉の多義性が関係しているのではないか、とShimamotoさんは考えている。「音圧戦争」は英語では「Loudness war」と呼ばれ、音量をなるべく最大化したマスタリングが競われた結果、ときには音質までもが犠牲にされた事象を指す。信号レベルが常にデジタル録音における最大レベル付近にあることから、矩形状となった信号波形は「海苔波形」と呼ばれることもある。

しかし、音圧戦争にさらされた結果、音楽としてのダイナミズムやメリハリが失われてしまった側面もあるのではないか、というのは、音にこだわるミュージシャンやエンジニアからたびたび指摘されてきた。


Shimamoto氏の著作「とーくばっく」より、1973年リリースの音源と2008年リリースの音源の波形の違い
「音声信号の記録レベルが常時、最大値付近にあるとどういう問題が生じるか。例えば曲の中でバスドラムやスネアを強く叩く、ヴォーカリストが声を張り上げる、そういうとき、音楽としては強めに感じることが自然のはずが、全体のエネルギーとして変わらないように感じられてしまいます。むしろ、太鼓を叩いたときの空気圧を感じられる余地を残している方が、音楽としての派手さや気持ちよさにつながるのではと思います」

そのように「制作時にリミッターやコンプレッサーをかけてピーク時のレベルを下げ、記録レベルをギリギリまで入れる」ことと、「単なるボリューム調整に過ぎないラウドネスノーマライゼーション」、この本質的に異なる動作が、いずれも「音圧を上げる/下げる」という言葉で説明されがちなことから、ラウドネスノーマライゼーション=音質を左右するというイメージが生まれてしまっているのではないかとShimamotoさんは指摘する。

「より根本的な話として、ヒトが大きい音をより良く感じがちである、という事実もあります。ラウドネスノーマライゼーションをオフにした方が音が良いと感じられた場合、単純に再生機のボリュームを上げたときの音と本当に違わないか、試して欲しいと思います」

特にJ-Popの音楽制作の現場においては、いまでも信号レベルをギリギリまで入れた楽曲制作が主流になっているという。「(ストリーミングサービスの拡大によって)、ここ20年くらいの音楽制作の選択が本当に正しかったのか、ということがこれから検証されていくことになると思います。これは楽しみなことでもありますね」


David Shimamoto氏の著作
『とーくばっく 〜デジタル・スタジオの話』

2,400円(税別)
音楽制作におけるデジタル領域でのミックス・マスタリング技術について解説した書籍。2020年8月現在第3版まで発行されている。Shimamoto氏のウェブサイト「Studio Gyokimae」のコンテンツを再構成したもので、DAW等のデジタルツールをつかって音楽制作を行っている人はもちろん、高音質なデジタル再生に関心のある読者にとっても、役に立つ情報が収められている。東京、大阪、広島の店舗のほか、通信販売でも購入可能。

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