『Misty』が新たに蘇る
「ジャズは編集で直したら駄目」。30年ぶりダイレクトカッティングに挑戦、ピアニスト・山本 剛 特別インタビュー
■45回転のダイレクトカッティングは「短すぎて」逆に大変
鈴木 さて、今回の『Misty for Direct Cutting』ですが、ダイレクトカッティングの経験はこれまでにありましたか?
山本 70年代に2回あります。今回で3回目。たしかビクターで録ったんだよね。
鈴木 どうですか、ラッカー盤に直接カッティングしてしまう録音方法というのは。
山本 70年代の時は33回転のレコードだったので、4〜5曲やった。でも今回のような45回転でやると10分ちょっとと時間が限られちゃう。収録時間が短いのがちょっと大変だった。2曲っていうのも尺が短くてね。もうちょっと長くやればもうちょっと行く、というところでやめないといけない。そういう葛藤があったね。だから普通の倍は疲れたね。知らないうちに。
鈴木 33回転で、もうちょっと長くやれると良かったかもしれません。
山本 まあ、でも今回は音質のために45回転にしているから、その中でやるっていう覚悟でいたけど。数を多くやればいいものができるってわけじゃないからね。
鈴木 今回、ベースの香川裕史さんとドラムスの大隅寿男さんは、普段から一緒にやられている方ですね。
山本 僕はその時思いついたやつを黙って勝手に始めちゃう人だから。キーが何かもさ。左手見えてればいいけど。
鈴木 えっ? 同じ曲でも違うキーで弾き始めるんですか?
山本 それもまあ、たまにあるけども。あんまり計画的じゃないんですよ。勝手に行っちゃうんで、サイドは大変だと思いますよ。
鈴木 ですが、今回の「Misty」には、非常に豊かな感情が込められているように聴こえました。
山本 はじめのミスティの時が26歳、いまは73歳だから、それの違いだと思うよ。精神的な問題もね。
鈴木 スタジオではDSD 11.2MHzで録音していて、それをモニターバックとして聴かれたと思うんですけど、自分が弾いたイメージ通りになっていましたか?
山本 僕はそういうこともあまり気にしない。でも、僕の知っているオーディオ屋、学芸大学のホーム商会さんに持っていって、3人で一緒に聴いたけど。あれは1000万くらいのスピーカーかなぁ、やっぱり音色はよかったね。
鈴木 最近はレコーディングがどんどんデジタル化されて、ポップスやクラシックでも後で直せると聞きますが、今回は編集が一切介在しないダイレクトカッティングです。
山本 多分直したものは駄目だね。ポップスとかはそういうのもいいけど、ジャズなんかちょっといじったらここもいじんなきゃ、ってキリがなくなっちゃう。
鈴木 当日、印象的だったこととかありますか?
山本 食事して帰って、5分ぐらいしたらもう猛烈に眠くなって寝ちゃった。思った以上に緊張感があったのでしょうね。
この取材を終えて、やっぱり山本 剛は天才だ、という思いを新たにした。70年代のダイレクトでソリッドでヒリヒリするような演奏も素晴らしかったが、たくさんの経験を積んで来て、円熟しつつも即興的に、時にキーさえも変えてしまう人なのだ。それをダイレクトカッティングで記録できたのは貴重だ。
録音について記しておこう。収録は2021年2月15日、キング関口台スタジオにて。レコーディング・エンジニアは松山 努。カッティング・エンジニアは田林正弘(日本コロムビア)。
録音は、山本のピアノを中心として、ジャズの定石であるそれぞれの楽器に近いマイキング。興味深いのは基本的にはピアノの右手が左ch、左手が右ch側にいて、弱く弾いているときはちょっと離れて見えている音像。強く弾いて左手の役割が上がってくるとその音像が一体化してくる。これについては1974年収録の『Misty』も、今回の『Misty for Direct Cutting』も同様だった。そう伝えると、山本は「そういうふうにしか弾けないんじゃないかな(笑)」と謙遜するが、30年経ってもぶれない一貫したミュージシャンとしてのスタンスが伝わってくる。ぜひこの熱気と情熱を、自宅システムでも堪能して欲しい。
(スタジオ photo by 白井晴幸/山本 剛 photo by 大原朋美(彩虹舎))