本日7月3日から4K UHD、ブルーレイ、DVD発売
宮崎駿の要求に応えたHDR・音響表現。『君たちはどう生きるか』4K UHDに込められた想いとは
宮崎駿監督(※崎はたつさき)が、『風立ちぬ』から約10年ぶりに手掛けた長編アニメーション『君たちはどう生きるか』のディスクメディアが本日7月3日に発売された。本作は国内のみならず海外でも高い評価を獲得し、3月に行われた第96回アカデミー賞では「長編アニメーション賞」を受賞したことも記憶に新しい。
ディスクメディア化にあたって、スタジオジブリ作品としては初となる4K Ultra HDブルーレイ(4K UHD)作品としてリリース。広色域で鮮明な色彩と幅広いコントラストを表現するハイダイナミックレンジ(HDR)映像「ドルビービジョン」、音に位置情報を持たせたオブジェクトベースの立体音響フォーマット「ドルビーアトモス」音声を収録する。
4K UHDは、映像面ではHDR化に伴う陽光やヒミの炎など光の表現はもちろん、暗部の豊かなディテール情報と優れた階調表現に感銘を受けた。「もうひとつの世界」の入口となる塔の石畳やステンドガラス状の床などの構造物の質感や、胎動するかのように蠢く「宙に浮いた巨石」など、4Kの高解像感が活きてくる巧みなディテール描写に圧巻。音響については、「引き算の演出」とのことだが、とても最小限には思えない音像描写が楽しめる。もうひとりの主役とも言える青サギの飛来する羽音や、サギ男が天井を歩く時のSEなどにオブジェクトオーディオならではの面白さに満ちたサラウンドを満喫できた。
本稿では『君たちはどう生きるか』の4K UHDについて、同作の撮影監督を務めた奥井 敦氏、ポストプロダクションを担当した古城 環氏へのインタビューを敢行。映像面を奥井氏、音響面を古城氏に伺い、パッケージならではの工夫も交えながら「スタジオジブリ初の4K UHD BD」の全貌を紐解いていきたい。
───本日はよろしくお願いいたします。まず初めにパッケージ制作はいつ頃からスタートしたかを教えて頂けますか?
古城 環氏(以下、古城) 昨年末には「発売時期を決めておきたい」という話が出てきました。急に言われてできるものではないので、事前準備をしておこうか、となったくらいですね。
奥井 敦氏(以下、奥井) 実は、劇場公開用のマスターと同時期にドルビーシネマ用のマスターや4K UHD用のマスターを並行して作っていました。劇場公開用のDCP(デジタルシネマパッケージ)を作った後に、4K UHD版の画のデータを作成し、その上でドルビーシネマへ落とし込む為の作業を行っています。ドルビーシネマ版の完成イコール4K UHDの完成というイメージですね。なので、劇場公開時にはソフト用のマスターデータはほぼ出来ていました。
───ありがとうございます。取材に際して4K UHDを拝見させて頂きましたが、しっかり暗部の情報を見せる画作りというのを感じました。
奥井 4K UHDマスターから制作したドルビーシネマ版は、実はそこまでピーク輝度も明るくないので、どちらかというシャドウを中心に画作りをしていくんですよね。ハイライトは作っているけれども、「ドルビーシネマという規格の中でどう見せるか」というアプローチですね。劇場公開用のDCPマスターから暗部のコントロールを実施しています。
デイシーンではシャドウを落とさずに現実と変わらない見せ方をしていますが、暗いシーンでは、SDRで仕上げた劇場公開用のDCPマスターだとつまって見えていた部分についても、階調が見えるような作り込みを行っています。今回観て頂いた4K UHD版はドルビーシネマ版マスターとは基準輝度やピーク輝度は変えていますが、この両者で暗部のコントロールは変えていません。
───それぞれのマスターについてピーク輝度や、暗部階調の面で基準にしているシーンなどがあれば教えて頂けますか?
奥井 ドルビーシネマは公称値で108nits、4K UHDは1,000nitsなので、ドルビーシネマについてはピーク108nitsの中で再現できるように落とし込んでいます。輝度や暗部はシーンごとに調整を行っていて、冒頭の灯火管制のシーンは「街中に明かりが無い状態」を再現するためにこれまでの作品以上に暗部を沈めています。後半の塔の中に入っていく部分もシャドウを落としていますね。
───光の表現でいうと冒頭の方で夏子が眞人の手を取り、お腹に当てるシーンで指輪がキラっと輝くカットが劇場以上に効果的に思えました。
奥井 ありがとうございます。劇場公開用のDCPはSDR仕上げですから、ハイライトが飛んじゃっているんですよね。HDRではピークの中心を再現できます。元々作り込んでいるものがしっかり見えてくるということですね。
───HDR表現ならではの見どころはどのカットになりますか?
奥井 特にピークの方を考えるとそこまでHDR向きの作品では無いのですが、アオサギと最初に対峙する朝陽ですとか、塔の中でヒミと一緒に夏子の産屋に行くシーンですかね。後者は石の回廊を降りていくところで、スパークするエフェクトも作り込んでいます。
全体的にいうとそこまで派手なシーンも無い中で、階調を見せたい部分はしっかりとやっているので、ブルーレイなどに収録されるSDR映像との違いを見ていただければなと。
───朝陽のシーンも然りですが、「もうひとつの世界」に消えてしまった眞人と夏子を探す現実世界での夕景も劇場鑑賞時以上に印象的な映像美でした。こういった光の表現で工夫されているポイントはありますか?
奥井 HDR的な側面でいうと、どちらかというとシャドウの表現ですかね。最近のテレビはしっかりコントラストが出るようになっていますから、SDRで画作りしたようなシーンであっても画として感じる階調感というのはやっぱり違って見えると思うんですね。
そういう意味ではUHDという規格でどう見せるかという部分は重要なポイントです。暗部のコントロールを行い、シャドウに向かっての階調を保つことで中間調から上へのつながりもしっかり見えます。
───最初にSDRマスターを作成したとのことですが、そこから4K UHD用のマスターを作成する上で色域の調整はされていますか?
奥井 色域はSDRの段階でDCI-P3で制作しています。そこから4K UHD用のBT.2020や、ブルーレイ用のBT.709に入れ込んでいるというイメージです。先程触れた階調表現による光の見せ方と同じように、色表現についても4K UHDがオリジナルに近いといった感じです。
───ディスクでの鑑賞では、現実世界と「もうひとつの世界」との色彩設計の違いも顕著に現れていたように感じます。
奥井 そこは宮崎の想いと、世界を設計している美術監督、キャラクターの色彩設計担当者が創っていった部分ですが、それを画面の上でどういう風に再現するかってところで、我々はちょっと苦労したところではありますね。
通常の三原色、RGBで色を表現するとその補色に当たるシアン系の色が出にくかったりします。例えば海のエメラルドグリーンのような鮮やかな色とかは難しいです。この点に関しては上記したDCI-P3色域の採用に助けられています。「もうひとつの世界」でのシーンはそういった部分を意識した画面づくりを行っています。
───完成したHDR映像をご覧になった宮崎監督のご感想はいかがでしたか?
奥井 冒頭のシーンなんかは、これまで宮崎自身が見たことのない暗さなんですよね。現場で「このぐらいまでやりますけど、いいですか」という確認に対して、チェック後にお墨付きを得て作っているので、そう意味では宮崎も納得の上での映像になっています。
───繊細な画作りでありながらも、4K UHDでは通常のブルーレイにありがちなバンディングエラーなどが全く見当たりませんでした。エンコード作業などで苦労されたポイントはありますか?
古城 エンコードに関していえばほとんどお任せ状態ですね。
奥井 ちなみに、通常のブルーレイに関していうと、もうこれまで何作品もずっとパナソニック映像さんと一緒にやってきてますので、その積み重ねもあってチェックする段階ではほぼ問題はない状態になっていることの方が多いです。
ただ、どうしても規格上バンディングとか、気になる部分は実際あるんですけれども、それはこちらの画作りの方法も含めて致し方ない部分もあるので、そういった部分に関してはやり取りの上で詰めるといったこともしています。
───ブルーレイのお話が出たところで併せてお聞かせください。4K UHDよりも視聴環境的にブルーレイで見る方が多いと思いますが、こちらの完成度についてはいかがでしょうか?
奥井 これまでの作品同様、ブルーレイ版の映像には「MGVC(マスターグレードビデオコーディング)」方式を採用しています。映像信号をブルーレイ規格の8bitではなく10bitで余裕を持って処理できるので、階調表現なんかはMGVCの有無で相当変わってきますね。
───ちなみにMGVC技術を使い始めた時期というのは、どのタイトルからでしょうか?
奥井 ジブリのブルーレイシリーズを出し始めて途中からですね。確か『となりのトトロ』と『火垂るの墓』からで、一部旧作については2014年発売の「宮崎駿監督作品集」の際にエンコードし直してMGVCを採用しています。
ディスクメディア化にあたって、スタジオジブリ作品としては初となる4K Ultra HDブルーレイ(4K UHD)作品としてリリース。広色域で鮮明な色彩と幅広いコントラストを表現するハイダイナミックレンジ(HDR)映像「ドルビービジョン」、音に位置情報を持たせたオブジェクトベースの立体音響フォーマット「ドルビーアトモス」音声を収録する。
4K UHDは、映像面ではHDR化に伴う陽光やヒミの炎など光の表現はもちろん、暗部の豊かなディテール情報と優れた階調表現に感銘を受けた。「もうひとつの世界」の入口となる塔の石畳やステンドガラス状の床などの構造物の質感や、胎動するかのように蠢く「宙に浮いた巨石」など、4Kの高解像感が活きてくる巧みなディテール描写に圧巻。音響については、「引き算の演出」とのことだが、とても最小限には思えない音像描写が楽しめる。もうひとりの主役とも言える青サギの飛来する羽音や、サギ男が天井を歩く時のSEなどにオブジェクトオーディオならではの面白さに満ちたサラウンドを満喫できた。
本稿では『君たちはどう生きるか』の4K UHDについて、同作の撮影監督を務めた奥井 敦氏、ポストプロダクションを担当した古城 環氏へのインタビューを敢行。映像面を奥井氏、音響面を古城氏に伺い、パッケージならではの工夫も交えながら「スタジオジブリ初の4K UHD BD」の全貌を紐解いていきたい。
■宮崎駿監督お墨付きのHDR表現に迫る
───本日はよろしくお願いいたします。まず初めにパッケージ制作はいつ頃からスタートしたかを教えて頂けますか?
古城 環氏(以下、古城) 昨年末には「発売時期を決めておきたい」という話が出てきました。急に言われてできるものではないので、事前準備をしておこうか、となったくらいですね。
奥井 敦氏(以下、奥井) 実は、劇場公開用のマスターと同時期にドルビーシネマ用のマスターや4K UHD用のマスターを並行して作っていました。劇場公開用のDCP(デジタルシネマパッケージ)を作った後に、4K UHD版の画のデータを作成し、その上でドルビーシネマへ落とし込む為の作業を行っています。ドルビーシネマ版の完成イコール4K UHDの完成というイメージですね。なので、劇場公開時にはソフト用のマスターデータはほぼ出来ていました。
───ありがとうございます。取材に際して4K UHDを拝見させて頂きましたが、しっかり暗部の情報を見せる画作りというのを感じました。
奥井 4K UHDマスターから制作したドルビーシネマ版は、実はそこまでピーク輝度も明るくないので、どちらかというシャドウを中心に画作りをしていくんですよね。ハイライトは作っているけれども、「ドルビーシネマという規格の中でどう見せるか」というアプローチですね。劇場公開用のDCPマスターから暗部のコントロールを実施しています。
デイシーンではシャドウを落とさずに現実と変わらない見せ方をしていますが、暗いシーンでは、SDRで仕上げた劇場公開用のDCPマスターだとつまって見えていた部分についても、階調が見えるような作り込みを行っています。今回観て頂いた4K UHD版はドルビーシネマ版マスターとは基準輝度やピーク輝度は変えていますが、この両者で暗部のコントロールは変えていません。
───それぞれのマスターについてピーク輝度や、暗部階調の面で基準にしているシーンなどがあれば教えて頂けますか?
奥井 ドルビーシネマは公称値で108nits、4K UHDは1,000nitsなので、ドルビーシネマについてはピーク108nitsの中で再現できるように落とし込んでいます。輝度や暗部はシーンごとに調整を行っていて、冒頭の灯火管制のシーンは「街中に明かりが無い状態」を再現するためにこれまでの作品以上に暗部を沈めています。後半の塔の中に入っていく部分もシャドウを落としていますね。
───光の表現でいうと冒頭の方で夏子が眞人の手を取り、お腹に当てるシーンで指輪がキラっと輝くカットが劇場以上に効果的に思えました。
奥井 ありがとうございます。劇場公開用のDCPはSDR仕上げですから、ハイライトが飛んじゃっているんですよね。HDRではピークの中心を再現できます。元々作り込んでいるものがしっかり見えてくるということですね。
───HDR表現ならではの見どころはどのカットになりますか?
奥井 特にピークの方を考えるとそこまでHDR向きの作品では無いのですが、アオサギと最初に対峙する朝陽ですとか、塔の中でヒミと一緒に夏子の産屋に行くシーンですかね。後者は石の回廊を降りていくところで、スパークするエフェクトも作り込んでいます。
全体的にいうとそこまで派手なシーンも無い中で、階調を見せたい部分はしっかりとやっているので、ブルーレイなどに収録されるSDR映像との違いを見ていただければなと。
───朝陽のシーンも然りですが、「もうひとつの世界」に消えてしまった眞人と夏子を探す現実世界での夕景も劇場鑑賞時以上に印象的な映像美でした。こういった光の表現で工夫されているポイントはありますか?
奥井 HDR的な側面でいうと、どちらかというとシャドウの表現ですかね。最近のテレビはしっかりコントラストが出るようになっていますから、SDRで画作りしたようなシーンであっても画として感じる階調感というのはやっぱり違って見えると思うんですね。
そういう意味ではUHDという規格でどう見せるかという部分は重要なポイントです。暗部のコントロールを行い、シャドウに向かっての階調を保つことで中間調から上へのつながりもしっかり見えます。
───最初にSDRマスターを作成したとのことですが、そこから4K UHD用のマスターを作成する上で色域の調整はされていますか?
奥井 色域はSDRの段階でDCI-P3で制作しています。そこから4K UHD用のBT.2020や、ブルーレイ用のBT.709に入れ込んでいるというイメージです。先程触れた階調表現による光の見せ方と同じように、色表現についても4K UHDがオリジナルに近いといった感じです。
───ディスクでの鑑賞では、現実世界と「もうひとつの世界」との色彩設計の違いも顕著に現れていたように感じます。
奥井 そこは宮崎の想いと、世界を設計している美術監督、キャラクターの色彩設計担当者が創っていった部分ですが、それを画面の上でどういう風に再現するかってところで、我々はちょっと苦労したところではありますね。
通常の三原色、RGBで色を表現するとその補色に当たるシアン系の色が出にくかったりします。例えば海のエメラルドグリーンのような鮮やかな色とかは難しいです。この点に関しては上記したDCI-P3色域の採用に助けられています。「もうひとつの世界」でのシーンはそういった部分を意識した画面づくりを行っています。
───完成したHDR映像をご覧になった宮崎監督のご感想はいかがでしたか?
奥井 冒頭のシーンなんかは、これまで宮崎自身が見たことのない暗さなんですよね。現場で「このぐらいまでやりますけど、いいですか」という確認に対して、チェック後にお墨付きを得て作っているので、そう意味では宮崎も納得の上での映像になっています。
───繊細な画作りでありながらも、4K UHDでは通常のブルーレイにありがちなバンディングエラーなどが全く見当たりませんでした。エンコード作業などで苦労されたポイントはありますか?
古城 エンコードに関していえばほとんどお任せ状態ですね。
奥井 ちなみに、通常のブルーレイに関していうと、もうこれまで何作品もずっとパナソニック映像さんと一緒にやってきてますので、その積み重ねもあってチェックする段階ではほぼ問題はない状態になっていることの方が多いです。
ただ、どうしても規格上バンディングとか、気になる部分は実際あるんですけれども、それはこちらの画作りの方法も含めて致し方ない部分もあるので、そういった部分に関してはやり取りの上で詰めるといったこともしています。
───ブルーレイのお話が出たところで併せてお聞かせください。4K UHDよりも視聴環境的にブルーレイで見る方が多いと思いますが、こちらの完成度についてはいかがでしょうか?
奥井 これまでの作品同様、ブルーレイ版の映像には「MGVC(マスターグレードビデオコーディング)」方式を採用しています。映像信号をブルーレイ規格の8bitではなく10bitで余裕を持って処理できるので、階調表現なんかはMGVCの有無で相当変わってきますね。
───ちなみにMGVC技術を使い始めた時期というのは、どのタイトルからでしょうか?
奥井 ジブリのブルーレイシリーズを出し始めて途中からですね。確か『となりのトトロ』と『火垂るの墓』からで、一部旧作については2014年発売の「宮崎駿監督作品集」の際にエンコードし直してMGVCを採用しています。