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本日7月3日から4K UHD、ブルーレイ、DVD発売

宮崎駿の要求に応えたHDR・音響表現。『君たちはどう生きるか』4K UHDに込められた想いとは

公開日 2024/07/03 06:30 伊尾喜大祐
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■「うるさくならないマルチチャンネル」にトライしたドルビーアトモス音響



───前作『風立ちぬ』のモノラル音声から一転、『君たちはどう生きるか』でドルビーアトモス音声を採用した経緯についてお聞かせください。

古城 そもそも『風立ちぬ』でモノラルにしたきっかけからお話いたしますと「すべての効果音を人の声で表現する」というオーダーがスタート地点にありまして、それをやるには「マルチチャンネルはさすがに厳しいだろう」ということからモノラルに辿り着いた感はあります。なので、最初からモノラルでやりたかったというわけではなく、突拍子もない依頼をクリアするための選択肢として採用した形ですね。

『君たちはどう生きるか』のポストプロダクション担当、古城 環氏

『風立ちぬ』についてもサラウンドでやれないことは無かったと思いますが、「うるさくならないマルチチャンネル」というある種の踏み込みは必要だったかもしれません。

『君たちはどう生きるか』については、「宮崎さんの作品でアトモスを作る機会は今回を逃すと無いだろう」というところもあったのは確かです。

───先程出てきた「うるさくならないマルチチャンネル」というワードですが、宮崎監督からのリクエストだったりしますでしょうか?

古城 監督からのリクエストというよりも、今まで、過去作のダビング時に「ちょっと騒がしくて不明瞭で聞こえづらいから、もっとどうにか整理しろ」というような指示を比較的もらうことが多かったんですね。

実際、モノラル制作の『風立ちぬ』の時に「マルチチャンネルになると聴き分ける能力が下がる」ということを感じたんです。マルチチャンネルになると音の定位といった情報が増えるから、人間の聴き分ける対応力が若干下がるということもあると思います。なので、「うるさくならないマルチチャンネル」というのは、出した音をちゃんと聞き取ってもらう、不明瞭にならないようにというところが大きいですかね。

(C) 2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

『君たちはどう生きるか』において分かりやすいポイントでいうと、カエルの群れが「おいで、おいで」と眞人を囲うシーン。録音演出の方のプランで、その群れの物量に応じた500ワードくらいの声を私が当てています。

これを監督に1回プレゼンしたところ、「(声が)重なると変にずれたりとかするから、なんて言っているかわからなくなる」というので、ガサッと削ぎ落としてシンプルにしました。アトモスだといっぱい音を載せられるから取り敢えず音を録りますけど、「(監督が)こういう考えなので使われるかはわからない」ということはたくさんありました。

───宮崎監督作品で初めて5.1chを使ったのが『もののけ姫』で、『千と千尋の神隠し』で6.1chと、マルチチャンネルをやっていく内に色々と感じられる部分があったのでしょうか。

古城 どうしても作品の盛り上がりに連れて総音量が大きくなっていくのは仕方がないのですけど、まだ監督も当時若かったので。聴き分ける能力としては高い状態がキープされつつ、一方で作る人間は作品を重ねると同じように年齢も重ねます。そういうこともあって、本作は音量や音圧感に「2時間晒される」という観点で、総じて低めに設定されています。

インナージャケットにも宮崎駿描き下ろしのイラストを使用する (C) 2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

───あらためて確認したいのですが、アトモスの音響制作はまず5.1/7.1chを制作してからオブジェクトを追加していかれたのでしょうか?

古城 いえ、音響チームの方で全部ネイティブのアトモスの状態で仕込みをしてもらっています。そこから東宝スタジオで7.1chにダウンミックスを実施するという形ですね。

これについては、Pro Toolsのバージョンアップで、AUX I/O機能で7.1chのミックスアウトが出せるようになったことが大きいですね。セリフとか音響効果とか音楽ごとに分けてやっている手前リレーの量が変わっちゃうんですけど、最終的に直せるものとしてやっています。ツールの中で仕込んだセッションファイル自体はネイティブの状態です。

───ありがとうございます。以前の取材会で「オブジェクトを動かす」よりも「空間の広がり」を意識されたサウンドデザインにしたと仰っていましたが、その理由についてお聞かせ願えますか?

古城 音響演出・整音を担当している笠松広司が『THE FIRST SLAM DUNK』でやっていた演出をプレゼンされた結果ですね。屋内と屋外とで環境音の高さや、広がりをシーンごとに差別化するというもので、本作においてもシーンによって差をつけた音作りを行なっています。

───冒頭の火事の場に向かうシーンでも、カットによってものすごく細かく環境音の聞こえ方を変えていますよね。

古城 あのシーンも今の形になるまでに案が3パターンぐらいありましたね。火事場がもっとひどい様相になっていたとか。現在の採用案はどちらかというと眞人から見たイメージ映像風になっていますけど、写実的だったりしたバージョンも実は存在しました。ただ、3週間くらいの試行錯誤の上で今の形に変わっていったという流れです。

───劇場での音響体験を家庭用のドルビーアトモスに落とし込む作業についてはいかがだったでしょうか?

古城 マスタリングは「Dolby ATMOS for Home」というフォーマットでやり直す必要がありました。ただ、東宝スタジオへ行ってプレビューしたところ印象として大きく変化はなかったので、音響体験的な側面でいうとそこまで差はないという認識ですね。

劇場だとシアターの容積分、定位が変化していく部分に不明瞭さを覚える人もいるかも知れませんが、家の空間であれば試聴位置からスピーカーまでの距離が近いこともあって、4K UHDの方が音響の立体感が把握しやすいかもしれません。

(C) 2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

───マルチチャンネルという括りでは、公開初日にIMAXレーザー館で観た時よりも4K UHDのアトモスの方が音像定位の変化がわかりやすいとさえ感じました。

古城 IMAXレーザーだと12.0chですね。余談ですけど、IMAX用の音響もアトモスからトラックダウンを行っています。IMAXデジタル用の5.0chは日本で作って、12.0chトラックについては、アトモス音源と一緒にIMAXデジタル用のトラックも渡して「この音域を参考にやってください」という依頼を出しましたね。

───各メディア収録の音響の違いについてうかがいます。4K UHDのアトモス、ブルーレイの7.1ch/DTSマスターオーディオ、DVDの5.1ch/ドルビーデジタルと、それぞれのフォーマットにおけるミキシングの工夫を教えていただけますか?

古城 5.1/7.1chのDTSマスターオーディオは、ジブリタイトルのBD化タイミングからずっと使っているのもあって、その時にドルビーデジタルとDTSマスターオーディオとでかなり比較しました。チャンネル数に関してはDVDで7.1chを聴く人は居ないだろう、というところでチャンネル数を増やさなかった部分はありますね。

───マルチチャンネルのお話をうかがってきましたが、実は多くの方が2.0chでの再生で楽しまれるのではないかと思います。豊富な音声情報をダウンミックスする上で苦労されたポイントはありますか?

古城 これについても、ディスク化をもう長年ずっとお願いしているというシナジーから、今は勘所を抑えたダウンミックスをやってくれています。それこそ最初期は色々聴き取り辛い部分もありましたが、繰り返しを経て今はオーダーしたものに対して、確認してOKというところまできています。

あとは本作に限った話では無いですが、パッケージに入れる音声はダイナミックレンジが狭まっているので、ピークを変えずに小さいところだけ音量を上げるという調整は掛けたりしますね。

───収録音声周りで余談的な質問になってしまいますが、ブルーレイには多言語吹替が収録されていますが、聴かれた感想などはいかがでしょうか?

古城 英語版のキャストは巧くハマっている感じはありますね。大物役者を使って、ちょっと違うんじゃないかみたいのは無かったです。言語の印象というバイアスも多分にあるかもしれませんが、日本から見て語気の強い広東語はコメディっぽく映りますし、ドイツ語(予告編のみの収録)はさらに重く聴こえますよね。ブルーレイを再生する際はぜひ楽しんでみてください。

■音と映像に“全振り”の4K UHDで「作品の中にもう一度帰れる」



───パッケージ制作についての質問です。今回チャプターが24個所用意されていますが、どういった意図で割り振りを行われているが、お教え頂けますか?

古城 チャプターの設定も私の担当ですね。増えすぎないようにしているつもりではありつつ、手元にある絵コンテを見ながらシーンの切れ目、話の切れ目を基準に設定しました。ただ、チャプター数24が多いのかもちょっとよくわかっていないですが(笑)。

ピクチャーレーベルのデザインは4K UHD(写真左)とBlu-ray(写真右)で同じイラストを使用。もちろんメディアが異なるため「小トトロ」が特徴的なロゴ部分に差異が (C) 2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

───自分も実写作品のディスク制作を手掛けていますが、「2時間で24は多い」といわれた経験があります。

古城 本当ですか! やっぱり難しいですね。チャプターで飛ばす人もそもそもそんなに多くないと思います。逆に我々としては「チャプターいらないんじゃないか説」はありますけど、これまでやってきたことを途中で止めるのも難しいですしね。

───今回ジブリのディスクとして4K UHDが登場しましたが、アフレコ台本がBDのみの収録となった理由はありますでしょうか?

古城 台本のページから本編に飛べるという結構な機能になっていまして、パナソニックさんが毎回相当大変な仕込みをやっているはずです。4K UHDへの収録を見送った理由の一つとしましては、画と音に容量を振っていてシンプルに「入らない」といったところですね。

───映像特典としてお馴染みの「絵コンテ」動画が今回もBDに収録されますが、こちらを制作する上でのご苦労などお聞かせ願えますか?

古城 過去作含めて、これも私が編集しているんですけど、映画制作当初から渡される絵コンテに、映画をお届けする最終段階のディスク制作の段階であらためて立ち戻るのはかなり辛いですね(笑)。

ブルーレイでピクチャー・イン・ピクチャー、マルチ画面再生ができるようになりましたが、このコンテンツはDVDの時代に、絵コンテの映像と本編の音声を組み合わせて楽しむことを念頭に作っていましたね。

───「絵コンテ」動画についてはアニメ作品のDVD制作時に自分もやらせて頂いたことがあり、大変さは身にしみている分「一体ジブリさんの誰がこんなことを……」と思ったりもしました(笑)。

古城 苦労なさってますね(笑)。これはラセターさん(ジョン・ラセター)が、ウチの鈴木敏夫に「こういう特典が欲しいんだよ」と伝えたことがきっかけで今に至りますね。

───また今回、幅広い方々がご覧になると思いますが、「バリアフリー日本語字幕」のチェックポイントについてお話を伺えますか?

古城 こちらも自分の担当でバリアフリー日本語字幕のほか、宮崎監督作品では「音声ガイド」を初収録(スタジオジブリ作品としては『アーヤと魔女』で初収録)しています。ただ、いずれも基本的には通常のタイトルよりもシーン内容などを解説するト書き部分を減らしてはいますが、音声ガイドはなかなか削りづらかったです。ストレスフリーと、状況を解ってもらえるラインの両立を心掛けました。

───最後に『君たちはどう生きるか』4K UHDならではのアピールポイントを御二方からそれぞれ頂戴できればと思います。

古城 再生環境がある人は映画館と同じような形で作品の中にもう1回帰れるんじゃないかなっていう気はします。

奥井 4K UHDの規格でHDR映像が実現できたわけですけど、通常のアニメーション作品でも同様のディスクメディアはあると思いますが、SDRマスターに対してグレーディングでハイライト方向を伸ばすというアプローチがその殆どという認識です。

本作はジブリ作品の中でも、劇場作品で初めてそのマスターからHDR用の画作りをしているので、ハイライト部分に関しても、しっかり階調を残すような画作りを撮影段階からやっています。そういう意味で言うと、本当の意味でのUHD、HDRの画になっているので、環境のある方は是非楽しんでもらえたらと思います。

───この度はありがとうございました!




■『君たちはどう生きるか』
4K UHD(Blu-ray+4K Ultra HD Blu-ray 2枚組)商品概要


価格:11,880円(税込)

<収録内容>
本編を収録

<仕様>
品番:VWBS7536
製作年度:2023年
収録時間:約124分
映像:カラー


【4K UHD】
<仕様>
■音声:1.日本語(2.0chステレオ/リニアPCM) 2.日本語(ドルビーアトモス) 3.日本語音声ガイド(2.0chステレオ/ドルビーデジタル)
■字幕:1.日本語字幕 2.バリアフリー日本語字幕
■画面サイズ:16:9/ワイドスクリーン 3840×2160p 4K ULTRA HD
■その他仕様:ピクチャーディスク、3層ディスク、HEVC、複製不能

【ブルーレイ】
<映像特典>
■アフレコ台本
■絵コンテ(本編映像とのピクチャー・イン・ピクチャー)
■「地球儀」MV
■久石 譲 インタビュー
■予告編集
-北米版予告編
-フランス版予告編
-ドイツ版予告編
-スペイン版予告編
-韓国版予告編
-台湾版予告編
■SNSプロモーション用ショートムービー集
-本田 雄 編
-山下明彦 編
-濱田高行 編
-井上俊之 編

<仕様>
■音声:1.日本語(2.0chステレオ/リニアPCM) 2.日本語(7.1chサラウンド/DTS-HD マスターオーディオ(ロスレス)) 3.英語(5.1chサラウンド/ドルビーデジタル) 4.フランス語(5.1chサラウンド/ドルビーデジタル) 5.スペイン語(5.1chサラウンド/ドルビーデジタル) 6.韓国語(5.1chサラウンド/ドルビーデジタル) 7.北京語(5.1chサラウンド/ドルビーデジタル) 8.広東語(5.1chサラウンド/ドルビーデジタル) 9.日本語音声ガイド(2.0chステレオ/ドルビーデジタル)
■字幕:1.日本語字幕 2.英語字幕 3.フランス語字幕 4.スペイン語字幕 5.韓国語字幕 6.中国語字幕(簡体字・北京語) 7.中国語字幕(繁体字・広東語) 8.中国語字幕(繁体字・北京語) 9.バリアフリー日本語字幕
■映像:カラー
■画面サイズ:16:9/ワイドスクリーン 1920x1080p FULL HD
■その他仕様:ピクチャーディスク、2層ディスク、MPEG4 AVC/MGVC、複製不能


■『宮崎駿と青サギと… 〜「君たちはどう生きるか」への道〜』
Blu-ray商品概要


『宮崎駿と青サギと… 〜「君たちはどう生きるか」への道〜』Blu-rayジャケット (C)2024 NHK (C)2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

価格:5,170円(税込)/1枚組

<収録内容>
本編を収録

<仕様>
品番:VWBS7550
収録時間:約120分

■音声:1.日本語 (2.0ch ステレオ/リニアPCM)
■画面サイズ:16:9/ワイドスクリーン 1920×1080i FULL HD
■仕様:2層ディスク、MPEG-4 AVC、複製不能

<映像特典>
「プロフェッショナル 仕事の流儀 ジブリと宮崎駿の2399日」(約78分)


■『宮崎駿監督作品集』
Blu-ray商品概要


『宮崎駿監督作品集』 Blu-ray版 (C)Hayao Miyazaki 原作:モンキー・パンチ (C)TMS (C) 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H (C) 1986 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli  (C) 1988 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli (C) 1989 Eiko Kadono/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, N (C) 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN (C) 1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, ND (C) 2001 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDTM (C) 2004 Diana Wynne Jones/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDMT (C) 2008 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDHDMT (C) 2013 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDHDMTK

72,600円(税込)/本編ディスク12枚+特典ディスク3枚 計15枚組

<収録作品(ブルーレイ/DVD 共通)>
■『ルパン三世 カリオストロの城』 1979年製作
■『風の谷のナウシカ』 1984年製作
■『天空の城ラピュタ』 1986年製作
■『となりのトトロ』 1988年製作
■『魔女の宅急便』 1989年製作
■『紅の豚』 1992年製作
■『もののけ姫』 1997年製作
■『千と千尋の神隠し』 2001年製作
■『ハウルの動く城』 2004年製作
■『崖の上のポニョ』 2008年製作
■『風立ちぬ』 2013年製作
■『君たちはどう生きるか』 2023年製作

<映像特典>
■『On Your Mark』 1995年製作(約7分)
■『ユキの太陽 [パイロットフィルム]』1972年製作(約5分)
■『赤胴鈴之助[第26話・第27話・第41話]』1972〜73年製作(約73分)
■宮崎駿監督引退会見 ノーカット版(約95分)

(C) 2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

(C)2024 NHK

(C)Hayao Miyazaki 原作:モンキー・パンチ (C)TMS (C) 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H (C) 1986 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli  (C) 1988 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli (C) 1989 Eiko Kadono/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, N (C) 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN (C) 1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, ND (C) 2001 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDTM (C) 2004 Diana Wynne Jones/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDMT (C) 2008 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDHDMT (C) 2013 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDHDMTK

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