HOME > ニュース > 「情」と「意」をあわせもつ良作 − 『愛を読むひと』の魅力を引き出すテレビとは

話題のソフトを“Wooo"で観る

「情」と「意」をあわせもつ良作 − 『愛を読むひと』の魅力を引き出すテレビとは

公開日 2010/02/03 18:46 大橋伸太郎
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE
この連載「話題のソフトを“Wooo"で観る」では、AV評論家・大橋伸太郎氏が旬のソフトの見どころや内容をご紹介するとともに、“Wooo"薄型テレビで視聴した際の映像調整のコツなどについてもお伝えします。

■Sさんの思い出


今回のテーマは『愛を読むひと』
Sさんの居酒屋は鎌倉駅ほど近くの扇ガ谷の古びた二階建ての一階にあった。スイミングクラブでSさんと知り合った時、私はまだ二十代の半ばで、Sさんはすでに七十代だったが、年代にしてはがっしりした体つきで、いつも冗談で周囲を笑わせながら日曜の成人コースでは先頭に立って元気に泳いでいた。そうしたSさんに惹かれるものを感じて、仕事帰りに店に立ち寄るようになった。

Sさんは新潟の出身で中国戦線出征から復員後、新橋演舞場の裏方などを務め、実姉が鎌倉で居酒屋を経営していた縁で、自分も店を持ったのである。映画が好きで、新作は欠かさず見ていた。若い女の子に混じってジャズダンスに挑戦したり、好奇心のカタマリのような人で、丸い笑顔に何とも愛嬌があった。そういう齢の取り方があることを知った。

学校は出ていなかったが、野の知性があった。中年の客からは「お兄ちゃん」、若者からは「お父さん」と慕われて、店は連夜繁盛していた。若いのに分別臭い私に興味を持ってくれて「しんちゃん」と可愛がってくれ、酒井(山形県)、御岳(東京都)、果ては台湾まで一緒に旅をした。

Sさんは連れ添った老妻がいたが、毎夜必ず一人の40代の女性がカウンターのSさんに一番近い席にいた。映画を見るときは彼女がいつも一緒だった。それほど、齢を取っても魅力のある男だったのである。

「オイ、しんちゃん、飲みに行こう」。店を閉めて二人で出掛けると、復員し東京駅で妹と再会し抱き合って泣いた日のことを語って聞かされた。中国や台湾に毎年旅行に出かけていた。台北に中国人画家の親友がいて、美しい筆跡の手紙を自慢げに見せたりした。青春の一時期を一兵卒として過ごした中国大陸が心底好きなのだ、と思った。

Sさんがベロンベロンに泥酔した夜のことだった。呂律の回らない舌で突然、
「しんちゃん、俺たち、中国人の娘っ子をさらって来てはなあ…」と語り出した。「そのあと、娘さんはどうなったの」と聞いたが、Sさんは黙ってしまい、そのまま眠ってしまった。なぜSさんが足繁く中国に行くのか、本当の理由がこの時分った気がした。

Sさんはだんだん老け込んで気難しい人になっていった。年寄り臭く変わったSさんを見るのが寂しくて、私は次第に店から足が遠のいていった。

ある日、自宅に聞き覚えのある声で電話が掛かってきた。

「大橋さん? ご無沙汰。『お父さん』が亡くなったの。酔って鎌倉駅のエスカレータから落ちて病院に運ばれたんだけど、駄目だった。葬儀の日取りは…」。

電話をしてきたのは、いつも店に来ていた40代の女性だったが、落ち着いた声で淡々と事故の顛末を話した。受話器を置いてから私は、Sさんがエスカレータから転落し頭を打って遠のいていく意識の中で一瞬、中国人の娘の哀しみと苦痛に歪む顔が一瞬浮かんだのではないかという気がした。

−−前置きがいつもに増して長くなったが、今回の「Woooで見る話題のソフト」は、英米独合作の『愛を読むひと』である。ヨーロッパでベストセラーになった小説を『リトル・ダンサー』『めぐりあう時間たち』のスティーブン・ダルトリーが映画化、主演のケイト・ウィンスレットにアカデミー主演女優賞をもたらした本作は「罪」を描いている。同時にかつて愛した人が戦争で深い罪を犯したと知って直面する心の葛藤を描いた物語である。

次ページいよいよ視聴編 − 「愛を読むひと」をWoooで見る

1 2 3 次へ

この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE