特許技術で平面振動板の理想を突き詰めた
<ヘッドホン祭>MrSpeakers「ETHER」発表会詳報 - V-Planarの革新性を開発者が語る
エミライは10月24日、フジヤエービック主催「秋のヘッドホン祭 2015」にて、MrSpeakers社の平面磁界駆動型ヘッドホン「ETHER」「ETHER C」の発表会を開催した。
発表会には同社の創立者であり設計エンジニアであるDan Clark(ダン・クラーク)氏が登場。製品の詳細について解説を行った。本記事では前日23日に開催された製品内覧会の模様もあわせて、「ETHER」「ETHER C」について紹介していく。
「ETHER」「ETHER C」の基本的な製品プロフィールについては、こちらのニュースでお伝えしたとおり。両モデルが同社の特許技術である「V-Planar振動板」を搭載しており、ETHERが開放型モデル、ETHER Cが密閉型モデルとなる。
V-Planar振動板とは、ドライバーの追従性を高めるために、平面駆動ユニットの表面部分の構造をさらに理想的な形状に近づけて、動作スピード(過渡応答)を高速化することを目指した方式とのこと。平面振動板をローレット状に加工することで、アコーディオンの“じゃばら”の部分が伸縮するように、平面振動板につけられた“ひだ”が細かく“開く”ことで、ドライバーを線形的に動作させることが可能になり、過渡特性や歪率の改善を実現したという。
プレスリリース等で上述のように説明されていたV-Planar振動板だが、実際にはどのようにして「アコーディオンのひだのような動き」を実現しているのか。ダン・クラーク氏はその開発過程も含めて、特許情報や企業秘密が許す限り詳細に説明をしてくれた。
■平面振動板の表面に「V字」状の加工を施して理想的な平面駆動を可能にした
ダン・クラーク氏は当初、フォステクスのRP振動板搭載ヘッドホンをカスタマイズしたいわゆる「モッド・モデル」のヘッドホンを開発・販売していた。同氏はこの製品を開発する過程で、RP振動板には一定の評価を与えつつも、平面振動板にはさらに大きなポテンシャルがあるのではないかと考えた。その結果、独自振動板の開発に至ったのだという。また、同氏の理想の音楽表現をRP振動板で得るためには、RP振動板をさらに選別していく必要があったことも理由のひとつだったと述べた。
大前提として、ダイナミック型ドライバーに対する平面駆動型ドライバー(planar型ドライバー)の優位性も改めて説明された。ダイナミック型ドライバーは中央にボイスコイルを配置してその周囲に振動板が展開する構造となるため、ピストンモーションを行うと分割振動が起こって歪みが起こる。一方で平面駆動型ドライバーは、平面振動板が全面にわたって線形に駆動するために分割振動による歪みが起こらない。これが平面振動板が優位とされる理屈だ(図A<1>参照)。
しかしそれは理論上の話で、実際には平面駆動型ドライバーにも課題がある。平面振動板にもエッジがあり、エッジ部は固定されているため、実際は非線形に振動板が動く(図A<2>参照)。よってダイナミック型ドライバーより少ないとはいえ、現実的には平面振動板でも分割振動が発生する。
そこでV-Planar振動板では、表面に(あくまで概念的な意味で)アコーディオンのじゃばらのように働く“ひだ”をつける加工を施すことで、この分割振動の問題を解決したのだという。電圧がかかるとV字のヒダが広がるため、物理的な構造を維持しつつ振動板を歪みなく駆動させることができるのだという(図A<3>参照)。
振動板の具体的な加工の内容については特許技術を含むため全てを明かせないとのことだったが、振動板素材にはPETを用いているとのこと。下写真のようなV字に折り目の付いたPETに特殊な特許技術で圧縮を加え、縦・横の両方向から「V字」を付けていくのだという(V-Planaerの「V」はこのV字形に由来)。ちなみに平面振動板にこうしたV字加工を加えること自体は昔からある手法だが、それをより理想的な形状になるように、独自の製法を開発したとダン・クラーク氏は説明していた。
またV-Planar振動板の特徴として、振動板にプリントされたコイルを細密化させたことも挙げられる。一般的な平面振動板にプリントされるコイルには、3〜4mm幅のものが用いられるが、V-Planar振動板においては0.2mm幅のものが、しかも全長9mにわたって用いているのだという。これにより振動板の動きを早く、かつ動きやすくすることが可能になり、能率も向上させた。
なお、ドライバー部のマグネットは、入手可能なものの中で最高レベルのネオジウムマグネットを採用していると説明していた。
■3Dプリンターを用いた音響回路をハウジング内に設置
なお、開放型「ETHER」と密閉型「ETHER C」共に、まったく同一のV-Planar振動板を採用しているが、それぞれ独自のチューニングを施している。そこで最も大きな役割を果たすのがハウジング内に搭載された音響回路で、これは3Dプリンターで製作されているとのこと。「ETHER」「ETHER C」それぞれに、異なる形状の音響回路が搭載されているのだという。
ダン・クラーク氏はETHERが密閉型/開放型の両方をラインナップした背景と、開発時の苦労についても言及。当初、密閉型ヘッドホンの開発を行っていたが、同氏の理想とするサウンドに到達することができず、いったん頓挫。そもそも同氏が愛好していた開放型ヘッドホンを先に開発する方針に転換した。そして完成したのがETHERであり、ETHERをベースとすれば今度こそ密閉型ヘッドホンの理想的なサウンドを実現できると完成させたのがETHER Cなのだと同氏は語っていた。
■時間軸上の過渡特性を重視。ホールで生演奏を実際に聴くようなサウンドを目指した
ダン・クラーク氏はETHERとETHER Cで目指したサウンドについても言及。同氏は周波数帯域を上に伸ばすことにはあまり注目しておらず、40kHz帯の再生に拘ることにはむしろ懐疑的だ。「大事なのはタイムドメイン。時間軸における過渡特性ですね。本当に生の音楽を聴いているようなライブ感が伝わるかどうかはこの点にかかっていると思います」と語っていた。
また、150Hz付近の低域のスピード感にはとくに注力したとのこと。同氏は「Quick Base」と表現していたが、低域再生におけるトランジェントは特に意識したと説明していた。
このようなユニークな平面駆動ヘッドホンを開発したダン・クラーク氏は、いったいどのような経歴の持ち主なのだろうか。ダン・クラーク氏は父親の影響で幼少期から楽器演奏やオーディオに興味を持ち、高校時代からアンプの自作を行っていた。大学では電子工作機械に興味を持ち(一方でMBAも取得)、卒業後はアップル社のマルチメディア・プレーヤーソフト「QuickTime」のマーケティングにも携わった。一方でQuickTimeに関連してMPEGのデコード/エンコードを行うチップセットの設計やマーケティングを行ったつながりから、スピーカーなど音響機器の開発に携わることが増えたのだという。
ダン・クラーク氏の手がけたオーディオ機器の代表例が、1990年代におけるPlatinum Audioでの業績で、同社のReferenceシリーズは同氏による設計だという。スピーカーを手がけていたところから、ヘッドホンメーカー立ち上げるに至ったエピソードも披露。妻と仕事場を共用していたところ、開放型ヘッドホンから漏れる音がうるさいと文句を言われた。そこで密閉型ヘッドホンで音の良いものを探したところ、なかなか思うようなサウンドのものがなく、自身で開発してみようと思い至ったとのことだった。
(編集部:小澤貴信)
発表会には同社の創立者であり設計エンジニアであるDan Clark(ダン・クラーク)氏が登場。製品の詳細について解説を行った。本記事では前日23日に開催された製品内覧会の模様もあわせて、「ETHER」「ETHER C」について紹介していく。
「ETHER」「ETHER C」の基本的な製品プロフィールについては、こちらのニュースでお伝えしたとおり。両モデルが同社の特許技術である「V-Planar振動板」を搭載しており、ETHERが開放型モデル、ETHER Cが密閉型モデルとなる。
V-Planar振動板とは、ドライバーの追従性を高めるために、平面駆動ユニットの表面部分の構造をさらに理想的な形状に近づけて、動作スピード(過渡応答)を高速化することを目指した方式とのこと。平面振動板をローレット状に加工することで、アコーディオンの“じゃばら”の部分が伸縮するように、平面振動板につけられた“ひだ”が細かく“開く”ことで、ドライバーを線形的に動作させることが可能になり、過渡特性や歪率の改善を実現したという。
プレスリリース等で上述のように説明されていたV-Planar振動板だが、実際にはどのようにして「アコーディオンのひだのような動き」を実現しているのか。ダン・クラーク氏はその開発過程も含めて、特許情報や企業秘密が許す限り詳細に説明をしてくれた。
■平面振動板の表面に「V字」状の加工を施して理想的な平面駆動を可能にした
ダン・クラーク氏は当初、フォステクスのRP振動板搭載ヘッドホンをカスタマイズしたいわゆる「モッド・モデル」のヘッドホンを開発・販売していた。同氏はこの製品を開発する過程で、RP振動板には一定の評価を与えつつも、平面振動板にはさらに大きなポテンシャルがあるのではないかと考えた。その結果、独自振動板の開発に至ったのだという。また、同氏の理想の音楽表現をRP振動板で得るためには、RP振動板をさらに選別していく必要があったことも理由のひとつだったと述べた。
大前提として、ダイナミック型ドライバーに対する平面駆動型ドライバー(planar型ドライバー)の優位性も改めて説明された。ダイナミック型ドライバーは中央にボイスコイルを配置してその周囲に振動板が展開する構造となるため、ピストンモーションを行うと分割振動が起こって歪みが起こる。一方で平面駆動型ドライバーは、平面振動板が全面にわたって線形に駆動するために分割振動による歪みが起こらない。これが平面振動板が優位とされる理屈だ(図A<1>参照)。
しかしそれは理論上の話で、実際には平面駆動型ドライバーにも課題がある。平面振動板にもエッジがあり、エッジ部は固定されているため、実際は非線形に振動板が動く(図A<2>参照)。よってダイナミック型ドライバーより少ないとはいえ、現実的には平面振動板でも分割振動が発生する。
そこでV-Planar振動板では、表面に(あくまで概念的な意味で)アコーディオンのじゃばらのように働く“ひだ”をつける加工を施すことで、この分割振動の問題を解決したのだという。電圧がかかるとV字のヒダが広がるため、物理的な構造を維持しつつ振動板を歪みなく駆動させることができるのだという(図A<3>参照)。
振動板の具体的な加工の内容については特許技術を含むため全てを明かせないとのことだったが、振動板素材にはPETを用いているとのこと。下写真のようなV字に折り目の付いたPETに特殊な特許技術で圧縮を加え、縦・横の両方向から「V字」を付けていくのだという(V-Planaerの「V」はこのV字形に由来)。ちなみに平面振動板にこうしたV字加工を加えること自体は昔からある手法だが、それをより理想的な形状になるように、独自の製法を開発したとダン・クラーク氏は説明していた。
またV-Planar振動板の特徴として、振動板にプリントされたコイルを細密化させたことも挙げられる。一般的な平面振動板にプリントされるコイルには、3〜4mm幅のものが用いられるが、V-Planar振動板においては0.2mm幅のものが、しかも全長9mにわたって用いているのだという。これにより振動板の動きを早く、かつ動きやすくすることが可能になり、能率も向上させた。
なお、ドライバー部のマグネットは、入手可能なものの中で最高レベルのネオジウムマグネットを採用していると説明していた。
■3Dプリンターを用いた音響回路をハウジング内に設置
なお、開放型「ETHER」と密閉型「ETHER C」共に、まったく同一のV-Planar振動板を採用しているが、それぞれ独自のチューニングを施している。そこで最も大きな役割を果たすのがハウジング内に搭載された音響回路で、これは3Dプリンターで製作されているとのこと。「ETHER」「ETHER C」それぞれに、異なる形状の音響回路が搭載されているのだという。
ダン・クラーク氏はETHERが密閉型/開放型の両方をラインナップした背景と、開発時の苦労についても言及。当初、密閉型ヘッドホンの開発を行っていたが、同氏の理想とするサウンドに到達することができず、いったん頓挫。そもそも同氏が愛好していた開放型ヘッドホンを先に開発する方針に転換した。そして完成したのがETHERであり、ETHERをベースとすれば今度こそ密閉型ヘッドホンの理想的なサウンドを実現できると完成させたのがETHER Cなのだと同氏は語っていた。
■時間軸上の過渡特性を重視。ホールで生演奏を実際に聴くようなサウンドを目指した
ダン・クラーク氏はETHERとETHER Cで目指したサウンドについても言及。同氏は周波数帯域を上に伸ばすことにはあまり注目しておらず、40kHz帯の再生に拘ることにはむしろ懐疑的だ。「大事なのはタイムドメイン。時間軸における過渡特性ですね。本当に生の音楽を聴いているようなライブ感が伝わるかどうかはこの点にかかっていると思います」と語っていた。
また、150Hz付近の低域のスピード感にはとくに注力したとのこと。同氏は「Quick Base」と表現していたが、低域再生におけるトランジェントは特に意識したと説明していた。
このようなユニークな平面駆動ヘッドホンを開発したダン・クラーク氏は、いったいどのような経歴の持ち主なのだろうか。ダン・クラーク氏は父親の影響で幼少期から楽器演奏やオーディオに興味を持ち、高校時代からアンプの自作を行っていた。大学では電子工作機械に興味を持ち(一方でMBAも取得)、卒業後はアップル社のマルチメディア・プレーヤーソフト「QuickTime」のマーケティングにも携わった。一方でQuickTimeに関連してMPEGのデコード/エンコードを行うチップセットの設計やマーケティングを行ったつながりから、スピーカーなど音響機器の開発に携わることが増えたのだという。
ダン・クラーク氏の手がけたオーディオ機器の代表例が、1990年代におけるPlatinum Audioでの業績で、同社のReferenceシリーズは同氏による設計だという。スピーカーを手がけていたところから、ヘッドホンメーカー立ち上げるに至ったエピソードも披露。妻と仕事場を共用していたところ、開放型ヘッドホンから漏れる音がうるさいと文句を言われた。そこで密閉型ヘッドホンで音の良いものを探したところ、なかなか思うようなサウンドのものがなく、自身で開発してみようと思い至ったとのことだった。
(編集部:小澤貴信)