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新製品スペシャルインタビュー

徹底した“素材主義”を貫いて完成した、ソニーのフラッグシップヘッドホン「MDR-Z1000」に迫る

公開日 2010/10/14 14:46 レビュー/鈴木桂水
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この秋にソニーから発売されるフラグシップヘッドホン「MDR-Z1000」、「MDR-ZX700」にライターの鈴木桂水氏が迫る。本機の音づくりなど、開発秘話をソニーの角田直隆氏にインタビューした。

◇◇◇


携帯型音楽プレーヤーの普及により、より高音質なヘッドホンが求められるようになっている。ショップでは1万円前後のヘッドホンが売れ行きを伸ばし、5万円を超えるヘッドホンも珍しくなくなっている。

そんなヘッドホン市場にソニーからハイエンドモニターヘッドホン2機種が登場した。アウトドアヘッドバンドタイプの「MDR-Z1000」とインナーイヤータイプの「MDR-EX1000」の2機種だ。新製品の発売に合わせ、アウトドアヘッドバンドタイプ、インナーイヤータイプともにラインアップに大きな変化があった。詳細については既報を参考にしていただきたい。

MDR-Z1000

MDR-EX1000

今回のラインアップの変更はかなり気合いの入った内容になっており、筆者も試聴して「ムムム」と唸るほどの変化があった。そこで、ソニーのフラッグシップモデルの開発に携わったキーマンに、開発秘話を伺うことにした。


まず今回の新製品について触れる前に、全般的なヘッドホンの種類についておさらいをしておこう。ヘッドホンには再現する音場(音の空間)によってハイファイタイプとモニタータイプがある。ハイファイタイプはコンサートホールの中央で聴いている状態に近い音場を再現している。モニタータイプに比べて音は遠いが、その分空間による余韻や雰囲気が楽しめる。

モニタータイプは録音スタジオなどで使われるプロ仕様の基準がベースになっており、楽器それぞれの音が明確に分かる再現力が要求される。ハイファイタイプに比べ、目の前で演奏しているような細かな再現力が要求されるタイプだ。

ソニーの資料を基に筆者が作った図。角田氏によると、ソニーのヘッドホンのラインアップと想定している音場の関係はこの図のようになっているという。

はじめにモニターサウンドタイプのフラッグシップモデル「MDR-Z1000」の音響設計から、角田氏に経緯を伺った。

━━ MDR-Z1000開発の経緯を教えてください。
角田氏:ソニーのヘッドホンラインアップにおいて、スタジオモニターヘッドホンは重要な位置を占めています。音楽関係の制作現場で広く使われおり、それだけに常に高性能な製品が要求されているジャンルです。そのために、継続的に、よりよい振動パーツ材料を開発しています。今回は内部損失が高い液晶ポリマーを使ったドライバーが完成したので、それを中心に最高品質のモニターヘッドホンを開発しました。

━━ 新製品の開発は素材ありき、という事ですね。
角田氏:我々は常に「剛性」、「軽量」、「内部損失」という、3つの性能を満たす材料を探し続けています。中でも振動板の開発は重要です。1988年に「MDR-R10」という機種で、振動板に素材から開発した「バイオセルロース」を使用しました。この素材を使うことで、それまでのヘッドホンとは一線を画す、高音質の製品が完成しました。その後も、バイオセルロースを使うことが多く、ケブラーと複合させた材料なども開発して使ってきました。MDR-R10では、ハウジングに樹齢200年のケヤキを使うことで、高音質を追求しました。どちらもヘッドホンの音質を大きく左右する内部損失を高めるための努力です。

━━ 内部損失について教えてください。内部損失がいいというメリットは何ですか。
角田氏:ここで言う内部損失とは機械振動を熱エネルギーに変える能力のことです。ヘッドホンはボイスコイルの振動を、振動板でできたダイヤフラムに伝え、音を出しています。このダイヤフラムとはスピーカーのコーンの部分に相当します。ダイヤフラムはボイスコイルの振動を正確に伝えるワケではなく、素材や形状により部分ごとに固有の“うねり”を発生させてしまいます。この“うねり”とは、「面積が微少な領域での共振」のことで、発生の初期段階では振幅が小さいのですが、共振することで時間と共に大きな振幅になります。内部損失の向上は、この初期段階で“うねり”が発生しても、それを熱に変えて放散するため、結果として不要な振幅が小さく抑えられます。このうねりは、振動板の“固有音”であり、付帯音になります。ちなみに付帯音とは、原音にはない音が再生機によって“追加”される音の事で、ノイズになる場合もあれば、製品独特の味わいになる場合もあります。付帯音が少ないほど原音に忠実でピュアな音になります。

ソニー(株) パーソナルイメージ&サウンド事業本部 パーソナルエンタテインメント事業部1部 主任技師 角田直隆氏

うねりを抑えるには2つの制御が必要です。一つは振動板の振幅の幅を抑えることで、音の大小のムラが改善すること。もう一つは、振動する時間を抑えることで余分な響きをカットして、本来の楽音の立ち上がりを明確にする方法です。振動板の内部損失を向上させることで、後者の音の立ち上がりが改善されます。内部損失が高い材料だと、振動を熱に変換する効率が良いので、よけいな響きを速やかに熱として逃がすことで、音の切れを良くしています。

━━ 内部損失が高い材料ほど、余分な音を効率よく熱として逃がすので、切れの良い再生ができるということでしょうか。
角田氏:そうです。

━━ 材質の「剛性」も重要な要素と伺いました。内部損失と剛性について教えてください。
角田氏:内部損失が高い材質は余分な振動を吸収するわけですから、一般的に材質としては柔らかくなります。極論で例えるなら粘土のような物質です。しかし振動板はボイスコイルの振動を増幅するのが役目ですから、剛性が高い硬い材質でないと音が出ません。“硬いけど響かない”という矛盾した素材こそが、モニターヘッドホンとして理想的な振動板の材質という事になります。

━━ なぜ“硬いけど響かない”材料が理想的な振動板に適しているのか具体的に教えてください。
角田氏:ヘッドホンのドライバーは、一つのユニットで全ての“音”を出さなければなりません。スピーカーなら音域の異なるユニット、たとえば高音ならトゥイーター、低音ならウーファーを組み合わせて製品化できます。しかし、ヘッドホンはそれができないので、伝えるべき音を再生したら、瞬時にフラットな状態に戻り次の音が出せる振動板が必要になります。“硬いけど響かない”材料でないと、複数の音の余韻が混ざってしまい、原音を忠実に再現しづらくなるのです。モニターヘッドホンの役割はただ一つ、音源を忠実に再現するという能力が求められているのです。それを実現するために、今回の振動板開発にこだわったということです。

ハイエンドヘッドホン「Q010-MDR1」

内部損失を高めるのに有効だったのが2004年に発売したクオリア「Q010-MDR1」で使った「ナノコンポジットHDドライバー」です。この材料を使うことで、内部損失を飛躍的に高めました。ただし、とても良い材料でしたが、剛性が低かったので、密閉型ながらも、オープンエアーに近い柔らかい音になっていました。これはこれでいいのですが、正確な原音再生が求められるモニターヘッドホンでは使えません。

今回我々が目指したのは、原音を忠実に再現するモニターヘッドホンなので、それを実現するには内部損失が高く、それでいて高剛性の材料を開発することが命題でした。その糸口になった材料が2006年に開発をはじめた「液晶ポリマー」です。

MDR-Z1000が搭載する超広帯域HDドライバーユニットの分解図


━━ 今回のMDR-Z1000の開発は振動板の材質ありきだったのでしょうか。
角田氏:そうですね。実際には2005年に「MDR-Z900HD」を開発する際に、液晶ポリマー振動板の導入を考えたのですが、当時は薄く加工できなかったので音が硬くなりすぎて使えませんでした。

━━ どうやって薄くしたのでしょうか。
角田氏:これは秘中の秘でして、お話しできませんが、従来とはまったく異なる製法で作っています。

━━ 液晶ポリマー以外に候補は無かったのでしょうか。
角田氏:液晶ポリマーには多くの種類があります。今回採用したのはその一つに過ぎません。ただ液晶ポリマーのグループは内部損失がとても高いと言われています。あとはどう適度な剛性を持たせるかが、振動板開発のカギになります。そのほかにナノコンポジットも検討しましたが、今回は液晶ポリマーにしています。

左側が液晶ポリマーを使ったMDR-Z1000のダイヤフラム。右側が一般的なPETを使ったダイヤフラム

━━ 液晶ポリマーとナノコンポジットではどちらが優れていますか。
角田氏:接続条件、設計によるのでどちらとも言えません。今後ナノコンポジットを使った製品が出てくる可能性もあります。

━━ ハイファイタイプのヘッドホンでは、MDR-Z1000で使った液晶ポリマーのドライバーは不要という事でしょうか。
角田氏:そんなことはありません。ハイファイタイプでも内部損失が高い振動板を使うのが理想です。その場合はドライバーの設計を変えることで、音の特性を変更できます。

【MDR-Z1000に使われている液晶ポリマーの“実力”を動画で紹介】
◆液晶ポリマーとPETを使ったダイヤフラムを触ったときの音の違いをご確認いただきたい。音から液晶ポリマーのほうが低い音がしており、内部損失が高いことが伺える。



━━ MDR-Z1000が原音に忠実である、ということはどのように検証されたのですか。
角田氏:弊社にはオーディオの振動材料だけを研究する部署があり、そこには膨大なシミュレーションノウハウがあります。ここで様々なシミュレーションソフトを使って検証し、もし既製のソフトで解析できない事があれば、自社開発して検証をしています。これは社内での検証ですが、さらにグループ企業である、ソニーミュージックのレコーディングエンジニア、プロのミュージシャンに試聴していただき、ブラッシュアップを重ねました。実はこの“プロの声”が一番恐く、且つ有益な情報をいただくことができます。今回も開発中にご指摘をいただき、それを改善することで、製品のグレードがみるみると上がってきました。素材、設計、そして検証と、ヘッドホンの開発に欠かせない要素を、全て自社のグループでまかなえるのはソニーのヘッドホンチームにとって大きな強みだと考えています。

━━ 次はハウジングについて教えてください。
角田氏:今回は装着性を向上させるために軽量化が必要なのでマグネシウムを使用しています。一般的にはプラスチックを使うことが多く、高級機を出す場合にはアルミを使用します。しかしよく使われるABS樹脂とアルミを比較すると、同じ強度を得ようとするとアルミのほうが重くなってしまいます。しかしマグネシウムなら、十分な強度を備えつつ、重量も軽くできるというメリットがあります。おかげでMDR-Z1000の重量は約270gと、このクラスとしてはかなり軽い仕上がりになりました。軽いだけでなく、マグネシウムは振動吸収性に優れるので、内部損失が高い材質だということも選択した理由です。

健康枕にも使われる低反撥ウレタンフォームをクッション材に使用したことで、圧迫感のない装着感を実現した。

━━ MDR-R10のようにウッド(木材)を使うことは考えましたか。
角田氏:ウッドには個性があるので、音に色がつきやすい傾向にあります。そのため、モニターヘッドホンには向きません。またMDR-R10でつかったケヤキよりも良い材料が見つからない限りは、使うことはないと思います。

ハウジングは内部損失の高いマグネシウムを使用する

━━ MDR-Z1000はとても軽いですね。これならアウトドアで利用もできますね。
角田氏:ちろんアウトドアユースでも積極的に使っていただきたいと考えております。プロユースとしては、軽く、遮音性が高いので、カメラマンの方にカムコーダーに接続して使っていただくことを期待しています。

━━ また今回はかなり高価なケーブルを使われましたね。
角田氏:MDR-Z1000には伝送ロスを抑えた高純度のOFC(Oxygen Free Copper:無酸素銅)を採用しました。グレードは7Nグレード(99.99999%)ですから、プレーヤーからヘッドホンまでの信号ロスを最小限に抑えて、この間での音の劣化を極力排除しました。コードは着脱式になっており、スタジオやホームユース用に3mと、モバイルプレーヤー用の1.2mが付属しているので、状況に応じたシーンで使い分けができます。どちらも7NグレードのOFCを使用しています。

7NグレードのOFCをケーブルの線材として採用している

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