ECLIPSE TD 10周年特別企画
ネットオーディオ時代にひときわ輝く“原音再生” − 「ECLIPSE TDシリーズ」これまでの10年、これからの10年
■「ECLIPES TD」歴代の名機を振り返る
では、ECLIPSE TDシリーズの世代順にタイムドメインコンセプトの深化と発展を辿ってみよう。
第一号機の「512」「508」が登場したのは2001年3月である。当時私は本サイトの運営を行なっている音元出版で『AVレビュー』『ホームシアターファイル』の編集長を務めていたが、当時の女性取締役(故人)が「今度、カーオーディオで有名な富士通テンが新コンセプトのスピーカーを出すんだよ」と、得意げに情報をもってきた。
ほどなくして発表会が催された。あいにく私は校了と重なり行けなかったが、その女性取締役が帰社するや私のデスクに駆けつけ「素晴らしい音なんだよ、大橋君!」と今度は興奮の面持ちで語るではないか。
私が「512」の実機を視聴したのは、それから半月くらい経ってからと記憶しているが、ワンペアの「512」がセッティングされた音元出版の試聴室には、かつて一度も聴いたことのない、世界中のどのスピーカーシステムにも似ていない、音の光景が広がっていた。
タイムドメイン理論について前段で解説しているので蒸し返さないが、一言でいうとそれは<スピード感>なのである。
かつてECLIPSE TDシリーズを論じる上で一度書いたのだが、音楽では時間のコントロールとスピードは非常に重要で、それが演奏の個性を生み出す音色と深い関係がある。しかし、電気信号を音の波動に変える最終的な変換器であるスピーカーシステムは、長い間その逆をやっていたのである。
従来のスピーカーシステムは、エンクロージャーの筐体振動によりインパルスに2次3次情報が加わり、音楽信号の本来の波形での伝達を乱し遅れが生じていた。「512」は、180度そこから転換したのである。
従来のスピーカーシステムで得られなかった音の立上り・立下りの明瞭さとスピードが備わっていた。そうして聴こえてきたものは、楽器(声)の生々しい実在感だった。
「512」はそれから着実に評価を高めていくが、オーディオ業界や古くからのオーディオマニアより、真っ先に反応したのはプロミュージシャンや録音現場のエンジニアといった生の音に日常接している人達であった。
富士通テンのホームページにECLIPSE TDシリーズを愛用する著名人を紹介するページがあるので詳しくはそちらを参照していただきたいが、ワンブランドのスピーカーで短期間にこれだけ音楽関係者の間に支持者を得たのは、世界でも前例がないことである。
外側から押し寄せた評価の高まりという点では、近年の音楽配信やPCオーディオ・ムーブメントに通じる面がある。これについては次の章で触れることにしよう。
その後、専用のパワーアンプ、サブウーファーやカラーヴァリエーションの追加を経て、2003年6月には、よりポピュラーなECLIPSE TDシリーズ“Lulet”が追加されたのも、旧弊で閉鎖的なオーディオマーケットを飛び越えた、ECLIPSE TDへの関心の高まりを考えれば当然である。しかし、その真逆の製品開発も実は始まっていた。
■フラグシップ機「TD712z」の誕生
飛躍は2004年11月にやって来た。プロフェッショナルモニターグレードの旗艦機種「TD712z」の発売である。
搭載ユニットの12cmという口径は「512」と同じだが、グラスファイバー製ドライバーを新開発して磁気回路を強化、振動板のレスポンスを高速化した結果、入力波形に一層忠実な再生が可能となり、高域再生周波数帯域は「512」の17kHzから20kHzまで伸びた。
新開発ユニットをフローティングさせてエンクロージャーに取り付けるディフュージョンステーをアルミから亜鉛に変更し剛性を高めた。しかし、再生能力が飛躍的に高まった結果、発生する振動も大きくなり、システムとしてオーバーオールの音質への悪影響を抑える手段が新に求められた。スピーカーと一体化するスタンドの開発である。
スタンドは本体との接合部に「ソリッドベース」を採用し、3本のスパイクと独自の固定構造で不要振動を排除、引き締まった低音を再生する。角度調整機構(上方向0〜12°)でリスナーの耳とシビアに位置合わせができるというものだった。
アルミ製スタンドは正面に平面を持たない鋭利な形状で、回析と反射を抑える。スタンド内部にはミン河産の川砂が約4kg充填されている。床との接点については、スパイクとインシュレーターを一体化した「スパイク・オン・インシュレーター」構造を導入、スタンドと床を点接触とし振動のアイソレート(分離)を実現する。ガタつき調整も片手で簡単に行えるのも、スタジオ、家庭の両方で役立つ設計である。とにかく、スピーカーシステムで設置・調整まで含んだオーバーオールの音質設計をここまで徹底した例は世界でも稀である。
私が今も記憶に焼き付いているのが2004年、六本木アークヒルズ内のテレビ朝日スタジオで行われたサイトウキネン・オーケストラのライブマルチチャンネル収録試聴会である。
位相管理に圧倒的に有利なECLIPSE TDシリーズが、チャンネル数の増える音楽サラウンドで大きな強みを発揮することはすでに知られていた。
ITU-R配置に散開した5本の「TD712z」が、百キロ以上離れた松本市民会館大ホールで小澤征爾のタクトの下、一丸になって演奏するオーケストラを、百人近い聴衆を前にサラウンドで生再現した。
「512」登場からわずか3年。現在の映像・音楽配信やデジタルコンサートを先取りする試みだったが、世界中の名機を押しのけて「TD712z」がその大役を担ったのである。
「TD712zで」評価を決定的にしたECLIPSE TDシリーズは、その後「TD510」「TD508II」(2005年)、ユニークかつ強力無比のサブウーファー「TD725SW」(2006年)、「TD307II」(2007年)、「TD712zMK2」(2009年)、「TD712zMK2BK」(2010年)と、着実に進歩し続けている。