ヘッドホン・イヤホン特集 Part1
【レビュー】「驚異的なコストパフォーマンスを誇るサウンド」 − ソニーの開放型ヘッドホン「MDR-MA900」を聴く
■MDR-MA900の音質に触れる |
そしてシリーズ最上位となるMDR-MA900であるが、前述の通り本機だけオープンエア型のなかでもさらに解放感のある装着感と一層自然な音の広がりが得られるフルオープンエア型を採用している。
数多くヘッドホンを手掛けてきたソニーのなかでもフルオープンエア型はMDR-F1以来、実に15年ぶりの新製品となるが、この手法の難しいところはドライバー前後の空気層が完全に解放されているため、低音の再現性、量感が不足しがちなのである。そこで本機は低域の増強を図るため、ヘッドホンとして業界最大となる70mmの大口径ドライバーユニットを搭載し、問題を解消した。
この70mmドライバーユニットはMDR-MA900専用に新設計されたもので、一般的にユニットの大型化でトレードオフとなる中高域の解像度についても振動板形状や材質、ボイスコイル径などの改良を重ね、解決することができたという。ボイスコイルにはOFCを取り入れ、磁気回路には360kJ/m3の高磁束密度を誇るネオジウムマグネットが採用されている。
こうした一連の低域補償はユニットの大型化だけではない。ユニット前面に音響抵抗部材によって構成されるボックス型の音響回路を取りつけ、低音をユニット中心部へ集中して放出させるというアコースティック・バス・レンズにより、密閉型にも負けない低域の充実と伸びのある高域を獲得した。
さらに接続する様々なプレーヤーとのマッチングを図るため、抵抗ネットワークによるインピーダンス整合回路も内蔵。本来フルオープンエア型ドライバーは音響制動が低いため、接続機器の出力インピーダンスによって低域再生能力が大きく変化してしまうのだが、この整合回路によりそうしたデメリットを防ぐことができる。
そして重要なのは本体の軽さとフィット感の良さである。業界最大径の大型ドライバーユニットを搭載しているにもかかわらず、約195gという驚異的な軽さを実現。これはマグネシウムやアルミニウムを各部に採用し、スタイリッシュでシンプルな意匠との合理的なコラボにより可能となったメリットである。
デザイン面ではMDR-F1やSAシリーズの先鋭さを支持する向きもあるだろうが、これらのモデルに投入された近未来的意匠は、今ようやく時代が追いついたという実感がある。MDR-MA900についても同様で、飽きのこない無駄をそいだデザインは先を見据えた実用性優先となる究極のスタイルといえるだろう。
また装着感の良さをキープする要素として、柔らかい素材によって自在に動いて頭部にフィットするフレキシブルヘッドクッションや、耳を完全に覆う布地イヤーパッドも注目に値する。何時間装着しても疲れを感じさせないため、映画鑑賞用としても最適だ。
MDR-MA900にフォーカスを絞り、そのサウンドについても触れておこう。大型ユニットによる低域再生は「MDR-SA5000」よりも深く、広がりのあるものだ。ボーカルの浮き上がりは非常にスムーズで音の分離も高い。音場表現自体もすっきりとして奥行きや広がり豊かなものとなっている。
解像感においてはMDR-SA5000に肉薄するほどのきめ細やかさで、安定した落ち着きも感じられる。インピーダンス整合回路の効果か、非常にアタック、リリースのレスポンスも優れている。リヴァーブのクールな余韻の細やかなグラデーション階調、BDアニメタイトル再生でのセリフの実在感、BGMとSEの立体的な重なり、分解能の高さにも驚かされた。
外観の見た目はおとなしい印象も受けるが、その中身はワンクラス以上のモデルとも比肩しうる驚異的なC/Pの高さを誇るサウンドを持っているといえよう。
【筆者プロフィール】 |
岩井 喬 Takashi Iwai 東放学園音響専門学校卒業後、レコーディングスタジオ(アークギャレットスタジオ、サンライズスタジオ)で勤務。その後大手ゲームメーカーでの勤務を経て音響雑誌での執筆を開始。プロ・民生オーディオ、録音・SR、ゲーム・アニメ製作現場の取材も多数。 JOURNEY、TOTO、ASIA、Chicago、ビリー・ジョエルといった80年代ロック・ポップスをこよなく愛している。 |
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