[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第1回】ゼンハイザーの大注目ヘッドホン「HD700」を早速ガッツリ聴く!
着け心地はHD800のそれと、実に近い。つまり素晴らしく快適である。いや、HD800よりも小柄な分、軽さにおいては上回るかもしれない。
ハウジング全体の三角っぽい形状とイヤーパッドの広さ・深さによって、耳がすっぽりと囲まれ、イヤーパッドは耳にほとんど触れない。耳に対する圧迫感は最小限だ。パッドの厚みも確保されており、耳周りへのあたりも柔らかい。パッドの表面はマイクロファイバー素材で、この肌触りも抜群だ。
頭頂部にあたるヘッドバンドの下部も同様に装着感が良い。ヘッドホンの中には長時間装着していると頭頂部が痛くなり、「禿げるよ!?」という恐怖を与えてくるものがある。僕も某社ヘッドホンのヘッドバンドにはハンドタオルをぐるぐる巻きにして使っていた(具体的には…いや立場上「某社」としか言えない)。しかし本機は快適な着け心地で、頭頂部も安心。違和感なく音楽に浸れる。
■「開放型ヘッドホン最上級の広がり」− これがHD700の音だ!
さて遂に音の話に入る。いきなりまとめから述べよう。
HD700には、HD800の最大の特長と言える「音場の広さ」が見事に受け継がれている。開放型ヘッドホンの中でも最上級の広がりだ。
HD800は音の素晴らしいクリアさも特長であるが、それもやはり同じ線上にある。音色の厚みも確保しているが、肉厚さは意識させず、すっきりとした音色が持ち味。それが綺麗に整理された音場だ。
では、より細かく話していこう。
音場の広さについては、Mathias Landaeus Trio「Opening」の試聴で特に実感できた。これはピアノトリオをワンポイント録音した作品で、自然で豊かな音場が収録されている。HD700はそれを、頭内定位に収めてしまわず、頭より一回りほど大きな空間を感じさせて表現する。これを実現できるヘッドホンは希有だろう。
同じくピアノトリオ作品、Helge Lien Trio「Hello Troll」では、ひとつひとつの音を注視。低音パーツのバスドラムやフロアタム、ウッドベースは、響きの成分が豊かで空気感がある。背景が静かで音場に余裕があるため、響きの成分が綺麗に大きく広がる。低音が豊かに広がると音場のクリアさは失われがちだが、本機はそれを両立させている。
ドラムスやウッドベースは音色の張りも素晴らしい。音像が緩くなく、弾みがよい。ベースが一音ずつ音程を下げていく場面でも、音程ごとに音像の大きさや音色の濃さがブレることがなく、安定している。
高域側では、シンバルがシャイーンとほどよい具合に薄刃に描き出される。静かな場面での弱音は金属質の澄んだ音色、鈴鳴り感をよく引き出す。ピアノのダイナミクス、音量と音色の幅の表現も冴えている。
シンバルは強打の際のバシャーンという濁点も澄んでいる。これについては好みが分かれるかもしれない。そういう場面では濁点を効かせて荒っぽく表現した方が好まれることもある。そのあたりは自身の好みや中心的に聴くジャンルとの兼ね合いだ。
バンドサウンドの相対性理論「シンクロニシティーン」では、エレクトリックベースが意外と強力なドライブ感、腰の強さを見せる。スタッカートもぴたっと決まっており、リズムが明確。低音の立ち上がりと収まりはやはり良好だ。
ギターは、若干マニアックな言い方をするが、ストラトキャスターのシングルコイルらしい、艶やかに立体的にペラッとした感じがよく出ている。厚みや温かみを下手に出さないのが良い。理想的なクリーントーンだ。
またこのバンドは女性ボーカルの倍音がやたらと豊かで、それをどう表現するか(できるか)にそのヘッドホンの色が現れる。本機の場合は倍音を素直に伸ばすことができており、シャープながらもふわっとした感触。これはほぼ理想的だ。
最後にAKB48「GIVE ME FIVE!」。これは音の密度がやたらと高くて、ひとつひとつの音をちゃんと立たせることが難しい。特にエレクトリックギターは埋もれがちだ。
しかし本機ではギターの細かなカッティングや単音が明確に届き、それによってリズムもシャープさを増す。相対性理論と同じくベースのドライブ感もある。ホーンの抜けとキレも見事。描き込みの細やかさがむしろ勢いを生み、大満足だ。
力強い再生というよりは精緻な再生であり、音像よりは音場が際立つ方向性である。この達成度は、HD800の他では最高峰と言える。総じて、期待を高めている方も多いだろうが、それに応えてくれるであろう完成度と感じた。
この音でもし10万円程度の価格を実現するなら安い!
…と大声で言えないのは僕の個人的な懐事情の故だが、予算が許すなら、ヘッドホンで最高の音を聴きたい方にとって最良の選択肢のひとつとなることは間違いない。
高橋敦 TAKAHASHI,Atsushi 埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。東洋大学哲学科中退。大学中退後、パーソナルコンピュータ系の記事を中心にライターとしての活動を開始。現在はデジタルオーディオ及びビジュアル機器、Apple Macintosh、それらの周辺状況などに関する記事執筆を中心に活動する。また、ロック・ポップスを中心に、年代や国境を問わず様々な音楽を愛聴。 その興味は演奏や録音の技術などにまで及び、オーディオ評に独自の視点を与えている。 |
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