AKG「K702」レビュー:開放型ハイエンドヘッドホンの“ド定番”モデル
僕が初めて手にした本格ヘッドホンはSONY「MDR-CD900ST」ともうひとつ、AKG「K240」の当時のバージョンだった。20年弱も前のことだ。
「ミュージシャンやエンジニアと同じモニターヘッドホン使ってる自分いい感じ!」的ミーハー心もあったが、実際、デモテープ作成とかにも使うとなると当時は他の選択肢があまりなかった。正確性や信頼性に定評があり、所有欲も満たしてくれる。当時のAKGスタジオシリーズは数少ないそういうヘッドホンのひとつだった。
というように僕はAKGのヘッドホンに思い入れがあるのだが、AKG自身も思い入れていそうなのが「K700番台」のヘッドホンだ。初代「K701」から今回の主役「K702」。これは普通にアップデートだ。しかしクインシー・ジョーンズ氏シグネチャー「Q701」にさらなる上位機「K712 PRO」と、現ラインナップに3モデルが並んでいるのは異例に思える。さらに象徴的なのは2013年に発売された限定モデル「K702 65th Anniversary Edition」だ。AKG65周年記念アイテムとしてK702を選んでいるのだから、特別な思い入れはあるはず。今回はその「K702」に改めて注目してみよう。
■上位モデルならではの音に仕上げられたスタンダードモデル
K702はAKG開放型のハイエンドにしてスタンダードであり、固有の特別な技術要素があるわけではない。他モデルと共通の要素を含めた上で、ハイエンドならではの「音の仕上げ」を施されているのがK702なのだ。
その「AKGヘッドホンの技術要素」を確認しておくと…
振動板には「バリモーション・テクノロジー」を採用。振動板を音を発するサウンド・ゾーンとその駆動の支点となるムーブメント・ゾーンに分割。ゾーンごとに振動板の厚みを別々に調整し、それぞれの役割で最大の力を発揮するように調整されている。
振動板周りでは「Two-layerダイアフラム」構造もポイント。振動板は異種素材の2層構造になっており、その組み合わせによって剛性を高め、分割振動を抑制している。
振動板を駆動する磁気回路においては「フラットワイヤー・ボイスコイル」が特長。電磁力を生み出すボイスコイルの線材に、断面が円ではなくきしめん型のワイヤーを採用。より隙間なく効率的にコイルを巻くことができ、同等の電磁力を小型軽量で実現。その軽さが俊敏で正確な駆動につながる。
使い勝手や装着感の面では、ヘッドバンドの長さ調整が不要な「セルフアジャスト」機能、耳の周りにフィットする「3Dフォーム・イヤーパッド」、ケーブル交換可能といったところがポイントだ。
■フラットな再生力が持ち味。開放型ハイエンドの“ド定番”と言える
その音はこれぞ「高度に普通」だ。味付けはないけれど味気なくはない、音楽的なフラットバランス。このモデルをベースに音調を調整した様々なバリエーションモデルが生み出されたのは、このモデルのこのフラットさがチューニングの土台として優秀だからというのもあったのかもしれない。
上原ひろみさん「ALIVE」表題曲は、フォーマットがハイレゾだからとかいう話ではなくそもそもの編曲、演奏、録音の高低大小のレンジが広く、その中での描写も細密な音源だ。本機はそれにさらりと対応する。どれかの楽器やフレーズが突出することも引っ込むこともなく送り出しとしては均等。そこが均等だからこそ、奏者や録音の意図やこちらの耳の傾け方による抑揚は素直に反映してくれていると感じる。
すべての音がバランスよく届いてくることの理由としては、帯域バランスの良好さの他に、音がすっと抜け、音と音の間のスペースも適切に確保されていることもポイントだろう。よく言われる「開放型らしい音抜けや空間性」の典型例だ。この曲には超絶テクニシャンが寄り集まって全力で手数を詰め込んでいるような場面もあるが、そういうときでも音がぎゅうぎゅうに狭苦しく詰め込まれてごちゃごちゃすることがない。
音色の感触としては、中低域ではドラムスやベースの力みのない自然な太さ、高域ではシンバルのほぐれが印象的だ。いずれにせよゴツゴツとした迫力型ではないのだが、しかし柔軟美音系というほどでもない。音色のバランス感覚も適切だ。
ボーカルは、やくしまるえつこさんが歌う何曲かを中心にチェック。この声は絶品だ。息の刺さる成分をしっかり出すが、それがとても耳心地いい。息遣いによる表現をしっかり伝えつつ、声や表現をきつくしすぎることがない。
ジョー・パスさんのソロギターの演奏ノイズ(左手の指先が弦を擦る音とか)の雰囲気もそれと同じくよい感じだ。便宜上「ノイズ」とは言うが、このレベルの名手はそうしようと思えばそれを抑えることも当然できるわけで、あえて出している場面では表現の一部と受け止めて差し支えないだろう。ならばそれがいい感じに邪魔にならない程度に届いてくるのは喜ばしい。
また、上原ひろみさんの曲について述べた「詰め込まれても狭苦しくならない空間の余裕」は、ハイスパート高密度メタルや情報量膨大テクノポップスとかとの相性もよい。本機はいまどきのポップス全般やアニソンを細部まで聴き込みたいといった望みにも応えてくれる。
本機に「開放型ハイエンドのド定番」という印象をお持ちの方も多いだろう。改めて聴いてみて、なぜ「ド定番」なのかすっと納得できた。一般論的な良し悪しで言えば間違いなく良し。好みの好し悪しでもこれが聴きづらいという方はあまりいないだろう。AKG自身もお気に入りの(と勝手に決め付けるが)「The AKG」の実力、さすがだ。
「ミュージシャンやエンジニアと同じモニターヘッドホン使ってる自分いい感じ!」的ミーハー心もあったが、実際、デモテープ作成とかにも使うとなると当時は他の選択肢があまりなかった。正確性や信頼性に定評があり、所有欲も満たしてくれる。当時のAKGスタジオシリーズは数少ないそういうヘッドホンのひとつだった。
というように僕はAKGのヘッドホンに思い入れがあるのだが、AKG自身も思い入れていそうなのが「K700番台」のヘッドホンだ。初代「K701」から今回の主役「K702」。これは普通にアップデートだ。しかしクインシー・ジョーンズ氏シグネチャー「Q701」にさらなる上位機「K712 PRO」と、現ラインナップに3モデルが並んでいるのは異例に思える。さらに象徴的なのは2013年に発売された限定モデル「K702 65th Anniversary Edition」だ。AKG65周年記念アイテムとしてK702を選んでいるのだから、特別な思い入れはあるはず。今回はその「K702」に改めて注目してみよう。
■上位モデルならではの音に仕上げられたスタンダードモデル
K702はAKG開放型のハイエンドにしてスタンダードであり、固有の特別な技術要素があるわけではない。他モデルと共通の要素を含めた上で、ハイエンドならではの「音の仕上げ」を施されているのがK702なのだ。
その「AKGヘッドホンの技術要素」を確認しておくと…
振動板には「バリモーション・テクノロジー」を採用。振動板を音を発するサウンド・ゾーンとその駆動の支点となるムーブメント・ゾーンに分割。ゾーンごとに振動板の厚みを別々に調整し、それぞれの役割で最大の力を発揮するように調整されている。
振動板周りでは「Two-layerダイアフラム」構造もポイント。振動板は異種素材の2層構造になっており、その組み合わせによって剛性を高め、分割振動を抑制している。
振動板を駆動する磁気回路においては「フラットワイヤー・ボイスコイル」が特長。電磁力を生み出すボイスコイルの線材に、断面が円ではなくきしめん型のワイヤーを採用。より隙間なく効率的にコイルを巻くことができ、同等の電磁力を小型軽量で実現。その軽さが俊敏で正確な駆動につながる。
使い勝手や装着感の面では、ヘッドバンドの長さ調整が不要な「セルフアジャスト」機能、耳の周りにフィットする「3Dフォーム・イヤーパッド」、ケーブル交換可能といったところがポイントだ。
■フラットな再生力が持ち味。開放型ハイエンドの“ド定番”と言える
その音はこれぞ「高度に普通」だ。味付けはないけれど味気なくはない、音楽的なフラットバランス。このモデルをベースに音調を調整した様々なバリエーションモデルが生み出されたのは、このモデルのこのフラットさがチューニングの土台として優秀だからというのもあったのかもしれない。
上原ひろみさん「ALIVE」表題曲は、フォーマットがハイレゾだからとかいう話ではなくそもそもの編曲、演奏、録音の高低大小のレンジが広く、その中での描写も細密な音源だ。本機はそれにさらりと対応する。どれかの楽器やフレーズが突出することも引っ込むこともなく送り出しとしては均等。そこが均等だからこそ、奏者や録音の意図やこちらの耳の傾け方による抑揚は素直に反映してくれていると感じる。
すべての音がバランスよく届いてくることの理由としては、帯域バランスの良好さの他に、音がすっと抜け、音と音の間のスペースも適切に確保されていることもポイントだろう。よく言われる「開放型らしい音抜けや空間性」の典型例だ。この曲には超絶テクニシャンが寄り集まって全力で手数を詰め込んでいるような場面もあるが、そういうときでも音がぎゅうぎゅうに狭苦しく詰め込まれてごちゃごちゃすることがない。
音色の感触としては、中低域ではドラムスやベースの力みのない自然な太さ、高域ではシンバルのほぐれが印象的だ。いずれにせよゴツゴツとした迫力型ではないのだが、しかし柔軟美音系というほどでもない。音色のバランス感覚も適切だ。
ボーカルは、やくしまるえつこさんが歌う何曲かを中心にチェック。この声は絶品だ。息の刺さる成分をしっかり出すが、それがとても耳心地いい。息遣いによる表現をしっかり伝えつつ、声や表現をきつくしすぎることがない。
ジョー・パスさんのソロギターの演奏ノイズ(左手の指先が弦を擦る音とか)の雰囲気もそれと同じくよい感じだ。便宜上「ノイズ」とは言うが、このレベルの名手はそうしようと思えばそれを抑えることも当然できるわけで、あえて出している場面では表現の一部と受け止めて差し支えないだろう。ならばそれがいい感じに邪魔にならない程度に届いてくるのは喜ばしい。
また、上原ひろみさんの曲について述べた「詰め込まれても狭苦しくならない空間の余裕」は、ハイスパート高密度メタルや情報量膨大テクノポップスとかとの相性もよい。本機はいまどきのポップス全般やアニソンを細部まで聴き込みたいといった望みにも応えてくれる。
本機に「開放型ハイエンドのド定番」という印象をお持ちの方も多いだろう。改めて聴いてみて、なぜ「ド定番」なのかすっと納得できた。一般論的な良し悪しで言えば間違いなく良し。好みの好し悪しでもこれが聴きづらいという方はあまりいないだろう。AKG自身もお気に入りの(と勝手に決め付けるが)「The AKG」の実力、さすがだ。