『季刊・オーディオアクセサリー』誌で付録にもなった個性派
ユニークを極めるレーベル「グリーンフィンレコーズ」に注目!―ワン・アンド・オンリーの輝きを持つ音源達
こういう発想が現場で湧き出してくる温井 亮という人は、一体どういう「ポケットの中身」を持った人なのだろう。元はビクターレコードへ所属されていた人で、レコード大賞や、ミュージック・マガジン誌の年間ベスト・アルバムを数々受賞してきた、腕利きの録音プロデューサーなのである。
こういっては失礼ながら、まだ知る人も少ないレコードレーベルにして、演奏者にそうそうたる面々がそろっているのにも驚かされる。声楽家で国立音大の准教授という本島と、知らぬ人なきジャズ・ジャイアント山下はいうまでもないが、我が手元にある同社のCD『イマージュ・ド・パリIII』でピアノを弾く椎野伸一も、『九つの物語』で津軽三味線を弾く小野越郎も、極めて演奏は闊達で、懐にたっぷりの余裕を持った演奏、というイメージを漂わせている。世間的な知名度は必ずしも高くないかもしれないが、名手・達人といって差し支えない演奏者だと感じる。
椎野伸一は藝大卒のピアニストで、東京学芸大学の教授として後進の指導にも当たっている。『イマージュ・ド・パリIII』は、椎野が継続的に取り組んでいる「19世紀から20世紀半ばまでの、パリにちなんだピアノ音楽」を集めた選集の第3弾で、ショパン、ビゼー、フォーレ、ドビュッシー、サティなど、お馴染みの作曲家に加え、タイユフェール、セヴラック、オーリックといった渋めの作曲家の作品も収められているのが嬉しい。
2017年5月、群馬県みどり市の笠懸野文化ホール・パルで録音。ホール収録だが、いたずらにマイクを離すのではなく、ピアノ本体の響きをしっかりと聴かせながら、濃厚で芸術的な響きの海が周辺に広がる、といったイメージの音である。
椎野のタッチは非常に細やかで柔らかく、フランス音楽を奏でるにふさわしいものといってよいだろう。耳慣れた曲も初めて聴く曲も入っていたが、プレイボタンを押したらディスクの回転が終わるまで、一気に聴き通してしまった。耳当たりが良く、ソフトタッチでいながらピアノはボケず、おそらくスタインウェイではないかという、端正で輝かしい音色を存分に聴かせる。トータルの情報量が多く、歪みが少ない証左であろう。ピアノ録音における、ある種のお手本といってよい優秀録音である。
小野越郎は秋田県生まれの津軽三味線奏者で、伝統曲に加えて自作の曲も演奏し、いくつかのユニットにも参加、さまざまなジャンルの演奏者と共演も行うという、幅広い活躍が光る奏者である。『九つの物語』では、三味線に加えて太鼓、鳴り物、ギターとベースまで担当するマルチプレーヤーぶりを発揮している。
2014年4〜5月、東京と宮城のスタジオで録音。冒頭は、くっきりオンマイクの三味線が自然音とミックスされた「始まり」という曲だが、これは相模川での環境録音だとか。じっくり聴いてみると、環境音はかなりしっかりと入っていて、ささやかながらサラウンド効果もある。
2曲目「津軽あいや節」からはグッと三味線の音像が奥へ定位し、津軽三味線ならではの骨太な存在感をしっかりと味わわせてくれる。エコーは割合と深い方だが、音像が混濁することは一切ない。8曲目「おぼねだし」は歌入りの秋田民謡で、歌手はポップス的発声ながら、しっとりと染み入るような歌唱を聴かせる。
同社のアルバムは、個人的にまだわずか3枚しか聴いていないわけだが、どの盤を取っても他とは一味違う、ワン・アンド・オンリーの輝きを持つことがはっきりと分かる。もっともっと多くの人に味わってもらいたい、魅力的なレーベルである。私も、もっと他の盤を聴いてみたくなった。
(炭山アキラ)