素材やパーツの吟味でさらなる高音質化
数倍の価格のモデルに匹敵、デノンが4年かけて作った新フラグシップ “SX1 LIMITED” レビュー
河村尚子によるベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第8番“悲愴”」は楽器のメカニズムの表現が絶妙だ。第一楽章冒頭では右足ペダルをあらかじめ踏んでおいてハ短調のハーモニーをガーンと鳴らした後、ペダルを離して音量を急激に落としているのだが、その作業が見えるかのように描かれる。速いパッセージの音の粒立ちも上々だ。
マティアス・ストリングスによるブラームスの「弦楽六重奏曲第1番」では楽器の描き分けが巧く、一緒くたになってしまいがちなヴィオラの中域とチェロの高域の音色の違いを明確に出してくれた。分解能もさることながら、ブレンド感が絶妙で、弦楽六重奏の厚みのあるサウンドをいかにもブラームスらしい重厚なタッチで表現した。
P.ヤルヴィ/NHK交響楽団によるマーラーの「交響曲第6番」はオーケストラの姿の描きっぷりが良い。この演奏では第一ヴァイオリンが左手前に、第二ヴァイオリンが右手前に並ぶヴァイオリン両翼配置が採用されているのだが、奥方向に位置する低弦がダンゴにならず、文字通り“SPACIOUS”に表現された。弦楽器の高貴な質感と、管打楽器の情熱的な強奏は直熱三極管の超高級ハイパワーアンプなみである。違うのはPMA-SX1 LIMITEDがほとんど発熱しないことと、その種の超高級真空管式機の数分の1の価格であることだ。
PMA-SX1 LIMITEDにはCR型のMM/MC対応フォノイコライザーがついているのでアナログレコードも聴いてみた。レコードプレーヤーはテクニクスの「SL-1200G」を、カートリッジはフェーズメーションの「PP-2000」を用いた。
ディスクでも取り上げた『TWO CHORDS』のオリジナル・マスターのLPをかけてみたのだが、アメリオ・リマスターに比べて明らかに低域が強く、ピラミッド型のエネルギーバランスであることが確認できた。メディアとプレーヤーが変わるとマスターとリマスターの違いなどはどこかに吹き飛んでしまうものなのだが、そうではないことには感心させられた。また、超高級なPP-2000にいささかも位負けしないのにも好感が持てた。
最後にDCD-SX1 LIMITEDのUSB入力とFIDATAのネットワークサーバーを接続してハイレゾ音源を聴いた。使用した音楽ファイルは、ディスクでも取り上げた河村尚子によるベートーヴェン「悲愴」のDSD 5.6MHzバージョンである。SACDよりも空間表現に余裕があり、ピアノのメカニズムがより立体的に表現された。ペダルを踏むと持ち上がるダンパーの様子が見えるかのようだ。演奏の精度も上昇したかのようで、一段と滑らかで解像度の高い印象を受けた。フルスペックではないが、DCD-SX1 LIMITEDはUSB-DACとしても並々ならぬ性能をもっている。
PMA-SX1 LIMITEDとDCD-SX1 LIMITEDのペアは実力的に見て、数倍以上のプライスタグをつけられた海外製のモデルに匹敵する内容を有している。とくにPMA-SX1 LIMITEDの直熱三極管的な表現は他のソリッドステート機ではまず得られない。DCD-SX1 LIMITEDと組み合わせた時の説得力の強さにも惹かれるものがある。この価格でこの音が出せるというのは、現代オーディオ界の奇跡のひとつといっても過言ではない。
(石原 俊)