最新リマスターから探るビートルズの真実
『レット・イット・ビー』の終わらない旅 -52年目の〈ゲット・バック・セッション〉-
第2章 52年の歳月を経て陽の目をみた〈ゲット・バック・セッション〉
■名曲揃いの〈ゲット・バック・セッション〉
改めて振り返っても、〈ゲット・バック・セッション〉で演奏された曲には良い曲が目白押しであった。バンド末期三大バラードの「アクロス・ザ・ユニヴァース」「レット・イット・ビー」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」が一堂に会している。ビートルズ版レイドバックのルーズな名曲「ドント・レット・ミー・ダウン」、ファンキーでシンプルなロックンロールの佳曲「ゲット・バック」、エヴァリー・ブラザーズへのシンパシーが滲み出たフォークロック「トゥー・オブ・アス」。曲のバラエティも素晴らしい。
このオリジナル形態の『ゲット・バック』は、過去半世紀間、海賊版LPやCDで数百が出回ってきた。それらは当時アップルがアメリカやイギリスの放送局に見本盤として配布したものが音源となっており、何代ものコピーを経たものだった。
公式な形では、2003年にジョージ・マーティンの息子ジャイルズ・マーティンを中心に、21世紀のデジタル技術でリメイクした『レット・イット・ビー…ネイキッド』が登場した。選曲と構成をやり直し曲間のチャットや演奏ミスをすべて消し去った『ネイキッド』は「ゲット・バック」に由来したすべてのパッケージのなかで最も完成度が高く、楽曲本来のパフォーマンスを味わわせてくれ、『レット・イット・ビー』探しの長い旅に終止符が打たれた感もあった。その一方でデジタルアーカイブ技術の生んだ別の音楽作品という印象もあった。その通り、これで決着ではなかったのである!
そして2021年になって、ユニバーサルミュージックから正式にザ・ビートルズ『レット・イット・ビー』スペシャル・エディションが登場した。 CD、LP、ブルーレイディスクが組み合わされ数種類のパッケージが同時発売になるが、最大の注目は、フィル・スペクターが最終のミックスを担当した公式リリース版『レット・イット・ビー』(1970)のリマスターと、グリン・ジョンズが選曲とミキシングを担当し発売寸前までいったオリジナル形態の『ゲット・バック』がセットの中の1枚として、52年の歳月を経て公式に陽の目をみることだ。
伝説の〈ゲット・バック・セッション〉が、長い封印を解かれたように、アップルの公式音源として聴くことができるのである。これはザ・ビートルズファンだけでなく、すべてのロックファン、いや音楽ファンにとって歴史的事件といっていい。
■救世主か、邪悪な魔法使いか。議論を巻き起こしたフィル・スペクターの功罪
今回の主役で、スペシャルエディションまで全仕様の中心を成すのが、DISC1、フィル・スペクターのプロデュースによる1970年のアップル正規版『レット・イット・ビー』の最新リマスターである。
フィル・スペクターが進退窮まったザ・ビートルズを救った救世主なのか、音楽の魔法をかけて異形のアルバムに変えてしまった邪悪な魔法使いかは、50数年間議論の対象だった。
「ヘドの出そうな代物を何とか聴くに耐えるものにした。フィルはいい仕事をした」ジョン・レノンの言。彼やフィルを連れてきたジョージは前者。ポールやジョージ・マーティンは後者。「いい曲が多かったのに残念だ」マーティンの言葉。コアなビートルズファンの多くは後者であった。
筆者も後者のひとりだった。しかし、ロック以外にさまざまな音楽を聴いてしだいに視野が広くなり、優れたオーディオ装置を手にして客観的な聴きかたができるようになると、フィル・スペクターのプロデュースの価値が分かるようになっていった。
ここにはプロの仕事がある。スペクターも出来に自信があったから開幕曲に持ってきたのだろう「トゥー・オブ・アス」は、音が薄く地味な背景曲だが、スペクターの多重録音のテクニックでアコギの厚い響きの華やかな見事なポップチューンに生まれ変わった。これは当時LPレコードに針を落とした皆の心をとらえた。スペクターはたしかに魔法使いであった。タイトル曲「レット・イット・ビー」では、切った、貼ったのテープ編集技術がいかんなく発揮され、曲後半、ポールのリフを足して延長する荒技に加え、リンゴのスネアドラム打撃がダビングされ、ハイハットシンバルのエコー処理でリズムセクションが重量感と鮮鋭感を増しロックンロール風味を強調している。
「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」の大変貌はもはや語るまでもなかろう。発表当時ある音楽ジャーナリストは「ピカソのデッサンにトマトケチャップを投げつけたような代物」と酷評した。日本より欧米でスペクター版に厳しい評価が下った。解散の噂(多くの人は新作アルバムを売るための作戦と考えた)が皮肉にも後押しし、11作目のオリジナル新作アルバムは売れに売れた。北米における予約注文数が370万枚に達したという。アルバムの売価は6ドル98セント。1970年の時点で米レコード業界史上の最高記録だった。
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