公開日 2024/09/25 06:30
<連載>角田郁雄のオーディオSUPREME
伝統のカートリッジ開発を現代に継ぐ。進化を続けるオーディオテクニカの開発エンジニアに訊く
角田郁雄
創業60年を超える老舗オーディオブランド、オーディオテクニカ。現在はヘッドホンやマイク、スピーカーまで幅広いオーディオ製品開発を手掛ける同社だが、その事業の始まりは、アナログカートリッジの開発から始まった。
今回の連載<オーディオSUPREME>では、カートリッジ開発の血脈を現代に受け継ぐ3人の開発エンジニアにインタビューを実施。改めて盛り上がるレコード文化を背景に、いまどんな思いで製品開発を行っているのか、たっぷり語っていただいた。
オーディオテクニカのハイエンドMCカートリッジに位置する、「AT-ART9XI」「AT-ART9XA」「AT-ART20」は、近年高い評価を受けています。さらに今年は、フラグシップモデルを飾ってきた「AT-ART1000」が刷新され、「AT-ART1000X」として登場しました。
今回は、これらの4モデルの開発の背景を知りたいと思い、オーディオテクニカの本社を訪問いたしました。そして、担当エンジニアから、カートリッジ開発とアナログ再生への思いも伺いました。
オーディオテクニカの本社は、町田市の西成瀬にあり、斬新で美しいアーティスティックな社屋がとても印象的です。広々としたエントランスホールの奥には、希少価値の高いビンテージ蓄音器などが展示され、そのほとんどは今でも再生が可能です。
この日は、商品開発部ホームリスニング開発課のマネージャー・小泉洋介さん、エンジニアの森田彩さんと川尻庸資さんに、話を伺うことができました。現在のカートリッジ開発の主役を勤める方々です。同社は、VM型からMC型カートリッジまで数々のモデルを発売し、特に近年のハイエンドカートリッジには目を見張るものがあります。まず自己紹介をして頂きました。
小泉 今年で入社22年目となります。入社前はヘッドホン開発を目指していたのですが、アナログ好きであったので、研修中にカートリッジ開発の道に進みました。それからずっとカートリッジ開発に関わっていますね。
森田 私は元々、量子化学を専攻していました。入社した時期は、ちょうど創立50周年記念でもあり、研修中にもたくさんのレコード再生を体験しました。CDで育ってきましたから、レコード再生から得られる、コンサート会場にいるような生々しい音に衝撃を受け、迷わずカートリッジ開発を希望しました。
川尻 私は学生時代、物理化学を専攻していました。水素生成などをやってましたね。本当はヘッドホン開発を希望していましたが、実家で父が聴いていたレコードの音にも興味をもち、カートリッジ開発の道に進みました。
開放的で明るい表情で皆さん語ってくださり、最初から開発への熱意を感じました。
同社は、プロ用機器や産業機器も手掛け、開発設備や工場も世界最大規模ではないかと想像しています。カートリッジ製品数も多く、OEMも数多く手がけています。そこで、今のアナログ再生をどのように捉え、製品化しているのか、質問してみました。
小泉 アナログだから豊かで伸びやかな音であるべきとか、ノスタルジックな音であるべきとは、考えていません。レコードの音がストレートに表せるようにしています。ですから、VMシリーズのエントリーモデルであっても、かなりクオリティが高いと自負しています。セパレーションなどの諸特性も、できる限り高めています。
ハイエンドモデルに関して目指していることは、ピックアップとしての色付けはしたくないことです。コストを度外視した諸特性にも優れた製品を作りたいですし、担当エンジニアの個性も出したいです。喜ばしいことに創業以来、OEM製品も評価され、1970年代には世界の70〜80%程度のシェアを持っていたという話も聞いています。現在でも約20社へ製品を送り出しています。
ここからは、実際に開発した製品について語っていただきました。まずは、私のリファレンスモデルの一つでもあるAT-ART9シリーズです。2モデル用意されており、XIは鉄心MC、XAは空芯MCという違いがあります。
個人的には、この両製品はセット使いして欲しいと言いたくなります。大きな特徴は筐体を重くせず、異種素材を組み合わせ、高い制振効果を獲得し軽量化していることです。内部インピーダンスも扱いやすい12Ω。本体重量も同じで、同じヘッドシェルを使えば、即交換し再生できるため、セットで楽しめます。
これらの音に共通することは、実にハイエンド、空間描写性の高い高解像度かつワイドレンジ再生が魅力的で、弱音から強音までのダイナミックレンジも広いことです。価格を遥かに超えた印象も受けています。
音の違いとしては、XIは、奏者の輪郭を明瞭にし、空間にリアルに再現するハイエンド・サウンドが魅力。対して、XAは音の立ち上がりが自然で、音に透明感があり、滑らかな音色が魅力です。クラシックコンサートで体験する近い音のように感じます。
両モデルの開発コンセプトを伺いました。
小泉 私が「AT-ART9」(鉄心MC)と「AT-ART7」(空芯MC)を手掛けてきました。その次の段階として、鉄心と空芯という違うコンセプトで、同じクオリティの製品が作れないかとチャレンジしたわけです。同じART9という型番でXI(鉄心)とXA(空芯)の2種類を作りたかったのです。両方の良さを最大限に出したいと考えました。
川尻 XI(鉄心)を担当しました。本機専用の強力な磁気回路を搭載するなどの技術開発も重要でしたが、実際に製造する工場担当者との連携もとても大切でした。こうした方が良いという工場担当者の意見も重視しました。取り付けやすさを考慮して、本体ネジ切り方式も採用しました。
森田 XA(空芯)担当です。試作段階では、コイルサイズを変えるなど、手作りで試行錯誤して出力電圧を高める開発を進めました(最終的に0.2mV出力を達成)。空芯MCは、理論的にも鉄心MCよりも出力電圧が低くなり、低音が控えめとなります。そこで、VM型で低域の量感を高めることに成功したこともあり、シバタ針を採用し低域の量感を高めることに成功しました。
こうしたなか、さらにハイエンドな「AT-ART20」が登場しました。まず感激したことは、美しい筐体デザインです。光沢があり、新幹線や航空機の先頭部を思わせる形状のチタン・ハウジングには、100年以上の歴史を誇る福井県鯖江市の眼鏡産業で培われた切削、研磨技術が使われています。
ベース部はアルミ製で、アンダーカバーにはゴム系のエラストマーを使用し、異種素材の組み合わせで、微細振動を徹底排除しています。強力な磁気回路を搭載し、スタイラスチップは極小のチタンで補強され、ボロンカンチレバーの根元にはステップド・パイプを採用しています。
その音は、鉄心でありながらも空芯に極めて近い透明度の高い、滑らかな音が特徴です。かなり解像度が高く、ワイドレンジでダイナミックレンジが広い印象を受けています。AT-ART20を担当した森田さんに話を聞きました。
森田 AT-ART20を担当しました。コロナ禍ということもあり、良い意味で集中する余裕もありましたから、自分の開発の思いを試行錯誤しながら試すこともできました。
まず、3Dプリンターも活用することで、有機的なデザインにしたいと考えました。出力電圧を上げるために、AT-ART1000の開発に立ち会っていた際に思いついて温めていた、フロント・ヨークの厚みを増やすことも行いました。すると、音場の広がり感が向上しました。チップ補強板の材質に注目し、ステンレスからチタンに変えることで信号伝搬特性を向上させることができました。出力端子の素材やメッキも検討しました。ステップド・パイプも伝搬特性や解像度に大きく貢献したと思います。
実に熱心かつインパクトのある語り口で、開発者としての理想の技術と音質が達成できた印象を受けました。
最後に最新のフラグシップモデル「AT-ART1000X」(空芯MC)の開発について尋ねました。AT-ART1000は、自然な音の立ち上がりを示し、極めて解像度が高いワイドレンジ再生が魅力で、音の透明感を極めている印象を受けましたが、AT-ART1000Xでは、明らかにこれらの特徴を進化させ、録音場所の空気感など、微細な情報を今まで以上に再生し超立体空間を描写しています。
まさに、生々しい音で、強音はもちろんのこと、音楽再生でエッセンシャルな弱音や豊かな倍音再生を鮮明にし、音楽の躍動感や深淵な表現を存分に再生してきます。その音はまさにアグレッシブでもあり、アナログの高解像度再生の域に到達した印象を受けています。
川尻 AT-ART1000Xは私が担当しました。AT-ART9XAと共通するところがあります。まずは、とにかく出力電圧を上げたかったです。初めは、フロントとリア・ヨークの厚みを上げるチャレンジを行い、色々な厚みのヨークを試しました。しかし、確かに磁束密度は高まりましたが、カートリッジとして動作させたときの出力は残念ながら上がりませんでした。そこで、発電コイルの直径を0.9mmから1.1mmに広げてみました。しかし、出力が上がりましたが、音質が損なわれる印象がありました。ならば、形状を変えたらどうなるかと思い、形状変更にチャレンジしました。
これも大変な作業でしたが、結果としては、1.1mm×0.6mmの四角形コイルで出力電圧を上げることができました。これにより、理論的には予想されていたコイルがヨークに被さる長さが長いほど(円で言えば直径に近いほど、四角形では辺が長いほど)発電効率が高まることが確認できました。強力な磁気回路の効果も発揮され、より高解像度で3D的な空間描写も実現でき、低域の量感も増しています。実際の製造は、本社近くの成瀬工場で行われます。
川尻さんの語り口も、自信に満ち溢れ、ご自身の求める、もっと良い音、もっと生々しい音への達成への意気込みを感じることができました。
今後の展開を小泉マネージャーが語って下さいました。
小泉 ハイエンド方向もありますが、リーズナブルプライスで良いモノを、という方向性は変わりません。世界中に愛用者がいらっしゃいますから、開発もグローバルであるべきです。私たちのモチベーションとしては、何よりもリスナーがレコードを楽しんでくれることですね。技術的なところでは、最新材料が使え、磁気回路などを進化できることが興味深いです。この先も新製品を登場させていきます。
とても開放的で前向きなモノづくりの意気込みを感じた素晴らしい訪問取材となりました。「音は技術の反映」、それをこの3人のエンジニアは、語っているように実感しています。
最後にリスニングルームも紹介していただきました。ソナス・ファベールのハイエンドスピーカー「Il Cremonese」をパス・ラボのA級モノラル・パワーアンプでドライブし、スパイラルグルーヴのプレーヤーも使っています。
オーディオテクニカの今後の新製品からも目が離せないです。本当に価値ある訪問となりました。
今回の連載<オーディオSUPREME>では、カートリッジ開発の血脈を現代に受け継ぐ3人の開発エンジニアにインタビューを実施。改めて盛り上がるレコード文化を背景に、いまどんな思いで製品開発を行っているのか、たっぷり語っていただいた。
ハイエンドMCカートリッジ開発を手掛ける3人のエンジニア
オーディオテクニカのハイエンドMCカートリッジに位置する、「AT-ART9XI」「AT-ART9XA」「AT-ART20」は、近年高い評価を受けています。さらに今年は、フラグシップモデルを飾ってきた「AT-ART1000」が刷新され、「AT-ART1000X」として登場しました。
今回は、これらの4モデルの開発の背景を知りたいと思い、オーディオテクニカの本社を訪問いたしました。そして、担当エンジニアから、カートリッジ開発とアナログ再生への思いも伺いました。
オーディオテクニカの本社は、町田市の西成瀬にあり、斬新で美しいアーティスティックな社屋がとても印象的です。広々としたエントランスホールの奥には、希少価値の高いビンテージ蓄音器などが展示され、そのほとんどは今でも再生が可能です。
この日は、商品開発部ホームリスニング開発課のマネージャー・小泉洋介さん、エンジニアの森田彩さんと川尻庸資さんに、話を伺うことができました。現在のカートリッジ開発の主役を勤める方々です。同社は、VM型からMC型カートリッジまで数々のモデルを発売し、特に近年のハイエンドカートリッジには目を見張るものがあります。まず自己紹介をして頂きました。
小泉 今年で入社22年目となります。入社前はヘッドホン開発を目指していたのですが、アナログ好きであったので、研修中にカートリッジ開発の道に進みました。それからずっとカートリッジ開発に関わっていますね。
森田 私は元々、量子化学を専攻していました。入社した時期は、ちょうど創立50周年記念でもあり、研修中にもたくさんのレコード再生を体験しました。CDで育ってきましたから、レコード再生から得られる、コンサート会場にいるような生々しい音に衝撃を受け、迷わずカートリッジ開発を希望しました。
川尻 私は学生時代、物理化学を専攻していました。水素生成などをやってましたね。本当はヘッドホン開発を希望していましたが、実家で父が聴いていたレコードの音にも興味をもち、カートリッジ開発の道に進みました。
開放的で明るい表情で皆さん語ってくださり、最初から開発への熱意を感じました。
同社は、プロ用機器や産業機器も手掛け、開発設備や工場も世界最大規模ではないかと想像しています。カートリッジ製品数も多く、OEMも数多く手がけています。そこで、今のアナログ再生をどのように捉え、製品化しているのか、質問してみました。
小泉 アナログだから豊かで伸びやかな音であるべきとか、ノスタルジックな音であるべきとは、考えていません。レコードの音がストレートに表せるようにしています。ですから、VMシリーズのエントリーモデルであっても、かなりクオリティが高いと自負しています。セパレーションなどの諸特性も、できる限り高めています。
ハイエンドモデルに関して目指していることは、ピックアップとしての色付けはしたくないことです。コストを度外視した諸特性にも優れた製品を作りたいですし、担当エンジニアの個性も出したいです。喜ばしいことに創業以来、OEM製品も評価され、1970年代には世界の70〜80%程度のシェアを持っていたという話も聞いています。現在でも約20社へ製品を送り出しています。
空芯・鉄心モデルをそれぞれ用意したAT-ART9シリーズ
ここからは、実際に開発した製品について語っていただきました。まずは、私のリファレンスモデルの一つでもあるAT-ART9シリーズです。2モデル用意されており、XIは鉄心MC、XAは空芯MCという違いがあります。
個人的には、この両製品はセット使いして欲しいと言いたくなります。大きな特徴は筐体を重くせず、異種素材を組み合わせ、高い制振効果を獲得し軽量化していることです。内部インピーダンスも扱いやすい12Ω。本体重量も同じで、同じヘッドシェルを使えば、即交換し再生できるため、セットで楽しめます。
これらの音に共通することは、実にハイエンド、空間描写性の高い高解像度かつワイドレンジ再生が魅力的で、弱音から強音までのダイナミックレンジも広いことです。価格を遥かに超えた印象も受けています。
音の違いとしては、XIは、奏者の輪郭を明瞭にし、空間にリアルに再現するハイエンド・サウンドが魅力。対して、XAは音の立ち上がりが自然で、音に透明感があり、滑らかな音色が魅力です。クラシックコンサートで体験する近い音のように感じます。
両モデルの開発コンセプトを伺いました。
小泉 私が「AT-ART9」(鉄心MC)と「AT-ART7」(空芯MC)を手掛けてきました。その次の段階として、鉄心と空芯という違うコンセプトで、同じクオリティの製品が作れないかとチャレンジしたわけです。同じART9という型番でXI(鉄心)とXA(空芯)の2種類を作りたかったのです。両方の良さを最大限に出したいと考えました。
川尻 XI(鉄心)を担当しました。本機専用の強力な磁気回路を搭載するなどの技術開発も重要でしたが、実際に製造する工場担当者との連携もとても大切でした。こうした方が良いという工場担当者の意見も重視しました。取り付けやすさを考慮して、本体ネジ切り方式も採用しました。
森田 XA(空芯)担当です。試作段階では、コイルサイズを変えるなど、手作りで試行錯誤して出力電圧を高める開発を進めました(最終的に0.2mV出力を達成)。空芯MCは、理論的にも鉄心MCよりも出力電圧が低くなり、低音が控えめとなります。そこで、VM型で低域の量感を高めることに成功したこともあり、シバタ針を採用し低域の量感を高めることに成功しました。
さらにワイドレンジな「AT-ART20」の開発秘話
こうしたなか、さらにハイエンドな「AT-ART20」が登場しました。まず感激したことは、美しい筐体デザインです。光沢があり、新幹線や航空機の先頭部を思わせる形状のチタン・ハウジングには、100年以上の歴史を誇る福井県鯖江市の眼鏡産業で培われた切削、研磨技術が使われています。
ベース部はアルミ製で、アンダーカバーにはゴム系のエラストマーを使用し、異種素材の組み合わせで、微細振動を徹底排除しています。強力な磁気回路を搭載し、スタイラスチップは極小のチタンで補強され、ボロンカンチレバーの根元にはステップド・パイプを採用しています。
その音は、鉄心でありながらも空芯に極めて近い透明度の高い、滑らかな音が特徴です。かなり解像度が高く、ワイドレンジでダイナミックレンジが広い印象を受けています。AT-ART20を担当した森田さんに話を聞きました。
森田 AT-ART20を担当しました。コロナ禍ということもあり、良い意味で集中する余裕もありましたから、自分の開発の思いを試行錯誤しながら試すこともできました。
まず、3Dプリンターも活用することで、有機的なデザインにしたいと考えました。出力電圧を上げるために、AT-ART1000の開発に立ち会っていた際に思いついて温めていた、フロント・ヨークの厚みを増やすことも行いました。すると、音場の広がり感が向上しました。チップ補強板の材質に注目し、ステンレスからチタンに変えることで信号伝搬特性を向上させることができました。出力端子の素材やメッキも検討しました。ステップド・パイプも伝搬特性や解像度に大きく貢献したと思います。
実に熱心かつインパクトのある語り口で、開発者としての理想の技術と音質が達成できた印象を受けました。
フラグシップモデル「AT-ART1000X」での新挑戦
最後に最新のフラグシップモデル「AT-ART1000X」(空芯MC)の開発について尋ねました。AT-ART1000は、自然な音の立ち上がりを示し、極めて解像度が高いワイドレンジ再生が魅力で、音の透明感を極めている印象を受けましたが、AT-ART1000Xでは、明らかにこれらの特徴を進化させ、録音場所の空気感など、微細な情報を今まで以上に再生し超立体空間を描写しています。
まさに、生々しい音で、強音はもちろんのこと、音楽再生でエッセンシャルな弱音や豊かな倍音再生を鮮明にし、音楽の躍動感や深淵な表現を存分に再生してきます。その音はまさにアグレッシブでもあり、アナログの高解像度再生の域に到達した印象を受けています。
川尻 AT-ART1000Xは私が担当しました。AT-ART9XAと共通するところがあります。まずは、とにかく出力電圧を上げたかったです。初めは、フロントとリア・ヨークの厚みを上げるチャレンジを行い、色々な厚みのヨークを試しました。しかし、確かに磁束密度は高まりましたが、カートリッジとして動作させたときの出力は残念ながら上がりませんでした。そこで、発電コイルの直径を0.9mmから1.1mmに広げてみました。しかし、出力が上がりましたが、音質が損なわれる印象がありました。ならば、形状を変えたらどうなるかと思い、形状変更にチャレンジしました。
これも大変な作業でしたが、結果としては、1.1mm×0.6mmの四角形コイルで出力電圧を上げることができました。これにより、理論的には予想されていたコイルがヨークに被さる長さが長いほど(円で言えば直径に近いほど、四角形では辺が長いほど)発電効率が高まることが確認できました。強力な磁気回路の効果も発揮され、より高解像度で3D的な空間描写も実現でき、低域の量感も増しています。実際の製造は、本社近くの成瀬工場で行われます。
川尻さんの語り口も、自信に満ち溢れ、ご自身の求める、もっと良い音、もっと生々しい音への達成への意気込みを感じることができました。
リスナーがレコードを楽しんでくれることが一番のモチベーション
今後の展開を小泉マネージャーが語って下さいました。
小泉 ハイエンド方向もありますが、リーズナブルプライスで良いモノを、という方向性は変わりません。世界中に愛用者がいらっしゃいますから、開発もグローバルであるべきです。私たちのモチベーションとしては、何よりもリスナーがレコードを楽しんでくれることですね。技術的なところでは、最新材料が使え、磁気回路などを進化できることが興味深いです。この先も新製品を登場させていきます。
とても開放的で前向きなモノづくりの意気込みを感じた素晴らしい訪問取材となりました。「音は技術の反映」、それをこの3人のエンジニアは、語っているように実感しています。
最後にリスニングルームも紹介していただきました。ソナス・ファベールのハイエンドスピーカー「Il Cremonese」をパス・ラボのA級モノラル・パワーアンプでドライブし、スパイラルグルーヴのプレーヤーも使っています。
オーディオテクニカの今後の新製品からも目が離せないです。本当に価値ある訪問となりました。