公開日 2024/08/16 07:00
蓄音器にしか出しえない深い味わい
令和のSP盤復活プロジェクト〈後篇〉 -SP盤の素材となるマテリアルを探せ!-
ファイルウェブオーディオ編集部・筑井真奈
令和の時代にSP盤を復刻させようという日本コロムビアの狂気のプロジェクト。後篇ではSP盤の素材についての悪戦苦闘の物語をお届けしよう。
前篇でもお伝えした通り、当時のSP盤に使われていた素材「シェラック」を入手することは現在では難しい。そのため素材をイチから検討するところから復刻活動は始まった。
現在のレコード盤は塩ビがメインの素材として活用されているが、蓄音器で鳴らすには少々「柔らかすぎる」。そのため硬くてしっかりした素材が必要だが、硬すぎても針先が溝をスムーズに滑ってくれない。
その課題を解決してくれたのがテクノUMGという樹脂をメインとする会社。JSR、宇部興産、三菱ケミカルを親会社として2018年に誕生した会社で、ABSと呼ばれる樹脂の日本での市場シェア6割程度を握っているという。オーディオ関連でもテレビの縁やリモコン、CDのディスクトレイなどにも使われているそうで、間違いなく日常的にお世話になっている会社である。
テクノUMGの武内さんも「最初にお話をいただいた時は、これは難しいぞ…と頭をかかえました」。「まずはいろいろなサンプルを作り、実際にカッティングのトライアルを重ねました。その結果、最終的にAESという私たちの持っている素材だとかなりうまくいくことが分かったんです」。
AESといえばAudio Engineering Society…ではもちろんなく、acrylonitrile ethylene styreneの略。樹脂にエチレンプロピレンジエンゴムを配合することで、耐久性が高いことに加えて“しなやかさ”も持ち合わせた素材だという。実際に触ってみるとABSよりもすこし弾性感がある印象だ。
ちなみに黒い盤なのは素材の色ではもちろんなく、SP盤である以上黒くないと「なにか落ち着かない」という理由によるもの。黒以外でももちろん制作は可能だ。また八角形となっているのも深い意味があるわけではなく、「生産上の都合で端を切り落としているだけです」とのこと。
現代のレコード製造では、ラッカー盤(凹)から「金属原盤」(凸)をつくり、塩ビの塊を押し出してレコード(凹)を作るというのが基本工程となる。今回のSP盤でも、同様にラッカー盤から「シリコン原盤」(凸)をつくってSP盤(凹)を作成している。
このシリコンゴム型を作成しているのがmicro-AMSという会社である。冬木さんによると「電子レンジのメカニズム」で型取りをおこなっているいう。
ラッカー盤の音溝を転写したシリコンゴム型にマイクロ波を照射し、型を加熱することで型内に充填した樹脂(AES樹脂等)を溶融させると同時に、ゴム型の音溝が樹脂に転写する、というのが基本の考え方。だが、その熱の加え方が「オーブン」ではなく「電子レンジ」というのが特徴だ。表面から熱を加えるのではなく、中の分子構造を震わせて熱を発生させてシリコンを溶かし、型取りを行っているのだという。
「オーブン方式だと表面だけが先に熱を持ってしまうので、思った通りに型取りができないんです」と冬木さん。ただし1枚1枚「電子レンジ」で加熱するイメージなので、取材時点では1日1枚しか製造できないという。量産性には大いに課題あり、ということだ。
それでもなんとか「カッティングマシン」と「SP盤の素材」問題を解決し、SP盤の復刻が現実味を帯びてきた。そしてこの1月、令和版SP盤のプロトタイプが完成。「これまではスイープ音とかテストトーンばかりを入れて聴いてばかりいたので、ちゃんと音楽を入れられるところまできたのは本当に嬉しいですよ」と喜びもひとしお。
ここまで辿り着くのにすでに7年間が経過。日本コロムビアの執念には恐れ入るばかりだ。
早速蓄音器でその音を聴かせてもらう。まだシリコン原盤のサイズの都合で1分弱の演奏となる。動画(https://www.youtube.com/watch?v=TJCGy2qifMw)でぜひ試聴してほしいが、蓄音器のラッパから流れてくる趣里のなんともいえない声の魅力にハッと胸を突かれる。高域が伸びているとか、解像度が高いとかそういうことではなくて、人の歌声がそのままストレートに身体に届くような、そんな生々しさを感じさせてくれる。
ちなみにコロムビアの蓄音器では問題なく再生できたが、一部ビクターの蓄音器など、「内側から外側にアームが動かない」ロック機構を搭載している機材では再生できないという。現代のレコードプレーヤーで78回転に対応しているものといえばテクニクスの「SL-1200MK7」やデノンの「DP-3000NE」などがあるが、両社に確認をとったところ、「実際に試したわけではないので確実なことは言えませんが、原理的には(内側から外側への)再生可能なはず」とのこと。
日本コロムビアとしての次の課題は、まずかつてのSPと同じくらいの3分程度は収録できるようにすること。それから…「どうしましょうかね?(笑)」と冬木さん。
「盤を作るのにも1日がかりと、まだとてもとても量産できる体制でもありません。まずはコロムビア所属のアーティストで試作していくことになると思いますが、たとえばイベントで再生するように作る、というようなところからでしょうか。ですから、こういう風に使いたい、あるいはこういうことはできないのか、というアイデアはぜひお待ちしています。またアーティストの方でSP盤を作ってみたい、という声がありましたらぜひお声かけください!」
電気を使わない蓄音器には、蓄音器にしか出しえない深い味わいがある。失われた技術を現代のちからで新しく「再発見」していく日本コロムビアの新しい試み、ぜひ注目していきたい。
マテリアル企業と連携して最適な素材を研究
前篇でもお伝えした通り、当時のSP盤に使われていた素材「シェラック」を入手することは現在では難しい。そのため素材をイチから検討するところから復刻活動は始まった。
現在のレコード盤は塩ビがメインの素材として活用されているが、蓄音器で鳴らすには少々「柔らかすぎる」。そのため硬くてしっかりした素材が必要だが、硬すぎても針先が溝をスムーズに滑ってくれない。
その課題を解決してくれたのがテクノUMGという樹脂をメインとする会社。JSR、宇部興産、三菱ケミカルを親会社として2018年に誕生した会社で、ABSと呼ばれる樹脂の日本での市場シェア6割程度を握っているという。オーディオ関連でもテレビの縁やリモコン、CDのディスクトレイなどにも使われているそうで、間違いなく日常的にお世話になっている会社である。
テクノUMGの武内さんも「最初にお話をいただいた時は、これは難しいぞ…と頭をかかえました」。「まずはいろいろなサンプルを作り、実際にカッティングのトライアルを重ねました。その結果、最終的にAESという私たちの持っている素材だとかなりうまくいくことが分かったんです」。
AESといえばAudio Engineering Society…ではもちろんなく、acrylonitrile ethylene styreneの略。樹脂にエチレンプロピレンジエンゴムを配合することで、耐久性が高いことに加えて“しなやかさ”も持ち合わせた素材だという。実際に触ってみるとABSよりもすこし弾性感がある印象だ。
ちなみに黒い盤なのは素材の色ではもちろんなく、SP盤である以上黒くないと「なにか落ち着かない」という理由によるもの。黒以外でももちろん制作は可能だ。また八角形となっているのも深い意味があるわけではなく、「生産上の都合で端を切り落としているだけです」とのこと。
シリコン原盤作成にも一苦労
現代のレコード製造では、ラッカー盤(凹)から「金属原盤」(凸)をつくり、塩ビの塊を押し出してレコード(凹)を作るというのが基本工程となる。今回のSP盤でも、同様にラッカー盤から「シリコン原盤」(凸)をつくってSP盤(凹)を作成している。
このシリコンゴム型を作成しているのがmicro-AMSという会社である。冬木さんによると「電子レンジのメカニズム」で型取りをおこなっているいう。
ラッカー盤の音溝を転写したシリコンゴム型にマイクロ波を照射し、型を加熱することで型内に充填した樹脂(AES樹脂等)を溶融させると同時に、ゴム型の音溝が樹脂に転写する、というのが基本の考え方。だが、その熱の加え方が「オーブン」ではなく「電子レンジ」というのが特徴だ。表面から熱を加えるのではなく、中の分子構造を震わせて熱を発生させてシリコンを溶かし、型取りを行っているのだという。
「オーブン方式だと表面だけが先に熱を持ってしまうので、思った通りに型取りができないんです」と冬木さん。ただし1枚1枚「電子レンジ」で加熱するイメージなので、取材時点では1日1枚しか製造できないという。量産性には大いに課題あり、ということだ。
それでもなんとか「カッティングマシン」と「SP盤の素材」問題を解決し、SP盤の復刻が現実味を帯びてきた。そしてこの1月、令和版SP盤のプロトタイプが完成。「これまではスイープ音とかテストトーンばかりを入れて聴いてばかりいたので、ちゃんと音楽を入れられるところまできたのは本当に嬉しいですよ」と喜びもひとしお。
ここまで辿り着くのにすでに7年間が経過。日本コロムビアの執念には恐れ入るばかりだ。
人の歌声がそのままストレートに身体に届いてくる
早速蓄音器でその音を聴かせてもらう。まだシリコン原盤のサイズの都合で1分弱の演奏となる。動画(https://www.youtube.com/watch?v=TJCGy2qifMw)でぜひ試聴してほしいが、蓄音器のラッパから流れてくる趣里のなんともいえない声の魅力にハッと胸を突かれる。高域が伸びているとか、解像度が高いとかそういうことではなくて、人の歌声がそのままストレートに身体に届くような、そんな生々しさを感じさせてくれる。
ちなみにコロムビアの蓄音器では問題なく再生できたが、一部ビクターの蓄音器など、「内側から外側にアームが動かない」ロック機構を搭載している機材では再生できないという。現代のレコードプレーヤーで78回転に対応しているものといえばテクニクスの「SL-1200MK7」やデノンの「DP-3000NE」などがあるが、両社に確認をとったところ、「実際に試したわけではないので確実なことは言えませんが、原理的には(内側から外側への)再生可能なはず」とのこと。
日本コロムビアとしての次の課題は、まずかつてのSPと同じくらいの3分程度は収録できるようにすること。それから…「どうしましょうかね?(笑)」と冬木さん。
「盤を作るのにも1日がかりと、まだとてもとても量産できる体制でもありません。まずはコロムビア所属のアーティストで試作していくことになると思いますが、たとえばイベントで再生するように作る、というようなところからでしょうか。ですから、こういう風に使いたい、あるいはこういうことはできないのか、というアイデアはぜひお待ちしています。またアーティストの方でSP盤を作ってみたい、という声がありましたらぜひお声かけください!」
電気を使わない蓄音器には、蓄音器にしか出しえない深い味わいがある。失われた技術を現代のちからで新しく「再発見」していく日本コロムビアの新しい試み、ぜひ注目していきたい。