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公開日 2023/06/15 12:11
【連載】佐野正弘のITインサイト 第62回
「スマホ値引き上限が2万円から4万円に」を額面通りに受け取ってはいけない理由
佐野正弘
FCNTの経営破綻など、国内スマートフォンメーカーの相次ぐ撤退に大きく影響した要因の1つとされる、行政によるスマートフォンの値引き規制。そのFCNTの経営破綻が明らかになった5月30日、その値引き規制の見直しがなされるとの報道が相次いだ。
それは、同日に実施された総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で、端末値引き規制の見直し案が提示されたため。この中で、現在電気通信事業法で2万円(税抜、以下同様)に規制されている、通信契約に紐づいた端末の値引き額を、税抜で4万円とすることが明らかにされたことから、スマートフォンの値引き規制が緩和されるとの見方が広がったようだ。
そもそも、電気通信事業法が改正され、値引き額が2万円に規制された経緯は非常に不可解なものだった。総務省の試算では、当時の市場環境を考慮して値引き額は約3万円が妥当とされていたのだが、「現在の市場環境を前提とした値引きを許容するのではなく、値引き額の上限をより制限すること」として、3万円よりも「1段階」低い2万円に設定がなされたのである。
だが、「1段階」がなぜ1万円なのか?という根拠はどこにも示されず、当時の「競争ルールの検証に関するWG」でも有識者から疑問や異論が噴出していた。にもかかわらず、総務省がその案を押し通すという非常に強引なかたちで、2万円に規制されることが決まってしまったわけだ。
そこで携帯各社は、税抜2万円で販売でき、法規制上最大限の値引きを適用して1円で販売できる、ローエンドスマートフォンの調達を大幅に強化した。だがメーカーからしてみれば、それだけ安いスマートフォンは利益率が非常に低く、相当の数を売らなければ利益を出すことが難しい。
そこに半導体高騰と円安が発生し、スマートフォンの開発に必要な部材が高騰したことで、ローエンドスマートフォンを提供するメーカーの利益は大幅に圧迫されてしまった。それが体力が弱い国内メーカーを撤退に追い込んだ大きな要因の1つとなったことは確かだろう。
それだけに、値引き額の上限が4万円に緩和される案が提示されたことは、携帯各社が調達するスマートフォンの最低ラインが4万円となり、メーカー側にとって販売価格が上がるなどしてメリットに働く可能性が高い。
だが、話はそう簡単ではない。そもそも総務省が端末値引き規制の見直し案を提示したのは、ここ最近増えていた、いわゆる「1円スマホ」を規制するためだ。これは、スマートフォンの値段を大幅に割り引いて誰でも安く購入できるようにし、通信契約者に対してはさらに法規制上限の2万円を追加することで、法に触れることなくスマートフォンを「一括1円」など激安で販売する値引き手法のこと。総務省では「白ロム割」と呼んでいるようだ。
1円スマホは、総務省が問題視してきたスマートフォンの大幅値引きを復活させただけでなく、誰でもスマートフォンを安く買えることから、その大幅値引きを狙って、いわゆる「転売ヤー」が端末を買い占めるという新たな問題も生み出していた。それゆえ見直し案では、通信契約に紐づく値引き額上限を緩和した一方、従来規制が適用されていない「通信サービスと端末のセット販売に係る白ロム割」が、新たな規制対象とすることが提示されているのだ。
携帯各社のショップでスマートフォンを大幅値引きするのは、セットによる値引きで通信契約を増やすためで、スマートフォンだけを値引き販売することには全くメリットがない。そこで、通信サービスとスマートフォンをセットで契約・購入した時の割引を4万円までに規制することで、1円スマホを撲滅することを総務省は狙っているわけだ。
それゆえ、値引き額上限を4万円に増額したことは、1円スマホをなくす代わりの消費者に向けた緩和措置と見ることもできる。だがここ最近、スマートフォンの販売を伸ばす要因となっていた1円スマホが姿を消せば、端末販売そのものが大きく落ち込む可能性も高く、値引き規制緩和の恩恵も吹き飛びメーカーを苦しめることも考えられる。
ただ、この見直し案がそのままのかたちで確定するかというと、実はそれも分からなくなってきている。なぜなら6月7日、公正取引委員会がこの案に見直しを求めてきたからだ。
公正取引委員会は2023年2月、1円スマホが不当廉売につながる恐れがあるとして進めていた「携帯電話端末の廉価販売に関する緊急実態調査」の結果を公表しているのだが、その中でスマートフォンを販売しているのが携帯電話会社だけでなく、通信契約を伴わない家電量販店や中古端末店なども存在していることから、それらとの競争を公正なものにすべきとしていたのだ。
それゆえ公正取引委員会は、割引額が電気通信事業法上適正であっても、原価割れして販売すること自体が独占禁止法上問題だと考えているようだ。実際6月7日の事務総長定例会見記録を見ると、小林渉事務総長は通信事業者と端末販売会社との競争を公正なものとするため、「総務省における見直しの検討が進むことを期待しております」と発言していることが分かる。
公正取引委員会が案に疑問を呈したとなれば、総務省も無視することはできず何らかの見直しが求められることは確実で、今後提示される内容は、公正取引委員会の意向を組んで値引き額の上限が引き下げられるなど、内容がより厳しくなることが予想される。
公正競争の徹底追及によって、国内のスマートフォン市場は一層縮小を余儀なくされ、端末メーカーにとって見れば分離プランが導入された2007年、先の電気通信事業法改正の2019年に続く、3度目の官製不況が訪れることになりそうだ。
■総務省が端末値引き規制の見直し案を提示
それは、同日に実施された総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で、端末値引き規制の見直し案が提示されたため。この中で、現在電気通信事業法で2万円(税抜、以下同様)に規制されている、通信契約に紐づいた端末の値引き額を、税抜で4万円とすることが明らかにされたことから、スマートフォンの値引き規制が緩和されるとの見方が広がったようだ。
そもそも、電気通信事業法が改正され、値引き額が2万円に規制された経緯は非常に不可解なものだった。総務省の試算では、当時の市場環境を考慮して値引き額は約3万円が妥当とされていたのだが、「現在の市場環境を前提とした値引きを許容するのではなく、値引き額の上限をより制限すること」として、3万円よりも「1段階」低い2万円に設定がなされたのである。
だが、「1段階」がなぜ1万円なのか?という根拠はどこにも示されず、当時の「競争ルールの検証に関するWG」でも有識者から疑問や異論が噴出していた。にもかかわらず、総務省がその案を押し通すという非常に強引なかたちで、2万円に規制されることが決まってしまったわけだ。
そこで携帯各社は、税抜2万円で販売でき、法規制上最大限の値引きを適用して1円で販売できる、ローエンドスマートフォンの調達を大幅に強化した。だがメーカーからしてみれば、それだけ安いスマートフォンは利益率が非常に低く、相当の数を売らなければ利益を出すことが難しい。
そこに半導体高騰と円安が発生し、スマートフォンの開発に必要な部材が高騰したことで、ローエンドスマートフォンを提供するメーカーの利益は大幅に圧迫されてしまった。それが体力が弱い国内メーカーを撤退に追い込んだ大きな要因の1つとなったことは確かだろう。
それだけに、値引き額の上限が4万円に緩和される案が提示されたことは、携帯各社が調達するスマートフォンの最低ラインが4万円となり、メーカー側にとって販売価格が上がるなどしてメリットに働く可能性が高い。
だが、話はそう簡単ではない。そもそも総務省が端末値引き規制の見直し案を提示したのは、ここ最近増えていた、いわゆる「1円スマホ」を規制するためだ。これは、スマートフォンの値段を大幅に割り引いて誰でも安く購入できるようにし、通信契約者に対してはさらに法規制上限の2万円を追加することで、法に触れることなくスマートフォンを「一括1円」など激安で販売する値引き手法のこと。総務省では「白ロム割」と呼んでいるようだ。
1円スマホは、総務省が問題視してきたスマートフォンの大幅値引きを復活させただけでなく、誰でもスマートフォンを安く買えることから、その大幅値引きを狙って、いわゆる「転売ヤー」が端末を買い占めるという新たな問題も生み出していた。それゆえ見直し案では、通信契約に紐づく値引き額上限を緩和した一方、従来規制が適用されていない「通信サービスと端末のセット販売に係る白ロム割」が、新たな規制対象とすることが提示されているのだ。
携帯各社のショップでスマートフォンを大幅値引きするのは、セットによる値引きで通信契約を増やすためで、スマートフォンだけを値引き販売することには全くメリットがない。そこで、通信サービスとスマートフォンをセットで契約・購入した時の割引を4万円までに規制することで、1円スマホを撲滅することを総務省は狙っているわけだ。
それゆえ、値引き額上限を4万円に増額したことは、1円スマホをなくす代わりの消費者に向けた緩和措置と見ることもできる。だがここ最近、スマートフォンの販売を伸ばす要因となっていた1円スマホが姿を消せば、端末販売そのものが大きく落ち込む可能性も高く、値引き規制緩和の恩恵も吹き飛びメーカーを苦しめることも考えられる。
ただ、この見直し案がそのままのかたちで確定するかというと、実はそれも分からなくなってきている。なぜなら6月7日、公正取引委員会がこの案に見直しを求めてきたからだ。
公正取引委員会は2023年2月、1円スマホが不当廉売につながる恐れがあるとして進めていた「携帯電話端末の廉価販売に関する緊急実態調査」の結果を公表しているのだが、その中でスマートフォンを販売しているのが携帯電話会社だけでなく、通信契約を伴わない家電量販店や中古端末店なども存在していることから、それらとの競争を公正なものにすべきとしていたのだ。
それゆえ公正取引委員会は、割引額が電気通信事業法上適正であっても、原価割れして販売すること自体が独占禁止法上問題だと考えているようだ。実際6月7日の事務総長定例会見記録を見ると、小林渉事務総長は通信事業者と端末販売会社との競争を公正なものとするため、「総務省における見直しの検討が進むことを期待しております」と発言していることが分かる。
公正取引委員会が案に疑問を呈したとなれば、総務省も無視することはできず何らかの見直しが求められることは確実で、今後提示される内容は、公正取引委員会の意向を組んで値引き額の上限が引き下げられるなど、内容がより厳しくなることが予想される。
公正競争の徹底追及によって、国内のスマートフォン市場は一層縮小を余儀なくされ、端末メーカーにとって見れば分離プランが導入された2007年、先の電気通信事業法改正の2019年に続く、3度目の官製不況が訪れることになりそうだ。