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公開日 2023/11/30 10:56
【連載】佐野正弘のITインサイト 第85回
総務省が熱を上げる「携帯料金引き下げ」、競争が加速しない理由を歴史から振り返る
佐野正弘
先日総務省が公開した「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」で、総務省がいわゆる「1円スマホ」などスマートフォンの大幅値引き販売を規制するための新たな規制を打ち出したことが明らかとなった。そして11月22日には、その実現のために電気通信事業法の一部を改正することが打ち出され、2023年12月27日から新しい規制が適用されることが決まったようだ。
ただ、スマートフォンの値引き規制や中古スマートフォンの販売促進など、総務省が打ち出す規制は全て、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの携帯大手3社のシェアが高止まりしている現状を変えたいがためのもの。それゆえ総務省は、携帯大手からネットワークを借りてサービス提供しているMVNOや、新規参入の楽天モバイルのシェアを伸ばして3社のシェアを下げ、寡占状態を解消する取り組みに力を入れてきた。
中でも熱心に取り組んできたのが、1つにスマートフォンの大幅値引き規制、そしてもう1つは、割引などの代わりに長期間の契約を求めるいわゆる“縛り”の解消である。その一方で総務省は、スマートフォンの安売りではなく通信料金の値下げで競争をすることを携帯各社に求め、前首相の菅義偉氏の政権下では政治的圧力で大手3社に値引きを迫ることにより、大幅値引きを実現するに至っている。
一連の取り組みの末に、総務省の待望でもあった端末大幅値引きの規制と“縛り”の解消が進み、料金も引き下がったことから安いサービスにユーザーが流れ、通信料金の引き下げ競争が加速し携帯大手のシェアが激減する…と、総務省は目論んでいたはずだ。だが実態は、全く逆の状況となっている。
実際、3社のシェアは徐々に下がってきているとはいえ、依然9割を超えていることに変わりはない。MVNOのシェアは横ばい傾向にあるし、楽天モバイルもMVNO並みにシェアが伸びてきてはいるものの、2022年に月額0円で利用できるプランを終了したことで、一時ユーザー数が減少。最近では回復傾向にあるが契約数が劇的に伸びているわけではなく、依然苦戦が続いている。
一方で、政府主導による料金引き下げ後の2021年2月以降に提供され、総務省が「新料金プラン」と位置付けるプランに乗り換えているユーザーの数は、2023年9月末時点で約5960万。増えてはいるが、依然携帯電話契約数(2022年9月末時点でおよそ1億4740万とされている)の5割を切っている状況に変わりはない。
この結果からは少なくとも、携帯電話を契約している半数以上の人が、2021年2月以降も同じ料金プランを使い続けており、携帯電話会社も乗り換えていないことが分かる。総務省の狙いとは裏腹に、競争があまり加速していない様子を見て取ることができるだろう。
ではなぜ、新プランに移行しないのか。総務省が6000人に実施したアンケート結果を見ると、乗り換えない理由として最も多いのが「特に理由はない」、次いで多いのが、「現在利用しているプランに特に不便を感じていないから」となっている。他の理由を見ても、「新料金プランに魅力を感じないから」「興味がないから」「現在の通信会社が最も満足できるから」など、現在のプランにポジティブ、あるいは特に不満を抱いていないという回答が比較的多いようだ。
総務省はその理由の中から、あえてネガティブかつ比較的割合が高い「手続きを行うことが面倒だから」が乗り換えの障壁になっていると見て、いつでも簡単に携帯電話会社を乗り換えやすくなったことを周知することに力を入れるとしている。ただそれよりも、古い料金プランに満足しているという声の方が明らかに多いことを見逃すべきではないし、乗り換えたくない人を無理に乗り換えさせることに力を注ぐというのもおかしな話だ。
そうしたことを考えると、携帯電話料金を引き下げて乗り換えの障壁を減らせば、人々が積極的に乗り換えて競争が進むという、総務省の方針自体に誤りがあるのではないかと筆者は見ている。実際、これまでの携帯電話サービスの歴史を振り返っても、料金施策でユーザー数が大きく動き、競争促進につながったケースは決して多いとは言えない。
むしろ過去の歴史を振り返ると、競争を促進していたのは端末とその料金であったことが見えてくる。その象徴的な事例がiPhoneだ。2008年にiPhoneを最初に販売したソフトバンクの前身にあたるソフトバンクモバイルは、販売当初苦戦したことを受けて、「iPhone for Everybody」キャンペーンによりiPhoneの一部機種を実質0円で販売。それ以降急速にiPhoneの販売が伸びて他社から顧客を奪い、契約数を拡大していった。
その後、KDDIが2011年にiPhoneを販売して以降は、両社によるiPhoneの販売合戦が過熱。そのあおりを大きく受けて、iPhoneを販売していなかった最大手のNTTドコモが毎月10万単位で契約数を減らし、2013年にiPhoneの販売を開始するまでシェアを激減させるなど、競争激化で大きなシェア変動が起きていたのだ。
また、2012年に買収されソフトバンクのワイモバイルブランドの前身となっているイー・アクセス(イー・モバイル)も、2007年の参入以降シェアを急拡大させたことがある。その要因は、パソコンに接続して利用するデータ通信端末やモバイルWi-Fiルーターと、当時「ネットブック」と呼ばれていた低価格のモバイルノートパソコンをセットにし、実質1円など非常に安い価格で販売する「1円PC」という販売手法であり、やはり端末に関連する施策が大きく影響していた。
さらに、古い話を挙げるならば2G時代、ソフトバンクのさらに前身にあたるJ-フォングループが、カラーディスプレイやカメラを搭載した当時としては非常に先進的な携帯電話を積極的に投入。その結果、通信方式の違いもあって先進的な端末の投入が遅れていたKDDIと2002年にシェアを逆転し、業界2位に躍り出たことがある。
一方でその後KDDIは、「着うた」など先進的なサービスに対応した高性能端末を次々投入したことにより、英ボーダフォンによる買収で日本のユーザーニーズに合わない端末が増加するなど端末施策に混乱が生じたJ-フォンを再び逆転するに至っている。こうした歴史を振り返ると、ユーザーを動かしているのはやはり魅力的な端末であることが理解できるのではないだろうか。
そして、魅力的な端末と値引きが競争力向上につながることは、大幅値引きに反対していたMVNOの動向からも見えてくる。かつてであれば「OCNモバイルONE」を展開していたNTTレゾナントの「goo Simseller」、最近であればMVNOの大手であるインターネットイニシアティブの「IIJmio」や、オプテージの「mineo」などが端末の調達を増やし、その値引きにも力を入れるようになっているのだ。
さらに、今回の電気通信事業法改正によって、IIJmioやmineoなど携帯電話会社の系列ではない独立系のMVNOが、端末値引きなどの規制対象から外れることとなる。それゆえMVNOは、むしろ今後端末値引きをしやすくなることから、ある程度企業体力のあるMVNOが端末値引きで勝負してくる可能性も十分考えられるだろう。
これら一連の傾向から、携帯電話会社の競争を促進するのは通信料金ではなく端末であることが明白であり、魅力的な端末の開発や販売促進につながる施策こそ国には求められているはずなのだが、総務省が現在の方針を見直すつもりはないようだ。
こうした総務省の方針が続く限り、市場競争の停滞は続き、日本のスマートフォン市場だけでなく、携帯電話市場全体が衰退する要因にもなりかねないだろう。
■総務省が推し進める新規制の影響
ただ、スマートフォンの値引き規制や中古スマートフォンの販売促進など、総務省が打ち出す規制は全て、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの携帯大手3社のシェアが高止まりしている現状を変えたいがためのもの。それゆえ総務省は、携帯大手からネットワークを借りてサービス提供しているMVNOや、新規参入の楽天モバイルのシェアを伸ばして3社のシェアを下げ、寡占状態を解消する取り組みに力を入れてきた。
中でも熱心に取り組んできたのが、1つにスマートフォンの大幅値引き規制、そしてもう1つは、割引などの代わりに長期間の契約を求めるいわゆる“縛り”の解消である。その一方で総務省は、スマートフォンの安売りではなく通信料金の値下げで競争をすることを携帯各社に求め、前首相の菅義偉氏の政権下では政治的圧力で大手3社に値引きを迫ることにより、大幅値引きを実現するに至っている。
一連の取り組みの末に、総務省の待望でもあった端末大幅値引きの規制と“縛り”の解消が進み、料金も引き下がったことから安いサービスにユーザーが流れ、通信料金の引き下げ競争が加速し携帯大手のシェアが激減する…と、総務省は目論んでいたはずだ。だが実態は、全く逆の状況となっている。
実際、3社のシェアは徐々に下がってきているとはいえ、依然9割を超えていることに変わりはない。MVNOのシェアは横ばい傾向にあるし、楽天モバイルもMVNO並みにシェアが伸びてきてはいるものの、2022年に月額0円で利用できるプランを終了したことで、一時ユーザー数が減少。最近では回復傾向にあるが契約数が劇的に伸びているわけではなく、依然苦戦が続いている。
一方で、政府主導による料金引き下げ後の2021年2月以降に提供され、総務省が「新料金プラン」と位置付けるプランに乗り換えているユーザーの数は、2023年9月末時点で約5960万。増えてはいるが、依然携帯電話契約数(2022年9月末時点でおよそ1億4740万とされている)の5割を切っている状況に変わりはない。
この結果からは少なくとも、携帯電話を契約している半数以上の人が、2021年2月以降も同じ料金プランを使い続けており、携帯電話会社も乗り換えていないことが分かる。総務省の狙いとは裏腹に、競争があまり加速していない様子を見て取ることができるだろう。
ではなぜ、新プランに移行しないのか。総務省が6000人に実施したアンケート結果を見ると、乗り換えない理由として最も多いのが「特に理由はない」、次いで多いのが、「現在利用しているプランに特に不便を感じていないから」となっている。他の理由を見ても、「新料金プランに魅力を感じないから」「興味がないから」「現在の通信会社が最も満足できるから」など、現在のプランにポジティブ、あるいは特に不満を抱いていないという回答が比較的多いようだ。
総務省はその理由の中から、あえてネガティブかつ比較的割合が高い「手続きを行うことが面倒だから」が乗り換えの障壁になっていると見て、いつでも簡単に携帯電話会社を乗り換えやすくなったことを周知することに力を入れるとしている。ただそれよりも、古い料金プランに満足しているという声の方が明らかに多いことを見逃すべきではないし、乗り換えたくない人を無理に乗り換えさせることに力を注ぐというのもおかしな話だ。
そうしたことを考えると、携帯電話料金を引き下げて乗り換えの障壁を減らせば、人々が積極的に乗り換えて競争が進むという、総務省の方針自体に誤りがあるのではないかと筆者は見ている。実際、これまでの携帯電話サービスの歴史を振り返っても、料金施策でユーザー数が大きく動き、競争促進につながったケースは決して多いとは言えない。
むしろ過去の歴史を振り返ると、競争を促進していたのは端末とその料金であったことが見えてくる。その象徴的な事例がiPhoneだ。2008年にiPhoneを最初に販売したソフトバンクの前身にあたるソフトバンクモバイルは、販売当初苦戦したことを受けて、「iPhone for Everybody」キャンペーンによりiPhoneの一部機種を実質0円で販売。それ以降急速にiPhoneの販売が伸びて他社から顧客を奪い、契約数を拡大していった。
その後、KDDIが2011年にiPhoneを販売して以降は、両社によるiPhoneの販売合戦が過熱。そのあおりを大きく受けて、iPhoneを販売していなかった最大手のNTTドコモが毎月10万単位で契約数を減らし、2013年にiPhoneの販売を開始するまでシェアを激減させるなど、競争激化で大きなシェア変動が起きていたのだ。
また、2012年に買収されソフトバンクのワイモバイルブランドの前身となっているイー・アクセス(イー・モバイル)も、2007年の参入以降シェアを急拡大させたことがある。その要因は、パソコンに接続して利用するデータ通信端末やモバイルWi-Fiルーターと、当時「ネットブック」と呼ばれていた低価格のモバイルノートパソコンをセットにし、実質1円など非常に安い価格で販売する「1円PC」という販売手法であり、やはり端末に関連する施策が大きく影響していた。
さらに、古い話を挙げるならば2G時代、ソフトバンクのさらに前身にあたるJ-フォングループが、カラーディスプレイやカメラを搭載した当時としては非常に先進的な携帯電話を積極的に投入。その結果、通信方式の違いもあって先進的な端末の投入が遅れていたKDDIと2002年にシェアを逆転し、業界2位に躍り出たことがある。
一方でその後KDDIは、「着うた」など先進的なサービスに対応した高性能端末を次々投入したことにより、英ボーダフォンによる買収で日本のユーザーニーズに合わない端末が増加するなど端末施策に混乱が生じたJ-フォンを再び逆転するに至っている。こうした歴史を振り返ると、ユーザーを動かしているのはやはり魅力的な端末であることが理解できるのではないだろうか。
そして、魅力的な端末と値引きが競争力向上につながることは、大幅値引きに反対していたMVNOの動向からも見えてくる。かつてであれば「OCNモバイルONE」を展開していたNTTレゾナントの「goo Simseller」、最近であればMVNOの大手であるインターネットイニシアティブの「IIJmio」や、オプテージの「mineo」などが端末の調達を増やし、その値引きにも力を入れるようになっているのだ。
さらに、今回の電気通信事業法改正によって、IIJmioやmineoなど携帯電話会社の系列ではない独立系のMVNOが、端末値引きなどの規制対象から外れることとなる。それゆえMVNOは、むしろ今後端末値引きをしやすくなることから、ある程度企業体力のあるMVNOが端末値引きで勝負してくる可能性も十分考えられるだろう。
これら一連の傾向から、携帯電話会社の競争を促進するのは通信料金ではなく端末であることが明白であり、魅力的な端末の開発や販売促進につながる施策こそ国には求められているはずなのだが、総務省が現在の方針を見直すつもりはないようだ。
こうした総務省の方針が続く限り、市場競争の停滞は続き、日本のスマートフォン市場だけでなく、携帯電話市場全体が衰退する要因にもなりかねないだろう。