公開日 2021/02/12 12:00
【特別企画】真空管の個性も描き分ける
“真空管”にしか得られない音がある。エアータイトこだわりの三極管シングルアンプ、その魅力を聴く
山之内 正
■“真空管”ならではの個性ある音作りが世界でも高い評価を獲得
優れた物理特性の実現は現代のオーディオ機器が目指すべき重要な目標の一つだ。デジタル技術の比率が高まることと並行して、アンプやスピーカーはフラットでワイドレンジな特性を強く志向し、音楽メディアの変化にも対応してきた。
物理特性の追求は高忠実再現という視点から見れば当然のことだが、その進化を突き詰めていくと、製品ごとの音の違いは限りなく小さくなっていくはずだ。だが、実際はまだその境地に達していない。コンポーネントごとに音の個性があり、機器の組み合わせをアレンジすれば無限のバリエーションが生まれる。特にスピーカーは個性の幅が広く、リスナーの好みも多様だ。
ではアンプはどうか。物理特性の改善は著しいが、その半面、回路方式や出力デバイスの選択肢が広いこともあり、やはり音の違いは小さくないというのが現実だ。そんな現状を理解したうえで、物理特性を重視しつつ、個性の領域でも可能性をきわめるというスタンスが成り立つ。
ここからが本題。アンプで個性の領域を追求するといえば真空管に尽きる。特定の真空管をターゲットに設計を吟味し、「この球でなければ出ない音」を追求する。そこに価値を見出して着実な支持を得たブランドの代表格がエアータイトだ。日本のブランドながら海外での知名度も高く、熱心なファンは世界中に存在する。
今回は同社の製品群のなかから、特に人気の高い三極管シングルのアンプに焦点を合わせる。300Bを使ったステレオパワーアンプの「ATM-300R」と、211シングルのモノラルパワーアンプとして登場した「ATM-2211J」の2機種である。
■時間をかけて練り上げてきた300Bのためのアンプ設計
同社の300Bシングルアンプの源流は1999年に発売されたATM-300に遡る。その後、創業30周年モデルとして2016年に登場したATM-300 Anniversaryで回路を一新し、再び高い評価を獲得。その限定モデルをベースに2018年に完成したのがATM-300Rで、RはReferenceを意味する。
出力管の300Bをあえて同梱していないのは、リスナーが自ら出力管を選択できる余地を広げるため。様々なメーカーの300Bで安定した性能を引き出すことが前提となるわけで、その販売スタイルにアンプメーカーとしての自信をうかがうことができる。
Anniversaryから受け継ぐATM-300Rの特徴の一つが、出力管のプレートから負帰還をかける手法を用いていることだ。出力トランスの二次側から戻す通常のNFBの方が歪の低減など特性面で有利なのだが、300B本来の音を引き出すために、あえて負帰還回路を大胆に変更している。
300Rではカップリングコンデンサーや巻線抵抗などパーツの吟味を極めており、モノコック仕様のシャーシに手配線で組み上げた丹念な作りも目を引く。チョークコイルと電源トランスはプラスチックボビンを使わず、手巻きで作り上げた層間巻トランスを採用。機械巻トランスに比べて動特性が優れ、開放的な音場の実現にも効果を発揮するという。出力はチャンネルあたり9W。
■送信管211のポテンシャルを最大限に引き出すモノラルアンプ
新製品のATM-2211Jは送信管211を用いたモノラルアンプだ。2001年に登場したATM-211が原点だが、プッシュプル構成のATM-3211を経て今回のシングルアンプに到達。211はもともとオーディオ用の真空管ではなく、プレート電圧は1000Vに及ぶ。出力トランスやNFB回路の設計にも高いハードルが立ちはだかるが、20年に及ぶ経験をベースにそれらの課題を克服し、発売にこぎ着けたのだ。
設計時に掲げた目標は「三極管シングルの音を大出力で実現する」こと。その狙い通りに211の持つポテンシャルを最大限に引き出し、32Wの出力を獲得している。いうまでもなくシングルアンプとしては画期的な数字だ。ちなみにATM-211の出力は22W、4割近い向上だ。
NFB回路の構成や層間巻トランスなどの技術はATM-300Rと同様だが、211を安定して動作させるためにもトランスをはじめとする電源回路の強化は不可欠で、筐体の大部分を電源トランスと出力トランスが占める光景からも特別なこだわりがうかがえる。
左側の縦型バイアスメーター、211の燦然と輝くタングステンフィラメントなど、特別な存在感を目で楽しむ要素にも事欠かない。
エアータイトのアンプは、一言で言えば既存の真空管アンプの常識が当てはまらない音を出す。ヴァイオリンや声がスピーカーに張りつかず、一歩前に力強く踏み出して聴き手の耳にまっすぐ届く。浸透力の強い音で聴き手を引き込み、注意をそらさない。これはATM-300RとATM-2211Jに共通する長所であり、エアータイトならではの美点でもある。
ATM-2211Jで聴いたショスタコーヴィチの交響曲は、めまぐるしく交錯する各楽器群が互いに一歩も引かずに押し出しの強い音を繰り出し、アタックの速さとリズムの切れの良さが抜きん出ている。
球の個性の違いを的確に描き分けることにも注目したい。ATM-300Rではエレクトロハーモニクスとタカツキの300Bを聴き比べたが、良好なエネルギーバランスの前者と浸透力の強い後者の音をそれぞれ忠実に引き出すことができた。ATM-2211Jでは標準搭載となるPUSVANの211を中心に聴いたが、GEのヴィンテージ管で聴くバルトリの声は別格だ。その潤いと艶感、一度聴いたらまず忘れることはない。このアンプでなければ聴けない音がたしかに存在する。
(提供:エイ・アンド・エム)
本記事は季刊AudioAccessory vol.178 AUTUMNからの転載です。本誌の詳細および購入はこちらから
優れた物理特性の実現は現代のオーディオ機器が目指すべき重要な目標の一つだ。デジタル技術の比率が高まることと並行して、アンプやスピーカーはフラットでワイドレンジな特性を強く志向し、音楽メディアの変化にも対応してきた。
物理特性の追求は高忠実再現という視点から見れば当然のことだが、その進化を突き詰めていくと、製品ごとの音の違いは限りなく小さくなっていくはずだ。だが、実際はまだその境地に達していない。コンポーネントごとに音の個性があり、機器の組み合わせをアレンジすれば無限のバリエーションが生まれる。特にスピーカーは個性の幅が広く、リスナーの好みも多様だ。
ではアンプはどうか。物理特性の改善は著しいが、その半面、回路方式や出力デバイスの選択肢が広いこともあり、やはり音の違いは小さくないというのが現実だ。そんな現状を理解したうえで、物理特性を重視しつつ、個性の領域でも可能性をきわめるというスタンスが成り立つ。
ここからが本題。アンプで個性の領域を追求するといえば真空管に尽きる。特定の真空管をターゲットに設計を吟味し、「この球でなければ出ない音」を追求する。そこに価値を見出して着実な支持を得たブランドの代表格がエアータイトだ。日本のブランドながら海外での知名度も高く、熱心なファンは世界中に存在する。
今回は同社の製品群のなかから、特に人気の高い三極管シングルのアンプに焦点を合わせる。300Bを使ったステレオパワーアンプの「ATM-300R」と、211シングルのモノラルパワーアンプとして登場した「ATM-2211J」の2機種である。
■時間をかけて練り上げてきた300Bのためのアンプ設計
同社の300Bシングルアンプの源流は1999年に発売されたATM-300に遡る。その後、創業30周年モデルとして2016年に登場したATM-300 Anniversaryで回路を一新し、再び高い評価を獲得。その限定モデルをベースに2018年に完成したのがATM-300Rで、RはReferenceを意味する。
出力管の300Bをあえて同梱していないのは、リスナーが自ら出力管を選択できる余地を広げるため。様々なメーカーの300Bで安定した性能を引き出すことが前提となるわけで、その販売スタイルにアンプメーカーとしての自信をうかがうことができる。
Anniversaryから受け継ぐATM-300Rの特徴の一つが、出力管のプレートから負帰還をかける手法を用いていることだ。出力トランスの二次側から戻す通常のNFBの方が歪の低減など特性面で有利なのだが、300B本来の音を引き出すために、あえて負帰還回路を大胆に変更している。
300Rではカップリングコンデンサーや巻線抵抗などパーツの吟味を極めており、モノコック仕様のシャーシに手配線で組み上げた丹念な作りも目を引く。チョークコイルと電源トランスはプラスチックボビンを使わず、手巻きで作り上げた層間巻トランスを採用。機械巻トランスに比べて動特性が優れ、開放的な音場の実現にも効果を発揮するという。出力はチャンネルあたり9W。
■送信管211のポテンシャルを最大限に引き出すモノラルアンプ
新製品のATM-2211Jは送信管211を用いたモノラルアンプだ。2001年に登場したATM-211が原点だが、プッシュプル構成のATM-3211を経て今回のシングルアンプに到達。211はもともとオーディオ用の真空管ではなく、プレート電圧は1000Vに及ぶ。出力トランスやNFB回路の設計にも高いハードルが立ちはだかるが、20年に及ぶ経験をベースにそれらの課題を克服し、発売にこぎ着けたのだ。
設計時に掲げた目標は「三極管シングルの音を大出力で実現する」こと。その狙い通りに211の持つポテンシャルを最大限に引き出し、32Wの出力を獲得している。いうまでもなくシングルアンプとしては画期的な数字だ。ちなみにATM-211の出力は22W、4割近い向上だ。
NFB回路の構成や層間巻トランスなどの技術はATM-300Rと同様だが、211を安定して動作させるためにもトランスをはじめとする電源回路の強化は不可欠で、筐体の大部分を電源トランスと出力トランスが占める光景からも特別なこだわりがうかがえる。
左側の縦型バイアスメーター、211の燦然と輝くタングステンフィラメントなど、特別な存在感を目で楽しむ要素にも事欠かない。
エアータイトのアンプは、一言で言えば既存の真空管アンプの常識が当てはまらない音を出す。ヴァイオリンや声がスピーカーに張りつかず、一歩前に力強く踏み出して聴き手の耳にまっすぐ届く。浸透力の強い音で聴き手を引き込み、注意をそらさない。これはATM-300RとATM-2211Jに共通する長所であり、エアータイトならではの美点でもある。
ATM-2211Jで聴いたショスタコーヴィチの交響曲は、めまぐるしく交錯する各楽器群が互いに一歩も引かずに押し出しの強い音を繰り出し、アタックの速さとリズムの切れの良さが抜きん出ている。
球の個性の違いを的確に描き分けることにも注目したい。ATM-300Rではエレクトロハーモニクスとタカツキの300Bを聴き比べたが、良好なエネルギーバランスの前者と浸透力の強い後者の音をそれぞれ忠実に引き出すことができた。ATM-2211Jでは標準搭載となるPUSVANの211を中心に聴いたが、GEのヴィンテージ管で聴くバルトリの声は別格だ。その潤いと艶感、一度聴いたらまず忘れることはない。このアンプでなければ聴けない音がたしかに存在する。
(提供:エイ・アンド・エム)
本記事は季刊AudioAccessory vol.178 AUTUMNからの転載です。本誌の詳細および購入はこちらから