公開日 2021/07/05 06:30
【特別企画】40周年限定カラーは国内1台のみ
高S/Nかつ雄弁、これぞMOONのサウンド! ネットワーク再生にも対応する中核DAC&アンプの音楽性を堪能
井上千岳
■全世界で40台限定!ストリーミングDACとプリメイン限定カラー
カナダのsimaudioを訪問したのが、一昨年2019年秋のこと。そのときに40周年記念モデルという話が出たような出ないような……。記憶は確かでないが、それが本当に出現した。しかも世界40セット限定だという。日本にも1セットしか入っていないが、その貴重なモデルを聴いてみようというのがこの企画である。ストリーミングDAC「680D」とプリメインアンプ「600i V2」がセットになったスペシャルバージョンで、MOONのラインアップでいえばトップクラスではないがそれに次ぐ中核クラスといったところだろう。
MOONすなわちsimaudioの40年史については前回の工場訪問記でも触れた通りだが、改めて思い起こしてみると、印象的だったのは工場内全ての床から作業着のジャケット、トレイや梱包材にいたるまであらゆるものに帯電防止処理が施されていることだ。半導体の思わぬ事故を防ぐためだという。基板製作は自動機だし、アルミ切削も社内で行う。同じ生産規模のメーカーと比べて、人数が少ないというのもちょっと印象に残っている。
さてその記念モデルである。ストリーミングDAC「680D」とプリメインアンプ「600i V2」、中身はいずれも現行の一般モデルと同一。違いは外装と特注の電源ケーブルおよびバランス・ケーブルである。通常モデルはシルバー&ブラックだが、記念モデルはレッド&ゴールド。随分派手なものを想像したが、実際に見てみるとMillesime(ミレジム=ヴィンテージ)Redというシックなワインカラーだ。カナディアンというよりヨーロピアン・テイストというイメージの品位のいい雰囲気である。
■NASからのネットワーク再生をテスト。S/Nが高くDACの再現性が高い
「680D」はUSB-DACとネットワーク再生の双方に対応しており、NASからのストリーミング再生も可能。MiNDという独自のネットワーク再生システムを搭載しており、専用アプリから再生指示が可能となっている。ローカル再生のみならず、TIDALやQobuzなどのストリーミングサービスにも対応する。
fidataのNASを利用して、DSDでバロック・ヴァイオリンを聴いてみようと思った。エンリコ・オノフリによる「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ」中の「シャコンヌ」。市販品はCDだが、オリジナルのDSDソースを特別に提供してもらったものだ。
その冒頭からこれはちょっと違うという気がする。特有の粘りのある音色と艶やかな輝きが素直に引き出されて、すでにバロックの雰囲気が濃厚だ。気が付いてみると、背景が非常に静かで音に汚れっぽさが皆無なのがわかる。要するにS/Nが高いのだが、それと気づかせないくらいに出方がさりげない。DACの再現性が高いのだろうと推測できるが、ともかくこれだけで十分嬉しくなってくるような鳴り方である。
さてメインのソースはCDからのリッピングだが、その出方もやはりこれまで聴いてきたのとはひとつ次元が違う気がする。例えば細川夏子のピアノの音に汚れがなく、タッチの立ち上がりや余韻が大変きれいだ。きれいというのは美しいという意味ではなく、素のままのように自然で余計なものが何も付いていないということである。汚れだけでなく傷やゆがみがないため完全無欠な形で音が出てくる。そういう意味のきれいさということだ。
聴いていてひとりでに楽しくなってくるのは、おそらくそのためである。音そのものが心地好いのだ。それと音に立体感がある。ステレオだから当たり前だと言われそうだがそういう意味ではなくて、音のひとつひとつが浮き立っている、つまり実体感や肉質感があるということで、すぐそこから音が出ているのだという実感が強く湧いてくるのである。聴いている分にはごくごく自然で当たり前のような出方だが、こういう出方はなかなかできるものではない。
キアロスクーロ四重奏団の「メンデルスゾーン : 弦楽四重奏曲」もきれいな鳴り方をするが、このふわりと包まれるような響きは純度が高く潤いに富んでいる。それ以外はどこにも引っ掛かりがなく、出るべき音が正しい形で出ている。それ以上言うことがない。
オーケストラがまた手触りのいい音をする。佐渡 裕指揮、トーンキュンストラー管弦楽団によるブルックナー「交響曲第4番 ロマンティック」。スケルツォのホルンと弦楽器が洗い上げたように新鮮が感触で立ち上がり、そのニュアンスがまた実にきめ細かく描き出されている。ティンパニーにしろ金管楽器にしろ音色が非常に純粋で当たりが柔らかい。だから音量を上げても決してうるさくなることがなく、むしろ細部がいっそうよく見えてきて快さが増すのである。これもノイズが際立って少ないことから来るものと思っていい。トリオではフルートやクラリネットなどの木管楽器が優しい音を奏でている。その絡み合うパッセージが生き生きとしていて、弱音なのに目の覚めるような思いがするのである。
ジャズはウッディクリークレーベルの「ジュビレーション」(八城邦義プロジェクト)。これも活きがよくて当たりのいい鳴り方だが、腰がぐっと落ちて重量感も意外に強いことが今までと違った印象を持たせている。レンジが上から下まで幅広く、どこもエネルギー豊かに捉えられているのだ。出方は軽く低音が重苦しくなることはないが、レスポンスが低域の底の方まで明快なので手応えが強いのである。ドラムもそうだが、ウッドベースのピチカートがこれほど明確に聴こえてきたことがあっただろうかと考えてしまうのだ。トロンボーンも活気に満ちているが、張りが強く力がみなぎっている。雄弁なのである。
■立ち上がりの瞬発力も高く、余裕たっぷりの峻烈さを聴かせる
CDプレーヤーからつないでみたらどうなるかというので、試しにいつもの試聴ソフトをデジタル接続で聴いてみた。CDプレーヤーにはアキュフェーズの「DP-750」から、S/PDIFで出力する。やはりいいものはいいので、ストリーム再生だけが優れているわけではないということである。DAC自体がよくできているのだ。
特に違いを感じるのはピアノで、静かなタッチでありながら肉質感が豊かに込められている。一音々々に存在感があり、それが弱音部でも表情を明瞭にしている要素になっているのである。深いところまでよく捉えているが、ぼってりと膨らむことがなく抜けがいい。これにはアンプの再現性、スピーカーに対する把握力の高さも利いている。
このほか室内楽では弦楽器の感触がおそろしくリアルだし、マドリガルでは遠近感がいっそう深く見えている。オーケストラはやはり鮮烈。それも力任せではなく、しなやかさに満ちてダイナミックな抑揚がうねるように推移する。立ち上がりの瞬発力も相当高いもので、エネルギーに不安が全く感じられない。余裕たっぷりの峻烈さ。やはりこのアンプも、通り一遍のものではない。
うーむ……堪能した。これまでも雑誌では何度かMOONの評価を行ってきたが、それでもまだ理解しきれていなかったようだ。ここで聴いたものも、決してトップエンド機ではない。それでこの音である。メーカーとしての懐の深さが窺えると言っていい。
なおこの特別バージョンは1セットしかないが、通常モデルでも中身は同じなので音は変わらないはず。ぜひご自身で確かめていただきたい、と切に願うものである。
(提供:DYNAUDIO JAPAN)
なお、本40周年記念モデル並びにMOONの全ラインアップは、東京・新富町のオーディオショップ「on and on」で試聴可能となっている。
カナダのsimaudioを訪問したのが、一昨年2019年秋のこと。そのときに40周年記念モデルという話が出たような出ないような……。記憶は確かでないが、それが本当に出現した。しかも世界40セット限定だという。日本にも1セットしか入っていないが、その貴重なモデルを聴いてみようというのがこの企画である。ストリーミングDAC「680D」とプリメインアンプ「600i V2」がセットになったスペシャルバージョンで、MOONのラインアップでいえばトップクラスではないがそれに次ぐ中核クラスといったところだろう。
MOONすなわちsimaudioの40年史については前回の工場訪問記でも触れた通りだが、改めて思い起こしてみると、印象的だったのは工場内全ての床から作業着のジャケット、トレイや梱包材にいたるまであらゆるものに帯電防止処理が施されていることだ。半導体の思わぬ事故を防ぐためだという。基板製作は自動機だし、アルミ切削も社内で行う。同じ生産規模のメーカーと比べて、人数が少ないというのもちょっと印象に残っている。
さてその記念モデルである。ストリーミングDAC「680D」とプリメインアンプ「600i V2」、中身はいずれも現行の一般モデルと同一。違いは外装と特注の電源ケーブルおよびバランス・ケーブルである。通常モデルはシルバー&ブラックだが、記念モデルはレッド&ゴールド。随分派手なものを想像したが、実際に見てみるとMillesime(ミレジム=ヴィンテージ)Redというシックなワインカラーだ。カナディアンというよりヨーロピアン・テイストというイメージの品位のいい雰囲気である。
■NASからのネットワーク再生をテスト。S/Nが高くDACの再現性が高い
「680D」はUSB-DACとネットワーク再生の双方に対応しており、NASからのストリーミング再生も可能。MiNDという独自のネットワーク再生システムを搭載しており、専用アプリから再生指示が可能となっている。ローカル再生のみならず、TIDALやQobuzなどのストリーミングサービスにも対応する。
fidataのNASを利用して、DSDでバロック・ヴァイオリンを聴いてみようと思った。エンリコ・オノフリによる「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ」中の「シャコンヌ」。市販品はCDだが、オリジナルのDSDソースを特別に提供してもらったものだ。
その冒頭からこれはちょっと違うという気がする。特有の粘りのある音色と艶やかな輝きが素直に引き出されて、すでにバロックの雰囲気が濃厚だ。気が付いてみると、背景が非常に静かで音に汚れっぽさが皆無なのがわかる。要するにS/Nが高いのだが、それと気づかせないくらいに出方がさりげない。DACの再現性が高いのだろうと推測できるが、ともかくこれだけで十分嬉しくなってくるような鳴り方である。
さてメインのソースはCDからのリッピングだが、その出方もやはりこれまで聴いてきたのとはひとつ次元が違う気がする。例えば細川夏子のピアノの音に汚れがなく、タッチの立ち上がりや余韻が大変きれいだ。きれいというのは美しいという意味ではなく、素のままのように自然で余計なものが何も付いていないということである。汚れだけでなく傷やゆがみがないため完全無欠な形で音が出てくる。そういう意味のきれいさということだ。
聴いていてひとりでに楽しくなってくるのは、おそらくそのためである。音そのものが心地好いのだ。それと音に立体感がある。ステレオだから当たり前だと言われそうだがそういう意味ではなくて、音のひとつひとつが浮き立っている、つまり実体感や肉質感があるということで、すぐそこから音が出ているのだという実感が強く湧いてくるのである。聴いている分にはごくごく自然で当たり前のような出方だが、こういう出方はなかなかできるものではない。
キアロスクーロ四重奏団の「メンデルスゾーン : 弦楽四重奏曲」もきれいな鳴り方をするが、このふわりと包まれるような響きは純度が高く潤いに富んでいる。それ以外はどこにも引っ掛かりがなく、出るべき音が正しい形で出ている。それ以上言うことがない。
オーケストラがまた手触りのいい音をする。佐渡 裕指揮、トーンキュンストラー管弦楽団によるブルックナー「交響曲第4番 ロマンティック」。スケルツォのホルンと弦楽器が洗い上げたように新鮮が感触で立ち上がり、そのニュアンスがまた実にきめ細かく描き出されている。ティンパニーにしろ金管楽器にしろ音色が非常に純粋で当たりが柔らかい。だから音量を上げても決してうるさくなることがなく、むしろ細部がいっそうよく見えてきて快さが増すのである。これもノイズが際立って少ないことから来るものと思っていい。トリオではフルートやクラリネットなどの木管楽器が優しい音を奏でている。その絡み合うパッセージが生き生きとしていて、弱音なのに目の覚めるような思いがするのである。
ジャズはウッディクリークレーベルの「ジュビレーション」(八城邦義プロジェクト)。これも活きがよくて当たりのいい鳴り方だが、腰がぐっと落ちて重量感も意外に強いことが今までと違った印象を持たせている。レンジが上から下まで幅広く、どこもエネルギー豊かに捉えられているのだ。出方は軽く低音が重苦しくなることはないが、レスポンスが低域の底の方まで明快なので手応えが強いのである。ドラムもそうだが、ウッドベースのピチカートがこれほど明確に聴こえてきたことがあっただろうかと考えてしまうのだ。トロンボーンも活気に満ちているが、張りが強く力がみなぎっている。雄弁なのである。
■立ち上がりの瞬発力も高く、余裕たっぷりの峻烈さを聴かせる
CDプレーヤーからつないでみたらどうなるかというので、試しにいつもの試聴ソフトをデジタル接続で聴いてみた。CDプレーヤーにはアキュフェーズの「DP-750」から、S/PDIFで出力する。やはりいいものはいいので、ストリーム再生だけが優れているわけではないということである。DAC自体がよくできているのだ。
特に違いを感じるのはピアノで、静かなタッチでありながら肉質感が豊かに込められている。一音々々に存在感があり、それが弱音部でも表情を明瞭にしている要素になっているのである。深いところまでよく捉えているが、ぼってりと膨らむことがなく抜けがいい。これにはアンプの再現性、スピーカーに対する把握力の高さも利いている。
このほか室内楽では弦楽器の感触がおそろしくリアルだし、マドリガルでは遠近感がいっそう深く見えている。オーケストラはやはり鮮烈。それも力任せではなく、しなやかさに満ちてダイナミックな抑揚がうねるように推移する。立ち上がりの瞬発力も相当高いもので、エネルギーに不安が全く感じられない。余裕たっぷりの峻烈さ。やはりこのアンプも、通り一遍のものではない。
うーむ……堪能した。これまでも雑誌では何度かMOONの評価を行ってきたが、それでもまだ理解しきれていなかったようだ。ここで聴いたものも、決してトップエンド機ではない。それでこの音である。メーカーとしての懐の深さが窺えると言っていい。
なおこの特別バージョンは1セットしかないが、通常モデルでも中身は同じなので音は変わらないはず。ぜひご自身で確かめていただきたい、と切に願うものである。
(提供:DYNAUDIO JAPAN)
なお、本40周年記念モデル並びにMOONの全ラインアップは、東京・新富町のオーディオショップ「on and on」で試聴可能となっている。