公開日 2022/12/08 07:00
【連載】西田宗千佳のネクストゲート 第20回
W杯で話題の「VAR」を支えるソニーの技術。その戦略と今後の可能性
西田宗千佳
現在開催中の「FIFAワールドカップカタール2022」(以下、W杯)では、ビデオなどの機器を活用した審判員補助技術「VAR(Video Assistant Referee)」が使われている。
この中で、中核の1つとなっているのがソニーのグループ会社である「ホークアイ イノベーションズ(以下ホークアイ)」の技術だ。
この企業の技術を中心に、ソニーは近年、スポーツ向け技術を活かしたビジネスに熱心だ。それはなぜなのか、改めて解説してみよう。
今年のW杯では、VARとして主に2つの技術が使われている。
1つは、アディダスが提供する公式試合球「アル・リフラ」に内蔵されているセンサーチップ。これはソニー製ではなく、ドイツ・キネクソン社のもので、主に加速度を認識することに使われている。
そしてもう1つが、映像認識を使った技術。こちらが、ホークアイのものだ。この技術をソニーとホークアイがFIFA(国際サッカー連盟)に提供し、FIFA側がシステムとしてまとめてあげ、運用しているという。
そのため、W杯で使われているVARと、ホークアイが提供して色々なスポーツに使われているVARとでは、厳密に言えば少しずつ機能などが異なる。センサーチップの入ったボールと画像認識の組み合わせ、という点はその一例である。
また、VARといっても、判定内容はもちろん、スポーツによって異なる。ただその有用性は、ホークアイが、すでに25以上の競技・500以上のスタジアムに導入されていることからも明らかだ。テクノロジーの基本は同じなので、それをベースに、どんなことをしているか解説しておこう。
ホークアイのVARは、基本的には画像認識技術である。多数のカメラをスタジアムに固定配置し、そこからの映像を用いて、機械学習を軸にしたリアルタイム映像解析によって、試合の判定に使うデータを生み出す。
要はカメラの映像から、ボールとプレイヤーの位置を認識、さらに、プレイヤーの骨格情報を推定することで、「スタジアムという立体空間の中でのプレイヤーの姿」を3Dデータ化するわけだ。
元々はこの技術、軍で弾道認識に使われていたものだという。それを応用し、まずはボールを認識して「ラインを割ったかどうか」の判定だけに使われていたが、その後の発展によって、ボールだけでなくプレイヤーの認識も可能になっていった。
精度はスポーツや使われるシーンによって異なるが、ボール認識なら数ミリ、人間の認識でも数センチ以内だとされている。高速度・高解像度のカメラの登場により、精度の向上は続いているという。これらの認識はほぼリアルタイムで行われており、試合中の確認も十分に可能である。
W杯の中継を見ていると少し時間がかかっているように見えているが、これは、VAR判定が必要かどうかを判断した上で、審判に対して結果をフィードバックする形で使われているからだ。オフサイド判定などは「半自動」なのだが、あくまで人間の審判の判断が前提であり、VAR=機械が審判をしているわけではない。
ソニーがホークアイを買収したのは2011年のことである。当時VARはまだかなり新しい技術で、テニスやサッカー、クリケットなど、ホークアイの本国であるイギリスの一部スポーツで導入されていたに過ぎなかった。
だが、カメラ技術が重要であることなどから、ソニーの映像機器事業やエンターテインメント事業とのシナジーが高いことは間違いない。そこで、ソニーはホークアイの買収に踏み切った。今の目で見れば、ソニーは非常に良い買い物をした、といっていい。
当初はまさに「判定」を中心とした技術だったが、CGによる「リプレイ」にも有用であることは明らかで、すでに買収当時の2011年から使われてはいた。
現在は、人体認識によるリプレイ作成から、さらに「新しいコンテンツの制作」へとテクノロジーの応用が進んでいる。
ホークアイによって取得されたボールとプレイヤーの骨格情報は、そのまま3Dのデータになるので、CGで再現できる。スポーツ中継のリプレイに使われているものだが、さらに、PCなどの機器を使うと別の楽しみ方ができる。
それは、12月6日にソニーが公開した「ソニーグループ研究開発方針説明会」に展示されていた。
ソニーの空間再現ディスプレイ「ELF-SR1」を使い、試合で取得したデータからリアルタイムのCG映像を生成し、表示していた。試合の流れを好きな角度から、好きなように楽しめる。写真だと分かりにくいが、立体として見えているので、ゲームとも試合中継とも違うリアリティがある。
ホークアイだけがソニーのスポーツに関する取り組みではない。11月には、オランダ・ビヨンドスポーツ社の買収を完了したと発表している。ビヨンドスポーツは、ホークアイで取得したデータからリプレイ映像などを生成するために必要な処理技術を持っている会社だ。
さらに以前には、そうしたコンテンツをまとめ、スポーツチームや競技団体がアプリやサービスを提供するプラットフォームを作っている「パルスライブ」社も買収している。
これらの企業はすべて、スポーツを消費者に届けるためのテクノロジーを持つ。ソニーは家電メーカーであると同時に、放送機器などの「コンテンツ制作技術」を売る会社である。特に今は、グループを挙げて制作領域ビジネスの拡大に注力している。収益性が高いだけでなく、技術的な差別化が競争優位性の維持に生きてくるからだ。
カメラやテレビをコンシューマに売るだけでなく、コンシューマに売ったテレビやスマホ、ヘッドホンで楽しむコンテンツを作る側に入っていくのが、ソニーにとって重要な戦略であるとするならば、映画会社や放送局とタッグを組むのと同じくらい、スポーツ領域への投資は重要なものである。
この中で、中核の1つとなっているのがソニーのグループ会社である「ホークアイ イノベーションズ(以下ホークアイ)」の技術だ。
この企業の技術を中心に、ソニーは近年、スポーツ向け技術を活かしたビジネスに熱心だ。それはなぜなのか、改めて解説してみよう。
■ソニーの技術と「VAR」
今年のW杯では、VARとして主に2つの技術が使われている。
1つは、アディダスが提供する公式試合球「アル・リフラ」に内蔵されているセンサーチップ。これはソニー製ではなく、ドイツ・キネクソン社のもので、主に加速度を認識することに使われている。
そしてもう1つが、映像認識を使った技術。こちらが、ホークアイのものだ。この技術をソニーとホークアイがFIFA(国際サッカー連盟)に提供し、FIFA側がシステムとしてまとめてあげ、運用しているという。
そのため、W杯で使われているVARと、ホークアイが提供して色々なスポーツに使われているVARとでは、厳密に言えば少しずつ機能などが異なる。センサーチップの入ったボールと画像認識の組み合わせ、という点はその一例である。
また、VARといっても、判定内容はもちろん、スポーツによって異なる。ただその有用性は、ホークアイが、すでに25以上の競技・500以上のスタジアムに導入されていることからも明らかだ。テクノロジーの基本は同じなので、それをベースに、どんなことをしているか解説しておこう。
ホークアイのVARは、基本的には画像認識技術である。多数のカメラをスタジアムに固定配置し、そこからの映像を用いて、機械学習を軸にしたリアルタイム映像解析によって、試合の判定に使うデータを生み出す。
要はカメラの映像から、ボールとプレイヤーの位置を認識、さらに、プレイヤーの骨格情報を推定することで、「スタジアムという立体空間の中でのプレイヤーの姿」を3Dデータ化するわけだ。
元々はこの技術、軍で弾道認識に使われていたものだという。それを応用し、まずはボールを認識して「ラインを割ったかどうか」の判定だけに使われていたが、その後の発展によって、ボールだけでなくプレイヤーの認識も可能になっていった。
精度はスポーツや使われるシーンによって異なるが、ボール認識なら数ミリ、人間の認識でも数センチ以内だとされている。高速度・高解像度のカメラの登場により、精度の向上は続いているという。これらの認識はほぼリアルタイムで行われており、試合中の確認も十分に可能である。
W杯の中継を見ていると少し時間がかかっているように見えているが、これは、VAR判定が必要かどうかを判断した上で、審判に対して結果をフィードバックする形で使われているからだ。オフサイド判定などは「半自動」なのだが、あくまで人間の審判の判断が前提であり、VAR=機械が審判をしているわけではない。
■選手の「3D化」で活用の幅が広がる
ソニーがホークアイを買収したのは2011年のことである。当時VARはまだかなり新しい技術で、テニスやサッカー、クリケットなど、ホークアイの本国であるイギリスの一部スポーツで導入されていたに過ぎなかった。
だが、カメラ技術が重要であることなどから、ソニーの映像機器事業やエンターテインメント事業とのシナジーが高いことは間違いない。そこで、ソニーはホークアイの買収に踏み切った。今の目で見れば、ソニーは非常に良い買い物をした、といっていい。
当初はまさに「判定」を中心とした技術だったが、CGによる「リプレイ」にも有用であることは明らかで、すでに買収当時の2011年から使われてはいた。
現在は、人体認識によるリプレイ作成から、さらに「新しいコンテンツの制作」へとテクノロジーの応用が進んでいる。
ホークアイによって取得されたボールとプレイヤーの骨格情報は、そのまま3Dのデータになるので、CGで再現できる。スポーツ中継のリプレイに使われているものだが、さらに、PCなどの機器を使うと別の楽しみ方ができる。
それは、12月6日にソニーが公開した「ソニーグループ研究開発方針説明会」に展示されていた。
ソニーの空間再現ディスプレイ「ELF-SR1」を使い、試合で取得したデータからリアルタイムのCG映像を生成し、表示していた。試合の流れを好きな角度から、好きなように楽しめる。写真だと分かりにくいが、立体として見えているので、ゲームとも試合中継とも違うリアリティがある。
■スポーツを「伝える」側に技術を売る
ホークアイだけがソニーのスポーツに関する取り組みではない。11月には、オランダ・ビヨンドスポーツ社の買収を完了したと発表している。ビヨンドスポーツは、ホークアイで取得したデータからリプレイ映像などを生成するために必要な処理技術を持っている会社だ。
さらに以前には、そうしたコンテンツをまとめ、スポーツチームや競技団体がアプリやサービスを提供するプラットフォームを作っている「パルスライブ」社も買収している。
これらの企業はすべて、スポーツを消費者に届けるためのテクノロジーを持つ。ソニーは家電メーカーであると同時に、放送機器などの「コンテンツ制作技術」を売る会社である。特に今は、グループを挙げて制作領域ビジネスの拡大に注力している。収益性が高いだけでなく、技術的な差別化が競争優位性の維持に生きてくるからだ。
カメラやテレビをコンシューマに売るだけでなく、コンシューマに売ったテレビやスマホ、ヘッドホンで楽しむコンテンツを作る側に入っていくのが、ソニーにとって重要な戦略であるとするならば、映画会社や放送局とタッグを組むのと同じくらい、スポーツ領域への投資は重要なものである。
- トピック
- Gadget Gate